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Center for Global Communications,International University of Japan

智場、GLOCOM Review、コラム…


 

「非継続的=破壊的政策(Disructive Policy)」としての情報政策

山内康英(所長代理)

 森政権は就任以来、「IT技術」の導入について積極的な取り組みを見せています。しかし日本が「『情報化』先進国」であり、すでに1980年代から各種の政策を実施していること――しかしながら、なかなか所期の成果を上げていないことなど――を考えれば、日本の情報政策の立案と実施についての道筋は、依然として平坦ではないように見えます。今後、あり得べき問題点を社会全体として考え、可能な範囲で解決の方針を組み込んでおくことは有益でしょう。GLOCOMの「協働研プロジェクト」は、「政策形成支援プラットフォーム・コンソーシアム」1のメンバーとして、情報政策の決定過程に関する調査研究を行っており、この2年間の研究結果の一部を、「情報政策の『I-Dilemma』=Innovator's Dilemma/Informatization-Dilemma」としてまとめています。

「非継続的=破壊的政策(Disruptive Policy)」2

 最初に、一つのアナロジーから議論を始めたいと思います。昨年から日本でも、広く話題になった『イノベーションのジレンマ』3の中で、ハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授は、「破壊的=非継続的技術(disruptive technology)」と優良企業の陥る罠について分析しています。優良企業は、顧客の声に鋭敏に耳を傾け、顧客の次世代の要望に応えるように、積極的に技術、製品、生産設備に投資します。しかしながら逆説的に、このために既存の「価値のネットワーク」に捉えられて、「破壊的=非継続的技術」への対応に失敗しがちである、これが「イノベーターのジレンマ」です。

 日本の情報政策について考えるとき、この経営学のモデルとの類似性が看取されるのではないでしょうか。「破壊的技術論」のアナロジーで言えば、20世紀型産業の中に作り出した「利害関係者のネットワーク」が、依然として日本の意思決定を縛っており、かつて産業化の優良企業(「Japan Inc.」)だった日本は、この「破壊的=非継続的政策(disruptive policy)」の落とし穴に陥っているのではないか、ということです。世界銀行が『東アジアの奇跡』4で記述したように、日本型産業化の強みは、政治、官僚、産業の強い連携――とりわけ密度の濃い情報共有のメカニズム――にありました。「政策形成」を、政策という財に関する一種のマーケットだとすれば、「開発主義段階」5にあった日本の産業化政策には、政策の作り手と、その顧客の間に強いネットワークがあった、ということになります。ここでの良い政策立案者とは、「政策市場」の声をより良く聴く者であった、ということになるでしょう。われわれの分析によれば、現在、情報社会政策を立案する政策担当者は、「破壊的技術」に直面した優良企業と同じジレンマに直面しています。優良企業の場合は「存在しない市場は分析できない」わけですが、政策決定の場合は、「存在しない利害関係者は、政策形成に必要な政治的資源や情報を供給できない」という問題に直面している訳です。これは本質的に21世紀型の産業社会である情報社会政策の利害関係者が、現在のところ、20世紀型の政策市場には存在しないからです。これは21世紀型産業と目される、情報産業、環境産業、バイオ産業、等々に共通するだけに、事態は一層深刻だ、と言うことができるでしょう。

「ネチズン」6の政治化?

 政策形成は、限定された時間と資源のもとで、企画、利害関係者の調整、立法および予算手続き、運用および評価など、異なる多くの主体が関わって、全体として整合性のあるアウトプットを生み出していく過程であり、多様な視点と利害関係を持つ主体が参加する問題解決のプロセスです。アウトプットとしての政策は、一定の「利害関係者のネットワーク(stakeholders network)」に組み込まれており、政策形成は、このネットワークに政策形成の資源を依存しています。21世紀型の産業が、新しい市場を創出するものであるならば、その政策は、新しい「利害関係者のネットワーク」の中に入って――あるいは新しい利害関係者のネットワークを創出しながら――、政策過程を始めなければなりません。最近、さまざまな側面から「ネチズンの政治化(Politicization of the Netizen)」が話題になっています。たとえばGLOCOMフェローでもあるペンシルバニア大学のデビット・ファーバー教授7が、ワシントンD.C.に行って、連邦通信委員会(FCC)の一員となりました。これはネチズンが、既存の「利害関係者のネットワーク」の中に入って、21世紀型産業の利害関係者のネットワークの構築を始めた、という観点から理解できるのかもしれません。

「非継続的=破壊的政策」としての情報政策

 以上のようなアナロジーが適切だとすれば、たとえばインターネットを機軸とする「非継続的な情報政策」は、それが後世の眼から見て正鵠を得た政策だったとしても、多元的議会制民主主義の下にある先進工業国で一朝一夕に実現することは難しい、ということになります。その理由は、多元的議会制民主主義における政策決定過程が、政策の立案、予算措置、立法過程、政策の実施および評価という「政策サイクル」の各側面で、利害関係者のネットワークに拘束されており、ある政策が、その政策化開始の時点で、政策決定過程にビルトインされている利害関係者のネットワークにサポートされていないとすれば、その政策が、原型を保ったまま、この一連のプロセスを経過することは困難だからです。すでに述べたように、この問題は構造的なものであり、「I-Dilemma」に直面しているのは日本だけではありません。有名な例として、幻に終わった米国の1994年通信法を取り上げましょう。

1994年通信法案;忘却の?

 1993年から94年にかけて、米国政府は「1934年通信法」を改正し、既存のCATVや電話会社ではなく、放送や通信といった情報産業の融合する新しい産業の形を考え、このような事業種に対するルール作りを考えていました。これを具体化したのが、S.1822(1994年通信法案)で新しく起草された「Title VII」です。この条項は、通信法「Title II」に属するコモンキャリアー(公衆電気通信事業者)、「Title VI」に属するケーブル放送のいずれにも属さない「Title VII産業」を新設して、音声、データ、画像といった区別によらない広帯域の双方向通信を業務とするISPのような事業種が、独自に発展する道を開くはずでした。

 さらに1994年当時、米国国内だけに高度な情報システムを構築しても、国際経済競争力が回復できるわけではなく、米国の利点を活かせるようなシステムを世界中に張りめぐらせてビジネスを行う、あるいはこうしたシステムを世界中に輸出してこそ、米国経済が立ち直るのではないか、という考え方が生まれていました。ここから一国の情報基盤ではなく、グローバルな情報基盤建設のビジョンを打ち出しました。しかしながらクリントン・ゴア政権は、議会を十分に掌握していなかったため、1994年中に議会で新通信法案を通し、その目途がついたところでグローバルな情報基盤構想を発表する、というスケジュールを考えていたようです。実際、1994年前半に新通信法案は下院を大差で通過しており、ホワイトハウスは情報基盤構想の政策化に強い自信を持っていました。

 以上のように1994年3月から4月にかけて、ホワイトハウスは、早期に通信法を改正し、視野をグローバルに広げ、さらに情報基盤の拠って立つ技術も、長期的な情報革命時代に相応しいものになるように民間を誘導したいと考えていた訳です。このように、既存の電気通信事業の「利害関係のネットワーク」から比較的独立で、西部のコンピュータネットワーク産業に一定の支持基盤を持つ就任当初のクリントン・ゴア政権は、非継続的な情報政策を開始する能力を備えていました。

 ところが1994年後半になって、上院での共和党の抵抗のために、結局、クリントン・ゴア政権は、通信法の改正に失敗してしまいました。その最大の理由は、法案で地域電話会社に過重な規制を掛けた点に求められています。地域電話会社は地域独占の利益を享受しており、また1980年代、市内の電話料金を値上げしたために強固な財務体質を持っていました。このために1994年法案では、地域電話会社が他の事業種に参入する際の条件として、自分のテリトリーで競争が起こっていることの証明を義務付けていました。地域電話会社は、これを不満として上院での修正を期待していましたが、これが失敗したために、結局、法案自体を廃案にしてしまったと分析されています。これに対して「Title VII産業」は、定義的に未来の産業であり、この法案を支持する政治集団としては、ワシントンD.C.に存在していなかったのです。
情報政策のブートストラップ理論(bootstrap theory of information policy)?

 このように情報政策の問題点は、「無から有を作り出す」という意味での「ブートストラップ問題」です。一般に「ブートストラップ問題」に対する処方箋は、当初から構造を作り込んで、正のフィードバックを生じさせることだということができます。

マクロのブートストラップ対処理論:「Hypercycle」

 マクロの処方箋は、二つ(以上)の異なるシステムと、その間の相互作用を同時に設定して、構造変動を起こすことです。たとえば、カリフォルニア大気資源委員会(California Air Resources Board)は、一定割合の電気自動車の販売を自動車メーカーに義務づけました。これは制度と市場に循環構造を作り出すことで「無から有を」生じさせることに等しい訳です。この類推として、たとえばすべての国民が、文化的な社会生活を送るために、インターネットの広帯域サービスを負担可能な価格で受けることができる――広帯域が具体的にどの程度か、ということは段階的に決めるべきですが、当面は1.5Mbps程度が適当でしょう。――という広帯域ユニバーサル・サービスを、このような市場創出の概念から考えることはできないでしょうか。これは政治的に市場を作り出すことに等しく、一種の「legal creativity」と呼ぶことができるでしょう。

ミクロのブートストラップ対処理論:「Genetic Algorithms」

 もう一つのやり方は、小規模の試行錯誤を競争させる中から進化的に構造変動を作り出すことです。たとえば、技術開発では、既存ユーザという「利害関係者ネットワーク」から切り離した小集団を選別し、これが競争的に作業に従事する方式(「スカンク・ワークス方式」)が知られています。具体的には情報政策を分権化し、様々な自治体とNPOの協働関係に完全に委ねることが考えられます。

情報社会政策の「非継続的政策」と政策プラットフォームの役割

  「非継続的政策」のジレンマを解決する方策は、探索のモードを切り替えることだ、と言われています。不確実性の高い環境では、1. これまでとは異なる分散・協働的情報経路を開拓し、2. 問題解決サイクルを頻繁に回して、試行錯誤を繰り返す「経験戦略」が有利です。なお、これとの対比として、製品開発期間の圧縮を行う戦略には、事前に計画を立てて開発フェーズの圧縮をはかる「圧縮戦略」があります。8「協働研プロジェクト」が推進する「政策プラットフォーム」活動9は、作業仮説として、『政策決定過程の「経験戦略」への転換に、社会的知識マネジメント概念に基づいたプラットフォーム活動が有効である』と考えています。

政策形成の自己組織化?

 以上の分析が正しいとすれば、今後、われわれの取り組むべき情報政策は、これまでの産業政策とは大きく異なることになります。それは開発主義段階における「ビジョン行政」からの最終的な脱却を意味するのでしょうが、おそらく問題はそれにはとどまらないでしょう。ビジョン行政は、一種の「マクロのリフレクティブ(reflective:反省的)な意志決定メカニズム」であったということができます。しかし「マクロのリフレクション」は、必然的に既存の概念や利害関係のネットワークからの拘束をもたらします。しかし「非継続的政策」の実施の際には、この「マクロのリフレクション」の捨象や、既存の概念や利害関係のネットワークからの自由が必要だ、とすれば、政策が持つべき全体としての整合性や、政治的決定過程の正統性が揺らぐことになります。まさしく、ここに「イノベーションのジレンマ」がある訳ですが、社会は行動の中で、この二律背反を止揚する以外にありません。その際、「ビジョン」に替わるものは、たとえば「キャナライゼーション」になるでしょう。「キャナライゼーション」とは発生学の言葉で、胚がそれ自体で複雑な体組織を作っていく様子を指しています。社会システム理論の中の「オートポイエシス」という学派が、このような一種の自己組織性を重視しています。この観点からすれば、情報政策は、社会の情報化が伸びていく成長点を観察し、観察者自体がその過程に入って、その方向に資源を投入する、という行為の繰り返しであって、全体像を事前に措定する、という行為ではない、ということになります。10

 それでは果たして、一体、このような「政策イメージ論」が、具体的な政策形成に役に立つのでしょうか。GLOCOMでは1990年代の初めより、第1次クリントン・ゴア政権のホワイトハウス・スタッフなどを含む米国の政策担当者と積極的に意見交換を続けてきました。その中で、繰り返し「米国の情報政策如何」という問いを投げかけてきたのですが、いずれも返ってくる答えは、一種のアナロジーか、あるいはきわめて法律論的、技術論的で、短・中期的な「ビジョン」を持っていない、というのが印象的でした。あるスタッフは、インターネットの「生物アナロジー」を示唆してくれましたし、別の担当者は、「川の流れと船のアナロジー」を披露してくれました。後者を簡単に説明すれば以下のようなものです。『川の流れと速度が異なっているとき、船の操舵は容易である。川の流れの方が速くても、船の速度の方が遅くても良い。問題は、川の流れと船の速度が一致したときで、このときには原理的に操舵不能に陥るため、細心の注意を必要とする。現在の情報政策において、市場と政府の関係はこれと同じだ。』

  「非継続的政策」の根底に「非継続的世界観」があるとすれば、われわれは「政策形成におけるイメージ(ないしは世界観)」について真剣に考えることが必要なのではないか、と思います。具体的に言えば、たとえば「規制緩和」という制度的操作を行う際、それがオートポイエーシス的な成長を市場にもたらすか否か、という上位の観念に照らすことが必要なのではないだろうか、ということです。

今後、多発する「I-Dilemma」

 さて、「Informatization-Dilemma」としての「I-Dilemma」は、何よりも「破壊的技術」としてのインターネットで顕著です。「破壊的技術」としてのインターネットは、「ベスト・エフォート」の狭帯域サービスから市場に入り、ローエンドの電気通信サービスを席巻すると同時に、急速な技術革新とインフラ構築を継続的に行って、近い将来、ハイエンドの市場にも参入するでしょう。ここで言うハイエンドのサービスとは、通信と放送が融合した市場です。しかし「Informatization-Dilemma」としての「I-Dilemma」は、インフラストラクチャーとコンテンツの間など、各所に生じています。これを別な観点から見れば、誰が21世紀型社会の政治的指導力を発揮するのか、という意味で、日本社会の 「InitiativeDilemma」でもあります。われわれは政策プラットフォーム活動などが、ネチズンの政治化を通じて、このような複合的な「I-Dilemma」にどう取り組んでいくのかに注目したいと考えています。

【注】

1 「政策形成支援プラットフォーム・コンソーシアム」は、慶應義塾大学、国際大学GLOCOM、政策分析ネットワーク(東京財団)、編集工学研究所が運営する活動です。http://www.glocom.ac.jp/project/ppcon/ なお、本稿作成は、前田充浩(政策研究大学院大学助教授)、渋川修一(通商産業研究所研究員)両氏との共同作業によるものです。

2 「disruptive technology」を「破壊的技術」としたのは確かに名訳だと思います。それはシュンペーター流の「破壊的創造」を想起させるからです。しかしながら「disruptive policy」を「破壊的政策」とすると、何か一種の革命理論のように聞こえるので、ここでは「非継続的政策」という言葉を使いたいと思います。余談ですが、たしかに「ネチズンの政治化」の諸側面は、社会活動家がインターネットを使って多国籍企業に市民的アカウンタビリティを求める、といった「サイバーアクティビズム」の局面から、既存の政策決定経路に参画することによって漸進的な社会変化を求める、という局面まで、一定のスペクトラムの上に位置付けられるようです。なおジョークとして本センターには、前者をネチズンの中の「ネチズン左派(“左チズン”)」、後者を「ネチズン右派(“右チズン”)」という、という規定があります。 Allen Hammond and Jonathan Lash, "Cyber-Activism: The Rise of Civil Account-ability and Its Consequences for Governance," iMP Magazine, May 22, 2000. http://www.cisp.org/imp/may_2000/05_00hammond.htm

3 クレイトン・クリステンセン『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』伊豆原弓訳、翔泳社、2000年。

4 世界銀行『東アジアの奇跡―経済成長と政府の役割』白鳥正喜監訳、東洋経済新報社、1994年。

5 開発主義段階での情報共有戦略が有効だったのは、それを国内に導入することによって費用低減状態を高い確率で作り出すことのできる技術や産業モデルが、欧米に存在していたからだ、と考えられます。村上泰亮『反古典の政治経済学』中央公論社、1992年。

6 「ネティズン(Netizen)」とは、コンピュータネットワークを活動の基盤とする人々を指す造語(ネット+シティズン)です。1992年頃、コロンビア大学の院生だったマイケル・ハウベン氏が作りました。都市が新しい社会システムの活動の主体として、「シティズン」を作り出したように、グローバルな情報基盤であるインターネットは、NGOやNPOといった新しい主体を担う「ネティズン」を生み出している、と考えることができます。「産業化の担い手としての「シティズン」と似た役割を、情報化に際して果たす人々」(公文、1994)、「ネットワークがより良いコミュニティとなるように、積極的に活動を展開する人々」(ハウベン、1997)などと定義されています。マイケル・ハウベン、ロンダ・ハウベン『ネティズン』井上博樹、小林統訳、中央公論社、1997年。公文俊平『情報文明論』NTT出版、1994年。

7 日本の「インターネットの祖父」としても知られています。

8 竹田陽子『プロダクト・リアライゼーション戦略―3次元情報技術が製品開発組織に与える影響』白桃書房、2000年。

9 政策プラットフォームの概念については、以下を参照。山内康英、鈴木寛、渋川修一「政策決定の新しいデザインと知識マネジメント」『GLOCOM Review』、2000年5月。

10『オートポイエーシス・システムはみずからの作動をつうじて自己を産出するシステムであって、あらかじめ空間内にイメージされるような自己はどこにもないはずである。』河本英夫『オートポイエーシス』青土社、1995年、169頁。なお、本稿で使っている自己組織システムの「学派」の定義は厳密なものではありません。

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