脱「左tizen」とハイパー・ガバナンス論の展望
前田充浩(主任研究員)
Center for Global Communications,International University of Japan
脱「左tizen」とハイパー・ガバナンス論の展望
前田充浩(主任研究員)
明けましておめでとうございます(注1)。
1. 信仰告白
私儀、旧世紀中もそうであったように、今世紀においても、情報文明論に導かれるまま、「情報文明論ファンダメンタリスト」としての人生を邁進することを誓います。
なお、「情報文明論ファンダメンタリスト」とは、以下のような基準を満たす人々であると勝手に定義しています。
a.文明の通信系史観:文明の態様を決定する最重要の要因の1つが、通信系のテクノロジーであると信じること。
b.ファンダメンタリズム:したがって、通信系のテクノロジーが大きく変化した場合には、その新しい通信系のテクノロジーに適合的な制度のみによって社会システムが早急に構成され直されなくてはならないと考えること。同時に、新しい通信系のテクノロジーとは適合的ではない社会制度は、早急に改変または廃棄しなければならないと考えること。
c.活動家:上記の考え方に基づいて、具体的な社会的活動に取り組むことに何の躊躇もないこと。
2. 「左tizen」の反省
ネティズンの社会活動の戦略については、GLOCOMフォーラムで慶應義塾大学の中島洋先生から紹介のあった通り、現在幾つかの路線が競合している状況にあります。簡単におさらいすると、以下のものです(注2)。
旧世紀中私は、y2kを契機に自らを「左tizen」とアイデンティファイし、「サイバー政府」論等の活動に着手したところであります。
しかしながら、世の中の変化の速度は、私のささやかな研究能力を遙かに凌駕するものであり、昨年後半は、その圧倒的な速度の前に口をあんぐりと開けていただけとも言えます。変化の内容については、公文所長が『公文レター』等で克明に分析されているところであり私が述べることは何もないものの、項目だけ挙げると、例えば以下のことです。第1は、「サイバー・アクティヴィズム」という、社会の他の秩序に対して幾分挑戦的な形でのネティズンの活動が本格的に見られるようになったことです。第2は、P2P型のコミュニケーションを可能にする新しい技術が数多く実用化され、その結果、商業ベースのみならず、アメリカ大統領選挙の例に見られるように、社会の秩序に実際に影響を及ぼすようになってきたことです。
その結果、私個人のささやかな信仰生活にも以下のように変化が生じたのでした。すなわち、昨年6月に、政策官庁をサイバー化して大リストラしろ、と言い出した時には、時の政府の一部局(注3)からは「危険思想」視されたものでした。11月のGLOCOMフォーラムの時にもなお、少なからぬ人々には驚いていただいたものでした。それが、12月の政策メッセでは、公文所長の言を借りると、「前田流の前衛思想も、世の中はすっかり飲み込んでしまってもう驚かないようだねえ」となったのです。時代は、政策官庁のサイバー化程度では何の感動もなく、更にずっと先の変化をも要求するようになっているのではないでしょうか。
となると、「左tizen」じゃあ!と言ってはしゃいでいるだけでは、前衛のつもりでいたのがあっと言う間に世の中の変化に取り残される可能性が高いのです。
3. 新たな展望
それでは、新世紀において私は何を目指すべきなのでしょうか。
今なお模索中ではあるものの、現在のところはこう考えています。
情報化社会における社会システムのガバナンスのあり方を問題にしながら、これまで私は、このガバナンスの内容を、現在の中央政府が行っている内容に拘泥して考え過ぎていたのではないでしょうか。上記の3つの路線も、それぞれ「現在の中央政府に対してどのようにお付き合いするか」というのが分類の基準です。一方、現在生じている変化が上記のようなものであるとすると、そのような拘泥には意味がないことになります。
このことについて、示唆深いのはソヴィエト連邦におけるグラスノスチです。グラスノスチが本当に共産党のガバナンスを合理化するかどうかの議論をしている間に、共産党そのものが吹っ飛んだのです。とすると、P2Pの技術等の登場後は、中央政府のあり方を議論している間に、そもそも国民国家が...ということでしょうか。
というわけで、新世紀においては、ガバナンスという概念を、水平、垂直両面で拡張して捉え、行動を起こしていこうと思っております。水平、とは、社会システムにおいては何らかの主体(市場、企業、地方政府、NPO等)が担当すべきではあるものの中央政府の役割ではない、とされていた内容です。
議論があり得るのは、垂直、です。情報文明論の研究において近代文明に限らず多くの文明を比較する作業によって明らかになりつつあることは、社会システムのガバナンスにおいては、実は、人間の形而上世界、価値観、ライフ・スタイル等の領域に対するガバナンスが重要である可能性があることです。人間を、複数のレイヤによって構成されるある種の情報処理システムと見て、その多くのレイヤの情報処理機構そのものをそれぞれガバナンスする、ということです。今日の産業社会で、中央政府のガバナンスがそれらを回避するのは、それらの領域をガバナンスする他の制度の整備が進み、それらの制度間で補完関係が成立しているためと見ることができます。一方、情報化社会においては、そのような旧来型の制度間の補完関係は、一度白紙にして考え直す必要が生じるのではないでしょうか。「ハイパー・ガバナンス」論?とでも呼べるものを進める必要があるのではないでしょうか。
4.公約
というわけで、具体的には当面以下の活動に邁進したいと考えておりますので、諸兄の御指導御鞭撻(注4)をお願いする次第であります。
a.社会システムのガバナンス論としての情報文明論
b.ネティズンの社会的運動の方向性をフィードバック、調整する場としての「インターネティズン(略称「イネターネチ」(INTERNET-i))」の創設と運営
注1:因みに私は小学生の頃より、この新年の挨拶がどのような内容のメッセージを伝達しようとするものであるか、疑問に思っております。「明けまして」については、12月が終わって1月になった、ということは、他人に教えてもらわなくとも分かります。また「おめでとうございます」については、御結婚おめでとうございます、(賞の)受賞おめでとうございます、等の場合には、おめでたい人間とそうではない人間とが峻別されるので、後者が前者に祝辞を述べることは合理性がある一方、新年の到来の効果は万人が受けるものであるので、被益者同士が相互に祝辞は述べることの効果は不明です。
注2:「右tizen」、「左tizen」、「極左tizen」のそれぞれの命名は、山内康英研究員によるものです。
注3:それがどこかは御想像にお任せ、となります。
注4:うわあ、役人用語だあ!
21世紀の活動の柱となる「国際情報プラットフォーム」
宮尾尊弘(主任研究員)
"New Year's Greetings from the GLOCOM Platform!"
これまでの情報発信活動の展開
21世紀の日本にとって最大の課題である「日本からの英語での情報発信」をGLOCOM発で実施するために昨年4月に立ち上げました「国際情報発信プラットフォーム」(http://www.glocom.org)は、過去9ヶ月の活動の結果、予想以上の反響と展開がありました。特に以下の点が特筆に値すると思います
これからの情報発信活動の抱負
このような昨年の流れに乗って、今年はさらなる発展を図り、21世紀の門出にふさわしい国際情報発信活動を展開したいと思います。具体的には、以上の4点にそれぞれ対応して、次のような活動を考えています。
海外での情報発信活動の体制作り
以上のような情報発信活動をGLOCOM発で行っていくつもりですが、この活動が本来の目的を果せるかどうかは、それが本当に海外のオピニオンリーダーに見てもらい、返事をもらって双方向の交流ができるかどうかにかかっているといえます。その点で、現在のところ昨年10月のニューヨークでのフォーラムをきっかけに、米国でGLOCOMの情報発信活動の内容について常に評価や意見を送っていただける「海外モニター」を開拓中です。
いまのところ、米国では米日財団会長のジョージ・パッカード氏や南カリフォルニア大学教授の目良浩一氏、イギリスではマスコミ界の大御所であるジョージ・ブル氏などがモニター役を引き受けてくださっていますが、さらにヨーロッパとアジアでモニター役を探しています。もちろんGLOCOMフェローやIUJ関係者とのパイプを広くして実質的なモニター役を増やしていく方向も考えています。
いずれにしても、ロイターなどとのリンクとともに、人と人とのネットワークも拡大することで、GLOCOM発の情報発信活動が誰からも注目され、その内容の広まりと深まりとあいまって、やがては日本を真に代表する文字通りの情報発信プラットフォームになるように、そのための布石を今年はできるだけたくさん打ちたいと希望しています。
最後に毎月発行している情報発信プラットフォームのニュースレター(日本語ですがプラットフォームのサイトで読めます)の新年号の巻頭の言葉を以下に引用して、皆様へのより一層のご協力とご支援のお願いに代えさせていただきたいと思います。
「当プラットフォームは日本に対する誤解があるならそれを正し、理解に欠落があるならそれを埋めようとの目的のもと発足し、9ヶ月を経ようとしている。感情に訴えては建設的議論をなし得ないと考え、日本社会の指導的立場にある方々の熟考を経た論理を掲載するとともに、インターネットの双方向性を活用して積極的に議論の喚起に努めてきた。自家消費用の言説では意味をなさないと信じる故に、英語での発言を自らに課した。歩み始めたばかりとはいえ、任の重さは増しこそすれ減ることはあり得ない。事務局一同身を引き締めて世紀の転換を迎えるとともに、皆様には今後一層のご支援を願ってやまない。」
21世紀、日本の再生のための指針
舛添要一(主任研究員)
日本経済は、今なお不況から抜け出せないでいる。この10年にわたる不況の原因はどこにあるのか。まず、それが問題である。「複合不況」と呼ばれるように、その原因は多岐にわたるし、とりわけ不良債権問題にみられるように、金融危機が大きな引き金になっていることは疑いえない。
しかし、あえて単純化していえば、今日の不況は、日本人がお金を使わないことからきている。では、なぜ消費を抑制するのか。
第一の答えは、「お金がない」というものであろう。しかし、これは嘘である。個人資産総額が1300兆円もある国である。70歳以上の老夫婦の平均資産が9300万円である。具体的には、実物資産が7500万円、金融資産が1800万円である。平均寿命から逆算すると、あと10年も余命がないカップルが、これだけ多額の資産を保有しているのである。しかも、60歳代の夫婦の個人資産平均額が、8100万円(実物資産6300万円、金融資産が1800万円)であるから、墓場に近づきつつあるのに、逆に資産は増やしているのである。因みに、50歳代の平均資産額は6300万円(実物資産5300万円、金融資産1000万円)である。
お金を使わないことに対する第二の答えとしては、「買いたいものがない」という回答を想定できる。マイホームに始まって、自動車、家電製品、家具、衣料など、日本の平均的家庭には、ありとあらゆるものが揃っている。したがって、あえて買わねばならないものはないというのは正しいであろう。しかし、人間の欲望にはかぎりがない。一ランク上の車、大型画面のテレビ、人気ブランドの洋服と、お金に余裕があれば、買いたいものは山ほど出てくるはずである。さらには、旅行などへの出費も可能である。国内旅行に飽きた人には、海外旅行がある。豪華客船で世界一周の旅をすれば、1800万円の出費となる。つまり、「買いたいものがない」というのも、本当は嘘なのである。
では、正しい答えは何なのか。それは、「将来不安」である。老後の不安、介護が必要な身になったときの不安、年金が減額されたときの不安、病気になったときの医療費の不安、会社にリストラにあったときの不安と、数えあげればきりがない。そのような、将来の不安に備えて、日本人はせっせと貯蓄に励んでいるのである。厚生省の発表を聞けば、やれ年金を減らすは、医療費の自己負担分は増やすはと、不安を煽るようなことばかりである。介護保険が導入されたところで、介護地獄が解消されたわけではない。ところが、政府は介護保険料徴収の一時凍結などの、小手先の手段を弄するのみで、根本的で長期的な対策をとろうとしていない。これでは、国民の不安が解消されないのは、当たり前である。
それでは、これまでは、誰が国民の不安を解消していたのか。それは、政府ではなく企業である。日本的経営は、(1)終身雇用、(2)年功序列賃金、(3)企業内労働組合を三本柱にしている。いったん会社に就職すれば、賃金も昇給も保障されている。福利厚生施設なども完備している。したがって、サラリーマンは、30歳前後でローンを組んでマイホームを入手することができた。また、退職金という将来の安心材料もあった。このような安心材料が、社会的安全ネットと呼ばれるものである。
ところが、この10年にわたる不況は、日本的経営を根底から揺るがしている。企業は社会的安全ネットを提供するどころか、倒産の危機にさらされている。四大証券の一つである山一證券や都市銀行の北海道拓殖銀行が破綻する時代である。雇用も確保できないのに、将来の安全どころではない。
それでは、会社に代わって誰が社会的安全ネットを張り巡らしてくれるのか。政府しかない。とくに、生活に密着した地方政府の役割は、今後ますます増えざるをえないのである。ところが、財源は中央政府が握っており、交付税や補助金で地方をがんじがらめにしている。そのような状況を変えないかぎり、地方財政の窮状が続いていく。
政府が頼りにならないならば、減税をしてもらって個人に税金を戻してもらい、個人の力で自力救済するしかない。年金も、個人の資産運用力に任せるというのも一つの考え方である。ヨーロッパ諸国が、高負担で高福祉を目指しているのに対して、アメリカ、とくに共和党は自力救済型を理想としている。しかし、そのアメリカでは、健康保険証を持っていない人の数は4000万人にのぼる。日本では、やはりヨーロッパ型が好ましいのではあるまいか。
今の日本に必要なのは、目先の景気刺激策ではなく、長期的ビジョンであり、国民の将来不安をとりのぞく社会的安全ネットの再構築である。少子高齢化社会に正面から取り組むことこそ、そのような課題への答えなのである。ところが、毎年のように選挙をしていると、政治家は落選をおそれて、有権者に耳障りのよいことしか言わない。高福祉なら高負担なのであり、低福祉でよければ低負担である。お金を出さないで、タダで安心が買えるわけではないのである。有権者もそのことを明確に認識する必要がある。しかし、増税を打ち出す前に、政府が断行せねばならないのは、思い切ったリストラであり、徹底して無駄を省くことである。税金の無駄使いがあるかぎ り、国民は安易な負担増には応じないであろう。
少子高齢化社会への対応は待ったなしである。たとえば年金については、現在の賦課方式から積み立て方式への移行が必要であろうし、少子化対策についても根本的な施策が要る。合計特殊出生率は、今日は1.34まで下がっている。どうすれば、日本人がもっと子供を産もうとするのか。それは、女性が家庭と仕事を両立できる体制を整えることである。仕事を持つ女性は、一生に二度挫折する。一回目は、育児である。これは保育園の整備で対応できる。二回目は、親の介護である。これまた、老人施設の整備で何とかなる。ところが、現状ではお寒い次第である。この二つを整えるだけでも、女性にとっては朗報である。
さらに、子供を産まない理由の一つに、教育費がかかりすぎることがある。幼稚園から大学まで子供にかかる教育費の総計は、公立で約686万円、私立だと1675万円にもなる。これでは、とてもではないが、3人も子供を産むわけにはいかなくなる。義務教育でありながら、このような出費が必要だというのは、今日の日本の学校教育システムが崩壊していることを意味する。つまり、予備校や塾の助けを借りなければまともな教育ができないのである。「ゆとり教育」の美名の下に、無知な子供が大量生産されている。教育は、国家百年の大計である。教育改革は、実は少子化対策としても不可欠なのである。
少子高齢化とともに、21世紀のキーワードは、グローバル化とIT化である。この二つは、幕末明治維新に日本人が体験したのと同様な挑戦である。第一の国際化については、ペリーの黒船が再来したと言ってよい。要は、世界中で最もよいものやシステムを採用するということである。魂だけは日本人を保てばよいのであって、まさに和魂洋才である。明治維新には、多くのお雇い外人が、日本の近代化に貢献した。今日では、日産自動車もマツダも、トップは今や外国人である。無能な日本人経営者よりも、有能な外国人経営者のほうが会社のためになる。
幕末明治維新は、黒船、つまり蒸気機関が泰平の眠りを覚ました。そのおかげで、日本も近代産業革命の恩恵に浴することができた。今日では、それが情報通信革命である。このIT革命に日本は取り残されてきた。したがって、政府が旗を振って時代に取り残されないようにしているのである。ただし、日本の問題は、皆がITというから、自分もITといった程度で、本当に必要に迫られたものではない。これでは、IT革 命は成功しないであろう。リストラのために背に腹は代えられないとう心構えがIT革 命を成功に導くのである。
グローバル化にしても、IT革命にしても、生き残りのための戦略であることを忘れてはならない。
現在進行形の経済
竹田陽子(主任研究員)
現在、米国カリフォルニア州スタンフォードの近くのメンロパークという町に子供と二人で生活をして5ヶ月ほどになります。昨年の12月下旬は、子供の学校がクリスマス休暇に入ったので、つれあいが赴任している中国の杭州市に行ってきました。
2週間、日本経由で米国→日本→中国→日本→米国と巡ってきました。短い期間にあまりにも違った環境にいたので、今でも頭がくらくらしていますが、この3つの国はまったく違った国であると同時に、さまざまな組み合わせで共通したものが感じられ、興味深い体験でした。
まず、杭州について説明いたしますと、西湖という有名な湖のある南宋時代の古都で、上海から高速道路で2時間ほどのところにあります。この地域は、上海を中心に大変な経済発展を遂げており、終戦直後の日本はこうであったかもしれないという勢いがあります。高速道路では積載制限の2倍以上積んでいるのではないかと思われるトラックがひっきりなしに走り、至る所が工事中で、高層ビルが次々に建設されています。
表面的には、都市の中心街は、日本や米国とあまり大きく変わりません。ケンタッキー・フライド・チキンやマクドナルドが次々開店し、デパートに行けば、米日欧のブランドが揃っています。新しく整備された道や橋にはコカコーラやペプシの広告灯が10メートルおきぐらいに並んでいます。これらは経済的に豊かになれば得られるものを具体的に示しているショーケースのようなもので、それも、少なくともこの地域に住む都市住民にとっては少し手を伸ばせば手に入るところまできている感じです。
文化的には、当然ですが、米国に比べれば同じアジアに属する日本に近い(日本が中国に近い?)です。そうでありながら、中国には日本よりも米国を思い起こさせるところがたくさんありました。
それは、発展途上にある国であるという感覚です。発展途上という言葉は、経済発展の状態が遅れているという意味ではなく、前に突き進んでいる進行形にあるという意味で使っています。
米国は経済成長の年率という意味ではかなり成熟の域に達しているかもしれませんが、人々に夢があり、今とは違った社会をつくることができると信じている点では、中国に似たところがあります。米国ではつい最近まで一度失われていた夢であったかもしれないし、また、そろそろ下降局面に入っているのかもしれません。しかし、夢を持つということはアメリカ人が開拓時代から持ちつづけていた心の態度で、もっと根深いかもしれないとこちらに住んでいて感じています。
中国と米国は、前に突き進むときの方法も、非常に似たところがあります。中国にはたくさんの方言があり、話し言葉では互いになかなか通じ合えないのですが、一方で標準語が広く使われていて、違う地方の出身者同士はそれで会話しています。地方からの出稼ぎ労働者が増えて、ますます標準語の重要性が増してくるでしょう。背後にさまざまな民族、文化、地方性を抱えながら、本来異質なもの同士が標準的なインターフェースでコミュニケーションするというのは、まるでアメリカ合衆国のようです。かなり荒っぽくても、インターフェースをもうけて異質なものを結合させ、ぶつかり合うエネルギーが活力に(そして不安定要因にも)なっていくのです。両国とも、国土が大きくて、いろいろな意味で資源が豊富であることが緩衝材になっているのかもしれません。
日本の経済発展はかなり違ったパターンであったと想像します。かなり同質な文化的背景を持った人々が互いに密接にコミュニケーションをして、乏しい資源を有効利用し、非常に品質の高い製品を生み出すことができるまでになりました。このファイン・チューニングの能力自体は、他国には簡単にまねできないすばらしい財産ですが、一方で、夢が失われています。私の知らない終戦直後に人々が持っていたに違いない目の輝きが失われて久しいのだと思います。
インターネットが爆発的に普及したとき、米国は情報技術を、夢を実現するための道具としてうまく位置付けることができました。日本でも、情報技術を単なるお題目ではなく、夢を実現する道具にしなくてはなりません。ファイン・チューニングによってすばらしいものを生み出していく日本の良さと、さまざまなコンテクストにある人々、組織が結びつくことによって生み出される(米国や中国に見られるような)パワーを両立させるような世界がつくれないかというのが、私のこれからの課題です。情報技術はその両方を支援するし、そのように使われなければならないと考えております。
随想:IT革命の初夢
青柳武彦(主任研究員)
昨年12月29日の産経新聞の「正論」欄に三菱総合研究所相談役の牧野昇氏の「IT産業より製造業発展に力注げ/日本が優位に立つ領域を生かす時」が掲載されたが、その中に次のような部分があった。すなわち「全国の家庭で現在の電話使用時間は約20分。残り23時間40分は空いている。その家庭に現在のメタル線の数百倍のキャパシティの光ファイバーを引き込んでどうするつもりなのか」というものである。出版物の中にもアンチIT革命の論調のものが少なからず見受けられるようになった。米国におけるハイテク株の暴落もその背景にはあるだろう。
米株式市場では2000年12月29日に年内最後の取引を終えたが、ナスダック総合指数は−39.3%で、同市場創設以来最大の下落率となった。B2C1電子商取引の不振と米景気の減速傾向を反映したものと思われる。前年1999年にハイテク株バブルとインターネット・ビジネスの人気を牽引力として+85.6%の過去最大の上昇率を記録したのと対照的である。しかし、これはIT革命の失敗を意味するものではない。米国の景気も失速まではしないだろうし、実質経済成長率も3%以上を維持するだろう。勝負はこれからである。
牧野氏の論旨は二つの点で間違っており、とうてい情報通信に詳しい氏の論説とは思えない。第一は、IT革命を狭く考えすぎていること。IT革命は、「情報化」を変革という切り口でとらえた表現と考えて良いと思うが、情報化というのは決してIT産業が栄えることだけではない。村上泰亮GLOCOM初代所長の定義によれば「情報化とは全ての財やサービスが情報という性格をおびるようになる」ことである。したがい、氏の主張する製造業発展と何ら矛盾するものではないし、IT革命はその良き推進力となる潮流の筈である。
第二に、電話を広帯域化することが目的ではないのだから、IT革命と電話は何の関係もない。電話が今後とも有用であり続けることに変りはないが、「革命」というにふさわしい変革を担うものではない。それどころか固定電話の料金はいずれタダになり、電話会社は遠からず清算会社化するであろう。私は約10年ほど前にNTTの市内通信網が負の資産となるだろうという予測を主要な根拠として「NTT第二国鉄論」と名づけた主張をしたことがある。
個々の企業や家庭(本格的導入は、家庭は産業界の次になるだろうが)に常時接続の広帯域通信が導入された暁には環境が大きく変化するであろう。その変化は次の三つに大別される。
1. インターネットの広帯域利用
日本の情報通信ネットワークには遠からずパラダイム・シフト的変化が起こる。いや、現在起こそうとしているのであり、それがIT革命と呼ばれるものだ。すなわち階層的な回線交換接続網、ダイアルアップ、従量課金、狭帯域通信という電話網の世界から、フラットなパケット交換網、常時接続、定額料金制、広帯域通信の世界への転換である。DWDM2の実用化が進んでフラットなテラビット幹線網が完成し、アクセス線についてもxDSL、ケーブルモデム、無線、電力線、光ファイバー等が選択的に導入されて、常時接続の広帯域・インターネット環境が実用化するだろう。これは決して遠い夢物語ではない。
技術の進歩により通信料金は極度に安くなるが、それはビット/秒あたりの単価が安くなるというだけで、一般企業や家庭が負担する通信料金の絶対額が安くなることを意味しない。1999年度の第一種電気通信事業(固定+移動)の売上高は約15兆円であったが、仮に通信コストが1000分の1になったとして、売上も1000分の1になってしまったら、売上はたったの150億円になってしまう。これでは新パラダイムの通信網は維持できない。
利用者が負担する通信料金の絶対額も伸びることが前提であり、電気通信産業は広帯域通信サービスの提供を通じて如何にして付加価値を創造することが出来るかが勝負となるのだ。第一歩としては利用者の負担料金をあまり変えずに広帯域通信サービスを提供することになるだろう。それには、広帯域通信需要の発掘と育成が重要である。
まず、インターネットの広帯域利用が始まるだろう。それは一般の製造業をも支える情報通信インフラストラクチャーとなるだろう。利用者は動画像を含めたマルチメディア情報をどんどんコミュニケーションに使うようになる。そうなると電話は当然IP電話になってしまうから料金は一般通信費用の中に埋没してしまうことになる。文字通りタダになるわけではないが、電話代としては意識されなくなるだろう。
2. 情報家電(パソコンとテレビの融合)
常時接続の広帯域通信が一般化すると真の意味での通信と放送の融合が行われる。逆にいうと、現在の電話パラダイムのもとでは、せっかく家電メーカが必死に開発を進めている情報家電は育たない。パソコンでテレビを受信したり、映像を蓄積加工したり、自分で制作したビデオを発信したりする機器を利用するのにも、時間あたりの高額な通信料金が別途かかるのでは、誰も使わないだろう。
既に、テレビ放送は空中波を使って行わなければならないという必然性はない。地上の光ファイバー網で十分可能であるし、むしろその方が双方向の動画像通信は実現しやすいのだ。空中波を使うから資源の希少性を根拠とする免許制度が存続することになり、免許を持っているテレビ局だけが実質的にマルチメディア画像制作を支配しているから、視聴率競争型の画一的なコンテンツしか生まれてこないことになる。
動画像マルチメディアに関しては個人の制作・発信の自由は大幅に阻害されているのだ。GLOCOMが以前から主張しているように、媒体とメディアを分離して双方とも自由化してしまう必要がある。そこで初めて一般ユーザもデスクトップ・テレビ放送局を運用するようになるし、コンテンツも豊富になるというものだ。
3. Peer to Peer(P2P3)コンピューティング]の実現
常時接続・広帯域通信が一般化すると、いよいよGLOCOM公文俊平所長が説いてやまないP2Pコンピューティングの時代がやってくる。産業界における情報通信技術の利用形態を革命的に変化させる可能性すらある。そこでは、ナプスターやヌーテラに代表されるような分散型ファイル交換システムが一般化するだろう。著作権の問題も新しいP2Pコンピューティング時代にふさわしい形で前向きに解決されるだろう。
P2Pコンピューティングは、超分散コンピューティングを可能にする。初夢として楽しい格好の話題と思うが、例えば地球外知性体探査プロジェクトSETI(The Search for Extra-terrestrial Intelligence)のような壮大な分散コンピューティング・システムを廉価に実現することができる。
あるテレビ番組で見たのだが、宇宙物理学者のホーキンス博士が「この宇宙には地球のような知性を持った生命体が住んでいる星はどの位あるでしょうか」という質問を受けた。答えはきっと「数百」というびっくりする位多い数をいうに違いないと思って見ていたらなんと「約2兆はあるだろう」という答えだった。そのくらい宇宙は大きく無限大といってよいほどであるということだろう。
このプロジェクトにおいては、プエルトリコのアレシボ天文台にある口径305メートルの電波望遠鏡で1日に2回この大宇宙をスキャンして、毎日35ギガバイトのデータをバークレーのプロジェクト本部に転送している。データは0.25バイトのパケットに分割されてインターネットに送出される。ボランティアはインターネットから送付されたデータを、自分がパソコンを使用していない時に稼動させる特別のスクリーンセイバーの裏側で稼動させて、信号に意味のある規則性はないかどうかを解析する。解析結果は自動的に本部に送られる。このようにして本部の研究者と100万人以上の一般のインターネット・ユーザが共同して地球外知的生命体からの信号の探査・分析に従事しているのである。本部にも超大型コンピュータがあるのだが、インターネットによる分散コンピューティング・パワーは、その10台分に匹敵するそうである。なお、日本からも4万人が参加している。
このような超分散型のコンピューティングは新しい型のグループウェアを可能にする。それは、複数の人間がそれぞれ異なった役割を持って、協働して仕事を進める時に、個々の仕事を支援し、かつ全体を統合するインテリジェントな情報通信システムである。同じ種類の仕事を多くの人数が処理するもの(例:経理会計システム)は、単一のシステムを多重的に利用しているに過ぎないから、グループウェアとは言わない。電子会議システムやメーリング・システムはグループウェアの基本的かつ主要な部品である。新しいグループウェアの概念は、ビジネス・ソフトウェアの革命をもたらす可能性があるのではないだろうか?
私の研究課題
上記の三つの変化に関連して共通にいえることは、コミュニケーション分野における情報通信技術の利用が飛躍的に大きくなってアプリケーションが大きな変貌を遂げることである。私見であるが、電子商取引などの情報処理分野、及びデータベース分野においては、常時接続・広帯域化によってそれほど大きな変化がおこるとは思えない。コミュニケーションの変貌こそが極めて大きな変化と利便性を生む要因となるのだが、それと同時に色々な問題点を顕在化させてくることにもなる。
最近の神経生理学(特に脳科学)及び認知科学の発達とその成果には目覚しいものがあるが、その成果を社会科学の面に取り入れる試みはこれまであまり行われていなかった。インターネット時代にはマルチメディア情報の利用が飛躍的に高まり、情報が視覚(文字、動画像、静止画像)、聴覚、時には皮膚感覚や味覚までともなって多重的に伝達される。つまりシグナル・リダンダンシー4が非常に豊富になる。そのためにモウダリティ効果5を引き起こし、情報が人間のより深い部分に到達する。
したがいマルチメディアで与えられた情報は、文字で読んだり話に聞いたりするだけの情報よりもずっと深く認識することができ、記憶もできる。これがマルチメディアの利点の一つであるが、実は危険な点でもある。
マルチメディア情報は人間の無意識の世界に微妙に影響を与える。暴力番組やポルノ情報は知らず知らずのうちに人間の心に悪い影響を与えることがある。人間は無意識の世界に支配されている領域が意外なほど大きいものであるが、ニューロンのネットワークが十分に成熟しきっていない青少年においてはこの傾向は特に著しい。表現の自由という人間の基本的な権利も、少なくとも青少年を対象とする場合には、ある程度制限する必要があるだろう。
今年は、このような情報通信社会科学と脳科学の接点の研究を通じて、どのような社会科学的提言が出来るかを追求してみたい。
1 Business to Consumer 企業対消費者の電子商取引
2 Dense Wavelength Division Multiplexing 高密度光波長多重
3 互いに同等同格のコンピューター間通信。ホストと端末、クライエントとサーバーという関係はない。
4 シグナルは信号。リダンダンシーは冗長性、重畳的追加、豊富なことをいう。同じ対象物についての情報が視覚、聴覚、嗅覚、等の複数の異なった形態で重畳的に伝達されるときにシグナル・リダンダンシーが豊富であるという。
5 モウダリティとは感覚の様相。例えば、赤い、うるさい、くさい、辛い、冷たい、という感覚は互いにモウダリティが異なるという。シグナル・リダンダンシーは情報の発信側の属性であるが、モウダリティは情報の受信側における受容感覚器官の多様性の問題である。単語などを記憶する場合には文字による視覚情報に頼るよりは、聴覚情報に頼る方が、さらには両者を組み合わせる方が認識の度合いも深く記憶もされ、したがって再生率も高くなる事が知られている。このように言語材料を記銘するときに呈示モウダリティによって記憶・成績に差が生じることを認知心理学ではモウダリティ効果(Modality Effects/ B.B.Murdock 1968 )と呼んでいる。
「国家」の時代を超えて
池田信夫(主任研究員)
20世紀に最大の影響をもたらした思想家はだれだったかと考えてみると、おそらくマルクスとニーチェだろう。彼らは、いずれも19世紀に死んだが、その思想は20世紀に社会主義やナチズムに利用され、大きな悲劇をもたらした。もちろん、その責任を彼らに負わせるのは見当違いだが、これぐらい人々の心に深く根を張った思想はそう多くない。しかも彼らが「ポスト構造主義」で最も多く語られるのを見てもわかるように、20世紀は彼らの思想を完全に清算したわけではない。
特にマルクス主義の影響の強さは、まだ相当なものだ。1990年代の「景気対策」に効果がなかったことは明らかなのに、なぜ市場にまかせて解決しようとしないのか、と中央官庁の高官に聞いたら、「私の世代は、学生時代にマルクス主義の影響を受けて、資本主義は悪だという先入観がしみついている」といわれて驚いたことがある。銀行行政や通信行政にも見られる、市場を信用しないで官庁が民間を「善導」しようという発想の背後にあるのは、ケインズよりもむしろマルクスなのである。戦後の復興期を支えた理論的指導者は、有沢広巳などのマルクス主義者であり、自民党の指導者にも岸信介などの「革新官僚」出身者が少なくなかった。
西側の先進国の中で、今でもマルクス主義の影響が強いのは、フランスとイタリアだが、いずれも中央政府に権力が集中して政治腐敗がひどいこと、またカトリック系で宗教的・地域的な共同体の拘束力が強いことが日本と共通している。つまりマルクス主義が日本で大きな影響力をもった原因は、近代化の過程で生じる貧富の格差などの資本主義の歪みへの批判が、それを超える国家や共同体への志向になったためと考えられる。
しかし革新官僚が戦争推進の中核となり、戦後は「保守反動」に転向したことにも見られるように、マルクス主義は日本の近代の陰画にすぎなかった。それは天皇を中心とする秩序に逆らっているように見えながら、市場メカニズムを否定し、国家によって経済を管理しようとする点で、明治以来の国家主義の「鬼子」であり、実は同じ遺伝子を共有しているのである。
主権国家という概念が生まれたのは、1648年のウェストファリア条約によってであり、それ以前にはあらゆる個人や共同体に優越する国家という概念はなかった。しかも、その国境は欧州における「休戦ライン」にすぎず、「国民国家」という根拠も後からつけた理屈にすぎない。このような国家モデルは、近代国家のあり方として唯一でもなければ最善でもない。これまでの経済史の教科書では、中世末期の欧州で、地方国家の分立によって地域を超えた通商が阻害され、早く国家を統一したオランダや英国が近代的な「所有権」を確立したことが産業資本主義を成立させたということになっているが、実際には、中世にも契約の履行を守るシステムはあった。
通商の範囲が地域を超えたときにも、最初に欧州全体を支配したのは商人ギルドだった。このような職能団体の権力は、しばしば封建領主よりも強く、不当な税金を取る地方国家にギルドやハンザ同盟がボイコットを行って対抗し、国家の側が譲歩するケースは少なくなかった。契約の認証や履行の保証などについても、全欧州的な「法の商人」と呼ばれる司法組織があり、地域を超えた紛争の処理を行っていたこともわかってきた。つまり、通商の拡大にとって国家は必須ではなかったのだ。
では近代初頭の「制度間競争」で主権国家が勝利を収めたのはなぜだったのか、という点については諸説がわかれるが、最近の研究では、むしろ共同体やギルドの契約保証システムの機能を近代国家が「乗っ取る」形で代行するようになったという。つまり中世末期の長期にわたる戦争の中で軍隊の比重が大きくなり、戦争が終わってからも彼らを養うための失業対策として「警察」という組織が作られ、司法も警察の強制力に基礎を置くようになった、というわけだ。
つまり近代の国家モデルとして主権国家が選ばれたのは「歴史的必然」ではないのである。中世末期に封建制に代わるモデルとして現れた制度としては、英仏を中心とする主権国家の他に、ドイツを中心とする職能団体とイタリアを中心とする都市国家があったが、最終的に主権国家が勝利を収めた理由は、その軍事力に他ならない。つまりマルクスがいうように、近代国家はその誕生以来「爪先まで血に染まった」軍事システムなのである。
そして近代社会の中核となっている「市民」の概念も、こうした近代の軍事的な性格に強く規定されている。その特徴は、自営業者である市民が主権者であり、歩兵として軍事的な責任も負うという点である。ミシェル・フーコーは、近代社会の「規律」を意味するdisciplineという言葉は、もとは軍事的な「訓練」を意味する言葉だったことを指摘している。こうした市民=歩兵という制度が最強の軍隊となったのは、彼らが領土の所有者でもあることによって「自分の財産を守る」という強いインセンティヴを生み出したからだ。これに対して、中国やロシアなど土地が皇帝のものである専制国家では、兵士の士気が低く、傭兵に頼るようになって財政も悪化し、西欧の効率的な軍事システムに敗れた。
しかし、すべての財産をポータブルにして所有権によって市民に結びつけるのは、かなり特殊な制度である。特に、土地や情報などの無形の資産に所有権を設定するには、登記や特許などの手続きが必要だが、こうした所有権の正当性は自明ではない。通説では、特許権が早く確立した国から産業革命が起こったとされるが、これも最近の研究では疑問視されている。
もう一つの問題は、近代国家の根拠となっている「領土」の概念がもはや意味をもたないということだ。戦争とは、基本的には土地の争奪戦であり、刑罰制度も犯罪者の肉体が領土の中にあることを前提としている。ドゥルーズ=ガタリが巧みに表現したように、資本主義は、既存の共同体を破壊してあらゆる商品を「脱領土化」する一方で、所有権という形でそれを「再領土化」して秩序の中に回収する制度なのである。
ところがインターネットは、資本主義をはるかに上回るスピードであらゆる情報を脱領土化する一方、それを国家や肉体と切り離す仮想的な存在とすることによって再領土化を不可能にし、近代国家と不可分の形で成立してきた資本主義の存立根拠を危うくし始めている。それは主権国家の司法的な強制力を無効にし、監禁による刑罰を困難にすることで、近代社会を根本的に「脱軍事化」しているのである。
21世紀の社会基盤が(少なくとも前半は)インターネットになるとすれば、この問題は遠からず現在の法制度を根底からゆるがすものとなろう。ナプスターに見られる情報共有システムが圧倒的な支持を受ける一方、資本主義の側から訴訟を起こされる事実は、ITが文字どおり「革命」の域に達しつつあることを示している。これは「智民」と旧秩序の全面的な闘いであって、双方とも幸福な結果に終わることは望みえない。
興味深いのは、ここでも中世末期と同じように、職能団体(NGO)と国際機関の制度間競争が起こっていることだ。そしてマルクス主義者たちが誤解していたのとは異なり、マルクスが資本主義を超えるシステムとして思い描いていたのは、国家ではなく、インターナショナルな「自由な個人の連合」である。どうやら私たちは、21世紀になってもまだ17世紀以来の近代国家をめぐる対立から脱却していないようだ。このリヴァイアサンが死滅するまでは、新しい時代は始まらないのだろう。
いま、地域情報化の取り組みは
西山裕(主任研究員)
いま、地域社会は、新しい選択と行動を迫られている。産業社会から情報社会への大きな社会変化の進行が、それを不可避の事としている。地域社会の課題に共通した部分を少しでも描こうとすれば、現在進行中の産業社会から情報社会へという社会変化の総体に目を向けなければならない。
情報社会への変化に対しては、「混乱時期を経ても、やがて望ましい社会が訪れる」という楽観的見方を取る向きも多い。しかしそのような楽観的見方は当分の間は慎まなければならないだろう。それが幻想であることをわれわれは少なからず意識している。この10年ほどの間に行われた社会調査の結果にもそれは現れている。多くの人々が、日本社会の将来に希望を見いだせないでいるのは確かだ。高齢化、少子化、核家族化、教育制度の無力化、倫理的基盤(イエ社会としての企業や地域コミュニティ)の弱体化が、そうした無力感の増殖を加速している。情報化への対応過程で現行の制度や組織に機能不全が生じ、個人個人の分断化が社会全体に進行する中、一方では地域社会に新しい秩序形成の役割を期待する気持ちは大きい。それは同時に、最近の情報化に関する議論の中に、情報化の進展(インターネットの普及)によって、かえって地域社会の持ってきたコミュニティの結合力が破壊されていくことへの危機感があることにも通じている。
たしかに公文所長が言うように『これからの社会では、これまでの現実世界に見られた「自他分節」の境界は、なくなりはしないが、部分的に溶解する。「公私」の二元的な世界に対して「共」の第三次元が追加される。そこが知己と信頼、情報・知識の通有、説得と協働、の空間となる(注1)』ことへの希望をわれわれは持っている。しかしそれは、現在の人間の在りようではまだないだろう。現時点の人間の多くは、特に日本では、個々の主張や他への攻撃を先鋭化しつつ、自らの生活維持に関しては社会システムへの「甘え」を強くしているように見える。このような社会状況、人々の在り方を分析しようとする試みとして、村上泰亮(GLOCOM初代所長)の「新中間大衆論」はあった。
村上泰亮は『産業社会の病理』で三つの価値観「能動主義(activism)」「手段的合理主義(instrumental rationalism)」「個人主義(individualism)」が、相互に関連しながら時として対立する社会状況を分析している(注2)。その延長線上に書かれた『新中間大衆の時代』では、村上は新中間大衆としての個人が「保身性」と「批判性」という二つの相反する特性を持ち、避けがたく起こる魂の分立に耐えられない危うさを指摘した(注3)。前記した「共」の第三次元を支えるのが、自立した「個人」であることは意見の違わないところであろう。であるならば、新しい個人主義=新しい人間像を描かなければならないが、村上が描いた「新中間大衆」はそれ以前の、そこに至るまでの、当分の間の社会を左右する不安定な大衆である。
ここで地域社会が直面している現実的課題にあらためて立ち返ってみれば、ねばり強く目で見える範囲の具体的な問題を具体的に扱っていく、みんなで考える、身近な目の届く範囲内から参加していくことが必要であるという、ごく当たり前なところに行き着く。そのとき、機能不全を起こしている従来組織にかわって、人々の参加を機軸に活動する新しい中間的組織が必要であることは明らかではなかろうか。そのような組織が様々な現実的課題に沿って現れ、従来組織(特に行政)から分権的に活動する。そしてそれぞれの主張・活動の違い、その正当性を冷静に議論することがなにより必要であろう。その過程は当然のこととして、地域で多くの権利の主張と利害の対立が発生することを意味する。中坊公平氏が司法制度審議会(注4)などで言われる「アワータウン、アワーコート、アワーローヤー」という言葉は、身近な問題に取り組むことによって発生する対立を、その地域で解決しようとするとき、都市に司法機能が集中して弁護士がいない地域が多数存在する現状に対するひとつの具体的な提案といえる。
このように地域の社会システムは、多くの分権化された活動が続けられ、徐々に地域全体の社会システムを構成するように成長する形が望ましいだろう。こうしたすでに多く、以前から多方面で議論されていることの重要性、時代的要請は、日本社会ではことさら極端に高まっているといえる。その過程は信頼と協働の形成プロセスといえるが、村上の描いた「新中間大衆」がそれと程遠いことを忘れてはならない。そこには、「自」「他」という二項対立を超えて「共」の価値観をもった新しい個人主義がなければならない。
『けっきょく、現段階の産業化あるいは超産業化は、情報伝達の効率化という側面に集中している。「情報化」はわれわれを賢くしているのではなく、機敏にしているにすぎない。超産業化をコントロールするために必要なのは、まさに「賢さ」なのだが、情報化それ自体の中にはそれを求め難いことを、われわれは十分に知るべきだろう』(村上泰亮『二十一世紀システムの中の時間』(注5))
インターネットという超産業化のツールを手に入れた我々だが、ツールであるインターネットそれ自体が新しい個人主義を醸成する訳ではない。
一方、最近の教育に対する異常な関心の中には、次世代の人々(子供たち)にその作業を託すという無責任さが見え隠れしている。新しい時代の萌芽を子供たちの中に見ようとすること自体は間違いではないであろう。しかし、次の時代も今の時代からの連鎖であるという事実を思い起こせば、今の時代を生きる我々の責務は重い。それを担うのが現時点の「新中間大衆」でないこともまた明らかだろう。
ここまで述べてきたことは悲観的すぎると思われるかもしれない。特に「新中間大衆」の捉え方が否定的にすぎると感じられるかもしれない。わたしも、現在、地域に生まれつつある中間組織的グループ(例えばNPO)のメンバーの中には、批判性に傾きすぎないように注意しながら協働を模索するすべを知っている若い方や、社会システムに対しては「甘え」よりも能動的・主体的な立場をとろうとしている方々が存在していることを知っている。だが、「大衆」の定義に立ち返れば(注6)、これらの人々はすでに「大衆」ではない。おそらくは次の時代と今の時代とを橋渡しする中間的な存在の現れであるのだろう。これらの人々は、混乱する社会システムと視野狭窄に陥る「大衆」の中で、困難な道のりを当分の間歩み続けることになる。しかし、こうした困難な歩みを続けていく事なしに『知己と信頼、情報・知識の通有、説得と協働、の空間』を持った次の社会への移行は果たせないだろう。そしてもし、われわれがその移行に失敗すれば、地域にとどまらず日本社会は、未だ経験したことのない厳しい状況に突入することになるだろう予感が、わたしにもしている。地域情報化の取り組みは、人間の在り様を含めた日本の社会システムを、次の社会へ望ましい形で移行できるように創り変える、具体的な計画書をいま必要としている。
注1:公文俊平のアンドリュー・シャピロのコントロール革命論に対する解説より
これからの社会では、これまでの現実世界に見られた「自他分節」の境界は、なくなりはしないが、部分的に溶解する。「公私」の二元的な世界に対して「共」の第三次元が追加される。そこが知己と信頼、情報・知識の通有、説得と協働、の空間となる。「間人」の側面が優越する空間、つまり真のコミュニティ空間となる。そこでは「共権」としての情報権の原理が支配する。財やサービスは互酬の関係をプラットフォームとして、その上に交換の世界が乗る形になる。しかし、まさにそのために、「コミュニティ内商品=エコモディティ」の範囲は、通常の共同体間、個人間関係としての商品取引に包摂されるものよりは、はるかに広く、深くなりうる。
注2:村上泰亮『産業社会の病理』(中央公論社) 第5章「産業社会の価値観群」、及び、第7章「変化する価値観 3先鋭化と多様化」
注3:村上泰亮『新中間大衆の時代』(中央公論社) 第5章「保守支配の構造」第2節「新中間大衆の登場」
注4:平成11年10月5日第4回司法制度改革審議会議事録(http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/991026gijiroku4.html)参照
注5:村上泰亮「二十一世紀システムの中の時間」初出『中央公論』1984.11,46-64頁
注6:オルテガ「大衆の反逆」(中央公論社『世界の名著68』に収録)
21世紀になった21世紀の夢
田熊啓(研究員)
21世紀が明けた。子供の頃に夢見たチューブのなかを走る列車もなければ、空中自動車も自家用ヘリコプターも鉄腕アトムも何もかもがない。けれど、大江戸線は走り、プリウスはでき、AIBOもASIMOもできた。NTTドコモのCMではないが、携帯電話は普及し、未来がそこに来ているような気もする。
インターネットの普及は目を見張るものはある。去年まではネットにつながっていなかった実家のMacがWindowsへと姿を変えたもののネットにつながり、定年を迎えた父がPCの前へと座り、キーボードをぽちぽちと打って、旧友にメールを出す。母は電話で「この間メールを出したわよ。見てね」とフランスに国際電話で話し掛ける。友人は塾の復習テーマのURLを生徒に配る。
我々はコミュニケーションの新しい手段を手に入れた。これが未来である、といえばそうなのかもしれないが、何かが足りない。そう、21世紀の今、大人になった我々が子供に語るべき未来、夢がないのである。
我々GLOCOMでは香山プロジェクトという故香山健一学習院大学教授の業績をまとめるべくWeb上にマルチメディアライブラリーを完成させた。
マルチメディアライブラリーでは800件にも及ぶ香山先生の著作を掲載し、ラジオ関東で放映された「日曜論壇」2年分30本あまりをリアルプレーヤーで聴くことができる。
未整理な部分や検索機能の不備などまだまだであるが、いつどこでも閲覧でき、出版雑誌とは違い、ずっとWeb上に存在する。未来の図書館の雛形がここにある。
また、印刷技術が発明された中世には、その知識を発展させる大学がヨーロッパ各地にでき始めた。かつての教会の権力から、印刷技術によって解き放たれた智がその形を変えていったように、このマルチメディアライブラリーは智の通有を拡大させた。結果として、このマルチメディアライブラリーは未来研究所へと発展していった。この未来研究所はすでにGLOCOMのプロジェクトからは巣立っていったが、その反響は各所に徐々に響き始めている。この活動はWeb上に研究所を設け、ネットワーク的にいろいろな研究所のノード的役割を果たしていこうとする試みである。つまりは東京であろうと、ParisであろうとNewYorkであろうと一つのテーマに対して場所に縛られずに研究できる。未来研究所はただ一個人が全世界にWWWで発信するHomePageではなく、Linux Communityのように協働で作り上げる場ができないか、という試みである。
だが残念なことに香山先生はこの世にはいない。同時代の人間ではなく、我々と協働で考えていくことはできないのである。だが、この1月から公文プロジェクトが本格的に始動し始める。
そこでは、公文所長の過去の著作物が掲載されていく。またこのプロジェクトは内外の読者とリアルタイムで交信する事により、成果物が常に最新の思考と状況にさらされてよりよいものが掲載されていく、という仕組みを作ることを目標とする。
いずれはP2Pの技術を使ってリアルタイムで交信し、智の共有だけではなく、メディアの変化による智の発展ということをこのプロジェクトでは試みてみたい。このプロジェクトのもう一つの目標は表現や思考の新しい地平を開くことである。
ここでメディアの変化に対して深い洞察を持つW-J・オングの『声の文化と文字の文化』(1991藤原書店)の中からそのメディアの変化に対するインパクトを引用してみたい。
「ことばがもっぱら声として機能している社会は、何年もかけて根気よく習得したことを、大変なエネルギーを投入して、何度も何度もくりかえし口に出して言っていなくてはならない。その結果、精神はきわめて伝統主義的で保守的な構えをとることになる。当然この精神は、知的な実験を禁止してしまう。知識は得がたく貴重なものであり、専門に知識を保存している古老たちが、この社会では評価される」(p92)という声の文化から「記憶をたすけるきまり文句のなかではなく、書かれたテクストのなか、知識をたくわえる新しい道が開かれたのである。このようにして、精神は解き放たれて自由になり、より独創的で抽象的な思考をめざすことが可能になった」(p57)文字の文化は「知識を生活経験から離れたところで構造化する」。
このような「声の文化から文字の文化」へと移行したとき、それはメディア=智の入れ物が変化したのみならず、表現方法、さらには思考をも変化させた。文字が発明されたことにより、その智の思考形態そのものを変化させたようにマルチメディアはその智の思考形態をどのように変化させていくのであろうか。またその表現の形式はどのようなものとなっていくのであろうか、ということを探っていきたい。
「ながい分析的な解答が組み立てられうるのはいったいどのようにしてであろうか。そこには話の相手が、ほとんど必須である。なぜなら、たてつづけに何時間もひとりごとを言いつづけるのはむずかしいからである。声の文化においては、長くつづく思考は、〔つねに〕人とのコミュニケーションが必須である。」(pp77-78)しかしここで協働で得られた思考も声が音であり消えていく以上、必ずしもすべてが残るわけではない。そこに文字の文化が現れて、知識をとどめおくことができるようになった。しかし、それは対書物と個人との内的な対話のみとなる。そこには抑揚、環境の変化などは考慮の対象から次第にはずされていく。ただ純粋に文字に書かれたことのみが真実となり、それ以外は他の書物に出会わない限り導かれていくことはない。
しかし、AOLなどのインスタントメッセンジャーなどにより、対話による思考の過程もとどめおくことができ、P2Pのグループウェア(例えばGroove等)は対話相手が見せたいページを相手と共有することにより、知識が蓄えられている場所へと相手を導くこともできる。
つまりは記録媒体の変化の中で公文プロジェクトの試みは、単に公文所長の成果物を本からホームページに移すだけのことではない。それは新たな思考法への挑戦なのである。
もちろん、ドックイヤーと呼ばれる電子メディアの進歩はここに上げたものでとどまるわけはない。しかし、掲示板やメーリングリストなどを使うことによっても智の共有はできるはずであるが、実際には掲示板荒らし、書き込むことに熱中し、マナーも相手も見えなくなってしまう投稿者など、新しい秩序や表現方法が必要とされている。技術的に可能だからといって、そこで終わってしまうのではなく、そこに必要な秩序ひいては社会とは何かの分析をもこのプロジェクトでは明らかにしていきたいと考えている。
そこには技術だけを追い求めて、技術が完成してしまったら、未来が見えてこなかった20世紀の混乱状況から抜け出すヒントが必ずあるはずだからである。
香山先生は「人間は、シンボル空間において現実世界のモデルを構成し、それによって未来を予測、計画し、決定する。(中略) 、人間の意志決定メカニズムは(中略)予測体系と価値体系の二つから成る。情報がインプットされると、人間の決定メーカーはこの二つの体系でシンボル操作を行ったうえで決定基準を構成し、そこから行動に関する決定をアウトプットとして出す。予測体系は不確実な未来の状態を予測し、価値体系は多様な目的を処理、調整し、決定基準はこの二つの部分を統合して、最適とみなされる行動を選択する」(http://www.glocom.ac.jp/proj/kouyama/all/C_folder/C67_02_01.htm)と述べているが、価値体系とは「このような未来になる」ではなく、「このような未来にする」という未来への意思表明であると私はとらえる。その意思表明を描かなければ本当の未来はやってこないと考える。
現在の社会に、「私がやっても遅いよ」という閉塞感を感じる。例えば、学歴コンプレックス。実際にはそれは自意識の発生の差でしかない。早くその意識が生まれれば受験勉強もしたが、高校を卒業した後にそれが生まれても既に社会は受け入れてくれない。けれど、自意識が遅く生まれても優秀な人はいるだろうし、早く生まれても枯渇していまう人もいるだろう。だが「学び」たい、という欲望が生まれる時期のは千差万別である。しかし現状では時期をはずしてしまうとと社会が受け入れないのだ。
しかし、ネットの社会は匿名性を得られる場所である。彼が何歳かは関係なく、コンテンツのみで判断される。一方でネット社会はまだまだ形成されておらず、そのそこでの思考法などは暗中模索の状態だ。それは厳しい社会であるのかも知れない。しかし、ルネサンスは天才も生んだが同時に学問の自由による庶民の学への参加の道も開いた。もしIT革命と呼ばれるものが本当に革命的で社会を変える力となり得るなら、村上初代所長のいう“強い個人”も生み出すであろうが、また年齢や時期に関係なく学べて、自分を出せたり、つながっていける場所がこれからできるはずである。(リアルで学んだことをネットで表現し、ネットでの学びをリアルに活かす。その場で結びつき、新しいコミュニティーが生まれる。こんなこともヴァーチャル図書館は助けてくれると思う。)そんな場でいつでも「学び」、いつでも作りだしていく未来を私は描きたい。そして私の21世紀の仕事はそんな新しい学び、思考する場を作り出し、それにもっともふさわしい表現方法を探っていきたい。
これは誰もがやっていない未来なのだから…。
「情報プラットフォーム活動」の展開
山内康英(主任研究員)
皆様、新年おめでとうございます。本年も宜しくお願いいたします。
さて、冒頭に公文所長より紹介がありましたが、昨年暮から本センターは、「産業技術情報知識ベース構築事業」に着手しました。このプロジェクトの内容については、主担当の山田肇客員教授より別途、説明があると思いますが、GLOCOMは、この「産業技術情報知識ベース構築事業」によって、三つの「情報プラットフォーム活動」に参画したことになります。本欄では、この「情報プラットフォーム活動」について、ご紹介したいと思います。
「情報プラットフォーム」
ピーター・ドラッカー教授は、『未来型経営組織の構想』(1)の中で、今後、より多くの企業が、組織の形としては、現在の大学病院やNPOのようなモデルに近づくだろう、と述べています。その理由は、一方では、企業組織の運営にとって、知識や情報がより重要になりますが、知識や情報を保持する個人は、定義的に一種の「専門家」です。他方で、「専門家」が協働作業を行う組織の特徴は、現時点で言えば、大学病院やオーケストラ、NPOなどに典型的に現れている、ということです。たとえば大学病院では、患者の症状に併せて、必要な専門医が適宜、集まって協働作業を行います。事業部制に基づいた固定的・階層的な指揮・命令系統や、情報伝達を主要な仕事にする中間管理職といった20世紀型の企業組織は、そこでは相応しくありません。ドラッカー教授は、このような未来型経営組織を「情報組織(information-based organization)」と呼んでいます。「情報プラットフォーム」とは、この類比概念として、知識や情報に基づく協働作業を行うための「プラットフォーム」を運営する活動を指しています。なお、ここで言う「プラットフォーム」も経営学の類比概念です。今井賢一(スタンフォード日本センター理事長)・國領二郎(慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授)両氏は、プラットフォーム・ビジネスを「第三者間の結び付きを作り出すような『場』を運営するビジネス」と定義しています。
地域情報化プラットフォーム
本センターは、平成10年度から、日本立地センターの委託事業として、「品川区情報プラットフォーム構築コンソーシアム」に参加しました。このプロジェクトは、区内の中小製造業を対象としたもので、実証実験にご協力いただいた経営体に情報技術を導入して、新しい商圏の開拓、EDIの導入、後継者の育成といった身近な問題の診断を行おう、というものです。(2)多くの自治体は、中小企業診断士や税理士の窓口業務サービスを提供しています。品川区のプロジェクトは、Webベースのオンライン診断とグループウェアを組み合わせたアプリケーションを開発・導入して、全国の優れたコンサルタントと地域の経営診断のニーズを結びつけようとする試みでした。その際、地域の情報構造の革新が重要なテーマになります。地域情報化は「卵と鶏」です。つまり、「情報インフラが無いために情報需要が喚起されない。情報の実需が無いために、情報インフラの導入が進まない」という問題です。地域情報化プラットフォームは、「情報インフラ」「ミドルウェア」「サービス」を一体として導入することによって、情報実需とインフラとの間に正のフィードバックを作り出し、地域の情報構造を変革しようという企図を持っていました。
政策プラットフォーム
平成12年5月、GLOCOMは「政策形成支援プラットフォーム・コンソーシアム」(3)の設立に参加しました。政策決定過程は、多面的な組織間および組織内集団間の利害調整の連続であり、「政策決定サークル」は、この作業に日常的に関わっています。たとえば情報基盤政策といった専門性の高い政策の形成過程を主導する集団(「政策決定サークル」)は、質の高い情報をタイムリーに利用する制度的な仕組みを持つ必要があります。「政策プラットフォーム」は、「政策決定サークル」の必要な部署に、的確なタイミングで、決定に役に立つ形の情報や知識を供給するために、社会に分散して存在する情報や知識を、「政策決定サークル」と結びつける仕組みです。Webベースでの情報提供や、検索、電子メイルやファイルの交換といった情報共有のインターフェースの標準化が進むにつれて、「政策決定サークル」と分散的な情報や知識を持つ外部の集団を迅速に連携させる仕組みが整備されています。企業の実務家や研究機関、NGOの専門家と政策立案者が情報交換を行い、必要な期間、戦略的連携を作り出すような「場」を、われわれは「政策形成支援プラットフォーム」と名付けた訳です。(4)
「政・産・官=鉄のトライアングル」の「密度の濃い」情報交流に依拠した日本の政策決定過程は、戦後、一定の成功を収めました。しかしながら故村上泰亮初代GLOCOM所長の言う「開発主義段階」(5)を卒業し、21世紀型産業社会を迎えるにあたって、この「政策決定サークル」は、従来型政策空間の飽和から、一種の機能不全に陥っているように見えます。(6)
政策決定とは、多くの集団にまたがる連続的な組織的意思決定過程に他なりません。各集団や組織は、「利害関係者のネットワーク」に支えられ、その意思を反映しています。したがって新たに21世紀型産業のための政策を立案する際には、そのような「利害関係者のネットワーク」を反映する「政策決定サークル」内の組織や部署を相互に結びつけて、政策決定のための連続的な意思決定のアライアンスを作り出す必要があります。われわれは、政策プラットフォームという「場」が、このような新しい利害関係者の「政治化(politicization)」の有効な手段となる、と考えています。
産業技術情報知識プラットフォーム
このように現在、日本の産業は、「21世紀型産業」への移行期にあります。この移行には、「突破型(非継続型)産業技術」の広範な社会的普及を伴いますが、その際には、技術革新とその普及を目的とした「情報と知識の集積と共有のための社会的基盤」の果たす役割が重要です。
「産業技術知識ベース」は、産業技術情報を集積した「産業技術知識データベース」と、情報や知識を核として参加者の間に新しいネットワークを創出する「産業技術知識プラットフォーム」から構成されるもので、個々のプラットフォームには、その技術分野の専門家を「プラットフォーム・マスター=技術の達人」として配置することになっています。この「プラットフォーム・マスター」は、参加者からの問い合わせに対して、自ら、あるいは適当な専門家を指示して回答し、さらに当該専門分野の技術開発の在り方などについて利用者参加型の議論を導いたり、盛り上げることを通じて、その発展に寄与することが最終的な使命になります。このように「産業技術知識プラットフォーム」は、産業技術情報を媒介にして、組織や集団間にこれまでになかった結び付きを作り出そう、とするものです。
構造変化と情報技術
さて、以上の三つの「情報プラットフォーム活動」の目的とするところは、それぞれ異なっています。「地域情報化プラットフォーム」では、情報の利用とインフラ導入を結びつけることによって、特定地域の中小製造業者の方々の情報利用の変革を図ろうとしました。
「政策プラットフォーム活動」は、社会に分散する情報や知識を、政策決定サークルの内部に導入することによって、より効果的な政策立案を行おうとするものです。その過程で、これまでにない「利害関係者のネットワーク」を政策決定過程に導入する効果も期待できます。これによって従来型の政策決定に構造変動が生じるかもしれません。これに対して産業技術情報知識プラットフォームでは、産業技術という工学分野に焦点を移し、21世紀型産業の立ち上げに必要な技術情報の社会的普及が主な目的になっています。これにより工業技術の流通市場が成立すれば、企業組織や、産・学といった社会領域の壁に阻まれていた科学技術の流通に変化が生ずるでしょう。
それでは、この三種類の活動には、どのような共通点があるのでしょうか。第一に、「情報プラットフォーム活動」の特徴は、インターネット技術を利用して、第三者間の結び付きを作り出す「場」を「専門家」が運営することです。また、その結果、情報や知識を通じた協働作業の蓄積を通じて、何らかの既存の構造を打破する変化が期待されています。考えてみれば、情報や知識を共有することによって、これまでになかった形で人々を動員し、社会的構造変動の原動力とするのは、一種の社会革命に他なりません。したがって「情報プラットフォーム活動」は、情報技術を利用した情報革命の一つの方法論だ、と言うことができるでしょう。
(1)Drucker, Peter F, “The Coming of the New Organization,” Harvard Business Review, January-February 1988.
(2) 西山裕・田尾宏文「「品川区地域活性化・情報プラットフォーム」の開発実証」『GLOCOM Review』2000年7・8月合併号(第55号)。
(3) http://www.ppcon.org/
(4)山内康英、鈴木寛、渋川修一「政策決定の新しいデザインと「知識マネジメント」」『GLOCOM Review』2000年5月号(第53号)。
(5) 村上泰亮『反古典の政治経済学』中央公論社、1992年。
(6) 前田充浩「政策官庁の「情報史観」:ヴァーチャル・ガバナンスによる霞ヶ関の改革試案」『GLOCOM Review』2000年6月号(第54号)。
グローバルな意志決定システムとは
会津泉(主任研究員)
昨年4月、3年間過したマレーシアから、拠点を東京に戻した。3年間はあっという間に経過してしまい、多くの経験を積んだという意味での凝縮した時間と、しかし、それでは明示的な成果はなにかと問われたときのとまどいの両方を抱えている。
その4月からでも、もはや8ヶ月が過ぎ、いっそう時の流れの速さと、そのなかで何を成果としてあげているのかということへの心もとなさが増す。
マレーシアを拠点に
マレーシアというのは、アジアにおけるインターネットの発展に寄与するための研究と実践のための活動拠点として選んだつもりで、それ自体は正解であったと感じる。「マルチメディア・スーパー・コリドール(MSC)」という国家によるITプロジェクト1を、96年に構想をまとめ、97年から実現に向けて、広大な土地の開墾・造成工事から、海外ハイテク企業の誘致、そして法制度の整備から各種実験プロジェクトが始動したのは、マハティール首相の強烈なリーダーシップがあったからこそだった。だが、97−98年のアジアの経済危機はマレーシアをも例外なく襲い、プロジェクトは大幅に減速した。途上国が背伸びをしても無理だという批判が、主として先進国の側の人間からずいぶん聞こえてきた。現場を知った私自身、それを肯定する度合いが増えたのは事実だった。
しかし、もしMSC構想がなければ、マレーシア経済はさらに減速、ないし失速していたかもしれないと考えれば、構想そのものの正統性を減点することは無意味かもしれない。問題はインプリメンテーション、実行力にある。それはそうなのだが、少なくとも、ここ10年ほどの日本における様々な「情報化プロジェクト」、とくに国の省庁がモデルプランや基本構想をつくり、地方自治体が応募して認定されるような形でのプロジェクトの大半が失速していった実態を見た後では、マレーシアだけをことさら批判しようとは思わない。まずは己からはじめるしかない。
そのマレーシアから、実に多くの国・都市を訪問した。98年から、アジア太平洋インターネット協会2(Asia Pacific Internet Association = APIA)の事務局長を兼務したことで、インターネットのビジネスの世界にも片足を突っ込み、アジアの利益と主張、アジアの声を集約する作業にかかわったことで、かえってアジア以外の場所に出かける機会が増えてしまった。とりわけ、インターネットのドメインネームの管理体制の問題にかかわったこと3で、新しい国際非営利組織であるICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)4の形成の始終にお付き合いすることとなったことが大きかった。
問題は一瞬に拡散、解決は?
そうして、サンチアゴやカイロやベルリンや、さらにネパールやイスラエルや東ティモールなどにまで出かけたことで、痛切に感じさせられたことは、電子メールが簡単に届くというほどには、グローバルに、お互いの理解が深まっているということは全然ない、ということだった。
あたりまえといえばまったくあたりまえだが、インターネットの出現によって、少なくともそれまで不可能だったような、ごく低コストで、ごく短時間で、世界中の関係者にメールを回覧し、意思表示を求めることは、物理的には可能となってきた。あるいは、思いがけない悪さをするコンピュータ・ウィルスを、だれにも知られないように巧妙に流し、世界を大混乱させることも、意思とそこそこの技術さえあれば、ごく簡単にできてしまう。幸いまだ起きていないが、核兵器や化学兵器の製造法だって、インターネット経由で入手したり配布したりすることは、原理的にはそう難しいことではない。
つまり、インターネットのおかげで、<問題>の方は一瞬にして世界中に、まさにグローバルに拡散することができるようになってしまった。しかし、そのインターネットで、問題を解決しようとしても、一瞬にしてできることはほとんどなくて、とくにグローバルに共通の解決策で合意することは実に難しい。
ことが、まさにインターネットそのものを支える仕組み、グローバルな管理運用体系にかかわることで、かつ複数主体による意思決定を伴うようなことだと、それはとくに難しい。ICANNを形成するにあたっても、組織の基本構成要素ともいえる、代表者=役員の選任方法、選挙のあり方、世界の各地域からどうやって理事を選ぶかといったことが、基本的であればあるだけ、容易に合意が得られない問題となった。
現に、昨年7月のICANN一般会員選挙に際しては、わが国から、あたかも「大政翼賛選挙」とでもいえるような、企業ぐるみ型の選挙運動が行われて、それがトリガーとなって、中国や台湾などのアジアの隣接諸国から同種の、日本に対抗するという意味での国家間競争意識に煽られた動きを引き出してしまったのである。しかし、もともと日本の選挙の際に現実に採用される方法とは、政党のそれであれ組合のそれであれ、何らかの意味で、所属している組織ないしコミュニティへの帰属の証、忠誠心を問う性格のものであったというのも、日本社会の価値観として考えればそう不思議ではない。理念や政策で争うのではなく、人物=人柄や、派閥=縁がモノをいうのが、普通だった。とすれば、「グローバルな選挙」だからといって、一朝一夕に、そうして染み付いた価値観の束縛から自由になれるというふうに考えるほうがきっとナイーブなのだろう。
となると、アジアの社会、アフリカの社会などなど、「民主主義」とか「選挙」ということの実質的なインタープリテーションが歴史的、文化的な背景と文脈の内部でしか行われず、したがって相互に異なるような社会からの代表を、あたかも一気通貫に、単一システムにおける意思決定ないし組織形成として選出しようとすること自体が、おそらく間違っているのだろう。
しかし、インターネットはそれでも世界中に、ほぼ単一原理のシステムとして運用されている。その仕組みを発展させていくためには、より広い合意が常に求められるのも現実だ。
となると、われわれは、インターネットに象徴されるグローバル・システムにふさわしい、グローバルな意思決定システムを持ち合わせていない、ということが、露呈されてくる。この問題と格闘してきたのが、少なくともマレーシアでの3年の後半の1年半ほどであり、おそらく今後もかなりの間、課題として持ちつづけることになると思っている。
最後に、ニューヨークのインテリで、リテラリー・エージェント、つまりモノ書きの代理人という仕事を世界で最初にはじめた、ジョン・ブロックマンという奇人がいるが、彼は毎年年末になると、電子メール経由で「アンケート」を行う。今年は、「忘れられた質問」ということで、みんなが忘れてしまった、問われるべきだった質問とはなにか、という質問を送ってきた。
これが、英語版の、私の今年の抱負でもある。
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"Who should make the truly global decisions, and how?"
As we all use the global medium, Internet, people who are running it behind is making the decisions on how to run this medium. So far so good. But not anymore.
With all the ICANN process, commercialization of Domain Name registration, expanding the new gTLDs, one can ask: who are entitled to make these decisions, and how come they can decide that way?
Despite the growing digital divide, the number of people who use the Net is still exploding, even in the developing side of the world. What is fair, what is democratic, what kind of principles can we all agree on this single global complex system, from all corners of the world is my question of the year to come.
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【注】
1 MSCについては、http://www.mdc.com参照。
3拙稿『サイバースペースの「領土争い」?インターネットの名前と住所のシステム』http://www.jp.ibm.com/e-column/aizu/aizu03.html 参照。
グローバルなネットワークのナショナルな管理
土屋大洋(主任研究員)
インターネットがあらゆる側面で大きな影響を持つようになったのはいうまでもない。しかし、取り残されている分野もまだまだある。その一つが国際政治理論の世界である。
2年ほど前、日本国際政治学会の分科会で、大英帝国の電信ネットワークと米国のインターネットを比較するという発表をしたことがある。そのころ既に世の中はインターネットの重要性に気がついており、それなりの関心が高まっていた。しかし、知的関心の対象としてはあまり重視されていなかったように思う。その時、分科会を聞きに来ていた人数は大きな部屋に4人ほどである。壇上には私ともう1人の発表者、司会者、それにコメンテーターが2人いたので、壇上の方が人数が多かったことになる。
もちろん、関心がないということだけで出席者数を判断することはできない。私自身のテーマ設定が良くなかったということももちろんあるだろう。東京から遠く離れた場所であったし、季節遅れの台風で参加者の足は遠のいていた。同じ時間に多くの分科会が開かれていたため、参加者は分散してもいた。おまけに昼時なのに昼休みが設けられていなかったので、多くの人がその時間に昼食にとっていた。
それにしても、国際政治学者の関心はあまり強くない。いまだに「インターネットは単なるデータベースだろ」という人は、若い学者の中にもいる。インターネットの出自から考えると、アカデミック・コミュニティこそ、いち早く電子メールを受容してもおかしくないのだが、国際政治学者のコミュニティでは使う人と使わない人の二極分解が著しい。
分野を問わず、インターネットを研究している人たちの間では、プレゼンテーションをするときにはパソコン持参でパワーポイントを使うのがほぼスタンダードといっていい。しかし、国際政治学者で使いこなす人はまだまだ少数派である。学会発表で使っている人はほとんどいない。そうしたプレゼンテーションのスタイルが心理的にも定着していないし、それを可能にする設備が整っていないことも多い。
関心がないものを研究するということは当然ながらあまりない。研究対象としてのインターネットもいまだ認知されているとはいいがたい。別の学会では、常設のインターネット分科会が設置されたことがあったが、1年足らずで廃止されてしまった。
インターネットを既存の国際政治理論の中でどう位置付けていくか、これが今世紀の、少なくとも今世紀初めの10年ぐらいの、一つの知的課題ではないだろうか。
ところで、これまでの国際政治理論は、新しい技術の登場にどうやって対処してきたのだろうか。多くの技術の中でも国際政治理論に最も大きな影響を与えたのが核技術であった。第二次世界大戦の末期に突如として人々の前に現れた核兵器は、人類に核戦争の脅威をまざまざと見せつけた。最終兵器たる核は、保有国間の激しい競争を引き起こし、冷戦へとつながっていった。
核戦争と冷戦は、現実主義の視点を再生させた。古典的な現実主義は、大英帝国の外交政策として結実したバランス・オブ・パワー論であった。つまり、国際的な対立関係をバランスによって均衡させ、破滅的な結末を逃れようとする考え方である。核抑止理論はそうしたバランス・オブ・パワーの考え方を核戦争の時代に発展させたものである。
インターネットも、その核技術の余波の中から生まれてきた。しかし、インターネットはむしろ、電信や電話の時代の電気通信ネットワークの延長として捉えられてきている。
19世紀の電信ネットワークは大英帝国の圧倒的な支配の下に置かれていた。1892年時点において世界の電信ネットワークの66.3%を英国が握っており、第2位の米国は15.8%に過ぎなかった。海底ケーブルを駆使した大英帝国の電信ネットワークは、世界の植民地をつなぎ、大英帝国主導の自由貿易を下支えするグローバルなネットワークだったのだ。
現在のインターネットと電信ネットワークが最も違うのは、電信ネットワークが政府によって管理されたネットワークだった点である。各国の電信を接続し、相互運用を可能にするために作られた国際電信会議は、電話の時代に形を変えて、国連の専門機関である国際電気通信連合(ITU)として存続している。
ITUにおける国際交渉は、国際政治理論では、国際レジーム論の中で論じられてきた。制度主義(理想主義とも言う)に分類される国際レジームとは「国際関係の特定の問題領域で、アクター(行為主体)の期待が収斂する明示的もしくは黙示的な原則、規範、ルール、決定手続の総体」とされている。ここでのアクターはほとんどの場合、各国の政府代表であり、NGOが入る余地はなかった。
ところが、インターネットの場合は、研究者やNGOが最初から参加し、後から政府が乗っかってきた。いやむしろ、まだ政府はインターネットの中核的なところでは十分なアクターになりえていない。ネチズンや(いい意味での)ハッカーたちが政府の干渉を頑なに拒んでいるからである。ドメイン・ネームとIPアドレスの配分に関するルールを決めているICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)がその典型であろう。
しかし、「グローバルな」インターネットにおいて政府はアクターとなりえていないとしても、「ナショナルな」インターネットでは政府はパワフルなアクターとなっている場合もある。
中国ではドメイン・ネームとIPアドレスは政府機関であるCNNIC(中国ネットワーク情報センター)が行っている。ISP(インターネット・サービス・プロバイダ)やICP(インターネット・コンテンツ・プロバイダ)は、政府に登録してライセンスを取得しなければならないとする規定が2000年9月に出された。台湾や香港のニュースサイトを見ることは禁止されており、台湾の通信社で働く友人の電子メールは北京に届かない。政治的な理由、宗教的な理由などからインターネットへのアクセスを規制している国は、アジアの権威主義体制の国々や中東諸国に見られる。
こうした各国の対応を並べて見ると、インターネットは「インターネット」という言葉で一括りにできるほどまとまっているとはいえないのかもしれない。電信や電話という言葉が政治的には中立な技術であるとイメージされているのに対し、社会秩序そのものに大きな影響を与えかねないインターネットは、政治的に中立ではいられないのだろうか。
そうすると、インターネットをめぐる国際政治理論の展開は、まず「グローバルなネットワークのナショナルな管理」という点に関心を向けざるをえなくなる。それは、単なる電気通信レジームの延長として捉えるのでは不十分である。「情報核爆弾」としてのインターネットをどう抑止するかという発想を持つ国が出てくるに違いない。それは理論的には、制度主義的アプローチと現実主義的アプローチの相克となってくるだろう。
私自身は、グローバル・ガバナンス論の中でインターネットを捉えようとしてきた。しかし、いまだグローバル・ガバナンス論も成熟した理論的枠組みというには不十分である。新世紀には、動きの速いインターネットの世界をフォローしながら、その理論的把握に思いをめぐらせる時間を持つことができたらと思う。
2001年教育はどこから変わる?
豊福晋平(主任研究員)
2000年は「世のなかそう簡単には変わらない」常識が覆され、一見堅牢に見えた社会のシステムがいくつも目の前で音を立てて崩れ落ちるのを経験した年であった。たとえシステムの内部に、様々な矛盾や機能不全が起こり、本来の役割を果たし得なくなっていても、それを自ら確認することなく依存し続け、また、無批判にそうすることを刷り込まれてきたことに私達は気づかされ、愕然とするのである。
教育もまた一見堅牢に見えるシステムだが、そのほころびは過去数十年にわたって批判され続けてきたこともまた事実である。知識偏重型教育、加熱する受験、不登校、学級崩壊、10代の凶悪犯罪などあげればきりがない。そのたび、教育の重要性が指摘され、改革の必要が説かれてきたのであった。故小渕首相の呼びかけで始められた教育改革国民会議では、文字通り国民全体を巻き込んだ議論が期待されたのだが、結局注目されたのは、教育基本法の改正や奉仕活動の義務化といった、いかにも刺激的政治的な話であった。過程や結果を見る限り、国民的なコンセンサスが得られるような妙案はなく、逆に各論者の認識の相違やすれ違いばかりが目立つこととなってしまった。皮肉にも、ここで得られた最大の成果とは「望ましい教育システム」の最大公約数は、もはや国家レベルでは存在し得ないことを明らかにしたことである。すなわち、自ら必要とする教育を与えるには、これまで暗黙に行われてきた依存関係を断ち切らねばならないことに、遅まきながら多くの人が気づき始めたのであった。
自分の研究分野である「教育の情報化」からこの点を考えてみれば、情報化とは単に既存の教育目標に効率よく到達するための手段に過ぎなかった。われわれ研究者はより大きな教育目標を省みることなく、授業を行うための道具を工夫する課題に終始していたのである。しかし、教育の目標自体が大きく揺らぎ始めたいま、あらためて情報化の持つ意味を深く考え直す機会を持つことになった。教育を効率化するためだけに情報化があるのではなく、情報化自体によって教育もまた変化してゆくものなのである。私自身の関心の範囲は情報化そのものを超えて、近代学校化の背景やコミュニティ形成、あるいは学校家庭間の連携といったものにまで広がってゆくことになった。
その意味で2000年は、様々な分野で行われてきた小さな試みが前兆として湧き出したことを実感した年であった。2001年はこれらの焦点が急速にひとつにまとまり、具体的な像を結ぶ段階に入ってくるであろう。一方では、教育の自由化・市場化をターゲットに教育産業への新規参入が相次ぎ、激しい顧客争奪戦が始まり、無責任な批判にさらされる学校教育は、さらに増して荒波にもまれることになる。これらに積極的な手を打てない学校は自身の体力と周囲からの信頼を失ってゆくであろう。他方で、ごく少数ではあるものの十分な課題意識が醸成されたところでは、情報化、総合的な学習、学校教育と社会教育の融合、住民の教育への参画といった課題が同じ土俵で検討され、これまでになくユニークな教育が創造され、大いに注目を集めることになるだろう。私としてはこれらの新しい動きをキャッチアップしつつ、自らも参画してゆけるかどうかがこの1年の課題になるといま考えている。
情報の歴史、次のひとコマは
上村圭介
グーテンベルグの活版印刷術が情報革命をもたらした、というのが、古典的なメディア論の発見だとしたら、実は調べてみたらこのようなパラダイム転換的な出来事は人間の知的活動の歴史の中で何度も起きていた、というのが最近のメディア研究の成果のようだ。
例えば、Michael E. Hobart and Zachary S. Schiffman(1998)Information Ages: Literacy, Numeracy and the Computer Revolutionは、古代メソポタミアにおける文字の誕生から、前世紀中葉の電子式コンピュータの実現までを振り返り、人間が何を情報としてきたか、そして情報とともにあった哲学の対象が何であったかを知るための見取り図である。
さて、人文学的な意味での情報は、人間の「ことば」という活動と深く結びついている。そのことばは、人間がとらえた外的世界の事象と心的世界における想起との具体的な結びつきを解放した。ことばを媒介にすることで、人間は「今ここ」に現前しない事象や、過去の記憶を対象にすることができるようになったのだが、著者らは、そのような人間のことばのもつ力が、最初の情報革命、つまり文字の誕生によって一層大きな力をもつようになったという。文字によって記録することで、人間の記憶の限界や行動の範囲を超えた情報の流通が可能になっただけでなく、人間が扱うことができる情報そのものの厚みも増すことになったのだと。
本書はさらにさかのぼり、文字の誕生を数の記録に求める。数の記録は抽象的な「数」以前の、一対一に事物の出現を照合する「トークン」から始まった。トークンとは、例えば、朝に牧場から羊が一頭連れ出される度に一つずつ記す印のようなものである。こうすることで、全体として何頭いるかは分からないが、夕方に羊が一頭帰ってくる度に先ほどの印を消せば、最終的に出ていった羊がすべて帰ってきたか、迷い羊がいるか(あるいは、増えているか!)が分かる。初期のトークンは、羊なら「羊トークン」、牛なら「牛トークン」、麦の束なら「麦の束トークン」というように、モノと具体的に対応していた。ところが、次第に具体的なモノとは結びつかず対象を問わず抽象的に「数」を表わす記号が誕生したのだ。そして、粘土版に刻まれた印は、数だけでなく、いよいよ文字として「ことば」を書き残すようになる。最初の文字は、ことばの単位に対応する表語文字、つまり「単語」を「表わす」文字(一般的には表意文字と呼ばれるが、実は表語文字というのが正しい)であった。
人間の知的活動、つまり「考えること」の対象は、表語文字の登場によって森羅万象を文字として切り取ることにいつしか変化していった。人間の「考えること」の対象は分類学となった。ギリシャ時代には、人間の知的活動の抽象度は高まり、哲学的思考が生まれた。中世のスコラ哲学では、唯一の真理をたずさえた(と思われた)古典を幾重にも包み込んだ注釈学が「考えること」の中心となる。「針の上に天使が何人存在しうるか」というスコラ哲学のカリカチュアは、このような議論を真面目に続けた結果である(袋小路ではあるにしても)。
グーテンベルグの活版印刷術は、このような注釈学のあり方に疑問を呈するきっかけとなった。印刷術によって書物が大量に頒布されるようになると、お互いの書物が矛盾した内容を伝えていることが分かってしまったのである。これは、中世には考えられなかった出来事であった。勢い、それぞれの勝手な基準にしたがって書かかれたものなど信用できない。「考えること」の主題が、誰にとっても納得の行く客観性の追及へと移ったのは当然の流れであった。そして、デカルト以来と言われる近代科学の分析的手法の時代が訪れる。
もっとも、本書によれば「デカルト以来」といわれる近代科学のパラダイムも、どうやらデカルト本人にとっては、正しい世界像を「写し取り」、世界を理解するための脇道のつもりだったらしい。しかし、どこを間違えたのか、あるいは間違えるべくして彼の後継者(もちろん、われわれもその後継者の末席なわけだが)が間違えたのか、幸か不幸か元来た道を見失ったまま、数百年経ってしまったようなのだ。
ともかく、幾何学世界を代数的公式に統合することに成功したことで、西洋哲学(哲学とは「考えること」の意)は世界を写し取るための新たな分析的手法を手に入れた。そして分析的手法は、微積分法を初め、より精密な分析的道具立てを次々と手に入れる。しかし、分析的手法のさらなる発展は、世界を忠実に写し取るどころか、非情にも、それによって写し取った世界が一つの虚像にすぎないことを付きつけたのだ。「考えること」は、振り出しに戻ったかのように見えた。しかし、著者らは、そのような絶望の中にこそむしろ電子的コンピュータの意義を見出している。つまり、20世紀中葉に出現したコンピュータは、外的世界と結びつかない抽象的な記号の操作に、机上の空論でも単なる知的遊戯でもない実用上の役割を与えることになったのだという。
このような情報の歴史の中では、今われわれの目の前にある情報技術も、人間が今のところ最新の道具立ての一つなのだ。ところが、同時に「考えること」の中身、つまり情報のあり方も変わってきたことに目を向けなければならない。
情報技術の刷新が情報のあり方を変えたのか、あるいは情報のあり方にあわせて情報技術が刷新されてきたのかは分からない。この順序を明示的に逆にとらえ、情報技術の刷新に先立ち、実は人間の知的活動に情報量の爆発が内在しているのだと指摘する論者もいる。メディア論のトロント学派を自認するRobert Loganなどは、The Fifth Langauge(1995)の中で、その傾向を主張する。こういう立場からは、文字が誕生する前に、人間の知的活動における情報は飽和状態にあり、もはや口承で維持しきれないほどだったというのだ。そして、自然の結末として文字の誕生をもたらしたのだと。情報技術も産み出されるべくして産み出されたものなのだ。
情報技術はここで打ち止めでもないし、ましてや情報のあり方は技術によって決まるものでもないとしたら、これからの100年は、情報の歴史の中で、どのようなひとコマをわれわれに見せてくれるのだろうか。
新世紀年頭に考えること
中島洋(客員研究員)
ネットワークを軸にした情報通信社会の一般生活者へのインパクトについてそろそろ議論を始めた方が良いと考えている。高度にネットワークが発達し、放送サービスもこの中に飲み込まれるような新しい社会について、具体的なイメージが固まっていないことも議論の対象だが、いわゆる「影」に当たる問題の検討も必要になっている。
すでに「デジタルデバイド」「携帯電話の健康への影響」などが社会的に「負の側面」として取り上げられているが、いずれも、実証的な根拠があってなされている議論ではない。やや感情的な「進化(変化)への抵抗」というような保守的な現象の一つかもしれないが、新世紀、ネットワークを軸にした新しい社会を形成するために、これらの議論を点検しておくことも必要だろうと思っている。
上記、二つの問題点をさらに突っ込んで考えると、以下のようになろう。
「デジタルデバイド」は、そもそも何を指しているのか。デジタル技術を利用する、しないは、そもそも本人の自由意思の範囲にあるのではないか。利用しないことで本当に社会的な弱者に陥るのか。利用している人のほうが、たとえば株式投資に失敗して富から遠ざかってしまう可能性が高いケースもあるのではないか。本人の自由意思に任せていれば良いものを、いちいち、公共的セクターで考えるのはお節介とはいえないのか。
そうではなく、だれもがデジタル技術を理解し、使用できるようにならなければいけない、というような信念は何に由来しているのか。どのような考え方と共通項があるのか。また、こうした「市民思想」に根本的な問題はないのか。
「携帯電話の健康への影響」についても、電車、バスでは、「医療機器に影響が出る恐れがあるので、、、、」という告知が繰り返し行われている。現在の使用環境で、身体の補助機能のために利用している医療機器に本当に影響が出るのか。どのような条件下で現れるのか。その現象は致命的に危険なのか。また、その現象を回避することは不可能なのか。
あるいは、実は、携帯電話の電波程度では、身体への影響はほとんど考慮しないでよいものなのか。そうであるとすれば、いたずらに恐怖心を抱かせる車内放送は、なぜ、使用禁止の告知を熱をもって行うのか。もし後者だとすればこうしたキャンペーンはデマゴーグだが、こうしたデマゴーグが流される理由は何なのだろうか。新しく登場する技術への反発、電車などの閉鎖的な環境で臨時に発生したコミュニティを外部との通話によって破壊した裏切り者の排斥など、さまざまな要因がからみあっていると思われる。
国境の問題、セキュリティの問題、ネットワーク犯罪の問題など、インターネットを軸にネットワーク社会が急速に深まるにつれ、遠くに思えていた問題がすぐ目の前に近づいてきたことを実感させられる。
今年は、こうした問題にとりかかるスタートの年にしたいと思っている。
現在、私は、藤沢市にある慶應義塾大学湘南・藤沢キャンパスで、特別研究教授の仕事をするのと並行して、都心にオフィスのある日経BP社編集委員の仕事、さらに、堺屋太一内閣特別顧問が経済企画庁長官時代に提唱し、昨年12月31日から始まったインターネット博覧会の政府パビリオンのプロデューサーの仕事などを兼務している。国際大学GLOCOMの客員教授の仕事がこれに加わるわけで、しかも、今年はGLOCOMに、より足場を置いた体制にしたいと思っているので、健康に留意しつつ、これらの複数の仕事が相互にシナジー効果を発揮するような状況に仕上げていきたいと思っている。
GLOCOMに絞って抱負を述べると、日本の情報通信問題の最高の研究機関、発信機関としての役割を果たせるように、賛同者の輪を広げるべく、知恵と汗を流したいと思う。4年前までつとめていた日本経済新聞社記者時代には多くの同志を発見し、ヒューマンネットワークを築くことができた。こうした資産を、今年は、GLOCOMの前進のために活用したいと思っている。
社会問題を理解するために
ダニエル・P・ドーラン(主任研究員)
アカデミックな研究や著述の醍醐味の一つは、研究テーマの設定と問題の調査にほぼ無限の可能性があることである。GLOCOMでの仕事において、私は理論的な問題と応用的な問題の両方に取り組んできた。それは西暦2000年問題の脆弱性や携帯インターネットの動向・市場にまでわたっている。しかしながら、時々の社会的に重要な問題に対しても目を向けるようにしてきた。アカデミックな見方や研究を実践的な毎日の出来事に応用することにも大きな価値があると思うからである。学者が、社会的な正義、平和、健康、環境、安全といった問題の理解に微力ながら貢献することは特に重要であろう。以下、そのような社会的問題に触れた私のエッセイを二つ紹介する。他の人々がそのような社会問題を追求する手助けとなり、私自身のそのような仕事に対する情熱や知見につながればいいと思う。
日本における拡声器の使用−−言論の自由 対 公共の平穏
日本の4月は選挙シーズンであり、パワー・シフトが中央や地方の政府にインパクトを与える。しかし別の種類のインパクトもある。4月の一定期間、拡声器を積んだ街宣車が候補者の名前を鳴り響かせ、明らかに有権者の間に名前を刷り込もうとしている。東京の六本木にある、ビルの二階の私のオフィスでは、4月の間、来る日も来る日も一日中、耳をふさぐような声のパレードに見舞われた。候補者の声が録音されている場合もあり、生で話しているときもあった。いずれにせよ、インターネットが別の選挙の方法を提供するようになったのだから、この選挙慣行は再考すべきであると思った。ここでは、議論を広げるため、拡声器による公共告知の在り方を一般的に論じようと思う。結局のところ、選挙の候補者による街宣車は、毎年短期間のことにすぎないからである。
一週間に一度か二度、茅ヶ崎の小さな浜辺の町のわが家の横を、石焼き芋売りが通って、焼き芋ができていますよとスピーカーで住民にふれ回っている。また物干し竿を売るトラックもある。デパートで買うよりはるかに安くて丈夫であるとスピーカーはいう。しかし、もっとうるさくて威嚇的なのは、東京の右翼・左翼の政治団体で、終わりなく、日本国憲法への反対意見を述べたり、侵略問題を嘆き悲しんでいる。使われる街宣車は、車輪に大きな要塞を載せたようなもので、しばしば、街宣車の前後には忠実な警察のエスコートがついている。ときどきこうした街宣車は混んでいる交差点で止まったり、ゆっくりと這うように大使館の前を通り過ぎ、多くの国民と意見を共有しようとする。
そうすると、いつ言論の自由の権利は、公共の平穏の権利の侵害になるのだろうか。日本には各県ごとに全く異なる拡声器の使用に関する法律がある。しかし、一般的には公職選挙法が関連する規制であり、それによれば午後8時から翌朝8時までの間、選挙運動のためのスピーカーの使用を禁止し、かつ、常時、学校、病院、療養所近くでの使用を控えるよう求めている。足りないと思われるのは、音量に関する規制である。日本のスピーカーから出る音を私は測ったことはないが、しかし、私のオフィスの前を街宣車が通るすぎるとき、私の隣に座る同僚に話しかけることすらできない。特に窓を開けているときはそうだ。おもしろいことに、日本人の友人や家族に公共の場所での拡声器の使用をどう思うか聞いたところ、そうした慣習を歓迎しているわけではないが、たいていあきらめている。明白に不快感を表明し、既存の法律の変更に興味を示したのは一人か二人だけだった。
米国と日本におけるスピーカの公共使用を比べてみると、米国も各州や地方で異なる規制を持っていることが分かった。しかし、大事なことは、私が見つけたほとんど全ての例で、音量規制についてふれていることだ。例えば、カリフォルニア州のビバリー・ヒルズでは、
イリノイ州のナパヴィルでは、より厳しい公共音量規制法がある。この町では、住宅街での拡声器使用は、前もって許可がない限り、完全に禁止されている。許可には料金が必要であり、以下のような制限がある。
注目すべきは、上述のような、移動する乗り物からのスピーカー使用の全面的な規制である。日米の公共音量規制法の比較は、公共政策に対する示唆や可能性を示すにすぎない。しかし、今は公共の場における拡声器の使用に関する音量規制を考える時かもしれない。もっと重要な問題は、日本国民は何を求めているかということである。現行の法律や慣行は、言論の自由の権利と公共の平穏の権利との間で十分にバランスのとれたものであると国民の多数が考えるもの、それを反映しているのだろうか。
カルト集団への参加、コミュニケーション、インターネット
さまざまな宗教カルトの活動が、過去20年間、マスメディアや大衆の注目を集めてきた。特に、1978年の南米ガイアナでのPeoples Templeの死、最近では東京のオウム真理教のサリンガス攻撃、カリフォルニアのHeaven's Gateの自殺などがそうである。評論家たちは、どのようにして、明らかにノーマルな人たちが普通の社会生活を投げ出し、カルトの異常なやり方参加し、のめり込んでいくのかを問題にしている。カルトへの参加に対する説明としてよくあげられるのが、催眠やその他のマインド・コントロールによってカルト参加者が「洗脳」されているというものである。この理論に従えば、普通の社会からの逃避を求める弱い人あるいは精神(情緒)障害のある人が容易に影響を受け、影響力のあるカリスマ的なリーダーによって我を忘れさせられてしまうという。しかし、カルトのメンバーがグループにとどまるよう「洗脳」されるという、そのメカニズムは、実証的な調査を可能にする方法で説明されることはめったになく、従ってこの説明は批判的に評価されるものではない。実際、カルトへの参加のプロセスは、洗脳理論による説明よりももっと複雑であるが、それほどミステリアスなものではないということを示す信頼できる証拠がある。
1985年に出版され賞を受賞した『宗教の将来(The Future of Religion)』と題する本の中で、Rodney StarkとWilliam Sims Bainbridgeは、カルトへの参加はメンバー間の社会的なつながりに大きく依存しており、個人間の信頼がそのつながりの重要な構成要素であると主張している。しかし、著者達はそのつながりのメカニズムがどのようなもので構成されているかを示していない。近年、カルトのインターネット上のウェブサイトにある情報が、より実践的なカルトの社会調査を可能にしており、特にコミュニケーション中心のアプローチが有力である。
現在私は、少なくともいくつかのカルトにおける参加過程の一つの強力な構成要素として、極めて共通で分かりやすいコミュニケーションの実践、つまり個人的な経験の話し合い(personal experience storytelling)が重要であるとする議論を展開している。私は、いくつかのカルトが出版したりインターネットのウェブサイトで公開している証言や関連文書を子細に検証することによって、このとりとめのないメカニズムを説明しようとしている。そして、メンバーがグループに参加する過程を部分的に解明するまことしやかな理論的根拠となるレトリックを、そのような文書の中で特定したいと思う。多くのカルトがその信念や活動をウェブサイトを通じて放送する能力や熱意は、評価の難しいカルトの諸相を研究するまたとない機会を研究者に提供していると私は考えている。
Reach Interests 2001
アダム・ピーク(主任研究員)
For the past six years we have been thinking about the communications and information infrastructure as an Open Data Network, or ODN. Owing much to the US National Academy of Sciences report メRealizing the Information Futureモ, we have promoted a communications network that is ubiquitous in reach, open to all network infrastructure operators, open to all providers of services and content, including end users, and open to change and encouraging of innovation. Keeping these issues in mind there are three themes I hope to research in 2001: Broadband in the メfirst mileモ; Internet governance; and communications technologies and sustainable economic development (the メDigital Divideモ)
Broadband in the first mile: lessons for Japan from around the world
We are beginning to see examples of broadband access systems in the local community and even to the home. In Canada the combination of a favorable regulatory environment and public private partnerships has enabled innovative projects deploying affordable dark fiber networks to community and municipal organizations. These very high bandwidth networks are in some cases providing gigabit-speed services to schools, healthcare facilities, local government offices, etc., at costs lower than they would pay for much lower bandwidth services from established telcos. The Canadian telecommunications regime allows registered non-dominant carriers --a class of carrier license that is simple to obtain-- access to public telecommunication infrastructure such as poles and underground conduit installed by the dominant telecommunication carriers. Access and cost is controlled by rules fixed by the regulator. Open access to these important rights-of-way at fair and non-discriminatory costs is one of the key factors enabling the deployment of private fiber networks. A second factor is the network model known as "condominium fiberモ, which describes how a core of potential users, or anchor tenants, build a network based on fiber optic network economics where the cost of increasing the number of fibers in a cable is marginal. A 10% increase in cable construction and installation costs provides double the network capacity. The core network owners are able to subsidize the cost of building the network through leasing or swapping extra capacity.
One school board in suburban Montreal, a region of 52,861km2 serving 40,000 students, has used condominium fiber techniques to build a six-strand fiber network 179km linking 70 educational buildings. The capital costs associated with constructing this fast Ethernet network were so low compared to the best available alternative commercial service --telco provided DSL-- that it will only take 44 months to break even.
In Sweden, 173 of the total 289 municipalities nationwide have built broadband communications networks of some kind. The abundance of affordable bandwidth these systems provide is lowering communications cost dramatically for all users. Stokab, the dark fiber network in Stockholm consists of 2,500km of cable and over 300,000km of fiber connecting 26 cities and towns in the greater Stockholm region. The network covers every block in the center of Stockholm, and the availability of low cost very high bandwidth communications has transformed Stockholm into a center for Internet and new ecommerce activity. Stokab and similar dark fiber systems in other Swedish cities are inspiring entrepreneurs like the new company B2 which offers residential 10Mbps full-duplex Ethernet access (email and high speed Internet) for around $20/month.
Similar large citywide dark fiber networks are being developed in Chicago, USA, and Milan, Italy. Yet Japan struggles to begin providing comparatively low bandwidth DSL and cable modem services. How can we learn from these examples? Must we reform Japanese rights-of-way regulations? Enforce open access principles? Encourage our municipalities to provide dark-fiber networks?
Internet Governance: Studying ICANN and participating in its formation and development
Digital divide - our hope for a ubiquitous network extends beyond Japan
Much has been said about the メdigital divideモ since the G8 summit in Okinawa last year, and I hope this year we will have an opportunity to make a real difference, not just talk but a contribution to an understanding of the problems and perhaps begin to suggest some solutions. I expect there will be a number of activities at GLOCOM this year looking at issues around information and communication technologies (ICT) for development. My particular interest is improving our knowledge of what types of assistance are effective in what environments, a メlessons learnedモ type analysis. For example, we know there have been successful training activities such as the Internet Society's "Developing Nations Workshopsモ, which have trained more than 1000 people in Internet operational technologies over the last 8 years. But to date there has been no attempt to analyze this very successful program's successes and failures. Many ICT aid projects often operate in a vertical, top-down manner from the funding source down to the assistance recipient. There is not enough horizontal exchange at every level between ICT assistance policy makers, assistance providers, and recipients. Facilitating such exchange would provide a valuable opportunity for pooling knowledge among all involved ICT and development activities.
Work on ICT and development may help us realize the original vision of ODN: a ubiquitous network available for all.