『「ビジネス方法特許」:最近の日米の法環境』
青柳武彦著
特許であれ著作権であれ、もとはそれぞれ産業の発達や文化の発展といった、より高次の社会的な利益の達成に寄与することを目的としている。しかし、最近、特許や著作権などの知的財産権への関心が特に高まっていることの背景には、本来、目的を達する手段であったはずの《発明の保護と利用を通じた発明の奨励》や《文化的所産の公正な利用に留意した著作者等の権利の保護》が、バランスを欠くほどまでに肥大化している(と少なくとも権利の利用者には感じられる)という問題意識が隠れているのではないか。
本稿が主題とする「ビジネス方法特許」は、Amazon.comやPriceline.comなどのインターネットベンチャーが、保有するビジネス方法特許をもとに競争相手に対し特許侵害をめぐる訴訟を起こしたことなどで、一般にも広く注目されるようになった。しかし、ビジネス方法特許自体は、それに先だつ「ハブ&スポーク特許事件」を契機に、それまでの定説を覆し認められるようになった。ちなみに、「ハブ&スポーク」とは資産管理の手法とそれを可能にする技術的手段に対して与えられたもので、投資家が保有する複数の投資信託を車輪の「スポーク」に、そしてそれぞれの投資信託をまとめたポートフォリオを「ハブ」に見たてたことから名付けられた。要は投資家が資産の運用状況を一目できる仕組みを提供したものである。
インターネットを利用した電子商取引に関するビジネス方法特許をめぐる問題点は、そもそも、インターネット上の電子商取引が、先行するサービスが存在しないゼロの状態から、最近になって組み立てられたところにある。その結果、サービスを実現するための技術や手法が「発明」に値するのか、あるいはインターネット以前から存在した商慣行や手法を焼き直しただけなのか不明なものにまで特許が与えられたという批判が起こった。「ハブとスポーク」のたとえのどこに新規性が認められるのかは、なかなか難しい問題だろう。青柳は、ビジネス方法特許をめぐってこのような事態が発生した理由を、特許行政の不備に求めている。行政担当者の間違った判断により、特許を与えられるべきでない「技術」や「手法」について特許が与えられてしまったというのである。
もちろん、一般論としては、対抗や救済のための様々な手続きが特許制度には設けられている。また、ビジネス特許の扱いをめぐっては、日本でもアメリカでも適切な処理に向けた準備が進みつつある。ただし、その一方で青柳が述べるように、日本では行政官庁の「公定力」という考え方によって裁判所の権限が制限され、特許係争の迅速な問題解決が阻害されている点が残る。
さて、本稿は、このような日本とアメリカの特許をめぐる法制度と行政のあり方について述べた上で、ビジネス方法特許の最大の問題を、特許行政の論理とインターネット文化との対立によって引き起こされていることだと分析する。ここでいう特許行政の論理とは、『自ら「努力」して「行動を起こす(出願する)」者の権利は保護されるが、行動を起こさない者の権利は保護されなくても仕方がないという考え方』である。同じように、自ら手法を編み出してインターネット上で使用していても、「出願」という行動を起こさなかったものの権利は保護されないという論理である。匿名のキリスト者ならぬ匿名の発明家が編み出した手法が、後発の誰かによって出願され特許を与えられてしまう。であれば、このような匿名の発明家の貢献によって築き上げられたインターネットと特許行政の論理とが結びつかないのは、青柳の言う通り当然といえるだろう。
上村圭介(研究員)