沿革
1991年
- 7月 GLOCOM設立(初代所長:村上泰亮)
- 学校法人国際大学に所属する研究機関として設立(東京都渋谷区広尾)。日本社会研究に関する国際的な交流拠点となり、現代の政治・経済・文化に関する国際比較と政策研究を学際的に行うことを目的とした。
- ─ パソコン通信型自動翻訳電子会議プロジェクトの実験
- パソコン通信をフレームワークとした、日英自動翻訳会議の実験に取り組む。これによりパソコン通信によるグローバルネットワーク構築の限界を意識し、GLOCOMがインターネットに注目するきっかけとなった。
1992年
- 11月 「glocom.ac.jp」ドメインを取得し、インターネットの国際接続実現
- ─ IECPプロジェクト発足
- 智業(Intelprise = GLOCOM)と企業(Enterprise = 会員企業)の産学共働研究体制を構築する目的で発足。情報文明、情報産業、情報技術を中核概念とする21世紀型システムの分析を中心テーマとし、これからの企業活動および産業政策の指針となることを目指した。
1993年
- 7月 村上所長逝去
- 10月 公文俊平が所長就任
- 村上前所長の理念を継承しつつ、新たな研究体制の整備・拡充に取り組んだ。とくに、情報社会論に特化した研究を推進した。
1994年
- 4月 インターネットにWWWサイト開設、日本からの本格的な情報発信に取り組む。
- 10月 オフィス移転
- 活動拠点を広尾から現在のハークス六本木ビルに移転。最新の情報ネットワーク利用による研究環境の充実と研究内容の深化を目指した。
1995年
- 4月 村上記念シンポジウム開催
- 6月 情報通信政策研究会発足
- NTT分離分割問題を中心として日本の情報通信政策のあり方を検討するために発足。公文所長を中心に国内の有識者が結集した。同年10月に「第1波政策提言」(第1〜第3提言)を発表。その後1996年3月までに九つの提言を発表した。
- 10月 第1回「GLOCOMフォーラム」開催
- 第1回総合テーマは、「オープン・ディジタル・ネットワーク(ODN)の創造に向けて」。このフォーラムに先立って発表された情報通信政策研究会による第1波政策提言について、広く議論をするために企画・開催された。
- 10月 「研究協力委員会」発足
- 「智」の通有のために働く情報智業としてのGLOCOMの活動を、理解・支援する企業によって設立された。
- ─ 「ネティズン・フォーラム」主催
- インターネットの公開メーリングリストを活用し、研究活動を高いレベルで共有する合意形式のフォーラム。ネットワーク上の市民=Citizen、すなわち『Netizen』が自由に討議した、メーリングリストは日本語および英語でそれぞれ運営された。
1996年
- 11月 「運営委員会」設置
- GLOCOMの研究計画、経営計画、組織、人事、予算、決算など、運営に関する重要事項を審議するための委員会として発足・設置された。
1997年
- 6月 「CAN(Community Area Network)フォーラム」発足
- コミュニティを出発点とする内からの情報ネットワーク作りを全国各地に呼びかけた。同時に、各地域での経験や情報を持ち寄って交流する「プラットフォーム」の役割を果たすことで地域の取り組みをサポートした。
- ─ 活動の定例化・活発化
- この年、これまで設立した組織や委員会等の活動を定期的なベースで運営・拡大する方針を決定した。
1998年
- 12月 「2000年問題研究会」を設置
- コンピュータの西暦2000年問題に関する調査研究を、業種や組織を越えて行うことを目的に設置された。政府与党の同問題検討チームとも連携を築きながら、2000年まで活動を続けた。
1999年
- 4月 「ワールドワイドビジョン・イニシアティブ(WWVi)」発足
- インターネットによるテレビ放送実現のための技術的・社会的条件を整備するために設立された任意団体(代表は公文所長)。法制度に関する提言活動、国際シンポジウムの開催、技術開発への参加などを行ない、2001年3月末で活動を休止した。
- 7月 「2000年問題研究会」による政策提言発表
- 同研究会は、7月27日に政策提言をまとめ、当時の小渕首相に提出した。
2000年
- 2月 「i-civil研究会」始動
- 情報社会学の構築を目指すための学際的な意見交換の場として発足。メーリングリストが立ち上げられ、6月に第1回目の研究会を開催された。以降、1〜2ヶ月に1回程度のペースで活動を行っている。
- 3月 WWVi国際シンポジウム「インターネット時代の通信と放送」開催
- 放送のデジタル化や、国内外で紛争の続く「最後の1マイル」問題などをふまえ、インターネット時代の通信と放送はどうあるべきかを議論した。
- 4月 「国際情報発信プラットフォーム」立ち上げ
- 主にWebサイト(www.glocom.org)上で、日本のオピニオンリーダーが日本に関する問題を英語で情報発信し、国内外の有識者と自由に交流する「場」となることを目標に立ち上げられた。オフラインでは、国内外でのフォーラム、セミナーの開催、ニュースレターの発行などの情報発信を行っている。
- 11月 「DOTフォース」に積極参加
- 7月の九州・沖縄G8サミットで、デジタルデバイド問題に積極的に取り組むことが宣言され、これを受けて政府、企業、NPOの三者が構成するDigital Opportunity Task Force(DOTフォース)が設置された。GLOCOMはこれに日本のNPO代表として積極的に参加し、DOTフォースが1年後に個別プロジェクトの取り組みを開始してからも、関係団体や官庁などと連携し、活動を続けている。
2001年
- 2月 「産業技術知識基盤構築事業」立ち上げ
- 組織の壁を超えて産業技術知識を交流することによって、新産業の創出を目指す事業の立ち上げにGLOCOMは積極的に参加している。
- 3月 WWVi国際シンポジウム「インターネット時代の通信と放送」第2回開催
- インターネット放送のビジネス・モデル、周波数オークション、ブロードバンド普及のための政策について議論された。
- 7月 GLOCOM創立10周年を迎える
- 11月 「創立10周年記念フォーラム」(第8回GLOCOMフォーラム)開催
- 総合テーマは「日本再生の手がかり〜文明の衝突を超えて〜」で、この大きな問題について情報文明論、技術論、法律制度論の立場から長期的視野からの議論を深めた。
2002年
- 11月 国際情報発信プラットフォーム「東京フォーラム」開催
- 9月にロサンゼルスで開催したフォーラムに続き、「携帯・無線の社会経済的影響」をテーマに取り上げた。グローバルおよびコミュニティの視点からの戦略と政策の課題に焦点を当てた。国際交流基金日米センターとの共催。
- 12月 第9回「GLOCOMフォーラム」開催
- 「地域から見直す情報化——ポストe-Japan 戦略への提言」をテーマとして、縁(エッジ≒地域)の視点から、e-Japan 戦略の功罪を検証するとともに、情報化による地域活性化のあり方を検討した。各地域が元気をつけることで、地域からわが国の再生を狙った。
2003年
- 1月 国際シンポジウム「無線ブロードバンドが開く新世界」開催
- 無線ブロードバンドの最新動向や、政策課題について幅広い議論を展開した。特に周波数政策については、米国では議論が収束しておらず、日本でも議論がまだ始まったばかりであることが強調された。慶応義塾大学およびスタンフォード大学との共催。
- 12月 第10回「GLOCOMフォーラム」開催
- 著作権問題やオープンソースの未来について、ローレンス・レッシグ(スタンフォード大学ロースクール教授)を招き、幅広い議論を行った。
2004年
- 5月 「CAN(Community Area Network)フォーラム」新体制発足
- L2L(地域間交流)のコネクターとしての役割を果たすべく、地域で活躍する多くのアクティビストを運営委員に招くなど運営体制を大幅に刷新した。
- 10月 「ISED @glocom(情報社会の倫理と設計についての学際的研究)」発足
- 情報社会の未来を占ううえで重要な倫理と設計という相補的な課題を、倫理研と設計研という二つの研究会において、20〜30歳代の若手研究者が討議を重ねていく新しいタイプの研究活動。第一期は、2006年1月までを活動期間とする。
- ─ 「経営諮問チーム」の組成
- GLOCOM内外の厳しい情勢を真摯に受け止め、所員やフェロー等の協力を得ながら、経営の全面的な点検を行った。