$$$ワインはバブルの象徴?
林紘一郎(特別研究員)
★半年ぶりのニューヨーク
私はコロンビア大学の、通信・情報研究所の訪問研究員をしていることもあり、毎年1度はニューヨークに滞在することにしている。かってビジネスマンとして1992年に赴任した当初は、犯罪率が最高で、大通りでさえ前後左右に気を配りながら、早足で歩いた記憶がある。しかし滞在期間の後期は、もう立ち直りは困難かと思われていた景気と安全とが同時に回復し、今日まで続く異例に長い繁栄が始まった。
その後、今度は短期滞在者として半年か1年周期で訪問する身になったが、行くたびに街が綺麗になり、安全を肌身で感じることができるようになった。とりわけタイムズ・スクエアやバス・ターミナル周辺から、ポルノ・ショップがなくなり、ホームレスの数が激減したことには驚かされる。90年代の世界経済は、文字どおりアメリカの「独り勝ち」で、一体この繁栄がいつまで続くのだろうか、という話題がいつまでも続いている。 今回は、ケーブル・テレビの全国大会であるNCTA(ニュー・オルリーンズ)に、日本のケーブル事業者の方々と同行したついでに、半年ぶりに立ち寄った。この「天国」がいつまで続くのか、「地獄」を知っている私には気がかりだが、景気と安全のレベルは以前と同じか、考えようによっては一層改善されていた。
★ステーキ・ハウス
さらに驚いたのは、アメリカ人の消費性向の強さである。同行者の中に「アメリカは初めてなので、なんとしてもステーキが食べたい」という人がいたため、急遽4人組を作り、レストランに繰り出した。木曜日の午後7時のことである。まずは「スパークス」というリーズナブル・プライスの店を覗いて見ると、既に席は満席でバーで飲んでいる連中が入り口から道路まではみ出している。これではいくら待ってもだめとすぐに諦め、いささか割高だが高名な、スミス・アンド・ウォレンスキーという、もう1軒に向かった。こちらも人気のある道路寄りの席は埋まっていたが、幸い4人組を組んでいった作戦が図に当たり「4人なら席はある」ということになった。
さて着席して周りを見回すと、日本人らしき客は我々だけで、ほとんどがアメリカ人とおぼしき客である。(もっとも世界都市ニューヨークのことゆえ、顔つきや物腰からアメリカ人と断定して、失敗した経験は山ほどあるが。)しかし、7〜8年前なら必ずいたであろう、日本人の集団がほとんどいないことは確かであった。
またこの店は相当収容力があるので、前に来たときは閑散とはいかないにしても、ゆとりのある座席だったように記憶するが、今度はあの大柄な連中をこんな席に詰め込んだら酷ではないか、と思われるほど窮屈なセッティングだった。
★$$$ワイン
料理を注文する段になって、急速に昔の思い出が蘇ってきた。そうだ、この店にはフツーのワイン・リストと「ライブラリー」という皮表紙の高級リストがあるはずだ。前回は見栄を張ったので、席に置いてあったフツーのリスト(30$クラスまで)に目もくれず、「もう少し高級なワインはないか」と頼んだところ「ライブラリー」を見せられた。一見して、大失敗だったことに気づいたが後の祭り。すべてが3桁ドルだったのに断ることもできず、中では最低に近い105$のを頼んだ記憶がある。
ところが今回は、この2つのリストが始めから席に置いてあるではないか。そして、もう一度周りを(今度はこっそり)見てみると、アメリカ人とおぼしき客は何の抵抗もなく、$$$ワインを飲んでいる(ように、少なくとも私には見えた)ではないか。私たちは、2人がフツーのワインのハーフ・ボトルをシェアし、2人はソフト・ドリンクを飲むという「つましい」食事をしたのに、勘定はワイン派が70$、他が55$という結果だった。前回よりも価格が全体に高くなっているようだ。そして、あの$$$ワインは何と表現したらいいだろうか。かって銀座や赤坂の高級店に来ていたワインが、今ではウォール街やサンフランシスコなどに「横取り(?)」されているという噂は聞いていたが、まさにその噂を目撃したような気分だった。
★ワインノミックス
アメリカの経済が「バブル」ではないかという懸念は根強い。しかしバブルの本質は、どこまでが実体で、どこからがバブルであるかが判然としないことである。そこで私のような「実感経済学者」は、ワインの飲み方で経済状況を表すワインノミックスを提唱したい。
かって世界中のマクドナルドの店を回り、ビッグ・マックがいくらするかを集計した「マックノミックス」が話題を呼んだが、これは嗜好品ではなく日常品を基準にしているので、物価の一般水準を測る尺度としては有効だが、バブルには向かない。これに対してワインはまさに嗜好品であり、「バブル計測器」たりうるのではなかろうか。
さて、この計測器による私の観察結果は、かって2桁ドルのワインで満足していた人達が、こぞって3桁のものを飲んでいるのだから、$$$マイナス$$=$、つまり今の株価が3分に2に縮んだあたりが「実体」ではないかという気がする。他の「実感経済学者」や、「理論経済学者」の反論を期待したい。