村上泰亮の論考をめぐる旅
西山裕(GLOCOM主幹研究員)
はじめに
前回の旅、村上泰亮『ゆらぎの中の大衆社会』では、大衆社会とは何か、現代社会は大衆社会状況にあるのか、といったテーマをたどった。『ゆらぎの中の大衆社会』の終わりに村上は、「現在われわれは、二重、三重、あるいは四重の文明の視点にとりかこまれている。二十世紀型産業文明はある面では衰えつつあるようにみえる。しかし産業化そのものについても、独走状態の先端技術の華々しさからは活性化のイメージをうけとることもできる」と書いた。それでは、村上は「産業化」をどのように定義し、その潮流をどのように概観していたのであろうか。
今回取り上げる『二十一世紀システムの中の時間』で村上は、特に産業化の進展(第三次産業革命=情報化)と、そこでの「手段主義」の進化に注目する。そして当面の社会の安定に必要な「二十一世紀の技術パラダイムに対応する大衆消費」とは何か、おそらくは産業社会の特徴である「手段主義」的な追求だけからは生まれ得ないであろう新しい「消費」(需要パターン)の姿を考察しようとする。それは、わたしたちにとっての手段性と即自性、ひいては「時間」というものがどのような意味を持っているのかを、改めてたどる道でもある。
先回に続き、わたしの非力な読解力によって、引用に多くを頼ることとなったことについてお許しを願うとともに、これを機会にそれぞれの原論文に接していただけることを願っている。
産業文明の基本的性格と技術パラダイムの変遷
『二十一世紀システムの中の時間』は、1984年11月に『中央公論』に掲載された。この論考では、産業文明の基本的性格と技術パラダイムの変遷をどのように見るかが、議論の重要な前提となっている。これについては、前年の1983年、エコノミスト誌に発表された『転換する産業文明と二十一世紀への展望』で総合的かつ平易にまとめられており、これがたいへん参考になる。『転換する産業文明と二十一世紀への展望』は、1984年1月に出版された『新中間大衆の時代』第8章にほぼ原論文のまま掲載され、『村上泰亮著作集』第5巻にも収録されているので、ここでは村上の基本認識を確認することにとどめたい。
「欧米的近代にとって最も基本的な概念は、次の三つにとりあえず集約される。自己を絶対化しようとする「個人主義」、自然を征服しようとする「人間中心主義」、目的達成の合理性を追求しようとする「手段主義」。これらに対して、否定的なニュアンスをこめて、次の三つが対置されてきた。曰く、集団への隷属、人間性の尊厳の無視、そして合理性の欠如。このような白黒の明らかな対立の構図が、欧米的近代を支えてきた。」
村上は、『二十一世紀システムの中の時間』をこのように書き始めた。そして、この三つの古典的対立が人間をとりまく三つの関係、(1)人間と人間の関係、(2)人間と自然(人間以外の具体的存在)との関係、(3)人間と時間との関係、それぞれと対応しているとした(表1参照)。
「人間と人間の関係」、「人間と自然との関係」については改めてここでとりあげる必要もないだろうが、「人間と時間との関係」については、村上自身「いささか説明が必要だろう」として続けている。
「いま、人間によって一つの行為がなされたとしよう。その瞬間に行為のすべての意味が成就してしまったとすれば、「時間」という観念を人間の外に、人間と対立して作る必要は生じない。<中略>成就とか極致を示すのに、コンサメーション(consummation)という表現があるが、それを使ってこの種の行為を「コンサマトリーな行為(かりに即自的行為と訳しておく)」と呼ぶことにしよう。この言葉は消費(consumption)と同じ起源であり、事実、フランス語では二つのことを意味するのに同じ一つの言葉 consommation を使っている。<中略>それに対して、あらかじめ目的が与えられており、それを達成する手段として行為がなされるとき、それを「手段的行為」と呼ぶことにしよう。<中略>「人間と時間との関係」においては、手段的行為と即時的行為の二つの型が、時間と人間を対立させるか否かという点で対極的な位置を占める。」
そして、「西欧に出現した産業社会」は、「生産の無限の拡大を志向する社会、したがって手段主義が圧倒的に支配する社会」であって、「外在化され等質化された時間」を、産業文明の基本的性格の一つの現れとして重要視する姿勢を示した。
村上は今回取り上げている論考の中で、このような産業文明の基本的性格を踏まえつつ、技術パラダイムの変遷を概観する(表2参照)。
そして、新しい技術パラダイムと新しい需要の出現、それらを支える社会システムの関係を次のように書く。
「新しいパラダイムが登場すると、独自の新しい問題を発見し解決して巨大な成果をあげ始める。それに刺激されて、応用可能とみられる領域へ新しいモデルが適用されていく。その成果はやがて次第に小さくなってはいくが、あまりにも危険の大きいパラダイム自体の革新に比べて、パラダイム内革新の成果の見通しは確実であり、パラダイムの限界生産力が零に近づくまで、そのような「通常型革新」はたゆみなくつづけられて、社会の全面に行きわたっていく。
<中略>
このように、各々の技術パラダイムが社会の全面に行きわたるまでその展開を止めないものだとすれば、それに対応して、社会的な規模をもつ新しい需要の出現が必要になるだろう。新しい技術パラダイムは新しい需要パターンを必要とする。そして、技術パラダイムがそれに相応しい生産組織を要求し、需要パターンがそれに相応しい社会制度を要求するとすれば、各々の技術パラダイムは、それを支える国内社会のシステムを誘発することになるだろう。」
現GLOCOM所長の公文俊平は、こうした技術パラダイムの変遷をも含めた社会・文明の潮流を村上とともに考察し、より精緻な長期波動理論として示した。これについては、公文の一連の著作をぜひお読みいただきたい。村上と公文は、2000年をはさんだこの時期が、間違いなく「リスクの大きいパラダイム自体の革新」の突破の時期であるという認識と、新しい技術パラダイムに対応する需要パターンとは何か、それを支える社会のシステムはいかにして形成できるか、そうした直面する課題を共有していた。
村上と公文の対話
「二十一世紀の技術パラダイムに対応する大衆消費として何が期待できるか。二十一世紀の成立可能性は、この点にかかっているといっても過言ではない」と指摘した村上は、残念なことにインターネットの爆発的普及を見ずにこの世を去った。1993年7月1日のことであった。その後、公文俊平は一人、村上泰亮との対話を心の中で続けていた。それは、第二次産業革命の成熟と第三次産業革命の突破、そして次の文明の萌芽が同時並行して現れている現在の状況の中で、インターネットを中心にした情報技術の進化と社会の動向を、どのように分析し理解するかという点にあった。
公文は、産業社会を支配してきた個人主義・人間中心主義・手段主義は、当面の間なくなりはしないが、おそらくはそれらを超えて新しい文明へ社会を変革していくことになるであろう「共」の観念が、インターネットによる個と集団のエンパワーメントによって育まれていくであろうと考えた。それは、「二十一世紀の技術パラダイム」=インターネットという形で現れた情報通信革命が、「大衆消費」=グループメディアとしての利用の爆発を得て、新しい文明の萌芽を育てていく社会システムを、困難であっても成立させるという展望を描き、われわれに示してくれたといってよいだろう。
一方、村上にとっても、それは重要なテーマであり、やり残した最大の仕事であった。村上の想い描く情報化――公文曰く「情報化には、スーパー産業化、トランス産業化、およびトランス近代化という、三つの異なる側面が同時に存在している」――の過程は、これまでの産業社会を生きてきた人間たちにとって、たいへん厳しいものになると映っていたのではないだろうか。
村上にとって、二十一世紀の社会(情報化社会)を想い描くことは、近代産業社会を超える「巨大な思考革命」を考察することと同時にあった。村上は、冒頭に挙げた古典的対立を超える思想を準備しなければならない必要性を痛切に感じていた。いまわれわれが必要としている、未来へのつながりを持った過渡期を乗り切るためのプラン、それに向かう姿勢、といってもよい。公文はそれを「共」の観念として描いた。村上はそれを「共約可能性に基づく理解」(『反古典の政治経済学』)の、不断の拡大に求めた。
そうした過程でも、人間社会を鋭く見つめる村上の目には、楽観論を許さない人々の在りようが途切れることなく映っていたに違いない。そうであるからこそ村上は、『産業社会の病理』(1975)と、それに続く『新中間大衆の時代』(1984)を書き上げ、『反古典の政治経済学』(1992)までその基調を一貫させていくのである。そして、現時点の情報化に対しては、今回取り上げている論考の中でも、その手段主義的性格(手段的合理性の限りない追求の姿勢)からわれわれは目をそらしてはならないと、再三の警告を発した。
村上は、産業化は「手段的行為の無限の深化」を一貫した原則としており、「その中心となる『人間性』の尊厳の観念は、ユダヤ=キリスト教的な神の公理の系であった」と指摘する。そして次のように書く。
「神が立ち去ったと言える現在、人間の尊厳は、無限に発展する技術の成果で証明する以外になくなってしまっている。技術の無限の驀進をさえぎろうとすれば、西欧的な意味での「人間性」の観念を断念しなければならない。しかし、そのような巨大な思考革命は、欧米においてはもちろんのこと、欧米に追いすがろうとするそれ以外の国々においても準備されていないようにみえる。そうだとすれば、技術の際限ない発展、手段的合理性のかぎりない深化、つまり、等質化された時間の一層の節約はつづかざるをえないだろう。冒頭にあげた三つの古典的対立(個人主義、人間中心主義、手段主義)の構図はたしかに混乱し始めているが、そのような産業化の論理、いやむしろ「超産業化」と呼ばれるべき論理は、未だに前進を続けている。これが、私の基本的な認識である。」(カッコ内は西山による注)
このように村上は、「二十一世紀の技術パラダイムに対応する大衆消費」とは何か、それを見出すことが今後の社会を安定させる鍵となることを示しながらも、等質化された時間の一層の節約が進む産業社会を生き、新しい時代を切り開く困難さを思った。そこには、村上にとって、最後まで拭いきることのできなかった人間に対する疑念、「人間は本質的に『生産的』な種であり、人間の思考構造は動かしがたく『手段主義的』ではないかという疑念」があったのである。
「超産業化」と「我らをめぐる時間」
「かりに私のようなとらえ方が受け入れられないにしても、現在みられる『より手段的な消費』から『より即時的な消費』への転換に対して、内実を盛り込むことの難しさには、多くの人が同意するだろう」と続けた村上も、そのようなプロセスが、どのように生まれてくるかには言及していない。結局、「二十一世紀の技術パラダイム」に対応する新しい大衆消費は、人々の即自的要求を満たすものでなければならないが、産業社会の均質的な時間観念にとらわれている限りそれを見出せず、ついに社会の安定は得られないのではないかという思いが湧く。技術パラダイムの大きな変化は、新しい社会への突破を創り出す作用であると同時に、従来の社会を支えてきた観念、現時点の市場や組織にとらわれた商品化を加速するという側面を持つだろう。従来型の社会・組織は古い需要パターンに最適化されており、そのままでは新しい大衆消費を発見し形成することはできない。その意味では、現在進行中の情報化は、古い産業社会の持つシステムの矛盾を一層拡大する作用を持ち、社会はさらなる混乱へ向かうか、それとも新しい安定のプロセスを歩み始めるかの、分水嶺を形作っているともいえよう。
いまわれわれは、光と無線による広帯域なネットワークを実現する技術を、つまりは二十一世紀の技術パラダイムの萌芽を目のあたりにしている。しかし、そうした新しい技術に対応する需要パターンを、企業や行政のみならず、社会全体として描けずにいる原因がここにある。公文が描いた新しい「大衆消費」=グループメディアとしての利用も、社会システムの転換(分権化の潮流や、公文の指摘する「智業」の誕生もその現れの一つ)との、一種の相互作用のプロセスとして進んでいくだろう。村上が「新技術は、社会の単なる活性剤ではなく、むしろ社会の生命力のテストとして働く」(『新中間大衆の時代』第三章戦後経済システムの終焉、第二節変質の諸形態)と書いたのも、まさにこの点にあった。人類が、「超産業化」の論理に貫かれた時間にとらわれない、我らをめぐる豊かな時間性を見出せるか否か、その意味で社会の生命力がいま問われている、といっても過言ではない。
しかし、従来型の組織・社会が持つ時間観念からは、新しい需要パターンを見出せないのだとすれば、それはどこでだれが発見し学習していくのであろうか。前回の『ゆらぎの中の大衆社会』をめぐる旅でも書いたさまざまな「中間的組織」の存在は、ここでも重要な役割を担うことになると考えられる。従来型の企業や行政機構からは一定の距離と相互補完性を保ちつつ、人々の即自的欲求を活動力の源泉とする「中間的組織」は、社会システムの一翼を担いながら、新しい需要パターンの発見と学習のステージを供給する貴重な存在となるに違いない。それは、次の時代を担う人々の先駆け的グループの誕生といえるかもしれない。
『世紀末文明の現象学』へ向けて
それにしても、消費における「時間」の意味、「我らをめぐる時間」をどのようにとらえるか、産業社会の均質的な時間観念を超える「時間」とはどのようなものであるか、これはたいへん悩ましい課題である。それがどのように描けるのか、村上もこの論考の中では歯切れが悪い。実は「時間」についての解釈が村上流の明快さを持って示されたのは、次回取り上げる『世紀末文明の現象学』においてであった。そこでは、新しい文明の担い手を素描する中で、村上はこう解釈する。
「現象学的方法が示唆したように、時間はさまざまの相をもちうる。 <中略> 時間は解釈システムと共にあり、人間の世界解釈と共に時間の相も変わる。近代科学が部分的な世界解釈であるとすれば、科学に伴う均質的時間も時間の一つの相にすぎない。
<中略>
ここまでくれば、生産との対立でとらえられた消費という概念自体が、もはや必要ではない。人間は基本的にさまざまな時間性をもちうるのであり、産業生産的な時間性はそのうちの一つにすぎない、ということだけが残る。したがって、新しい文明の担い手を素描するとすれば、その人間は、さまざまな時間性の間を自由に行き来する人間、さまざまな解釈システムを包む人間として描けることになるだろう。」(『世紀末文明の現象学』より抜粋)
わたしには、ここで村上によって描かれている「新しい文明の担い手としての人間」(さまざまな時間性の間を自由に行き来する人間、さまざまな解釈システムを包む人間)が、公文の示す「智民」と重なり、また、その先に見え隠れしているようにも思える。それは、未来に対する一つの希望に他ならない。しかし、それと同時にわたしには、『ゆらぎの中の大衆社会』で村上も指摘したように、転換期の大衆社会状況の中で新しい文明の担い手を育む困難さが、やはり強く想われてならない。村上は産業化を超えるために必要となる「巨大な思考革命」に言及したが、現在の社会とそれに続く社会に生きる人々が、そのような大きな思想的試練に耐え、新しい多層的な時間の観念を獲得して、それに対応する形に社会システムを変革しうるのであろうか。
こうした疑問に対してわれわれは、楽観的にも悲観的にも大きく振れた回答を用意することが可能である。なぜなら、村上の中でも人間存在に対する疑念がついに去らなかったように、思考し行動する人間についての知識、それをとらえ描く方法を、人類は未だ充分には持っていないようだからである。
次回『世紀末文明の現象学』をたどる旅は、村上の「世界解釈の方法」についての考察と、新しい文明の担い手をどのような姿で描いたのか、これらをたどる旅としたい。