情報化と近代文明2
公文俊平(所長)
今月は、地域の情報化をテーマとする話をするために、山形県の鶴岡市、沖縄県の那覇市、そして三重県の伊賀上野市を訪ねてきました。どこでも、いよいよ本格的な地域の情報化の動きが盛り上がってきています。あるいは、私たちの言葉でいえば、全国いたるところにCAN(コミュニティ・エリア・ネットワーク)を構築していく期が、いよいよ熟してきたと思われます。
鶴岡では、市長さんを支えてきた各方面での市のリーダーの方々と、膝を交えてゆっくり話し合いました。那覇は、全国的な沖縄支援の一環として、社会経済生産性本部による沖縄情報特区構想の発表にあたっての記念講演をしてきました。伊賀では、地元の30人ほどのネティズンたちの間に、NPO「伊賀LAN」を立ち上げる試みが一気に進んで、発足総会が開かれることになり、そこに参加してきました。とても気持ちのいい若者たちでした。私も思わず惹きこまれて、「新緑の上野に奔れ伊賀のLAN」、「天正の念ひを今に伊賀のLAN」という拙い句を、投句してきました。
その中であらためて痛感したのですが、同じCAN作りといっても、それぞれの地域の事情に応じて、情報インフラのあり方から、情報リテラシーの普及のさせ方、あるいは必要なアプリケーションの種類や利用の仕方など、さまざまに異ならざるをえません。したがって、地域情報化の先進事例といっても、実に多種多様なものが生まれています。しかも、「ドッグ・イアー」と呼ばれるほど急速なザ・ネットの進化の流れの中では、絶えず新しい技術やアプリケーションが出現し、状況は時々刻々変わっていきます。だとすれば、これから情報化を進めようとする地域が、そうした多様な先進事例のうち、どれをどのように参考にすればいいのか迷ってしまうのも当然です。伊賀LANの発足総会にゲストとして最後まで参加しておられた松原美省青山町長さんが、挨拶の中で、「自分は迷いに迷ったあげく、町にCATVを敷設することを決めたばかりだけれども、早くもそれを後悔している」とおっしゃられたのはまことに象徴的でした。
つまり今や、各地域の背景やニーズに応じた、最も適切なCANの構築や運用の仕方について助言し、活動を支援するためのコンサルティング組織の必要が、一段と高まってきているのではないでしょうか。私たちのCANフォーラムは、今年で発足3年目を迎え、次の展開の方向を探ろうとしていますが、単なる情報通有のためのフォーラムの役割を一歩踏み越えた組織として進化していければそれに越したことはないというのが、今回の一連の地域訪問から受けた示唆です。皆様はいかがお考えでしょうか。
以上を前置きとして、今月は連載の第二回に入ります。
第2章 近代化のあらすじ
第1節:主体の政治行為
近代文明の進化過程は、“近代化”と総称される。この過程の本質を一言でいえば、主体の行為能力(目標達成能力)という意味での主体の“パワー”の、それもとりわけ他者(他主体)の行為の制御能力の、不断の増進である。つまり、近代化とは、主体の“エンパワーメント”過程に他ならない。
ある主体による他者の行為の制御とは、自分にとって望ましい行為を他者に行わせたり、望ましくない行為を止めさせたりすることに他ならない。それは、主体がたずさわる最も広い意味での“政治”行為である。これに対し、“経済”とは、もっとも広義には、第1−1節で定義した意味での“手段財”の使用一般をさす。しかし、より狭くは、“経済財”(の存在状態や主体間の分配状態)の制御を目標とする行為をさす。政治行為も経済行為も、相互作用する複数の主体からなる社会にあっては、主体が日々たずさわるもっとも普遍的な行為である。1
政治行為は、三組の種類のものに大別できる。すなわち、(1)脅迫・強制、(2)取引・搾取、(3)説得・誘導である。それぞれについて手短に説明しておこう。
まず、ある主体(自分)が、他主体(相手)に対して、かくかくの行為を実行(ないし断念)して欲しいという希望を伝達することを“要求”と呼ぶならば、“脅迫”とは、「自分の要求を容れてくれなければ相手を攻撃する」という意図の伝達(コミュニケーション)である。ただし、ここで“攻撃”とは相手にとっての世界状態の悪化を目標とする行為(つまり、相手の損になるような行為)を自分が実行することを意味する。そして“強制”とは、相手の希望や意図の如何を問わず、(多くの場合、相手の行為能力を喪失させることを通じて)自分の希望を実現することを目標とする行為をさす。
次に、“取引”とは、「自分の要求を容れてくれれば相手に協力する」という意図の伝達である。ただし、ここで“協力”とは相手にとっての世界状態の改善を目標とする行為(つまり、相手の得になるような行為)を自分が実行することを意味する。そして“搾取”とは、自分がもともと覚悟していたよりも低いレベルの協力で、相手との取引に成功することを意味する。つまり、相手からすれば、自分からもっと多くの協力を引き出せたにもかかわらず、その機会を逸してしまうことを意味する。
最後に“説得”とは、「自分の要求を容れることそれ自体が、相手にとって得になる」、つまり、相手の世界状態の改善につながることを示そうとするコミュニケーションである。それに対し、“誘導”とは、自分が希望している行為を相手が自発的に実行(断念)したくなるような状況を、相手の周囲に作り出すことをいう。相手が自分の説得に応ずることで、結果的に自分の希望も実現されるとすれば、相手は自分に説得されると同時に誘導されることにもなる。
以上の説明からもわかるように、脅迫は強制と不可分の関係にたつ。自分の脅迫が相手に容れられなければ、その信憑性を保証するためにも、自分としては強制に訴えざるをえなくなる。でなければ、以後誰も自分の脅迫を真に受けなくなるだろうからである。他方、搾取は取引につきものである。ある取引が可能になる条件に幅があるとすれば、幅の両端のいずれかで取引が行われない限り、取引当事者の双方が、取引にさいしてなにがしか相手に搾取されたのではないかという疑惑(というか正しい認識)を、もたざるをえないだろう。同様に、自分の説得に応じた相手は、かりにそれが相手の得になったことは間違いないとしても、同時に自分によって誘導されているのではないかという疑念――この場合はそれが正しいとは限らないのだが――を、しばしば抱くだろう。2
脅迫・強制のパワーは、もっとも端的には、暴力、つまり軍事力の保有や行使として発現する。他方、取引・搾取のパワーは、取引の代償として経済財の提供や、その使用の代行などが提案される場合が恐らくもっとも多いことを考えると、経済力ないし産業力と不可分の関係に立つだろう。これに対し、説得・誘導のパワーは、主体の知力ないし情報力と最も密接に関連しているだろう。この本では以下、軍事力を脅迫・強制力と、経済力を取引・搾取力と、情報力を説得・誘導力と、事実上同一視することにしよう。
第2節:近代化の三つの波
この本での最も基本的な仮説の一つは、「近代化は、互いに継起し複合していく、軍事力、産業力、および情報力のエンパワーメントの波の形をとって進んでいく」というものである。同じことを、「近代文明の進化は、(近代)軍事文明、(近代)産業文明、(近代)情報文明という三つの波の継起的複合の形をとる」といい直してもよい。
この仮説は、さしあたり次の第2 - 1図のように図示してみることができる。近代文明とそれを構成している三つのエンパワーメントの波の出現自体は、領土的な権力体の自立化(封建化)、政治的に自立した地域相互間の経済的結合(商業化)、自立した地域内での知的な卓越と交流をめざす発展(人文化)などの形をとって、おそらくほぼ同じ時期に、同時並行的、かつ緩やかに起こっている。たとえばヨーロッパの場合は、6世紀から15世紀にいたる千年ほどの期間に、日本の場合は10世紀から15世紀にいたる期間に。しかし、個々の波の急激な立ち上がりは、ヨーロッパの場合、16世紀の半ば以降、ほぼ200年の間隔をおいて継起的に起こった。日本の場合は、事態はより複雑であって、まず軍事化の波がヨーロッパとほぼ同時期に出現したところで、16世紀の中葉、ヨーロッパ近代文明との第一次の“邂逅”が生じ、ヨーロッパの軍事力の一つの中核(鉄砲)が日本にも伝播した。またヨーロッパに出現していた情報力の一部(一神教)も、同じ頃日本に伝播した。しかし、日本はこの二つ共に、程なく捨て去り、同時に海外進出の動きも抑制して、国内での自生的な経済発展(“勤勉革命”)を出現させた。しかしその過程で、軍事化に続いて産業化の波を立ち上げたヨーロッパとの第二次の邂逅が生じ、それ以降の日本の近代化過程は“西欧化”の過程としてのコースをたどることになった。日本は、西欧がそれぞれ約200年かけて達成した軍事化と産業化の立ち上げ過程を、それぞれ約100年で模倣することに成功し、近代化第三の波にあたる情報化の立ち上げについては、ほぼ同時期にそれを遂行しつつある。以下、近代化の三つの波を考えるにあたっては、ヨーロッパ(およびアメリカ)で生じた動きをモデルとして見ていくことにしよう。
近代化の波は、それぞれ、それを推進する原動力ともいうべき種類のパワー(核パワー)を持ち、その保有や行使に関する権利をみずからのものとして自覚し主張する主体群(核主体)とその自覚的なメンバー(下位主体)、およびそれらの核主体を構成要素とする広域的な社会システム(それ自体は主体とはみなせないようなシステム)を生み出す。それぞれの核主体は、それにふさわしい活動空間を見いだして、独自の産物の大量産出を試みると同時に、広域的な社会システムを舞台として、それぞれの波に独自の目標(抽象・一般化された核パワーの追求と行使)の実現をめざす“社会ゲーム”のプレヤーとなる。それぞれの波が進行していく中で、主体や広域的システムのあり方、および社会ゲームのルールや利得、戦略などが制度化されていく。それと共に、ゲームが効果的に普及した場合に実現することが期待される社会秩序の抽象理念化もまた、進行する。また、それぞれの波において基本権として自覚され制度的に確立した権利を補完する役割を果たす、新しい種類の権利の必要も意識されるようになる。
そこでまず、上記三つの波のそれぞれについて、その基本的な特色を概観しつつ定式化しておこう。(まとめについては第2 - 1表参照)
軍事化の波 近代化の第一の波は、宗教文明帝国(西欧のローマ帝国や日本の律令国家)の周辺における領土的権力体の自立(および自律)の試み、すなわち“封建化”の試みから始まった。だが、第一局面の進化を加速させて本格的に立ち上げたのは、16世紀を中心に起こった一連の軍事的エンパワーメント(軍事革命)であって、これを通じて、近代的な主権意識をもち、それを神聖視する国家(近代主権国家)とその国民、および主権国家にとっての活動の舞台となる国際社会が、共進化を遂げていく。国際社会(あるいは人間にとっての新たな活動領域としての地政学的空間)は、主権国家がプレヤーとなり、一定のルールに従って行われる社会ゲームである“威のゲーム”の場となった。
威のゲームにおける主体間の相互行為の範型は、“闘争”であり、その目標は“(国)威”すなわち、一般的な脅迫・強制力の増進と発揚であった。そのためには、個別的な脅迫・強制力としての“領土”(および領民)を、戦争(主権国家による軍事力の行使)を通じてまず入手し、外交を通じてその保有を国際的に正当化した。つまり、領土は国際的に認知される“国威”に転換された。この意味での“領土”とは、一定の手続きによるその割譲(つまりそこに及ぶ主権の放棄ないし移転)の可能性が前提されている、主権国家の保有にかかる土地や人民に他ならない。つまり、言葉を変えていえば、主権国家は、地政学的空間の中に自国の領土を広げ、それを自国の領民で満たそうとするのである。他方、主権国家のメンバーとなった一般の人々、つまり国家の臣民の第一の義務(かつ権利)は、兵士として戦争に参加すること(国民皆兵)になった。また国家の統治機構としての政府の役職につく権利や資格も、次第に多くの人々に与えられていった。
威のゲーム自体は、国際社会を場として分散・分権的に行われたが、個々の主権国家はその領土の中では、武力の保有や使用を集権的に管理しようと努めた。各国の国民にとっての“平和”(ないし安全)は、その属する国家が威のゲームに勝って国威を増進すると共に、国内での武力・暴力の保有や行使を効果的に統制することによって達成されると考えられた。とはいえ、国家がその手中に軍事力を集中した上で、国家の内外に対するその行使を専制的に行われたのでは、その国民の安全や福祉は必ずしも保証できない。そこで、国家が排他的に保有し行使すると主張する主権それ自体を、そのメンバーである国民の制御下に置こうとする“主権在民”思想の台頭やその現実化の試み、つまり国家の“民主化”の試みが、威のゲームで優位を占めた近代主権国家の間では、ひろく行われ成功するようになった。その過程で、最初は国家主権を一身に具現する国王の“臣民”としての意識や行動様式をもつところから出発した近代国家の国民たちは、しだいに自らが主権者であるという自覚を持つ、“公民”へと成長していった。その結果として、今日では、少なくとも国内の平和と安全に関する限り、民主主義的な主権国家による集権的な統治のシステムの有効性は、広く認められている。ただし、仮に民主主義的な多数決に基づいたにせよ、国民は、国家が冒してはならない一連の権利、すなわち“人権”を保有していて、国家はそれを尊重しなければならないという考え方が、近年ではますます強くなってきている。つまり、国家主権を補完するものとしての国民の“人権”の観念が、第一の波の成熟と共に、確立していくのである。
他方、威のゲームの国際的な正統性は、20世紀にいたってゲームのルールを無視する(たとえば、世界の征服をもくろむとか、戦時国際法を遵守しないとか)プレヤーが続発することによって、次第に失われていった。侵略戦争が国際的な犯罪とみなされるようになると、威のゲームはもはや社会ゲームとしては成立しえなくなる。それは同時に主権国家がもつとされた主権性の動揺をもたらす。今後は、戦争が根絶されたり、主権国家が消滅したりすることはありえない 3 にしても、戦争や主権国家自体の性格は大きく変質していかざるを得ないだろう。
産業化の波 戦争と同様、商業も、人類の歴史と共に古い。しかし、近代化の第二の波としての“商業化”は、発生と進化の途上にあった封建的権力体の間をつなぐ商業活動の試みとしてまず始まった。12世紀におけるヨーロッパの“商業革命”は、商業活動が異文明であるイスラム文明との間にまで拡大したことを示している。
この第二の波を本格的に立ち上げたのは、18世紀の後半以来一気に加速した一連の経済的エンパワーメント(産業革命)であって、これを通じて、私権としての私有財産権を神聖視する近代的な産業企業とその市民(従業員および企業の製品の購入者としての人々)、および産業企業の活動の舞台となる世界市場が、共進化を遂げていく。世界市場(あるいは人間にとっての新たな活動領域としての工学的空間)は、産業企業がプレヤーとなって、一定のルール(商法や民法など)に従って行われる社会ゲームである“富のゲーム”の場となった。このゲームにおける主体間の相互行為の範型は、“競争”であり、その目標は“富”すなわち、一般的な取引・搾取力の蓄積と誇示であった。そのためには、個別的な取引・搾取力としての“商品”を、生産(産業企業による経済力の行使)を通じてまず入手し、販売を通じてその有用性を社会的に正当化した。つまり、個別的な商品は、市場で売られることによって“富”に変換されるのである。この意味での“商品”とは、一定の手続きによるその譲渡(つまり、それに及ぶ所有権の移転)の可能性が前提されている、産業企業の所有にかかる財やサービスに他ならない。つまり、言葉を変えていえば、産業企業は、工学的空間の中を人工物、すなわち自らの生産した財やサービスで満たそうとするのである。現に産業社会に生きるわれわれの生活は、ほとんど全面的に各種の人工物に取り囲まれているといっても過言ではないほどである。
産業企業のメンバーとなった一般の人々、つまり会社の従業員の第一の義務(かつ権利)は、生産・販売者として企業活動に従事することになった。もちろんこれらの人々は、近代国家の国民でも同時にあるわけだが、その両面の意味をこめた「シティズン」(市民ないし公民)という呼び名も、近代産業社会では広く通用するようになっていった。
富のゲーム自体は、世界市場を場として分散・分権的に行われたが、個々の産業企業はその中では、経済力の保有やとりわけ使用を集権的に管理しようと努めた。産業社会の市民、すなわち各企業の従業員および企業の生産する商品の購入者にとっての“繁栄”(ないし豊かさ)は、その関係する企業が富のゲームに勝って富を蓄積すると共に、社会全体としての富のゲームの円滑な進行が保証されることによって達成されると考えられた。
主権国家およびその国民の観点からすれば、分権的な社会ゲームとしての富のゲームの自由を認めることが、社会ないし国家・国民の繁栄につながるという保証は必ずしもなかった。むしろ独占の発生や、貧者と富者との間の富や所得の格差、階級分裂の固定化などが懸念された。その対策として考えられた一つの方式は、武力と同様経済力もまた主権国家の集権的・計画的な保有と使用に委ねるという“社会主義”的解決であった。しかし、20世紀の経験を通じて、この方式の有効性のなさが明らかになった。今日では、産業活動は私的所有権を認められた企業の分権的なゲームに委ね、主権国家は、そのルールの強制者となる一方、富や所得の部分的再分配、あるいは景気や雇用の部分的なコントロール、および国民生活の安全や環境の保全を目的とした企業活動の規制に携わるという補完的な役割に徹することの有効性が、広く認められるにいたっている。また近年では、企業の経営そのものに対して、企業の株主や株主の委託を受けた経営者だけでなく、企業の従業員や、企業の生産・販売する商品の買い手としての市民も、利害関係と共に発言権をもっているとする産業民主主義、ないし産業市民主義的な考え方が有力になりつつある。それと同時に、私有財産権は単に国家主権との関係で一定の制約を受けるばかりでなく、主体を取り巻く自然・社会環境との関連でも、やはり一定の制約に服さなくてはならないとする“環境権”の主張も、広汎な支持を得つつある。これは、国家主権を補完する権利として人権の伸張が見られるにいたった過程と軌を一にしているということができよう。
他方、富のゲーム自体の世界的な正統性に対しては、20世紀の後半にいたって企業の多国籍化など富のゲームの世界化が一段と進む中で、さまざまな疑問が出され始めている。とりわけ近年、第三次産業革命としての“情報産業革命”の開始や、近代化の第三の波としての“情報化”の本格的立ち上がりにともなって、そうした疑問はさらに深刻なものになりつつある。しかし同時に、個々の主権国家による経済(あるいは富のゲームの場としての市場)に対する補完的な制御の有効性に対しても、それ以上に深刻な疑問が出されている。とはいえ、今日までのところ、商取引そのものの正統性までが疑問視されているというわけではない。もちろん、情報化や情報産業革命の進展と共に、主権国家だけでなく産業企業のあり方もまた、大きく変化していかざるを得ないだろう。しかし、威のゲームの非正統化が進んだほどには、富のゲームの非正統化は進まないと考えられる。それどころか、これから21世紀にかけての第三次産業革命の進展と共に、富のゲームは、若干の変質と成熟化を伴いながらも、さらに広くかつ深く普及していくと考えられる。
情報化の波 商業と同様、情報や知識の創造と普及を専門とする職業や組織の発生も、ほとんど人類の歴史と共に古いといってよいだろう。しかし、近代化の第三の波としての人文化は、発生と進化の途上にあった封建的権力体の境界を超える知的な卓越性と交流をめざす活動の試み(たとえば西欧の場合でいえば6世紀のベネディクト修道会の結成や12世紀の大学の出現)として始まり、14世紀以降のルネサンスや宗教革命、15世紀の印刷革命、さらには17世紀の科学革命へと引き継がれていった。
第三の波の本格的立ち上がりをもたらしたのは、1950年代以来加速した一連の知的エンパワーメント(情報化)であって、これを通じて、公権としての国家主権や私権としての私有財産権とは異なる、いわば“共権”とでも呼ぶことが適切な“情報権”4 を神聖視する近代的な情報智業 5 とその智民(智業のメンバーおよび智業の働きかけの対象としての人々、英語では“ネティズン”)、および情報智業の活動の舞台となる地球智場が、共進化を遂げていくだろう。個人や組織にとって、知力ないし情報力が、これまでの軍事力や経済力に勝るとも劣らぬパワーとなりうることは、すでに広く認められ始めている。地球智場(あるいは人間にとっての新たな活動領域としての智的空間ないしサイバースペース)は、情報智業がプレヤーとなって、一定のルール(たとえばNPO法のような)に従って行われる社会ゲームである“智のゲーム”の場となるだろう。現在爆発的に拡大しているインターネットの本質は、それが果たす地球智場としての機能にある。つまり、インターネットこそ、ここでいう地球智場の具体化に他ならないのである。
智のゲームにおける主体間の相互行為の範型は、威のゲームのような“闘争”でもなければ、富のゲームの場合のような“競争”でもない。それは“協働”とでも呼ぶことがふさわしい相互の説得・誘導である。そして、智のゲームの目標は、“智”すなわち、一般的な説得・誘導力の獲得と発揮にある。そのためには、個別的な説得・誘導力としての“通識”を、創造(情報智業による知力の行使)を通じてまず入手し、普及を通じてその有用性を社会的に正当化しなければならない。つまり、個別的な通識は、智場で受け入れられることによって“智”に変換されるのである。この意味での“通識”とは、一定の手続きによるその普及ないし通有の可能性があらかじめ前提されているところの、情報智業の創造にかかる知識や情報に他ならない。6 つまり、言葉を変えていえば、情報智業は、“智的空間”の中を自らの創造した知識や情報で満たそうとする。あるいはそれらの知識や情報が具象化あるいは具能化した“バーチャル・リアリティ”や“バーチャル・ライフ(つまり、最近使われている言葉でいえば、ネットワーク上のエージェント)”で、満たそうとするのである。
また、ここでいう“智のゲーム”は、知の超分散システムともいえる“地球智場”を場として、超分散・分権的に行われることになるだろう。個々の情報智業はその中では、知力の保有やとりわけ使用を、他の智業(あるいは政府や企業)や智民(あるいは国民や市民)たちとの間に形成される各種の社会的ネットワークを通じて協働的に管理しようと努めるだろう。智民、すなわち各智業のメンバーないし諸智業が普及の対象とする通識の通有者にとっての“愉快”(ないし満足)は、その属する智業が智のゲームで優れた成果をあげて智を獲得すると共に、社会全体としての智のゲームの円滑な進行が保証されることによって達成されると考えられる。
しかしながら、主権国家およびその国民の観点、あるいは産業企業およびその市民の観点からすれば、超分散的な社会ゲームとしての智のゲームの自由を認めることが、みずからの愉快や満足の実現につながるという保証は必ずしもない。むしろ知的独占の発生や、地域間、世代間、職業間等にわたる情報貧者と情報富者 7 との間の知識や情報の格差、あるいは階級分裂(最近の言葉でいえば“デジタル・ディバイド”)などの、発生と拡大、あるいは固定化が懸念されるようになる可能性がある。超集権的な情報管理社会(「1984年」)の悪夢は、そのもっとも極端なものである。ただし現実には、知識や情報の超集権化はまず不可能であろう。むしろ、超分散化の行き過ぎによる社会的な紐帯の崩壊の危険の方がより現実的だろう。
情報化の初期に見られる“デジタル・ディバイド”の拡大は、“賢者”の側に加わりたいという意欲をかき立てることによって、一面において情報化そのものを推進する誘因として機能するだろう。他面ではそれは、“愚者”としておとしめられたくないという意欲をかき立てることによって、情報化の進展(少なくとも急速な進展)に反対してその動きを押しとどめようとする既存の組織(国家や企業)やそのメンバー(国民や市民)の“新ラダイト”型の反対運動を刺激すると同時に、情報化を積極的に進めていく中で格差の縮小ないし解消をめざそうとする智業や智民の活動の誘因ともなるだろう。情報化を強引に推進しようとする流れが、それを力ずくでも押しとどめようとする流れと対立する結果が、産業化の初期に見られた“市民革命”に匹敵する“智民革命(ネティズン革命)”を誘発しないとも限らない。あるいはまた、智民たちは、情報化に名を借りた智場(インターネット)の性急な市場化や一攫千金を夢見るネット資本主義者たちの台頭に反対して、むしろ新ラダイトたちと連合戦線を組もうとするかもしれない。いずれにせよ、後により詳しく見るように、智民たちの“政治化”の動きはとどまることがなく、遅かれ早かれそれは、智民たちによる情報権の確立から情報社会の“ガバナンス”の要求や試みとなって、大きく展開していくだろう。
他方、より遠い将来には、軍事社会での主権の制限としての人権擁護や、産業社会での所有権の制限としての環境権の擁護に似た、情報社会での情報権の制限としての“身体権”の擁護の動きも起こってくると思われる。少なくとも、環境を破壊するような企業活動の自由にはなんらかの制約が加えられてしかるべきだという認識が広がってくるのとまったく同じように、人間の身体の破壊につながるような“言論の自由”や“布教の自由”ないしは“説得の自由”には、なんらかの制約が加えられてしかるべきだという認識も、20世紀後半以来達成された“洗脳”面でのエンパワーメントの大きさとその危険性とが自覚されるにつれて、智民たちの間に広く通有されるようになっていくだろう。
それはともかく、軍事化によって軍人貴族(武士階級)や傭兵の軍隊が国民軍に転換し、産業化によって特権的な商人や職人の営んでいた商工業が、ひろく一般市民の営む活動となったように、情報化は、知識や情報の創造や普及を一般智民の営む活動に転換させるだろう。これまでの産業社会の市民は、物的生活では生産者用機械だけでなく消費者用機械(乗用車や家電製品)の積極的な使用者となったにも関わらず、情報生活では受動的な“カウチポテト”にとどまっていた。知識や情報の創造と普及は、専門家としての学者や芸術家たちによって、市場やマスメディアをプラットフォームとして行われていた。しかし、情報化の進行は、軍事において一般国民が果たし、経済活動において一般市民が果たしたのと同様な役割を、知的活動において一般智民に与えようとしている。言い換えれば、情報社会における“情報コンテント”の圧倒的に多くの部分は、智業や智民たち自身によって創られ、通有される。同時に、その創造や普及の組織も、これまでの大学・研究所やマスメディアから、智業と智民による超分散的な知のネットワークに変わっていくと思われる。つまり、情報社会における知識や情報の交流の大原則は、その双方向性と遍在性である。寡占的な知識・情報の生産・流通センターからの一方的な情報提供や、それに特化した情報通信インフラは、消滅してしまうことはないにしても、ごく限られた役割しか果たさなくなっていくだろう。
さらにいえば、智業や智民の社会的機能は、知識や情報の創造や普及・通有にとどまるものではない。あるいは、単なるコミュニケーション(交流)にのみとどまるものではない。さらに進んで、知識や情報を積極的に活用した社会的な目標の達成にも、彼らは協働して携わるようになるだろう。つまり彼らは、政府や企業には頼らないで、自分たち自身の力による目標の実現をめざすさまざまなコラボレーション(協働)の組織者ともなるだろう。とはいえ、それは、企業・市民や国家・国民とのコラボレーションを排除するものでないことはいうまでもない。むしろ協働は、智業・智民の間だけにとどまらず、企業・市民や国家・国民との間にも、そして一地域や一国の境界を超えてグローバルにも、推進されていくだろう。そうだとすれば、これから普及する智のゲームは、コミュニケーションとコラボレーションの両方の側面をあわせ持つことになる。
産業社会においては、商工業以外の社会活動(たとえば医療や教育)の多くが市場をプラットフォームとして営利事業的に営まれるようになったのと同様、情報社会においては、智業以外の社会活動、とりわけこれまでの営利事業の多くが、智場をプラットフォームとして営まれるようになっていくだろう。その意味では、21世紀の産業活動、あるいは富のゲームは、これまでのような“自由競争”というよりは、協働を基盤とした競争という性格を強く備えるようになるだろう。その意味では、時代は“大競争”ではなくて、“大協働”に向かっているのである。
第3節:S字波の視点からする「歴史の中の現代」の位置づけ
以上が、近代化の三つの波のごくおおまかな概観である。次に、三つの波の本格的な立ち上がりが、互いに約200年の間隔をおいて起こっていることに注目して、それらの相互関係を考えてみよう。そのために、「S字波の視点」とでも呼ぶことのできる、社会システムの変化を捉えるための一つの基本的な枠組みを利用してみよう。すなわち、
1.社会的な変化は、まず緩やかに“出現”し、次いで急激に“突破”し、最後に(しばしばオーバーシュートを伴いつつ)“成熟”にいたる三つの局面を持つS字波の形で起こる
2.あるS字波が成熟局面に入るころ、しばしば新しいS字波が出現する
3.あるS字波の各局面は、それに対応するより小さなS字波に分解できる
ものと考えてみよう。(第2 - 2図参照)このような視点に立つと、同一のレベルでの一連の社会変化は、しばしばS字波の連鎖の形をとって発生するとみなせることになる。また、あるレベルの社会変化は、それを構成する下のレベルでのいくつかの(典型的には三つの)S字波の社会変化連鎖に分解でき、それぞれの連鎖の環は、さらにより下のレベルのS字波の社会変化連鎖に分解できることになる。つまり、全体として、社会変化の過程は、S字波連鎖のフラクタル構造をなしているとみなせることになる。
そしてこの視点を、近代化の三つの波の本格的な立ち上がりの時期に適用して、近代化の「歴史の中での現代」の位置づけを試みてみよう。その結果をもっとも巨視的な形で図示したのが、第2 - 3図である。この図には、近代化の立ち上がりが16世紀の中葉から軍事化の波の立ち上がり(の出現過程として)まず本格化し、その後約200年ごとに、産業化の波と情報化の波とがそれぞれ立ち上がっているという認識が示されている。現在、つまり西暦2000年がこのような近代化過程の中で占める位置は、図の丸によって示されている。すなわち、西欧近代文明(およびそれを模倣して進化してきた日本近代文明)は今、軍事化によって出現し産業化によって突破してきた全体としての近代化過程が、いよいよその成熟の局面にさしかかろうとしているところであって、それをより詳しくみれば、“産業化の成熟”(すなわち近代化の“突破の成熟”)と“情報化の出現”(すなわち近代化の“成熟の出現”)の局面を同時に経過しつつあるところだというのが、この図の示唆するところである。そこで次に、近代化の波の後半に焦点を合わせて、S字波の視点をさらに倍率を上げて適用してみよう。
[次号「第2 - 4節:産業化のS字波と情報化のS字波」に続く]
1 ここに定義した意味での政治行為の一部は、経済行為と重なりうる。たとえば他の主体が保有している経済財の入手を目標とする行為は、経済行為であると同時に、政治行為でもありうる。
2 搾取と誘導の正当性に対する感覚は、明らかに文化によって異なっている。私の日米の大学院での授業経験によれば、取引に伴う搾取(とくに売り手の側のそれ)を許し難いとみなす程度は、アメリカよりも日本の学生たちの方が高い。逆に、説得に付随しているかもしれない誘導に対する不信の念は、日本よりもアメリカの学生たちの方が高い。
3 それどころか、近代国家は、威のゲームのプレヤーであることを止めると同時に、その“主権”の一部を上位の国際機関や下位の地方組織に委譲することによって、むしろその黄金時代に到達する可能性があるという見方をしている人さえいる。(公文俊平編著、『ネティズンの時代』(NTT出版、1996年)、215ページ参照。
4 ここでいう“情報権”には、(a)積極的な(自分の)行為権と、(b)消極的な(他者への)請求権の二つの側面が考えられる。また、(1)情報や知識の処理にかかわる権利と、(2)その過程で生成した情報や知識の帰属にかかわる権利、および、(3)自分自身に関する情報や知識の管理にかかわる権利、などに分類してみることもできる。それらを組み合わせると、
(1a)情報自律権 (1b)情報セキュリティ権
(2a)情報帰属権 (2b)情報プライオリティ権
(3a)自己情報管理権 (3b)情報プライバシー権
といった分類が可能になる。
5 この“智業”は、情報社会の核主体に対して、私が仮に与えた呼び名である。一般には、20世紀の後半になって、既存の国家(やその政府)でも営利企業でもない新しいタイプの組織が多数出現してきたことの自覚に伴って、それらをNGO(非政府組織)あるいはNPO(非営利組織)と呼ぶ、いってみれば消極的な規定が広く用いられている。しかし、そうした規定は、これらの新種の組織が積極的には何であるのかを示すものではない。もちろん、“ボランティア”という言い方もはなはだ不適切である。兵士でも少なくとも志願兵となる国民はボランティアだといってよいだろう。同様に、企業の従業員として応募してくる市民は、やはりボランティアである。他方、智業のメンバーである智民たちも、ボランティアだからといって、何の組織的統制にも服さず好き勝手に行動しているケースはごく希だろう。そこで私は、情報社会に出現してくる新種の組織のことを、“智のゲーム”のプレヤーであるところの“智業”として、積極的に規定しようと思う。
6 たとえば、後述するナプスターやヌーテラのようなプログラムのディレクトリーに登録されることによって、誰でもその所在や内容の概要を知ることができ、欲しければいつでもダウンロードできるようになっている情報や知識は、ここでいう通識の典型例である。
7 知力の保有ギャップを“富者”対“貧者”のギャップとして表現するのは、富のゲームからの類推である。他方、“情報強者”対“情報弱者”という言い方は、威のゲームからの類推である。いずれも、智のゲームにおいて発生するギャップの記述としては十分に適切とはいえない。智のゲームとの関係では、むしろ“賢者”対“愚者”のギャップという方がより適切なのではないか。