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智場、GLOCOM Review、コラム…


 

「カオの法則」と技術動向予測

山田肇(客員教授)

 「カオの法則」がはじめて登場したのは、Gilder Technology Reportというレポートの中であった1。このレポートは、George Gilderが社長を務めるハイテク関連の投資顧問会社Gilder Technology Groupが有料で発行しているレポートである。

 この「カオの法則」には、21世紀のネットワークの在り方に関する示唆が含まれており、『智場』の読者にも興味深いものがあると思われる。小稿ではその内容を紹介すると共に、技術動向の予測について考察を加える。

1. 「カオの法則」とは

 カオの法則を主張しているのは、アメリカのAvanexで、Chief Technology Officerを務めるSimon Caoである。この会社は、波長多重方式の光伝送に使用する装置類を製造・販売している。

 波長多重方式の光伝送技術とは、1本の光ファイバーの中に異なる波長を持つ複数の光信号を伝送させることで伝送容量を大きくする技術であって、近年、アメリカを中心に実用に供されるようになった。この技術では、波長毎のデータ伝送速度(ビット/秒)に、何波長を利用しているかという多重度をかければ、光ファイバー1本当たりの伝送容量が求められる。

 この伝送容量を大きくするために通常試みられてきたのは、波長毎のデータ伝送速度を大きくするという方法であった。例えば、Cisco Systemsは10ギガビット/秒の128多重を製品化済みであるが、対抗するNortel Networksは80ギガビット/秒で80多重というシステムを試作したという2。

 これに対して、Caoは「波長毎のデータ伝送速度を小さくし、代わりに多重数を上げたほうが有利である」と主張している。この主張を、Gilderらがレポートの中で「カオの法則」として取り上げたのである。

 (データ伝送速度)×(多重度)という式では、第一項を大きくするかわりに第二項を小さくしても、その逆をしても、積の値は変わらないように思える。ではなぜ、Caoは、第一項を小さくすることを主張したのだろうか。

 それには、光非線形効果が関係している。光伝送技術の歴史は、データ伝送速度向上の歴史であった。データ伝送速度は過去20年間にわたって向上してきたが、すでに限界に達しつつある。それは、半導体レーザーや受光器といった電気部品は、これ以上の高速動作が難しくなってきたからである。

 しかし、それでも、半導体レーザーを強い電力で強引に高速変調して、高出力光を光ファイバーに投入し、高速ゆえに感度の下がった受光器で信号を検出するという構成ができないわけではない。実際、10ギガビット/秒前後では、そのようにしてきた。けれども、これ以上の高速化では、高出力光を使うことで発生する光非線形効果が無視できなくなる。

 光非線形効果は光強度の二乗に比例し、光ファイバーの場合、入力した光よりも周波数が低い、すなわち、波長の長いストークス光を発生する誘導ラマン散乱という効果が有名である3。この現象が発生すると、波長多重方式の場合には、短い波長の光で送信したデータが長い波長の側にノイズとして出て、伝送効率を低下させる。そこで、むしろ光非線形効果がでないような低いデータ伝送速度を利用し、その代わりに多重度を上げる構成にする方がよいというのが、Caoの主張の根拠である。

2. 逆に動いていた理由

 光非線形効果に着目して、その悪影響が出ないように波長多重方式を利用しようというCaoの主張は、基本的には正しい。それでは、なぜこの業界では、Nortelの例にあるような高速データ伝送速度の波長多重方式の方が多く試みられているのであろうか。

 それには、いくつかの理由が考えられる。今まで、光を一つだけ光ファイバーに入れる単波長方式で、データ伝送速度を上げようと努力してきた技術者にとっては、伝送速度を落とすということが盲点であったというのが、第一の理由であろう。たとえば、NTTの場合、400メガビット/秒方式の現場試験が1981年、1.6ギガビット/秒方式が1986年、その後、1991年に10ギガビット/秒方式の現場試験というように、データ伝送速度が向上してきた4。技術開発を競争してきた他社も、同様に、速度の向上を図ってきた。この開発現場にいた技術者にとっては、10ギガビット/秒以上には速度が上げにくいとなれば、10ギガビット/秒を二つ並列にしようと考えるのは、ごく自然であっただろう。

 波長数を増やすのに必要な部品がなかったというのが、二つ目の理由である。波長多重方式では、たとえば、たくさんの波長を1本の光ファイバーに集める合波器や、光ファイバーの出口で波長毎に信号を分ける分波器が必要である。また、波長毎に半導体レーザーを何十、何百と揃えなければならない。ところが、このような部品が、まだ十分には揃っていなかったのである。

 ところがAvanexでは、1999年に80波の合分波装置を展示会に出品した5。その上、この装置は原理が単純なファブリペロ干渉計を利用しているので、さらに多重度を上げることが可能であると、同社は広告している。このことから、Caoは宣伝のために「カオの法則」を主張しているとみることもできよう。

 このような合分波装置は研究開発の途上にある。たとえば、NTTは、アレイ導波路回折格子型合分波器という技術を利用して、1000チャネルの合分波装置を実現したと、先ごろ報道に発表したところである6。ファブリペロ干渉計は原理的に二分岐しか出来ないので、1000分岐の分波器を作ろうとすれば、直列に十段を接続する必要がある。分波器を挿入すれば光は減衰するが、それが十段も重なれば、致命的な減衰量になってしまう。これに対してアレイ導波路回折格子型合分波器であれば、一気に100分岐をすることも出来るというのが、NTT技術の要点である。

 発振波長の異なる半導体レーザーを製作するには、クリーンルームの中での職人芸が必要であった。このような状況では、波長が少しずつ異なる1000個もの半導体レーザーを用意することは考えにくかった。しかし、最近では、波長可変形の半導体レーザーが市場に出回り始めている。アメリカの電気通信機器メーカーADC Telecommunicationsが2000年5月に買収したスウェーデンのAltitunは、波長制御部を発振部と同じ半導体上に形成した波長可変レーザーを、すでに販売している。また制御部を外付けにした構成の波長可変レーザーが、同じくアメリカのNew Focusから発表されている7。

 このように部品が揃い出したので、今後、波長多重方式は「カオの法則」の方向に動き出すかもしれない。光ファイバーには伝送損失の小さな波長領域がある。「カオの法則」に沿ってその領域をフルに活用すれば、爆発的に伝送容量が拡大すると期待される。

3. ネットワークの構成法

 Gilderらのレポートが出色なのは、「カオの法則」を元に、将来のネットワーク構成法を考察したことである。

 波長当たりのデータ伝送速度が1ギガビット/秒で、1000波長が1本の光ファイバーに多重化されるようになり、1本の光ファイバーケーブルに1000本の光ファイバーが収容されているとすると、ケーブル全体の伝送容量は1ペタビット/秒になる。このケーブルの豊富な伝送容量を使用するには、二つの方法が考えられる。

 一つは、小さな通信ニーズを1ペタビット/秒まで積み上げる方法である。しかし、そのためには、信号を多重化するための電気回路が複雑になり、また「交換」の処理が必要になる。

 第二の方法は、ある光ファイバー内のある波長はAとBの接続、次はAとCの接続というように、接続関係を固定してしまう方法である。この方法では、A-B間に情報が流れていない時間は、その部分が無駄使いされていることになるが、どのみち伝送容量が潤沢なので気にする必要はない。むしろ、「交換」処理を排除しただけ構成が単純化されて、将来性があるというのが、Gilderらの考察であった。つまり、1000波長×1000ファイバーを、あたかも100万本の独立した伝送路のように使用しようという考え方である。

 パケット通信は、伝送路が稀少な時代に、会話やデータ通信につきまとう空白時間を他に利用するために考え出された技術である。第二の方法が採用されれば、このパケット通信も不要になるとGilderらは言う。

 ネットワークの構成法には、交換機を中央において加入者を回線で結ぶ星形、すべての加入者をそれぞれに直接接続する完全結合形、輪のように順次、回線を接続していくループ形などがある8。

 ここで、交換機と回線のコストを仮定して総費用を計算し、それを加入者数で割った平均費用を求めることにしよう。交換機のコストを100単位に固定し、回線コストを変えて計算した結果が図に示されている。図中で「回線=10」というのは回線コストが10単位である場合、同様に「回線=1」はコストが1単位である場合である。

 この図から、回線コストが相対的に高い場合には、完全結合形に比べて星形が有利であるが、それが低下すれば、完全結合形が勝ることがわかる。上述のように1本の光ファイバーケーブルを100万本の独立した伝送路として扱うことが出来るのであれば、回線コストは圧倒的に低下する。それゆえ、将来は完全結合形が主流になるであろうというのが、Gilderらの推論であった。 波長多重方式で波長数を増やすという最初の提案よりも、それによってネットワーク構成が激変し、パケット通信の比重も減少するだろうという推論のほうが、技術動向の予測としての価値は高いと言えるであろう。その妥当性について、これから関係者の間で大きな議論が起こる可能性もある。次節では、このような技術動向の予測法について考察する。

4. 技術動向の予測法

 技術の動向を予測するには、いくつかの方法がある。その中でも、それまでの技術動向を延長する方法が、よく利用されている。典型的なのは、半導体技術の進歩に関する「ムーアの法則」である。

 これは、1965年にGordon Mooreが発見をしたもので、新しく開発されるチップの能力が、18〜24カ月毎に、それ以前の最新チップの約2倍になるというものであった。この発見は「ムーアの法則」として知られ、今日でもこの傾向は継続している。そして、コンピュータの処理能力を予測する時には、多くの人々が判断の根拠としてこの法則を利用する9。「ムーアの法則」から派生して、「半導体の製造に必要な設備投資は、4年毎に倍増する」といった法則も生まれている。

 このような経験則による方法では、いつ法則が限界に達するかが明らかではない。けれども、いくつかの場合には、この限界を物理学の基本法則から求めることが出来る。

 例えば、ハイゼンベルグの不確定性原理を用いれば、電子デバイスのスイッチ速度は1フェムト秒以下にはできないことがわかる。このデバイスを用いてコンピュータを作れば、クロック速度は1テラヘルツ程度まではいくであろう。したがって当面、「ムーアの法則」が限界に達することはないといった予測が立つ。

 それでは本当に、将来、クロック速度が1テラヘルツのコンピュータが出来上がるのであろうか。実は、ここに単純な技術予測の落とし穴がある。実現するかどうかは、市場に聞かなければわからないのである。そのような極限技術を市場が必要とする場合に限って、その技術は実現する。

 また、競争技術が出現すると、市場から相手にされなくなる場合があるということには、特に注意が必要である。かつて1960年代に真空管が半導体に置き換えられたが、これは真空管の性能が限界に達したからではない。むしろ、小型で、かつ集積化が容易といった半導体の特徴が、真空管の市場を奪っていったのである。

 このように、技術動向を予測するときには、市場の動向も合わせて考慮する必要がある。「カオの法則」の議論は、二つの点で優れている。一つは、ネットワークの規模は年々倍増していくという経験則を元に10、光ファイバーの伝送容量を出来る限り大きくする方法を、物理的な原理に戻って考察したことである。他は、電子商取引こそが普通の取引と考えられる時代がくれば、企業とデータセンター間などが繋いだままになるだろうと予見をして、完全結合形のネットワーク構成を提案したことである。

 科学技術庁・科学技術政策研究所では、「21世紀の科学技術の展望とあり方」という文書を2000年12月に報道発表した。これは、現在実施途中である第7回技術予測調査の第1次アンケート調査の際に、各分野の専門家に求めたコメントをまとめたものであるそうだ11。

 その中には、たとえば「音声言語によらないコミュニケーション」と題して、「脳の活動状態を検出・解読し、信号に変換・伝送する技術により、人と装置、人と人との伝送波による直接通信が可能になる。たとえばコンピュータへの入力も直接脳から行い、テレビのような放送も直接脳が受信するようになる。また、これを応用して動物とのコミュニケーションも可能になる」といった技術が並べられている。この技術予測が的中するかは、市場、すなわち一人一人の市民がそれを受け入れるか否かにかかっている。

 以上に説明してきたように、技術的な専門家だけでの予測には限界があることを自覚して、社会・経済的な分析も加味して、技術動向を予測するための調査研究を進めていくことが期待される。

5. 技術動向をつくる

 予測という範囲を越えて、技術の動向を作ってしまうということにも、これからは可能性があるように思われる。

 有名な実例は、1960年代の間に月面に有人宇宙船の着陸を成功させるというアメリカが推進したプロジェクトである。この例では、計画初期には、その実現性は確実ではなかったが、研究開発を続けた結果、1969年にアポロ11号が月面に着陸して成功した。

 研究者の自発的活動を促すことで、あまり費用をかけずに技術を進めている最近の実例が、ロボカップである。これは2050年に、ロボットが人間のチームにサッカーの試合で勝つということを究極の目標に推進されている。現在はまだ夢を見ているような段階であるが、毎年、ロボット・サッカー大会を開催することで、自律移動ロボットの技術が急激な進歩を続けている。サッカー大会と同時に研究発表会を催し、研究者間で情報を交換する仕組みを作っていることも、ロボット技術の進歩に役立っていると考えられている。

 ロボカップのように、娯楽の要素も含むコンテストを主催することで、技術の進歩を促すという手法が、今後、広く検討されてもよいのではないだろうか。ナノテクノロジーの開発を、政府の出資する大規模プロジェクトとして進めることと、アメリカ映画『ミクロの決死圏』のように、人間の体内を自走して病気を治療することを最終目標とする国際的なコンテストを、毎年、政府が主催することの取捨には、大いに議論の余地があると思われる。

 研究者を刺激する戦略的な目標を立てることが出来るか、立案者側に見識が要求されている。

6. まとめ

 本稿では、Gilderらによる「カオの法則」を紹介すると共に、技術動向予測のあり方について考察を加えた。技術同士の複合化、融合化が進み、また国際的な環境下で、競争と協調の調和を図りながら研究開発が進められるようになって、技術動向の予測はますますその重要性を増している。

 また、科学技術創造立国を目指して、1995年に制定された科学技術基本法に基づいて、第1期科学技術基本計画が政府によって推進され、現在は、第2期計画が策定されている段階にある12。ここでも、科学技術動向の予測は、意思決定のために重要な材料と位置付けられている。

 今後、一層正確性が増すように、この動向予測という分野自体について、研究を深めていく必要があるだろう。

【注】

1 George Gilder, Richard Vigilante, and Charles Burger, “Cao's Law,” Gilder Technology Report, vol.V, no.10 (2000)

2 米田正明,「開発競争激化する光通信技術−10Gビットが電気処理の限界 基幹ネットはオール光に」、日経コミュニケーション、p.49 (2000.4.17)

3 電子情報通信学会編、『改訂 電子情報通信用語辞典』、コロナ社 (1999)

4 NTT研究開発本部、「電気通信研究所45年の記録」(1994)

5 米田正明、「新技術が目白押しのSUPERCOMM」、日経コミュニケーション、p.70 (1999.6.21)

6 NTTフォトニクス研究所、「大規模1000チャネルAWGを開発」 (2000.11.9)

7 George Gilder and Charles Burger, “The Tunable Telecosm,” Gilder Technology Report, vol.V, no.12 (2000)

8 三友仁志編、『マルチメディア経済』、文眞堂 (1998)

9 インテル・ジャパン、「ムーアの法則とは何か」、http://www.intel.co.jp/jp/home/cpc/museum/hof/moore.htm

10 公文俊平、「ハイパー近代化としての情報革命の展望」、http://www.glocom.ac.jp/proj/kumon/paper/1996/96_07_02.html

11 科学技術政策研究所、「21世紀の科学技術の展望とそのあり方」、http://www.nistep.go.jp/press/001207.html

12 科学技術庁、「次期(平成13年度〜17年度)「科学技術基本計画」の検討状況、http://www.sta.go.jp/shimon/cst/sogo.html

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