究極のワイヤレス通信
ソフトウェア無線の現状と課題
山田肇(客員研究員)
2001年1月23日、「究極のワイヤレス通信:ソフトウェア無線の現状と課題」と題するIECP研究会が、横浜国立大学工学部電子情報工学科の河野隆二教授をお迎えして、開催された。本稿では当日の講演と質疑の概要について報告する。
日常生活の中で様々な無線機器を手にすることが多くなっている。テレビ、ラジオ、携帯電話、パソコンに差し込んでデータ通信に使うPHS端末や無線LANなど、その種類には限りがない。その上、Bluetoothやワイヤレス1394、あるいは高度道路交通システム(ITS)用の機器など、これからもその種類は増えそうに思える。それぞれの種類に対応する無線機器をばらばらに持ち歩かなくても済むように、無線端末の機能を状況に応じて書き換えられるようにしようというのが、ソフトウェア無線の考え方である。
それぞれの携帯端末がどのような条件下で使用可能かを、データ通信速度と移動速度の平面上に書くことがある。今までの携帯電話は高速移動中にも使用できるが、データ通信速度は遅い。一方、PHSはデータ通信速度が速いが、高速移動中には使用できない。そこで高速移動と高速データ通信の条件とを同時に満たす方向に、様々な無線技術が開発されている。第三世代移動通信システム、一部では第四世代システムとも言われるマルチメディア移動アクセスなどである。その上、ITSでは高速移動中のデータ通信が必須である。ところが、これらの技術はそれぞれ独立に開発されてきたために、周波数、変調方式、プロトコルが様々で互換性はない。
この状況を解決するために提案されたのが、ソフトウェア無線である。陸軍、空軍など、軍によって異なる無線通信装置を一つにまとめようと、アメリカで1994年に開発されたSpeakeasyがその端緒を開いた。究極の通信機は万能無線機であろうが、複数の通信方式をサポートするマルチモード無線機も、ソフトウェア無線の一つとして考えられている。以前、PDC方式とPHS方式の両方で利用できる「ドッチーモ」という携帯電話が発売されたことがあったが、内部での切り替えがソフトウェア的に行われるのであれば、これもソフトウェア無線機の一つということになる。
アメリカでは、Speakeasyの成功後、ソフトウェア無線の標準化を目指してSoftware Defined Raido Forum (SDR Forum)が設立された。このフォーラムの基本は、無線機を無線部、モデム、セキュリティ部、プロトコル部、制御部とマン・マシン・インタフェース部にレイヤー化して考えることである。その上で、それぞれのレイヤー間での情報の授受について標準を定めるために活動を進めている。またDARPAがスポンサーとなって、分散パケット無線ネットワークについて研究するGlomoと呼ばれるプロジェクトが起こされ、大学や企業がこれに参加している。
ヨーロッパでは、同様に、欧州委員会などがスポンサーとなって、SORT、SLATS、PROMURA、TRUSTと呼ばれるプロジェクトがそれぞれ動き始めている。このうち、SLATSとPROMURAは、共に1998年から2年間のプロジェクトとして位置付けられている。一方、日本国内では、電子情報通信学会にソフトウェア無線研究会が組織され、河野教授が委員長を務めている。この研究会はSDR Forumと友好関係を結び、様々な会合を共同で開催している。製品化の分野では、周波数をスキャンしながら違法な無線を探す無線機がすでに開発されている。この特殊無線機が国内での活動のきっかけとなったが、その後、ソフトウェア無線研究会の活動は、件数についても内容についても発展の方向にある。日米欧を比較すると、標準化活動という点ではアメリカがリードしており、製品化という点では、日本がリードしているといえるであろう。
ところで無線機は、使用の前に型式認定を取る必要がある。ところがある使用条件で認定を取っても、後で使用条件を変更することのできるソフトウェア無線では、どのような形で型式認定を与えればよいのであろうか。また無線方式それぞれに知的財産権が付着している場合、どのようにしてその使用料を支払うのが適当だろうか。これらについてはアメリカで既に議論が始まっているが、日本でも今後検討すべき課題である。
ソフトウェア無線は、すでに企業が主体で研究開発を進める段階にあり、その点では政府の役割は小さいといえるであろう。しかし型式認定のように規制に関係する分野や、国際的なネゴシエーション、あるいは外国への売り込みなどについては、政府の貢献が期待されている。
以上に説明してきたように、今までの個別技術の開発や標準化とは異なった見地から取り組まれていることが、ソフトウェア無線の最大の特徴である。このようなことが可能になりつつあるのは、LSIをはじめとするハードウェア技術が発展して、周波数を自由に変えることのできるシンセサイザーや、プロトコルを組み替えるプロセッサを無線機の中に組み込むことが容易になったからであろう。このようにソフトウェア無線は、ソフトウェアとハードウェアの総合技術として発展していく可能性があり、今後が注目される。