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智場、GLOCOM Review、コラム…


 

く・も・ん・通信

 先日、ポール・クルーグマン、佐藤隆三両氏の講演を拝聴する機会がありました。

 クルーグマンさんは、成田から東京に来る途中で、どこにも暴徒の影がなく、街がしごく落ち着いていたのに驚いたという告白(?)で話を始めました。日本経済のパフォーマンスがこんなに悪い(1930年代のアメリカや昨今のドイツよりももっと悪い)のだから、きっと生活苦にあえぐ人々がいたるところに不穏な空気を醸し出しているに違いないと思っていたのでしょう。

 それはともかく、クルーグマンさんによれば、日本経済が直面している病気――少なくともこの10年にわたって、現実の産出高が能力を大きく下回っているという病気――は、IT革命などに関係した新しい種類の病気なんかではありません。病気の症状も、その治療の仕方も、過去の経験に基づいてとっくに分かっている古くからある病気にすぎません。そんな病気は、拡張的貨幣政策(軽度のインフレ誘導政策)をとればいっぺんに治癒するはずなのです。現にアメリカの連邦準備制度は、昨年後半以来、アメリカ経済に需要不足の傾向がでてくると、すばやく通貨の供給拡大に踏み切りました。

 これに対し、公共投資を削減する一方、不良債権処理を優先しようとする小泉内閣の治療方針には、大いに問題があります。なるほど、公共投資がさまざまな腐敗と結びついていることは確かですが、公共投資を削減すればいっそう大きな需要削減効果が働くことには疑問の余地はありません。不良債権の処理は、道徳的・政治的には正しい政策かもしれませんし、需要を減らすとまでは言い切れませんが、需要を増やすという保証もありません。むしろ必要なのは、たとえば年率5%のインフレを起こすことで、利子率をマイナスにして、借り入れと投資・消費を刺激してやることです。しかし、そうした貨幣政策の採用の是非は激しい論争のたねになりやすく、実行は容易ではありません。ということは、日本の不況を短・中期的に回復させることは困難だということを意味します。

 しかしいずれは、このようなマクロ経済的困難は克服されるでしょう。そうなった時が、ITによる日本の発展の出番になりそうです。日本にはITに代表される技術のポテンシャルが大きいからです。

 佐藤隆三さんの小泉政権の経済政策批判も、ほぼ同様な観点からのものでした。小泉内閣は、構造改革と景気回復の優先順位を間違えているというのです。つまり、真にあり得ないのは、小泉流の「構造改革なしの景気回復」ではなくて、その逆の「景気回復なしの構造改革」なのです。もっと悪いことに、小泉内閣は、構造改革を「ゼロサム・ゲーム」でやろうとしています。たとえば農村部の(道路建設などの)犠牲の上に、都市の再構築をしようとしています。それは確実に農村部の反対を引き起こし、改革の失敗をもたらします。構造改革のようなものは、ゆっくりと時間をかけて行うべきであり、景気回復からさらに経済が全体としての成長路線に戻ったところで、 「ポジティブサム・ゲーム」の形での改革、つまり痛みを伴わない改革を、徐々に進めていくしかないでしょう。

 佐藤さんによれば、日本で広く普及している「失われた10年」という見方には、決定的な誤りがあります。なぜなら、この10年の政府の経済政策は需要の下支えを行い続けるというもので、その意味では立派に責務を果たしてきたのです。だからこそ、この不況下でも、国民は落ち着いていることができ、暴動の影も見られないのです。

 話をうかがっていて、お二人の見方には、少なくとも経済学的に見る限り、一理も二理もあると思わざるを得ませんでした。しかし同時に、どうも現在の日本の問題は、経済問題にとどまるものではないという感想も覚えざるを得ませんでした。つまり、目下の日本の行き詰まりは、社会心理学的側面、あるいは道徳的な側面にかかわる要因がより強いのではないでしょうか。たとえば、地方の伝統的な自民党支持者の中核部分まで含めて、多くの国民は、これまでの政治や経済のあり方、官僚への依存体制や政治の腐敗と無力、自分たち自身のふがいなさなどに飽き飽きし、社会的不公正への怒りや嫉妬と同時に、ある種の自己嫌悪にも陥っているのではないでしょうか。そのなかで、いま人々が求めているのは、不況からの速やかな回復よりは、誰かの“犠牲”であり、自分たちの“禊ぎ”なのかもしれません。

 他方、当面の国民生活自体は、まだそれほど行き詰まっているわけではないようです。何しろ政府が借金をして所得の底上げをしてくれているし、経済の開放化や競争の導入によって、一部の生活物資の価格は大幅に下がっています。ユニクロで衣料品を買い、マクドナルドや吉野屋で昼食をすませ、夜は輸入物の食材を多く使った料理を作って食べ、発泡酒やチューハイをもっぱら飲んでいれば、ずいぶん安上がりの生活ができます。コスコやカルフールでまとめ買いという手もあります。そうしながら、何か積年の垢を一掃してくれるような事態が到来することを、カタルシスをもたらしてくれるような大芝居の幕が開くことを、ともかくは待ち続けている。そこにいよいよライオン・ハート首相や真紀子外相が舞台に登場してきた。さあ始まり、始まり...

 どうもそんな気がしてなりません。

公文俊平

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