『デジタルエコノミー2001日本とアメリカ』
竹中平蔵監修、手嶋彩子著
講師:手嶋彩子
2001年4月19日に、フジタ未来経営研究所の手嶋彩子研究員によるIECP読書会があった。手嶋氏は、本書の主要部分を構成する『Digital Economy2000』(2000年6月、米国商務省刊行)の全訳者で、この報告書の中にIT経済を読み解く鍵が提供されているという。同氏によれば、1998年の『The Emerging Digital Economy』、99年の『The Emerging Digital EconomyU』に続いて刊行されたこの白書は、表題から“Emerging”の一語が取れており、デジタル・エコノミーはすでに勃興期ではない、というわけである。1997年まではまだ残っていた、ITに対する懐疑的な見方がすっかり払拭され、ITに対する期待に満ち満ちた内容になっていると解説していた。しかし、現在、米国の経済も政治も風向きが変わって来つつあるので、今年6月発行予定の2001年版がどのように記述されているのか、我々にとっても興味深いところである。
1.ITの米国経済へのインパクト
ITは米国のインフレ率を低下させ(1.8%/1998)、IT産業はGDPの8.3%(2000)に過ぎないが、GDPの実質経済成長率の1/3以上はIT産業の貢献によるもので、R&D投資全体でも約1/3に当たる448億ドルを占めた。90年代後半の労働生産性上昇に対するIT寄与度は、50%以上に達した。従来指摘されてきた、ITによって実際に生産性があがるのかという「コンピュータの生産性パラドックス」は、コンピュータ利用による資本深化(Capital deepening=資本蓄積率が労働増加率を上回る資本蓄積過程)とIT技術の進歩とによって解決された。ITに集中投資した製造業における生産性向上は明らかだが、サービス業の生産性は計測しにくく、統計上もむしろ低下している点は、IT効果の分析の不備として指摘されている。雇用の状況については、ITの労働力は1992年から98年にかけて160万人と倍増したが、反面、 IT技能の有無によって需要も賃金も格差が拡大している。
2.ITのビジネスへの影響
低廉なネットワークが急拡大し、企業間取引では大企業と中小企業間の役割が平等になった。ただし、米国製造業の2/3は電子取引を行っていない。IT投資は、生産能力拡大よりも、結果として、イノベーションによるコスト削減をもたらし、サプライチェーンの効率化によって在庫に影響されない経営を実現した点が大きい。IT投資は、短期的には生産性上昇に結びつかないものの、組織革新や人材教育等の補完的な投資と組み合せることで、最も効率的となる。
3.なぜ米国がITから便益を得ているか
米国は世界の他地域に比べて、(1)柔軟な財政金融政策、(2)市場競争を徹底させる規制解除、(3)直接金融市場によるベンチャーキャピタル、(4)流動性のある労働市場、(5)ビジネス文化の5点で優位性がある。インターネットとニューエコノミーとは、相互に原因でもあり結果でもある。ニューエコノミーはインフレなき経済成長、技術・企業経営・経済政策の相乗効果による生産性の急成長に加えて、在庫循環の短縮化(すなわち、景気落ち込みも早いが回復も早い)という特徴が強調されている。
このニューエコノミーブームが投資を牽引し、過去5年間にIT産業が米国の実質成長率を1.5%程度押し上げてきたと言える。逆説的だが、IT財の多額な貿易赤字(660億ドル/1999)は、米国企業の海外子会社による販売に起因するもので、米国企業の売上収支としては860億ドルの黒字となった。なお、最近のNASDAQの急落に対しては肯定説、否定説、その中間の慎重な肯定説があるが、設備投資の伸び率は鈍化(12%から2%へ)、サービス業を除く雇用の減少、株価下落、ベンチャー淘汰があり、再び景気が上向くまでにはやや時間がかかるかもしれないが、全体として調整局面という強気の見方が根強い。経済成長率が高い米国・ノルウェー、それを追いかける韓国・アイルランドに比べ、日本と欧州は80年代より成長率が低く、特に日本の政策対応が問われている。
講義の後に行なわれた質疑応答と討論においては、『Digital Economy2000』の記述に見られるいくつかの矛盾点も指摘され、活発な討論が行なわれた。ITという極めて新しい技術による生産性や経済成長へのインパクトの分析に、旧態依然たる経済分析手法が使われていることへの批判、さらには、ITのおかげでインフレなき経済成長が可能であるかのごとき記述は、論証が不十分であるとの指摘もあった。
小林寛三(フェロー)