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『オンライン教育の政治経済学』(2)

木村忠正著

 2000年9月7日に、東京都立科学技術大学の木村忠正助教授による『オンライン教育の政治経済学』第2回目の IECP読書会が行われた。

1.教育の情報化と社会の情報化の現状

 日本における教育の情報化の重要性が繰り返し指摘されているにも関わらず、実態は非常に遅れている。小中高校におけるインターネット普及は、米国が昨年の段階ですでに95%に達しているのに対し、日本は今年の調査でようやく50%を越えた状態だ。スウェーデンの学校では、小学生からすべての生徒に電子メールアカウントが付与される。そして、教育の情報化に関する最大の障害が教員であるとの認識から、1998年より3年計画で教員全員の40%にPCを無料配布した(自宅で利用も可)。スウェーデンではこれと平行し、家庭におけるPC保有促進税制が98年に行われたこともあり、PCの家庭への普及率は80%、インターネット利用率も70%に達している。またインターネット利用におけるネットバンキング利用率も60%と、インターネットがすでに社会的日常生活の「日用品」となっている様子がうかがえる。他方、日本では、PCの世帯普及率も30%台半ばにとどまる。インターネット利用率も4分の1、なおかつ、この内の2割がiモードのみの利用ということで、むしろ情報の編集加工能力の遅れが危惧される。

2.日本社会における情報化のパラドックス

  情報化の問題は教育分野に限らない。「情報ネットワーク社会の社会像・人材像が提示され、問題意識が繰り返し喚起されてきたにも関わらず、日本社会の情報化への対応が、なぜこれほど遅れたのか?」が本日の主題であった。日本社会は、少子高齢化の問題を含め、経済も、人口も、マインドも、すべて縮み社会(shrinking society)のとば口にいるのではないか?教育への公的負担でも、欧米各国でGDP比5〜6%に対し、日本は3.6%に留まっており、今まで親の教育熱に支えられてきた教育システムの限界がいよいよ露呈しつつある。ではその理由は何か?通信インフラか、規制か、リテラシーか、危機意識の差か、あるいは単に我々がズボラなだけなのか?教育の情報化と社会の情報化が先に述べたような状態にとどまり、問題意識のみが声高に繰り返されるだけで、具体的な施策が打たれなければ、資力があり意識の高い親の子弟は情報ネットワーク化に適応できるが、それ以外の子供たちは取り残されてしまうのではないか?ライフビジョンの統計でも、現代日本人の多くは「人生を考えない」と回答し、夢や希望を持てず、自分たちの世代が頂上にいて、将来は下降線をたどるという恐ろしい結果が現れている。

 著者は「21世紀日本社会の方向性を考える枠組み」として、“今此処主義:社会は自己の利用する資源”対“持続可能性:社会内存在としての自己” のX軸と、“主体性・自主性・自己革新”対“依存性・現状維持”のY軸により、 日本沈没、ムラ社会(幕藩体制)、シリコンバレー型ローリング・ストーン社会、 共創社会(コンセンサス・コミュニティ)を位置づけた。(図参照)

 留意すべきは、インターネット利用と情報リテラシーとの間には、強い直接的な相関関係が見出される点である。情報リテラシーは、ネットワーク利用度、PC利用度、情報ハンドリング能力、情報技術生活必要度の4指標の調査による。この定義では、共創社会型のガバナンス原理が機能するために、インターネットが道具として最適であることを示している。著者は命令や強制でなく、主体性・自発性・公益性に基づく合意形成重視の共創社会型の意識醸成を強調しつつ、情報化は意図や目的を超えた数十年単位の歴史的変化として捉えるべきと強調する。

3.北欧のシリコンバレー

 フィンランドのEspoo市Innopoli、スウェーデンのKista市など、NokiaやEricssonなどの大企業や多くのベンチャー、大学、公的な研究機関の集積による産学官のIT産業インキュベーションの報告があった。フィンランドの工科系大学では、修士課程在学者の20%が起業家を目指すというが、その受け皿作りや大学での教育など、産官学とインキュベーションセンターとの協力関係が大きな役割を果たしている。ここでも日本は見習う点が多いように思われる。

 2回にわたる読書会は著書の題名の通り、情報化を切り口に米国・北欧の事例を織り交ぜつつ、教育・政治・経済からの広範囲な問題提起があった。

小林寛三(GLOCOMフェロー)

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