ドットフォースの活動にNPOとして参加して
−インターネットをめぐるグローバルな潮流のなかで−
会津泉(GLOCOM併任研究員・アジア・ネットワーク研究所代表)
eJapan2002構想 アジアとの協力を明記
小泉「改革」内閣では、小渕・森政権と比較すると「IT革命」の優先度が落ちたようにみえる。小泉首相自身が「IT」について語ることは少なく、「IT革命」は、最初に提唱した故小渕元首相と、それを継承した森前首相の専売品のようにも思える。
しかし、小泉政権は、「IT戦略本部」での議論を通して「IT革命」の推進に引き続き取り組む姿勢をみせており、6月26日には「eJapan2002構想」1をまとめた。この構想のなかに、国際関係、とくにアジアとの協力が明記されていることは注目に値する。すなわち、「基本方針」には以下のような一文が入っている。
「(5) 国際的な取組の強化
我が国からより多くのコンテンツが発信され、我が国がアジアのインターネット網のハブの役割を担えるようにするとともに、知的財産権、消費者保護等、IT関係のルールや規格に関する国際協調を図り、さらにはIPv6の普及や人材育成等を通じてアジアをはじめとした世界的なIT革命の進展に貢献することにより、我が国がアジア地域におけるIT革命の中心的な役割を果たしていくことが重要である。」
また、「分野別施策」のなかには次のように記されている。
「(4)国際的な協調及び貢献の推進
ITに関する国際・地域機関を通じた協力や二国間協力により、知的所有権、電子商取引に係る課税等のIT関係のルール・規格等に関する国際協調に努めるとともに、IPv6の普及や人材育成等、アジアをはじめとする開発途上国への協力を積極的に進め、国際的デジタル・ディバイドの解消に努める。」
しかし、こうした記述がされただけで評価するのは早計で、これらが具体的にどう実施されるかが重要だ。新聞報道によれば、竹中平蔵経済財政担当相は「アジアITサミット」を開催することでシンガポールやマレーシアなどの関係国首脳の合意を得たというが、そのサミットで何を議論し、実際に何が実現していくのかが問われる。
ドットフォースの設置
このIT分野でのアジア途上国への支援、協力という政策の流れは、2000年7月、日本がホストした沖縄サミットから始まったといえる。承知のように、沖縄サミットで先進国の首脳たちは、「IT」2を「21世紀を形作る最強の力の一つ」として重要な政策課題と認知し、通常の共同宣言に一項を割いたほか、「グローバルな情報社会に関する沖縄憲章」、いわゆる「沖縄IT憲章」という独立文書を採択した。
IT産業の急成長を軸に展開された「ニューエコノミー論」に対して、当初は懐疑的なエコノミストが少なくなかったが、この時点で先進国首脳がニューエコノミー論をいわば「公認」したのは、「一年前には考えられなかった」(宮沢大蔵大臣=当時)ことで、その間の状況の変化を反映していた。2000年7月といえば、「ドットコム・ブーム」に代表される好景気を長らく謳歌してきた米国経済が下降を始めたかどうかという時期で、景気悪化の警告はすでに発せられていたが、まだまだ宴会気分は強く残っていた。
沖縄で世界の首脳たちは、「IT革命」の重要性を認めつつ、そのいわば負の側面として、途上国がITによる経済発展の恩恵に浴すことができずに、取り残されていくおそれがあることを確認した。それがいわゆる「デジタル・ディバイド」問題である。
貿易摩擦が激しかった頃のサミットは、先進国間の経済問題を中心とする利害調整と相互理解をめざして、首脳同士が直接議論を交わす場だった。しかし最近ではそうした緊迫した課題は影を潜め、討議内容も事前に官僚同士が調整をしてしまうため、サミットの存在意義そのものが問われつつある。こうした流れを受けて、よりグローバルな問題を包括的に論じ合う場へと性格を変えてきた。沖縄の前年に開かれたケルンサミットから、最貧国の債務帳消し問題が取り上げられるようになったのもその現れの一つといえよう。
沖縄サミットはまた、「ITより債務問題を〜ジュビリーがパソコン燃やして抗議」と新聞の見出しを飾ったように、先進国に対して重債務に苦しむ最貧国への、「債務帳消し」を要求する「ジュビリー2000」などのNGOが圧力をかける機会でもあった。かれらは沖縄サミットでの重債務救済問題の議論に進展が見られないとして、「パソコンはIT(情報技術)の象徴。IT対策より、債務問題を優先するべきだ。私たちは、パソコンを食べることはできない」と強い不満を示し、砂浜でパソコンを燃やす抗議行動を行ったという3。
こうした流れを受けて、少数先進国だけの集まりであるサミットには、対極にある途上国、最貧国への対策も忘れていないということを政治的に強調する儀式が必要となってきたと考えられる。IT革命を掲げるのであれば、その影の側面として「デジタル・ディバイド」に触れないわけにいかない。
こうして、当初はニューエコノミーのブームに沸くアメリカで、商務省が国内の情報格差問題をとりあげて政策課題とした「デジタル・ディバイド」が、先進国全体が取り組むグローバルな課題へと「格上げ」されたといえる。
そして、沖縄サミットで、先進国だけがIT革命の成果を享受し、途上国との間にさらに格差を生むことは、世界全体の安定にとってマイナスだという構図のもとに、新たに生まれつつある格差を是正するための方策を検討する特別作業部会として、Digital Opportunity Task Force、通称「ドットフォース」4が設置され、1年後のジェノバサミットにその検討結果を報告するようにと決定された。本稿が出版されるころには、そのジェノバサミットも終了しているはずだが、果たしてそこでドットフォースの報告を含め、ITがどのように討議されるのだろうか。
ドットフォースの構成とNPOの参加
ドットフォースは、2000年10月にフランスで準備会合を開き、11月末に第一回の全体会合を東京で開催した。2000年末までは日本がサミットの議長国だったからで、ドットフォースの事務局費の大半は日本政府が負担したという。さらに3月上旬には南アフリカのケープタウンで、4月下旬にイタリアのシエナで、それぞれ全体会合を開いて、報告書をまとめる共同作業を行った。全体の事務局は世界銀行と国連開発計画(UNDP)が担当した。
ドットフォースには、先進8カ国およびEUの政府代表、途上国9カ国、国際機関、民間企業代表に加えて、NPO(非営利組織)が正式メンバーとして参加した。G8関連の組織にNPOが正式メンバーとして入ったのは、おそらく初めてのことと思われる。
しかし、なぜNPOがドットフォースに参加を求められたのか、その理由は必ずしも明確ではない。当初各国政府のなかにはNPO代表の参加に難色を示す意見も強く、フランスでの準備会合では合意に至らなかったという。一説によると、日本政府も当初はNPOの参加には積極的に賛成はしなかったようだ。だが、その後、米国、フランスなどの強い主張もあって、各国からNPOを1団体ずつ、代表として正式メンバーに含めることが決まった。 デジタル・ディバイド問題に取り組むタスクフォースというアイディアは、アメリカのNPOであるマークル財団やスイスに本部のある世界経済フォーラムなどから出されたようだ。その底流には、「先進国=強者によるグローバリゼーション」への批判の高まりがある。なかでも、シアトルのWTO会合に始まり、スイスのダボス会議、そしてサミット自身も、国際NGOなどによる激しい抗議運動の対象となってきた。
そこで、IT革命を中軸とするグローバリゼーション推進側の先進国が、こうした批判に耳を傾け、グローバリゼーションの負の側面の解消に積極的に取り組む姿勢をみせるべく、NPOを取り込んでの「対話と協調」路線をとることにしたと考えられる。
沖縄IT憲章がドットフォースに与えた任務とは、デジタル・ディバイド解消のための具体的施策について、政策・規制、環境整備、アクセス拡大、費用低減、人材の育成、Eコマースの普及などについて、分野・課題別に国際協力の具体策を検討し、G8首脳に対してその結果を報告することだった。
日本のNPO代表としてGLOCOMが参加5
GLOCOMがドットフォースに参加するようになった背景には、多分に偶然の要素もあった。
沖縄サミットの直前、ニューヨークに本部があるマークル財団のトップが東京に来るので、公文所長とGLOCOMメンバーにぜひ会いたいとのメールが入り、アポイントも入れた。マークル財団は、インターネットの社会政策課題を正面から掲げて活動しており、ICANNの会員制度創設にあたって資金援助をするなど、インターネットのガバナンス問題に強い関心をもち、ICANNの会議などを通してわれわれとも知己になっていた6。しかし、結局は「ドタキャン」となり、その時点では会えずじまいだった。
その後、9月から10月にかけて、アダム・ピーク研究員と私は、公文所長の欧米諸国への情報通信事情調査旅行に同行し、ニューヨークではUNDP(国連開発計画)とマークル財団も訪問先に入れた。彼らが取り組んできた途上国問題とITというテーマは、私のマレーシアでの数年の活動も含めて、互いに共通の課題として関心が一致していたからだ。
マークル財団のジュリア・モフェットは、ITと開発をテーマに、各国政府・民間企業、国際機関によって東京で開かれた会合に、自分たちが唯一のNPO代表として参加できたと得意そうに語った。UNDP本部では、彼らもマークル財団と共同プロジェクトを進めており、マークル財団はドットフォースに参加することを強く望んでいるが、NPOの参加が認められるかどうか微妙な状況だと聞かされた。
さらに、私は11月上旬にバルセロナで開催された「グローバル・コミュニティ・ネットワーク(Global Community Network 2001)」の第一回会議に参加した際、そこでも、この会議を支援するフランス外務省の担当者がドットフォースのフランス代表でもあって、各国で地域ネットに取り組む市民団体に対して、NPO代表としてドットフォースに積極的に関与するよう呼びかけていたのに遭遇した。
こうした一連の経緯があったので、ドットフォースが実際にどのような活動を行うかに興味はあったが、まさかわれわれにお鉢が回ってくるとは予想だにしていなかった。
東京で行われた第1回全体会合には日本だけがNPO代表を出さなかった。実はGLOCOMにいったん打診があったのだが、その時点では条件が整っていないため辞退し、その後12月になって、外務省から再度強い要請があり、公文所長がNPO代表として参加することを承諾し、私とアダム・ピーク主任研究員が実質的な活動を担当した。
実際にドットフォースに参加するNPO代表の選定にあたっては、とくにG8としての統一基準をまとめることはなされず、各国政府がそれぞれ独自に選定したようである。わずか1ヵ月足らずで決めなければならないという時間的制約もあり、ほとんどが政府が声をかけた「トップダウン」方式での選定だったようだ。そのため、フランスのNPO代表などは、選出プロセスの「正当性」、つまり、なぜ、どういう方法で自分たちが選ばれたかについて合理性に欠けるという点を気にしていた。イギリスでは反対に、バルセロナに来ていたグループからではなく他の団体が代表に選ばれたため、選考方法への疑問が出されていた。透明性、アカウンタビリティを重視するNPOにとって、政府や企業と協力関係を結ぶときには、そのルール、関係性が重要となる。しかし、今回のドットフォースでは、スケジュールを優先したこともあってか、そうしたことに配慮する余裕はなかったようだ。
ドットフォースの構成は(表1)の通りである。
知的ディバイド問題を指摘
GLOCOMは、東京会合に参加できなかったので多少出遅れたが、その分を、3月はじめのケープタウン会合と4月下旬のシエナ会合に集中的に取組むことで取り戻そうとした。まず、日本で「NPO国内委員会」を立ちあげ(表2)9、続いて海外でのインターネット関連の国際会議の場を利用して会合を開き、その参加者とメーリングリストによる意見交換を続ける形で、報告書に盛り込む内容面での貢献を果たそうとした。
とくに、公文所長が最初から指摘していたのは、「デジタル・ディバイド」論は全体的にITが生み出す経済格差を中心に論じられるが、もう一つの側面である「知的格差」について議論することも重要だという点であった10。経済的には必ずしも豊かではない主体が、インターネットやITを高度に活用することで、従来なら不可能だった大きな力を得ることが可能となり、現にそうした主体が登場しつつある。WTOシアトル会議に抗議したNPOやNGOは、まさにインターネットを駆使してグローバルに連携し、発展してきている。そうした知的新興勢力がネティズンであり、クルーグマンが「シアトルマン」と呼んだ主体である11。今後彼らが、サミエル・ハンティントンが「ダボスマン」と呼んだ、IT革命を推進して経済のさらなる発展をめざす企業や政府などの既存勢力とどのような関係を築いていくのかが大きな問題だ。こうした意味での「知的ディバイド」の問題性は、必ずしも可視的な形で明確に認識されているわけではない。しかし、次のようにみれば、これが重要であることは容易に想像できるだろう。
OSを中心にIT市場の独占支配を進めるマイクロソフトとリナックスに代表されるオープンソース・ソフト推進勢力、ナプスターにみられるP2P型の新しい知的資源の交換システムとその台頭を排除して既得権を維持しようとする音楽業界との対立、さらにインターネットへの無料配信を排除しようとする放送業界と新興インターネット・ビジネスなどは、明らかにその先行例といえるだろう。最近のマイクロソフトの「ヘイルストローム」戦略、「パスポート」などは、もはやネット抜きではパソコンを利用することが不可能となり、マイクロソフトがその中枢部分を個々人のユーザー認証のレベルで支配しようという路線の現われとみることができる。
途上国にかかわる開発問題という文脈でも、これらの知的資源をだれがどう支配するかは、経済発展の次の主導権をだれが握るかということであって、きわめて重要な影響をもつ。さらに、インターネットの技術や制度の標準化、ルールづくりが、明らかに先進国側の主体が圧倒的な力をもって推進し、途上国側の利害当事者の参加、主張が十分に果たされていないという問題も、まさに「知的ディバイド」問題ととらえることができる。
しかし、事務局を中心としたこれまでの検討では、こうしたインターネットが提起する国境を超えた新しいグローバルな政策・技術課題についてはほとんど言及されておらず、もっぱら通信自由化など、途上国の国内問題ばかりが論じられていた。
そこでGLOCOMのチームとして、3月のケープタウン会合の際に事務局から出された報告書の第一次案に対し、大要以下のようなコメントをまとめて、シエナ会合の1カ月前に提出した12。
「第一次草稿では、規制・政策問題を途上国の国内の政策課題としてのみ取り上げて述べているが、いま起きつつある新しい政策課題の多くは、一国にとどまらないグローバルな課題だ。そういう視点で、「行動計画」に、以下を追加提案する。
グローバルな政策形成、業界による自主規制と標準化
G8および先進国は、ICTに関連する標準化や自主管理の機能をもち、途上国の社会的文化的主体に影響を与えるすべての国際的なフォーラムに、途上国が参加できるよう協調して努力すべきだ。
すべての利害当事者が、そうしたフォーラムに十分に参加できるための具体的な方策として、以下のものが考えられる。
1.1 途上国代表への旅費支援
1.2 今後登場する、あるいは潜在的な利害当事者への啓発・宣伝活動の資金提供
1.3 ワークショップや訓練コースの提供
1.4 こうした組織における、意思決定にかかわる重要文書の英語以外の主要言語(例:アラビア語、中国語、フランス語、日本語、ロシア語、スペイン語)への翻訳に向けた資金提供
途上国、先進国の両方を含めたNPO同士のグローバルなネットワークを形成し、これらの問題に取り組んでいくこと」
そして、こうした新しい民間主導フォーラムの例として、インターネットのドメイン名、IPアドレスなどを管理する組織である「ICANN」のほか、コンピューター上の文字コードの国際調整を行う民間フォーラムの「Unicode Forum」、ワールド・ワイド・ウェブの技術標準を定める民間コンソーシアムである「WWW Consortium (W3C)」、同じくインターネット上のコンテンツについて自発的なレーティングの仕組みづくりを進める「Internet Content Rating Association (ICRA)」、そして携帯電話によるインターネット利用の標準規格を制定しようという民間フォーラム「WAP Forum」などをあげた。
これらの組織は、それぞれ性格、目的を異にしているが、技術革新の急速な進展に対応して、従来のような主権国家単位で組織される公的な「国際条約機関」ではなく、民間フォーラムである点では共通である。意思決定の方式としては、コンソーシアム型で年間1万ドルといった会費を納める正会員(多くは民間企業)が議決権をもつことが多く、そうした負担ができない途上国側からの参加は、せいぜい議決権のない「準会員」的存在にとどまり、多くは、それすら実現されていない。
インターネットが広く普及する以前は、新手の技術やサービスは先進国側から普及が始まり、途上国の市場に到達するまでには相当の時間がかかった。しかし、最近のITの普及パターンは必ずしもそうではない。携帯電話が良い例で、多くの途上国では、固定電話より携帯電話のほうが普及率が高いことも珍しくない。インターネットでも、電話回線が普及してない最貧国であっても、ネットカフェなど街頭型の利用が、少なくとも大都市などでは可能となっており、それだけ途上国側の社会生活への影響力も無視できないものになっている。
また、途上国が直接影響を受ける決定が下される例も少なくない。インターネットでいえば「国別ドメイン名」やIPアドレスの管理方法などがそれにあたる。
こうした技術的な方式を検討・決定する過程で、その決定の影響を受ける側の利害当事者が十分に関与できているかというと、経済格差を抱える途上国側は、専門家の育成・派遣などが十分にできないため、知的分野での関与を行うことはかなり困難な実態がある。 それを是正する仕組みが必要だというのがGLOCOMからのコメントの中心であった。
国際条約機関のなかでも、たとえばITUでは途上国支援の枠組みができており、技術会合などへの旅費援助も実現されている。ICANNなどでも同様のことをすべきだというのがわれわれの訴えたポイントであった。
ITと関連する言語や文化の問題も、知的ディバイドの象徴ともいえる問題だ。コンピューターソフトにおける言語の標準文字コードの制定や、OSやアプリケーションへの組み込みはその典型だ。この点では、東京大学大学院情報学環の原田至郎助教授から報告された、カンボジア文字フォントの標準化をめぐる問題が、問題の難しさと重要性について、われわれのチームの認識を深める大きなきっかけとなり、ドットフォースに対しても具体的な提案をする根拠を提供してくれた。
そこで、「コンピューターおよびネットによって使われるフォント、コードを含んだ文字の扱いについて配慮を行うこと」と題して、提言事項を追加した。すなわち
「コンピューターやインターネット上で使われるいかなる現地語の新しい標準コード化を推進する際には、その現地の利害当事者の正統な参加を保証すること。
現地の正統な利害当事者への適切な相談を行わないで決められた既存の文字コードについては、適正な見直しの仕組みを確立すること。
こうした問題について、現在および今後の主体同士で参考となる事例の共有を奨励すること。啓発活動、ワークショップの開催も効果的で望ましい。」
といった点である。とくに2点目については、実際にカンボジア文字の文字コードの標準化の際に、ユニコード・コンソーシアムでは、カンボジア人がまったく関与しないままに進められたコード体系をそのまま標準として採用し、さらにマイクロソフト社がウィンドウズにそれをそのまま採用し、さらに国際標準機関であるISOまでがそれを国際標準として正式決定してしまったために、当のカンボジア人からみればきわめて使いにくい文字コードができてしまった事例を報告、指摘した。これについては、最近になってカンボジア政府が正式にISOに抗議状を出したという。ちなみに、ISOは、一国一代表主義で投票権をもたせる国際条約機関だが、カンボジア政府は正式メンバーにはなっておらず、「情報購読メンバー」、つまり表決権はなく情報を受け取ることだけができるメンバーである。
実は原田氏は、実際のカンボジア文字の表記方法により忠実で、現地人にとって入力しやすいコード体系を自発的に開発し、完成させている。しかし、市場で圧倒的な力をもつマイクロソフト社がこれを採用しない限り、カンボジアで広く普及することは難しいし、その上流でISOが標準認定をしないと、さらに可能性は狭まる。いったん正式に決定した標準を覆すことはほとんど不可能という。
こうして、民間企業のメンバー同士で決定でき、法的な「公的責任」をまったくもたない民間フォーラムでの決定が、国際標準機関で確認手続きもされずにそのまま公的基準として追認されるというのは、どう考えても問題といえるが、有効な対処法が議論されてきたわけではない。
途上国の場合、標準化のための国際機関に参加することは、費用がかかる、専門家がいない、などの問題から容易なことではない。決定内容が一般的、技術的なものに止まるのであればそれでも仕方ないといえるかもしれないが、カンボジア文字のコード化などは、直接カンボジア人にのみ影響のある問題であって、それを当事者が一切関与しないままに「決定」するというのは、どう考えても納得のいかない事態である。同様の問題が、ラオスやミャンマーに起こる可能性もある。ブータンもコード化を進めているが、こちらは政府の人間が最初から関与し、大きな問題にはならないだろうという推測がある。しかし、保証はない。
もっと突き進めれば、「国」や「政府」をもたない民族・文化・言語集団の場合には、「正統な当事者」を特定することも難しく、そうした少数言語は容易に無視されることになる。
この点については、「絶滅する言語(Endangered Language)」という、主として言語学者たちによる、文字ももたないような少数言語の保存活動も参考になった。ウェブ上で次のような言葉に出会った。
「インターネットにない言語は、近代社会では“もはや存在しない”言語だ。ゲームの枠外だ。ビジネスでは使われないのだ。」(ランカ・ベルジャック・バビッチ)
"A language not on the Internet is a language that "no longer exists" in the modern world. It is out of the game. It is not used in business". Ranka Bjeljac-Babic 13
まさにインターネットそのものが、少数言語を死滅に追いやるという構造で、「知的ディバイド」の象徴ともいえる。この点についても、GLOCOMからのコメントで指摘をした。また、GLOCOMの上村圭介主任研究員がまとめた言語とフォントの問題についての解説文を、英訳してシエナ会合で配布した。
コードとフォントの問題は重要な、しかし技術標準化全体からみればごく一部での問題といえる。他にも、最近の急激な技術革新の進展で、国家・政府単位で構成される国際機関では決定までにあまりにも時間がかかり過ぎることなどから、前述したように民間企業による組織が、事実上の国際標準づくりを主導する例は少なくない。
ICANNも、民間非営利の国際組織として設立され、国際条約機関ではない。そうなった一端は、アメリカ政府などが当初から意図的にそのように仕掛けたことに起因している。国連型の「一国一票主義」を嫌ったからだ。
ドットフォースの議論の過程で、GLOCOMとして、こうした問題提起を行ったが、当初はICANNの問題を除いては、あまり強い関心をもたれなかったように思われた。しかし、電子メールでのコメントの送付などを経て、イタリアのシエナで開かれた最終的な行動計画をまとめる会合では、意外に思われたほど反応は変わってきた。
最終的には、資料に示したような行動計画がまとまり、そのなかのアクション・ポイント5で、こうした新しい種類の組織への普遍的参加(Universal Participation)を支援するという独立項目が入り、そのなかで、
a)途上国の利害当事者が標準化組織に参加できるよう支援する
b)国際的なネットワークによって、意思決定にかかわる重要な情報を効果的に配信する
c)途上国の専門家同士の協力を促進し、彼らの実情に合った主体的な関与を可能とする
d)こうした新しい制度・ルールづくりにかかわるグローバルな組織は、途上国から十分な参加ができるように特別の支援策を講じるべきである
e)国連の情報通信タスクフォースに対して、これらの新しい組織に途上国が関与できるための方策を活動目的のなかに入れるよう勧奨する
などが盛り込まれた。
また言語問題については、アクションポイント8で、
f)ソフト、アプリケーションに文字コードを組み込む際には、現地当事者の参加を支援する
という項目が含められた。
NPOの参加、その意義、役割
このように、当初はどうなるかと懸念されたNPOの参加だったが、最終的にはかなり意義があったと総括できる。会議の期間中には各国のNPOだけで集まって会合を開いたり、報告書素案についての意見書を共同でまとめるなどの作業も活発に行われた。
また、わが国の外務省も、当初はややとまどい気味にみえたが、実際にNPOから前向きの提案が出されることが確認されると、安心?もしたようだ。
なかでも象徴的だったのがケープタウン会議での一幕だった。アダム・ピークGLOCOM主任研究員はアジアの途上国においてドットフォースに関心をもっている人々と、メーリングリストなどで積極的に意見交換を行う活動に貢献していた。二日目の昼にその成果を紹介したアダム・ピーク研究員の発言に対して、外務省の石川審議官はこう発言を加えた。
「日本からもNPOが参加し、ブロンドの髪をしたイギリス人が日本のNPOの代表として発言するのは、日本の新しい開かれた姿を象徴するでしょう」と。実は外務省の事務方は、彼が英国籍であるために旅費支給の対象とするのは難しいと判断していたのだった。
欧米では、少なくとも民間セクターの企業やNPOで国際的な活動を行うところでは、「国籍」が直接問題になることはもはや珍しいといってよい。アメリカのNPOの代表にベルギー人がいたり、フランスの企業の幹部にアメリカ人がいるというのは珍しいことでも何でもない。しかし、日本の企業で外国人幹部が公式に組織を代表したり、同様にNPOで外国人が活躍することは、残念ながらきわめて珍しい。
とはいえ、途上国のIT普及策をグローバルに論じるドットフォースの場でも、議論は基本的には「主権国家」単位で進められた。少なくとも形式的にはそうで、座席は国別に用意され、発言者が議長に呼ばれるときも「ジャパン」とか「エジプト」と国名で呼ばれる。
各国の政府代表、外交官にとっては、自国の国益の主張・擁護が基本であって、それを前提とした交渉、議論を行うというのがごく自然なスタイルであることは、ドットフォースの会合でもよく理解できた。同時に、われわれが議論しようとしている問題には、主権国家単位での議論の枠組みでは十分な解決を導くことが難しい問題も多々含まれ、方法論的にそうした国家単位での議論が効果的とは思えない局面もあった。
そこにこそ、NPOの出番もあったと思われる。環境問題、人権問題などで典型的にみられるように、最近では公式の国際会議の場でも、従来の政府代表、産業界=民間企業代表に加えて、NGOが正式の代表に加わることが多い。「グローバルな最適解」と「ローカルな利害同士の交渉・調整による妥協点」が一致するのであれば、個々の主権国家を代表する政府、個別産業界の利益を代表する民間企業が集まることで、問題解決が可能となるのだろう。しかし、地球温暖化をめぐる排出ガス問題の例をみても、国益同士を調整しようとしても容易に解決できないことは事実がよく物語っている。グローバルに、全体を大所高所から見渡し、そのために個々の主体がどう妥協すべきかを導くためには、単位主体の利害に拘束されない発想とそれを担う、新しい主体が必要であり、そこにNGOあるいはNPOの意義があると考えられる。
そう考えてみると、GLOCOMが、「Center for Global Communications」 という名称で、かつ「国際大学」に属する非営利組織であることは、図らずも大きな意義があると言っても、ただの我田引水とはされないだろう。
資料●ドットフォース ジェノア・アクションプラン(Genoa Plan of Actions)抜粋14
5 Establish and Support Universal Participation in Addressing New International Policy and Technical Issues raised by the Internet and ICT
a) Support should be provided for developing country stakeholders - governments, private companies, NPOs, citizens and academics - to better understand global Internet and other ICT technical and policy issues and to participate more effectively in relevant global fora;
b) The resource network identified in Action Point 1 should provide information on decisions that will be taken at such fora, an open platform for papers by experts, and facilitation of the exchange of views;
c) Support a network of Southern-based expertise - which could access the resource network identified in Action Point 1- to support the representatives of developing countries as they seek to participate effectively in these fora and address these issues in their own context;
d) Global policy and technical fora and organizations working on Internet and ICT issues should make a special effort to bring representatives of developing nations into their discussions and decision-making processes;
e) The United Nations ICT Task Force should be encouraged in its stated goal of identifying options for involving developing country stakeholders in these new issues.
8 National and International Effort to Support Local Content and Applications Creation
a) Encourage the software community, including the open source and commercial software communities, to develop applications relevant to developing countries, to make its software available to such countries and localize software applications, while at the same time helping to promote the growth of local application development capacity in these countries;
b) Encourage the growth of eGovernment as a means of achieving a critical mass of on-line content and encourage governments to provide widely-available free-of-charge access to state-owned information and local content, except where it is private or classified;
c) Encourage local content development, translation and/or adaptation in developing countries to fulfill the needs of learners, scholars, professionals, and citizens for education, learning, training and application development, including provision of online access;
d) Support national and international programs for digitizing and putting public content online, focusing on multilingual applications and local heritage;
e) Support participation by local stakeholders in setting technical standards for incorporating local languages in ICT applications;
f) Encourage networking of bodies which acquire, adapt and distribute content on a non-commercial basis;
g) Encourage commercial publishers to explore possible business models to enhance greater accessibility for poor people to relevant content;
h) Encourage the full participation of developing countries in the WIPO process.
1 http://www.kantei.go.jp/jp/it/network/dai5/5siryou2.html
2 G8の英文公式文書では、冒頭で一回だけ「Information and Communication Technology(IT)」情報通信技術全体をさした表現が使われ、以下は一貫して括弧内に入れられた「IT」が使用されている。ヨーロッパは「ICT」をよく使い、同時に「情報社会: Information Society」を強調し、技術偏重の見方に抵抗する。ただし、ITとICTは文脈によって使い分けられることが多く、前後を切り離してただ単語の意味であれこれ議論することは不毛と思われる。
3 http://www.windfarm.co.jp/members/jubilee/old/misc/burn_laptop_7_22.html
5 http://www.glocom.ac.jp/dotforce/j/index.html
6 『Control Revolution』を書いたGLOCOMフェローのアンドルー・シャピロ氏もマークル財団に属し、ICANNの初期の活動に深くかかわっていた。
7 これまた偶然だが、ドットフォースの事務局長役を担当した世界銀行のブルーノ・ランバン氏とは、彼が国連貿易開発委員会(UNCTAD)に勤めていたジュネーブ時代から、10年近い知己の間柄だった。その後ランバン氏はインターネット協会のジュネーブの支部代表になるなど、ジュネーブの国際機関のコミュニティのなかではもっとも積極的にインターネットの普及に取り組んでいたが、昨年秋に世銀に転職し、ジュネーブからワシントンに引越してきたたばかりだった。彼はドットフォースには準備段階から深くかかわっており、電話でその準備状況を教えてもらったが、その時点でもNPO参加の可能性は明確ではなかった。
8 世界銀行とならんでドットフォースの共同事務局となったUNDPも、IT関係では新しい人事を行い、それまで世銀にいたデニス・ギルフーリーを新しいディレクターに迎え、IT関連のプロジェクトの建て直しを図っていた。そのデニスとも、彼がフランスのパリで『Communication International』という通信業界の業界紙を編集長をしていた95年頃から知り合いだった。
9 http://www.glocom.ac.jp/dotforce/j/about.html
10 公文俊平「デジタル・ディバイド考」http://www.glocom.ac.jp/dotforce/j/kumon.pptおよびShumpei Kumon,“Closing the Digital Divide” Oct 2, 2000, http://www.glocom.ac.jp/proj/kumon/paper/index.htmlほか
11 http://www.FreeRepublic.com/forum/a3892d0ba6e12.htm
12 http://www.glocom.ac.jp/dotforce/20010417glocomcommentto20.html