小泉政権の外交・安全保障政策課題
森本敏(拓殖大学国際開発学部教授)
日本は今、あらゆる分野において改革の断行が求められており、日本が今後、豊かで安定した新生国家を建設し、国民生活を一層、成長・発展させることができるかどうかはこの改革断行の成否にかかっていると言っても過言ではない。小泉政権に対する国民の高い支持率も、その背景に同政権がそのために改革断行を推進しようとしていることへの国民の強い期待感がある。しかし、そうであればこそ、この改革は聖域なき改革でなければならず、また、その改革は、政治・経済・社会の各分野のみならず、外交・安全保障・防衛の分野を含む広範な内容を含むものでなければならない。
一方、国際社会を見ると金融、情報など各分野においてグローバル化が一層進み、それに伴って多国間協力や地域協力が進展しているが、国際社会はグローバル化がもたらす陰の部分にも苦しんでおり、こうした多国間協力主義と国益重視主義をどのようにして調和するかという重大な問題に直面している。
日本を取り巻く東アジア情勢を見ると、中国の将来動向は不透明であるが、中国の地位と影響力はますます増大してきており、さらに、米・中・ロの主要国関係や朝鮮半島における南北関係の発展などが東アジア情勢に重大な影響を与えつつある。
冷戦後世界で今までになく国際社会やアジア・太平洋の動向に大きな影響を持つに至った米国では2001年初頭にブッシュ政権が誕生したところ、同政権はまず、国家戦略・国防戦略を構築してその枠内において個々の地域政策や個別政策を進めつつ、従来よりも一層国益を重視する政策アプローチを取ろうとしている。
ブッシュ政権のアジア・太平洋政策は東アジア情勢を動かす主要な要素であり、対中戦略と同盟戦略を軸としてアジアを重視するブッシュ政権がミサイル防衛を目的とした新安全保障体制を同盟国、友好国の協力を得て構築しようとしていることは注目される。
このような状況のもとで東アジアの将来を展望すると、日本としては日米同盟を一層、強化・拡充していくことが東アジアのみならず、日本の繁栄と安定にとって重要であることは明白である。小泉政権に対する米国の期待も日本がこうしたアジア・太平洋政策をすすめる米国との同盟関係を強化し、アジア・太平洋のみならず国際社会全体の平和と安定のために日米協力をすすめようとして具体的な努力を行う点にある。アーミテージ・レポートなど近年、米国から出された各種レポートは同盟国日本に対するこうした米国の幅広い期待を示したものに他ならない。
小泉首相は既に、政権誕生以来、集団的自衛権問題に対して前向きに対応することや、ミサイル防衛問題に関して研究や検討を行う旨を強調しており、日米同盟を強化するために、従来よりも積極的な態度を示していることは評価できる。今後はこうした方針を具体的な政策や立法措置の中で実現していく事が不可欠であるが、それは容易なことではなく、首相を中心とする強力な政治的リーダーシップを必要とする。そして、こうした方針を実現することがすなわち外交・安全保障・防衛面における改革の断行に他ならない。
他方、こうした外交・安全保障面での諸政策を企画・立案し、必要に応じて外交交渉を行い、政策面で実現する責任を有する外務省が組織・機構として十分に機能しておらず、日米両国間でも十分な政策対話が行われていないことは日米同盟全体の円滑な運営にとっても重大問題であり、深刻な懸念を表明せざるを得ない。日本として日米同盟を強化し、かつ、先進民主主義諸国との協調と協力を進めるためには、できるだけ早期に外交・安全保障当局の諸機能を回復してなければならない。このような状況下で、当面する非常事態を回避するため政府の外交・安全保障政策面での企画・立案に関して首相を補佐するための外交・安保政策諮問会議を設置することも検討すべきである。
いずれにせよ小泉首相の強力な政治的リーダーシップによって当面する日米同盟問題を抜本的に解決していくことが日本の繁栄と安定にとって重要である。こうした観点から当面、日米同盟を強化・拡充する為に、小泉首相として取り組むべき最重要課題は以下の諸点であり、この諸問題を解決するという形で外交・安全保障・防衛分野における改革を断行するべきである。
1. 対中戦略の構築と日米戦略対話
ブッシュ政権が新たな側面から対中国政策を立案してアジア重視の戦略をすすめるときに、このブッシュ政権と建設的な日米関係を構築していくためには、日本として、まず、長期的な立場に立って明確な対中戦略を構築した上で日米間の戦略対話を進めなければならない。日本は当面、中国との間で台湾問題、靖国参拝問題、歴史教科書問題、セーフガード問題など広範な問題を抱えている。その際、日本は米国のアジア国防戦略に基づく同盟協力を強化すると共に、他のアジア・太平洋諸国との関係を緊密にして多国間協力をすすめつつ、対中戦略を進展させていくことが重要である。
2. ミサイル防衛に関する新安全保障体制への積極的な対応
ミサイル防衛に関するブッシュ政権の新安全保障体制構想は、2国間同盟の性格、核抑止理論と核軍備管理のありかた、地域安全保障協力の方向など広範な安全保障概念と実態を変質しかねない問題を含んでおり国際社会の平和と安定にとって極めて重要な提案である。日本としてはこの構想に同盟国として積極的な参加を約束しつつ、この構想が具現化するプロセスに参画して日米同盟と日本の安全保障上の国益を追求すべきである。即ち、こうした新安全保障体制構想が実現すれば、その体制は従来のミサイル防衛を超えた性格を持つ可能性を排除されない。日本としてはそのシステムの中で国家の安全保障を追及せざるをえないことを念頭に入れて日米間で緊密な戦略対話を行ないつつ、ブッシュ構想に対して同盟国としての協力をすすめ、同時に、ミサイル軍備管理の方策を検討していくことが重要である。
3. 集団的自衛権問題への建設的な取り組み
日米同盟は基本的には米国による抑止機能に大きく依存した片務的性格を有しており、しばしば、米国から日米同盟の持つ不平等性について不満が表明されたこともある。しかし、この不平等性を補うために日本は政治・経済面での協力、米国兵器購入、基地問題の解決、在日米軍の経費分担、日米防衛協力などの努力をしてきた。しかるに、近年、東アジアにおける情勢変化や日本の地位・役割向上に伴い、日本が同盟国としてさらに一層の協力・貢献を行なうべきだとの意見が強くなりつつあり、この問題は結局、集団的自衛権問題に集約される。日本としても今後のアジア情勢を考慮すれば、日米同盟の実質的な協力関係を強化することは国家の安全にとり不可欠であるが、集団的自衛権問題を解決することが必要となる。他方、この問題は憲法解釈の変更によって解決すべきではなく憲法問題に正面から取り組む必要があるが、そうなると政治的な問題に発展するばかりか長期間にわたる可能性があり容易なことではない。従って、まず、行なうべき課題はむしろ、従来、武力行使の一体化問題として制約されてきた領域外における米軍への後方支援活動を可能とする法的枠組みを構築することである。そのためには、こうした諸活動を可能とするような国家安全保障基本法を議員立法で提出し、国会決議を付帯して成立させることが必要であり、その前に、日米間で内容につき十分な協議を行なうことが不可欠であろう。
●この論文の英語によるオリジナル版は「国際情報発信プラットフォーム/http://www.glocom.org」に掲載されております。