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Center for Global Communications,International University of Japan

智場、GLOCOM Review、コラム…


 

『インターネット上の「書き言葉」と言語計画』

上村圭介著

 「地球上に数千語以上あると言われる言語の中で、コンピュータ上で、そしてインターネット上で読んだり書いたりできる文字をもつ言語は少数に限られてしまう。コンピュータで文字が扱えないということは、今やその言語が文字をもたないことに等しいとする意見さえある。しかし、その理由は、コンピュータが英語圏で開発されたということにだけに単純に結びつけられるものではない」というのが本論文の問題意識である。

 「コンピュータで文字が扱えない」ということには、文字の対応表(文字コード)、文字のデザイン(フォント)、文字の入力方法、ソフトウェアの多言語対応など、さまざまな問題がある。しかし、こうした問題は、ソフトウェアの発展により、すべてとは言えないが、技術的解決の可能性がひらけてきている。むしろ、コンピュータと言語の問題は、すでに、単に文字を表示できるかどうかを超えた場での議論をする段階に達したと筆者は指摘する。

 そこで筆者は、「言語計画(language planning)」という視点をこの議論に導入する。言語計画とは、社会言語学の用語であり、公用語の選択、言語教育、文字政策など、社会におけることばの問題を解決するために、言語やその言語がおかれた社会的環境に働きかける過程のことである。

 言語計画の視点から見たとき、ある言語の文字をコンピュータで使用可能にするということは、コンピュータやインターネットにおいて、その言語に「書きことば」を与える作業、あるいは、その言語の書きことばの活動領域を拡大する作業であると考えられる。

 しかし、ある言語に対して、インターネットで書きことばとして使うための技術的解を与えたとしても、それだけでその言語がインターネットで頻繁に利用される言語になるとは限らない。社会的な規範、文体、場面といった、その言語が書きことばとして使われる文脈も同時に与えられなければならない。

 現代の社会生活において、インターネットによるコミュニケーションのもつ意味は非常に大きくなっており、インターネット以外の社会生活にも、その影響は及んでいく。その影響としてもっとも大きいのは、「言語の死(language death)」である。つまり、インターネットにおける書きことばの不在が、その言語への評価や期待を低下させ、その結果、「言語の死」にまでは至らないとしても、使用場面の限定、話者数の減少という状態を導き出す。

 さらに、よりパーソナルなコミュニケーションの担い手としてもインターネットは使用され、個人にとっての表現手段としての意味をより強くもつため、出版や放送などと比べても、個人の日常レベルの言語生活に与える影響が大きい。その意味でも、インターネットにおける書きことばの創出はすべての言語にとって重要な課題である。

 コンピュータと言語のかかわりは、文字の多寡だけでなく、インターネットという文脈において、新たな「書きことば」の問題として問い直す必要がある。この問題は、まさに、言語計画の問題として単なる技術者だけでなく、スピーチコミュニティ、話者、政治的意志決定者といった、様々な参加者の価値観を考慮して解決されるべき問題である。

土屋大洋(主任研究員)

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