ワシントン政治とインターネット
土屋大洋(GLOCOM主任研究員/メリーランド大学国際開発・紛争管理センター訪問研究員)
独立記念日
7月1日にアメリカのワシントンD.C.にやってきた。メリーランド大学とジョージ・ワシントン大学で、1年間研究する予定である。
到着早々、7月4日の独立記念日を迎えた。1776年7月4日、アメリカ13州は英国に対して独立を宣言し、1783年のパリ条約で独立を勝ちとっている。
この日は大々的に花火で祝うのが慣わしだそうだ。しかし、昼間は晴れていたものの、夜には激しい雨になってしまった。ワシントンD.C.郊外にあるメリーランド大学カレッジ・パーク校のキャンパスでも、花火が予定されていたが中止になってしまった。
まだアパートが見つからなかった私は、どしゃ降りの雨の中の人々の姿をホテルのテレビで見ていた。
議会の西側に作られた特設ステージでは、いろいろなジャンルのミュージシャンたちが、入れ替わり立ち替わりアメリカを賛美する歌を歌う。黒人女性3人が歌っているとき、雨脚が急に強まり、スタッフが3人に傘を渡す。「これはクールだわ!」と言いながら元気よく3人は歌いつづける。
次に、3人のテノール歌手が出てきたときには、ステージ上に運動会で使うようなテントが張られた。3人は、「アメリカに神のご加護を」「自由と独立の国アメリカ」と歌う。テレビの画面には、古いフィルムが流れ、ニューヨークの自由の女神を仰ぐ移民たちの姿が映し出されて感動的だ。苦労して大西洋を渡ってきた人たちの思いが、音楽に盛り上げられて伝わってくる。
しかし、感動的である一方で、違和感も否めない。ずぶ濡れになりながら星条旗を振りかざし、アメリカを賛美する。このおおらかさが、日本にはたしてあるだろうか。
「アメリカ人が愛国的なのは、慶應の学生が『若き血』を歌い、早稲田の学生が『都の西北』を歌うのと同じだよ」という声もある。「ああでもしないと国家としての統一性が保てないのだ」という意見もある。
1776年に独立宣言が署名されたフィラデルフィアでは、その夜、メル・ギブソン、ケビン・スペイシーといった人気俳優たちが舞台に上り、独立宣言を朗読していた。長瀬正敏や織田裕二が日本国憲法前文を朗読する姿が想像できるだろうか。
愛国主義と政府支持
しかし、こうしたアメリカの愛国主義が、すなわち政府支持に直結しているかといえばそうでもない。アメリカ人の政府嫌い、特に連邦政府に対する嫌悪、不信は根強いものがある。常に政府のやることには懐疑的なのがアメリカ人の特性のようにも見える。
こうしたアメリカ人の特性が、時に外国を見る眼を曇らせる。2001年8月2日のワシントン・ポスト紙によれば、ブッシュ大統領の仕事を認める人の割合は59%である。それに対し、小泉政権の支持率が8割を超えたとなると、異常に見えるようだ。「日本は右傾化している。再軍備をするに違いない」といった報道が、深い分析もなくされている。沖縄で起きる米軍基地問題に対して、沖縄県民が「反基地」と「反米」を使い分けていることに気づいていない。「愛国主義」と「政府支持」が、日米ではねじれていることにアメリカのメディアは気づいてないのではないかと思う。
しかし、アメリカの愛国主義が普遍的なものかというと、そうでもない。年配のアメリカ人たちの目から見れば、アメリカはどんどん愛国的でなくなってきているというのだ。保守派たちの懸念は、議会で審議されている「国旗冒とく決議(Flag Desecration resolution: H.J.RES.36)」に表れている。これは星条旗に対する物理的な冒とくを阻止する権限を、議会に与えるよう憲法改正を提言するものである。政府に対する抗議のためにときどき運動家たちが星条旗を燃やしてしまうが、これを阻止しようというのである。
アメリカが愛国的でなくなってきているひとつの原因は、「新しいアメリカ人」の増加であろう。アメリカは移民制限を近年強めているものの、難民、合法移民、非合法移民らによる人口増加傾向に変わりはない。これらの人々の子供たちも、確実に増加しつつあり、英語を話せないアメリカ人も増えている。
ネット移民
似たようなことがインターネットの中でも起きている。サイバースペースあるいはインターネット・コミュニティと言っていた概念上の国に、どっといろいろな人々が押しかけてきているのだ。いわばネット移民が急速に増大しているのである1。
30年前のインターネット・コミュニティはごく小さなもので、お互いの顔を知る学者たちで構成されていた。しかし、現在のインターネット・コミュニティを定義するのは簡単なことではなくなった。
インターネット・コミュニティは、アカデミックなテッキー(Techie:技術に慣れ親しんだ人)たちの集団から、さまざまな利害と関心を持つ人々の混合体へと変化してきているといえるだろう。
Techies.comの調査によれば、20世紀の最も偉大なテッキーはビル・ゲイツであり、続いてヘンリー・フォードであるという2。
しかし、成功したテッキーというのはむしろ稀であろう。彼らの技術の多くが富と名声に値するものではなかったり、世に認められることなく忘れ去られていったりしたのかもしれない。
インターネットを創ったテッキーたちも、はじめのころは誰もここまで成長するとは予想していなかったし、そこでビジネスが行われるとも思っていなかった(むしろ、ビジネスをすることに対する嫌悪感のほうが強かった)。
しかし、1990年代半ばにインターネットの商業利用が容認されるようになると、「コマーシャル・テッキー」たちが参入してきた。彼らはマイクロソフトやIBM、富士通、NEC、日立、ノーテルなどの大企業や、中小のITベンチャーなどから給料をもらいながら、自社の技術をインターネット標準にするべく、インターネット・コミュニティに参加している。
インターネットの商業利用の大幅な拡大は、テッキーとは呼べない一般の利用者の増加によるところも大きい。彼らは、いわば技術の利用者であり、製品とサービスの消費者なのだが、インターネットのガバナンスやその利用の仕方に関心を持つ人も多い。その顕著な例が、ドメイン・ネームとIPアドレスを管理するICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)であろう。2000年に行われたICANNの一般会員理事選挙では、世界で実に3万人がオンライン投票を行っている。
利用者数が増加するにつれ、法的な問題もそこに起きてくる。その結果、特にアメリカで顕著なように、弁護士たちもインターネットの世界に入ってくる。それに伴って、オンライン市民団体と呼ばれるような団体がたくさんできてきた。EFF(Electronic Frontier Foundation)、EPIC(Electronic Privacy Information Center)、CDT(Center for Democracy and Technology)などが代表的だろう。
ほとんどの政府が、当初はインターネットに関心を示さなかったが、現在では何かしらの形でインターネットに興味を持っている。強く規制している国もあれば、未来産業として推進している国もある。
政府が関心を持てば、国際機関も関心を持たざるを得ない。世界貿易機関(WTO)、経済協力開発機構(OECD)、世界知的所有権機関(WIPO)、国際電気通信連合(ITU)といった専門分野を持つ国際機関のほか、国際連合やG8といった組織もインターネット関連の政策を打ち出している。G8は2000年の九州・沖縄サミットのIT憲章を受けて組織されたDOTフォースをホストし、2001年のイタリアでのジェノバ・サミットに報告書が提出された。
かつてのアカデミックなテッキーたちの伝統を受け継ぎながらも、やや反動的なのがオープン・ソース・コミュニティであろう。彼らは、商業化前のインターネットがそうであったように、商業主義に対して強い反発を見せている。
新世代テッキー:ギークの台頭
さらには、こうしたカテゴリーに入らない新しい世代も登場してきている。ジョン・カッツが昨年出版した『ギーク(GEEKS: How Two Lost Boys Rode the Internet out of Idaho)』は、2人の若者がインターネットを頼りに保守的なアイダホを脱出し、シカゴでの新しい生活を見出すまでの物語を描いている3。筆者のカッツは電子メールを通じてジェシーと出会う。ジェシーはアメリカ北西部のアイダホ州で高校を卒業し、地元の小さなパソコン・ショップに勤めていた。高校時代の彼は一貫してアウトサイダーであったが、ひとりの教師の勧めでギーク・クラブを設立したことで、ギークである自分を自覚し、自分の居場所を発見する。
ギークとはもともとは「奇人、変人」を指す言葉であり、ネガティブな意味を持っている。他人から「ギーク」と呼ばれることは嬉しいことではない。しかし、ジェシーたちは自らを「ギーク」と称することでアイデンティティを確立したのだ。社会のアウトサイダーが、単なる疎外者ではなく、自らの立場を積極的に定義することによって、自分の存在の意味を見出したのである。
ジェシーと親友のエリックは、ネットの中の世界だけに閉じこもる生活をしていたのだが、「コンピュータに詳しいギークならどこでも仕事は見つかるはずだ」というカッツの言葉に促され、故郷を捨て、シカゴへ向かう。
ジェシーとエリックの物語は、社会に順応できないものの、ネットの中には居場所を見つけることができる人たちがいることを示している。彼らにとってネットは生活の大部分になっている。
こうしたギークは、アメリカだけにいるわけではない。韓国をはじめとするアジアの国にも見られるようになっている。韓国の「PC房」と呼ばれるインターネット・カフェでは、若年層がオンライン・ゲームや音楽、チャットなどに夢中になっている。彼らは保守的な韓国社会からの一種の逃げ道としてインターネットを使い、独自のコミュニティをつくっている。
ギークたちは精神的な成長の多くの部分をネットに依存しており、ネットワークの住人と言ってもいいだろう。こうしたインターネットで多くの時間を費やす人たちを、「ネティズン(Netizen)」と呼ぶこともある。マイケル・ハウベンは「ネットワーク+シティズン」をもじって「ネティズン」という言葉をつくった。公文俊平はそれをさらに展開し、ネティズンとは「ネットワークに棲んで、智業、すなわち知識や情報の創造と通有、にたずさわっている人々」であると定義した4。
既存の権威への挑戦
こうして拡大・変化してきたインターネット・コミュニティにとって、コミュニティでいる必然性とは何なのだろうか。それとも、もはやコミュニティは形骸化しているのだろうか。
「情報革命」という言葉が使われて久しいが、その担い手は誰なのだろう。情報革命は、政治権力構造の転換を促しているだろうか。今まで権力を持たなかった人たちが権力を持つようになっただろうか。
新世代テッキーとしてのギークたちの台頭(Geek Ascension)とは、社会のアウトサイダーだったギークたちに新たなアイデンティティを与え、彼らがもはやアウトサイダーではなく、社会に不可欠な人々であることを認めることにほかならない。ギークたちはもはや「風変わりな人たち」ではない。彼らの技術なくして社会システムは機能しなくなっている。そのことに彼らが気づいている。ウイルスや不正アクセスなどは、そうしたギークたちの思いが、ゆがんだ形で表出されたものだと言えるだろう。
彼らの戦いに共通するテーマは、おそらく「既存の秩序と思想への挑戦」なのではないだろうか。ギークたちを社会に取り込もうとする動きがあり、ギークたちの側にも認められたいという気持ちがある。しかし、ギークたちは簡単に妥協することはないだろう。アウトサイダーであることからくる一種の警戒感は、ワシントン政治においても変わらないだろう。
彼らの戦いは始まったばかりであり、アメリカだけでなく、各国でも行われている。中国をはじめとする権威主義国家でのインターネット規制に対する反発は根強い。中国政治の文脈ではむしろ当然とも思える規制も、インターネット・コミュニティのスタンダードからいえばとうてい受け入れられない。中国のeレブル(rebel:反逆者)たちは、政府の規制に対抗する手段を見つけるべくひそかな抵抗を続けている。
インターネット・コミュニティの戦いは、これまでの社会秩序に対するオルタナティブあるいはアンチ・テーゼになるのではないだろうか。
アメリカとインターネット
アメリカはインターネット発祥の地であり、情報化社会の理論と現実において先進的な役割を果たしてきた。特に、クリントン政権の取り組みは、インターネットを世界的なものにするにあたって、大きな役割を果たしたといえるだろう。
しかし、インターネット・コミュニティが拡大し、インターネットの多国籍化が進むにつれ、インターネットは非アメリカ化していっている。
アメリカ社会とインターネット・コミュニティは、かつてはとても近似的なコミュニティであったはずだ。インターネット・コミュニティがアカデミックなテッキーたちのものであったという点からいえば、アメリカ社会の一部を切り取ったようなものだったと言っていいかもしれない。
中国人はコンピュータを電脳と呼び、コンピュータ・ネットワークを電網と呼ぶ。ならば、愛国主義のネット版は愛網主義と呼べるだろう。
アメリカの愛国主義は新しい移民たちの到来によって常に変化にさらされている。そして、アメリカに始まった愛網主義もまた、ネット移民たちの到来によって大きな変化を受けている。アメリカ社会とインターネット・コミュニティという二つのコミュニティは、これからどう変化していくのだろうか。その間の相互作用はどのようになっているのだろうか。
インターネットをめぐる政治という点で、アメリカの存在感は小さくなってしまった感がある。それはアメリカの政権交代のせいでもあるだろう。もし2000年の大統領選挙でゴアが勝っていれば、クリントン政権以上の積極的なインターネット政策が今ごろ出ていたかもしれない。ところが、ブッシュ政権ではインターネットは重要政策項目とはならず、めぼしい政策は出されていない。さらには、政権交代の時期と合わせるかのようにIT産業が不振に陥ったため、ますます政策論争になりにくくなっている。
クリントン政権の中には、多くのネティズンが取り込まれていた。トム・ケリル、マイク・ネルソン、アイラ・マガジナー、デービッド・ファーバーなど、年齢を問わず、専門家や、専門家へのパイプを持つ人物がいた。
しかし、現在のブッシュ政権にはそうした人物が見当たらなくなっている。中堅クラスではクリントン政権からの残留組がいるが、ブッシュ政権中枢でアドバイスできる人物が見当たらない。
FCC(連邦通信委員会)の委員長に、パウエル国務長官の息子が選ばれたことは注目に値した。しかしパウエルFCC委員長は、規制緩和以外に目立った動きを見せていない。期待されるのは、父親とのパイプを利用して、軍部が利用している無線周波数帯を開放することぐらいである。
議会の動向
政権の動向に反応する形で、議会(写真1)の中でのインターネット論議も、以前ほど勢いがなくなってきている。図1は、アメリカ議会におけるインターネット関連の法案の数を示している。第107議会については、2001年8月7日現在なので、2年間の会期のうち4分の1を過ぎたところと考えれば、250の4倍で1000本近くの法案が出ることになるが、はたしてどうなるだろうか。
議会が夏休みに入る前までの注目法案といえば、「H.R.1542:2001年インターネットの自由とブロードバンド展開法(Internet Freedom and Broadband Development Act of 2001)」、「H.R.1410:インターネット税のモラトリアムと公正法(Internet Tax Moratorium and Equity Act)」である。
前者は、地域電話会社がブロードバンド・サービスへ進出することを容認し、地方でも複数のブロードバンド・プロバイダを選べるような、選択の自由を確保しようというものである。これについては、テレビ・コマーシャルも行われるなど支持勢力の声が強い。電話会社のほかにも、遠隔医療や遠隔教育にブロードバンドが有効なことから、マイノリティ団体も支持している。
後者は、インターネット新税モラトリアム(新税を認めない猶予期間)が今年10月で切れるのを見越し、その延長とともに、税体系の見直しをしようとしている。シェアウェアのダウンロードなどにビット税をかけたりせず、また、売上税の税率が異なることからオンライン・ショッピングに不公平が出ているのを解消しようというのである。
いずれも一癖ある法案のため、スムーズに議論が進むかどうかは不透明である。
そして、リック・バウチャー下院議員(民主党:バージニア州)とクリス・キャノン下院議員(共和党:ユタ州)が、ナップスターらの支持を受けて、「H.R. 2724:オンライン音楽競争法(Music Online Competition Act)」をまもなく提出する見通しとなっている。
その他にもいくつかのインターネット関連公聴会が行われているが、注目されるのはプライバシー問題とセキュリティ問題であろう。プライバシーに関しては、欧州のプライバシー規制に対応したプライバシー法をアメリカが制定するかどうかが問われている。セキュリティに関しては、7月はじめ、企業の機密情報保護を目的につくられた商務省のウェブ・サイトが、機密を保持するどころか丸見えにしていたということがあり、商務省の情報セキュリティに関する公聴会も開かれた。さらには、携帯電話の第三世代問題に関する公聴会も開かれた。
問題は、誰がインターネットをめぐる議論の舵取りをするかだ。ローレンス・レッシグは、アメリカのコードには、西海岸でつくられるソフトウェアとしての「西海岸コード」と、東海岸(つまりワシントン)でつくられる法律としての「東海岸コード」があり、その接点が重要になると指摘している5。インターネット・コミュニティはもはや、政治から隔絶され、自らの世界に閉じこもっているわけにはいかなくなっている。利用者が拡大するにつれ、ワシントン政治を無視することはできなくなる。
政治の季節へ
ワシントンD.C.は、アメリカの首都とはいえ、居住者の感覚としては田舎町だ。ニューヨークから来た人々は、高いビルがなく(議会より高い建物を建ててはいけないことになっている。ただし、ワシントン記念塔は例外)、人々がゆったり歩いているのに気づく。
ワシントンD.C.は観光と政府の街である。7月の後半から8月にかけて、全米はおろか世界中から観光客がやってくる。政治家たちは暑いワシントンを観光客に明け渡し、議会は休会になる。
ワシントンD.C.のKストリート近辺にオフィスを構えるロビイストたち(写真2)は、議会の再開を待ち構えている。次回以降は、ワシントンでの具体的な争点について報告していきたい。
1 Wendy M. Grossman, From Anarchy to Power: The Net Comes of Age, New York: New York University Press (2001).
2 Janelle Brown, " 'Tech guru': What Americans wanna be when they grow up", salon.com, http://www.salon.com/tech/log/1999/10/01/tech_guru, posted on October 1, 1999.
3 Jon Katz, GEEKS: How Two Lost Boys Rode the Internet out of Idaho, New York: Broadway Books (2000).
4 公文俊平「ネティズンとネティズン革命」http://www.glocom.ac.jp/proj/kumon/paper/1995/95_04_04.html, 1995年4月4日。
5 Lawrence Lessig, CODE and Other Laws of Cyberspace, New York: Basic Books (1999).