く・も・ん・通・信
11月2日のGLOCOMフォーラムには多数の方にご参加いただき、とても充実した集まりになりました。その記録は、別途『智場』の特別号に掲載される予定ですので、どうかご期待ください。
フォーラムでもご報告した通り、私はこの10月前半に、会津泉、アダム・ピーク両研究員とともに、今ではほとんど恒例のようになった、“情報革命視察の旅”をしてきました。今回はニューヨークを皮切りに、ロンドン、ストックホルム、ミュンヘン、ボンとまわってきました。行く先々に、会津、ピーク両君の親しい友人たちがいて、この10年ほどの間に、2人が世界中いたるところに大変な人脈を作り上げていたことに、改めて感心しました。
今回の旅を通じて受けた一番大きな印象は、強気と弱気の交錯です。これからは広帯域とモバイル・インターネットだという言い方は、どこに行っても聞かれました。しかし他方では、ドット・コム企業の株価のつるべ落としの下落や、第三世代携帯電話用周波数のオークション価格があまりにも高騰したことに対する懸念、そしてオークション方式をとっていない韓国や日本の台頭に対する恐れなどが、さまざまな人の口から聞かれました。
どうやら、少なくとも短期的には、これまで米国を中心に怒濤のような進展を見せていた“ニュー・エコノミー”への流れは、一つの踊り場に来たようです。一方でそれを支えるインフラやプラットフォームが圧倒的に不足していること、他方でそれが引き起こしている“デジタル・ディバイド”の拡大に対する人々の不満がつのってきていること、がその大きな理由でしょう。
しかし、それと同時に、産業化そのものを超える新しいパワーの台頭、すなわち狭義の“情報化”は、あるいは“情報産業化”とは区別される“情報社会化”は、依然として活発に進んでいるように思われます。
それを象徴しているのが、今回のICANN理事選挙に見られた、産業界のインターネット支配に反対して個人の声を守ろうとする人々の進出です。今回のGLOCOMフォーラムで注目した、“ギーク”たち、あるいは“ネティズン(智民)”たちが先頭に立って推進している各種の“サイバー・アクティビズム”運動も、同じ流れの中にあります。
情報社会化は、ますます情報産業化と対立を深めていくのか、それとも両者の間に相互補完・協働関係が展開していくのか、世界は今まさにその岐路に立っているのではないでしょうか。
公文俊平