ネットワークコミュニティと社会変革
「志」によるボランタリーネットワークが日本を変える。
鈴木寛(参議院議員/GLOCOM客員研究員)
佐々木孝明(東京財団研究員/GLOCOMフェロー)
山内康英(GLOCOM主幹研究員)
山内 GLOCOMでは現在、「情報社会学」に関する構想を進めており、1〜2年中には学会という形までもっていきたいと思っています。村井純先生(慶應義塾大学環境情報学部教授)から話がありまして、慶大のSFC(湘南藤沢キャンパス)では、かねてから「情報社会学」を構想していたのですが、村井先生とGLOCOMの公文俊平所長が意気投合しまして、共同研究の準備をしているところです。
さて、産業社会から情報社会に移りつつあるなかで、社会全体がさまざまな問題にぶつかっています。「情報社会学」は、情報社会への移行という局面から、例えば経済を見る、政治を見る、社会インフラを見る、そういう意味でのトランスディシプリナリーな学問になるのではないかと思います。
この『智場』では、前のシリーズで、林紘一郎先生が法律の分野で情報社会の問題を扱っていました。今回から、政治に関するシリーズを始めたいと思います。鈴木先生には、昨年の「GLOCOMフォーラム」で、ネティズンの政治化をテーマにした分科会に出ていただきまして、その時には、まさか1年後に政治の世界に入るとは思いもよらなかったのですが(笑)、考えてみれば、まさしくネティズンが政治化することによって、政治空間に参入しはじめたということではないかと思います。そういう意味では、まず第1号として、政治の世界に実際に土足で上がりこんだ鈴木先生に話をお聞きする良いタイミングだろうと思い、今回のゲストをお願いしました。
鈴木 僕も、情報社会論をSFCで担当していましたし、情報社会学会の立ち上げには、ボランタリーに頑張っていきたいと思っています。
米国同時多発テロが暗示するもの
山内 情報社会という観点から政治の分野について、いろいろお伺いしたいのですが、一つは、昨年の「GLOCOMフォーラム」で、鈴木先生が「従来型の国家によるガバナンスにはかなり限界がきている」というお話をされていましたが…。
鈴木 僕は、実は昨日、あるところで情報社会学者として講演したのですが、ビンラディンらテロリストによる米国での同時多発テロは、まさに近代国民国家システムの揺らぎを意味していると思います。
佐々木 それは、これまでの戦争形態が国家主体対国家主体であったものが、国家対非国家主体という形も含めて、脅威の中身や主体が多元化・複雑化してきたということでしょうか。
鈴木 そうです。2001年9月11日というのは、のちに歴史学者が振り返ったときに、分水嶺になると思います。もちろん、産業社会から情報社会へは徐々に移行しているのですが、どこで逆転が起こったかということを、のちに検証するということになったときに、2001年9月11日というのは、一つのターニングポイントとして位置づけられると思います。要するに、49対51が51対49に変わったところだという気がするのです。
こういう形で出てくるとは思ってもいなかったのですが、近代国民国家システムのガバナンスというものが、インターネットの登場によるメディアのパーソナライゼーションの結果として、中央政府がピア・ツー・ピアのコミュニケーションをモニタリングできなくなる。すべてをモニタリングすることは技術的にも不可能だし、そのための莫大なコストを民主主義国家が税金で負担することに国民は納得しない。中央集権国家がすべてをモニターすることがいかに大変でコストがかかることかは、旧ソ連の崩壊の頃からわかり始めていたのですが、そのことにインターネットという新しいメディアの登場が拍車をかけて、それによって中央集権システムが崩壊していく。そして自律分散協調システムにとって代わられています。
要するに、中央集権システムに対して自律分散協調型のネットワーク・コミュニティが優位になる。近代国民国家システムのエッセンスである、市場システムと安全保障システムの象徴である世界貿易センターとペンタゴンが、ものの見事にやられてしまったということです。第一次中東戦争が起こったときから、イスラム原理主義やパレスチナの中には、ニューヨークとワシントンD.C.の中枢を叩きたいという意志はあったと思います。しかし、この50年間は、意志はあっても実行は不可能だったわけですが、それが可能になってしまったということです。
それは、まさに、佐々木さんがおっしゃったように国と国というのではなく、国という仕組みに対して、ネットワーク・パワーという仕組みが勝ってしまったということです。非常に皮肉なことに、ペンタゴンが開発したARPANET、つまりインターネットテクノロジーが、それを加速しているということです。歴史の皮肉です。報復は失敗すると思います。アフガンだけを攻撃しても、ドイツをはじめ数十カ国くらいでネットワークされた組織があるわけで、それらすべての国を爆撃するということはできないでしょう。
佐々木 近代国民国家システムというのは、主権国家対主権国家のシステムで、そこには主権と主権がかかわるものとして軍事や安全保障というものがあって、また国家という主権内の治安・安全のために警察機能があります。今回のテロの場合、国家という主権が介在していたのかが今のところ非常に不透明です。主権が脅かされたことに対する報復措置として軍が出動する場合、対外的には明確な主権が相手側にないといけないわけですが、今回は主権が不透明なために軍がただちに出動できない。出動する場合は主権の関与が明確になってからという形になっているわけですね。
鈴木 そうです。個の侵略なのか、国によるものなのかということですが、国でないことは明らかで、また個でもないことも明らかです。自立した個のネットワークです。それは何によってつながっているのかというと、志とか価値観といったものです。近代国民国家システムにおいては、とくに日本はそうなのですが、利益共同体、要するに「アメとムチ共同体」によって社会がオーガナイズされているわけです。今回の場合、アメとムチの共同体ではありません。アメとムチで考えれば、自爆した実行犯の存在を説明できません。ある種の志によるボランタリーネットワークです。しかし、その志がとんでもなく間違っていた。
近代国民国家のシステム原理というのは、アメとムチによる社会構成員の誘導ないし強制であるわけですが、僕は以前から、情報社会になった場合は、「アメとムチに基づく利得行動」から「学習による社会構成員の自発行動」になると考えていました。つまり、利己的行動から自発的行動になるということです。自発的行動というのが、プラスに働けばボランタリーなガバナンスが確立し、マイナスに働けば今回のようなことになります。いずれにしても、近代というのは利己主義を基盤にして、人々の利己をくすぐるアメの集大成としての市場システムと、ムチの集大成としての権力構造システムがある。公文先生がおっしゃっている株式会社市場というのが一方の主役であり、まさに富の力ですね。それともう一つは武力、威のゲーム=国民軍ということですね、それが壊れていくということは、まさにこういうことだったのかと。これに対してわれわれの目指すのは、学習によって自発というものを促して、そのボランタリーネットワークによって新しいガバナンスを確立していこうという考え方です。
ソーシャルプロデューサーとして政治を実践
山内 それはとても面白いですね。鈴木さんは、選挙の最中に事務所で市民の皆さんとゼミを開いていました。あれは前代未聞だと思います。今度の選挙で、そういうボランタリーなやり方を徹底したのですか。
鈴木 徹底しました。どこまでやせ我慢できるのかという、チャレンジでした。僕は、やはり2001年が分水嶺になると勝負をかけたわけです。誰かが切り拓かないとね。つまり、「アメとムチ・パラダイム」は20世紀で終わるんだと。これは実は、灘高校の2年生に諭されたのです。(笑)
山内 それは、灘高で教えていたときにですか。
鈴木 そうです。デリバティブデモクラシー(熟議の民主主義)について教えていたのですが、あるとき灘高生が来て、「ぜひアメとムチによる社会を終わらせてほしい」と言ったんです。すごいなと思いました。それにこんなこともありました。僕は大学で、政・官・業のアメとムチ構造の本質と問題点というものを「政策立案論」という講義でレクチャーしていましたし、『中央省庁の政策形成過程』という本まで出版していました。あるとき、講義が終わって、ある学生から「なんで、そんなおかしいことが10年も続いているんだ」と言われました。「おっしゃる通りだ」と思ったんです。
僕は、鈴木寛(ひろし)と鈴木康策とすずきかん3つの名前を持っているのですが、知的傍観者になりかけていた「鈴木ひろし」は、「おれは、いつの間に知的傍観者になってしまったのか」と反省したわけです。僕は、アカデミズムの世界でエクセレントになれる資質もありませんし、僕のコア・コンピュタンスは、ソーシャルプロデューサーとしての鈴木康策ですから(笑)、「批評家のように、ただおもしろおかしくオブザベーションだけしているのはいかん」と思ったのです。
山内 鈴木康策は、ソーシャルプロデューサーですか。
鈴木 そうです(笑)。政治家としては「すずきかん」。すずきかんは生まれたばかり、これから頑張ります。全人格を統合した人間としては「鈴木寛」です。まあ、ゲイリー・オールドマン扮する麻薬捜査官みたいなものですね*1。
官僚による改革を可能にしていた行政のダブルスタンダード
佐々木 行政の中で変えることと、政治の世界から変えることとはどのように違うのでしょうか。鈴木さんは、行政の世界の中にいてはできないと判断されたのでしょうか。
鈴木 僕は、行政の世界の中で13年間、体制内改革について相当頑張ってきたつもりです。少なくとも3回くらいは、真剣に日本改革にチャレンジしました。日本の行政は、以前はダブルスタンダードだったわけです。定義上は、通産省組織設置法があって、通産省の仕事が割り当てられていて、そこで例えば電子政策課だったら日本の電子政策について、そこに責任と義務が生じます。しかし、いい意味でのダブルスタンダードというのは、電子政策課にいながら、本来、内閣官房の仕事なのかもしれませんが、霞ヶ関や日本のリエンジニアリングという仕事に、ある種のエネルギーを割くことが容認されていたわけです。少なくとも、橋本内閣までは容認されていたと思います。
山内 それは通産省としてですか。
鈴木 鈴木寛としてです。僕のようなタイプの人間が、通産省に10人くらいいることはよくご存知だと思いますが、霞ヶ関の役人が天下国家を論じ、天下国家を改革することについて、社会も許容し、永田町も許容していた時代があったということです。ピーク時は1990年頃です。
しかし、結局、1993年以後の世の中の流れというのは、ダブルスタンダードを解消しようということで、国会答弁の原則禁止や政務官制度の導入など、小沢一郎先生が仕掛けてきたのはそういうことです。要するに、官僚の役割に関して慣習法と成文法というダブルスタンダードがあって、われわれはそれをうまく使い分けてきたわけですが、それを「すべて成文法一本でいこう」というようになってきたわけです。僕は、それはいいことだと思います。情報公開というのはそういうことです。きちんと成文法行政をやろうということです。となると、法律に明示的に書かれていることしかやらない一役人にならざるを得ないわけです。一役人というのは米国型の公務員です。
山内 私に言わせれば、それが近代官僚ですけどね。家産官僚から近代官僚へ、ですよ。
鈴木 そうそう。ですから、僕は、小沢一郎先生の、役人の役割についてのダブルスタンダード状態を解消して成文法化するという、まさに近代化のイニシアティブを120%支持します。
山内 そうすると、ダブルスタンダードで動いていた自分は何かと考えたわけですか。
鈴木 ダブルスタンダードの時代には、霞ヶ関の一員を占めることは自分なりに意味のあることでした。僕がやりたいことは日本国の再編ですから。1986年に、僕が人生の選択肢を選ぶときに、日本国の再編をやろうと思って、もっともそれができる場所といえば、霞ヶ関だったのです。1993、94年くらいまではそうでした。1993年から1998年頃までは、役人の仕事が成文法により近づいていく局面です。僕がやりたかったのは慣習法上の官僚で、成文法上の官僚ではありませんでした。であれば辞めるしかない。そして慶應義塾大学に移った。1993年以降の通産官僚の大量退職現象というのは、まさにダブルスタンダードがシングルスタンダードになる過程の中で起きたことです。
佐々木 まずある機能(ファンクション)や役割が与えられて、その中で作用させていこうというのが成文法の考えだとすると、本来ファンクション自体を割り振っていく組織というのは、成文法上は永田町です。しかし、いままでは、霞ヶ関でみずから機能をつくり出して、それをみずからに割り振って、それに従って動いていた。このダブルスタンダードをすっきりさせて、霞ヶ関は与えられた機能・役割のもとで中立的に働けと。ファンクション自体を割り振って決めていくのは永田町だということになったわけですね。
鈴木 そうです。憲法には、国会が国権の最高機関であると書いてあるんですから。
山内 ということは、明治政府がここへきて、初めて本当の意味で近代化されたというわけですか。
鈴木 そうです。では、成文法的解釈によって、その現行の状態を見てみると、つまり国権の最高機関を担う意志と能力のある人材が、本当に国会議員になっているのかどうかを検証してみましたが、答えはNoでした(笑)。さらに言うと、知事については、橋本大二郎(高知県)以降、北川正恭(三重県)とか、浅野史郎(宮城県)とか、最近で言えば、田中康夫(長野県)とか、そういう人たちが登場したことによって、その現象は先行して進んでいたと思います。ですから、1993年から1998年はその移行期だったのです。では、それが永田町にも及ぶタイミングというのはどこなのか。
山内 ということは、一方では、霞ヶ関をオーバーライドする永田町の機能強化が一方であり、他方では地方からも同じ動きがあがってきて、ちょうどクロスしたのが…
鈴木 ちょうどクロスしたのが、2001年ではないかと思います。少し、永田町が遅れているかも…。
山内 それがまさしく、近代化と産業化の推移における情報化と機を一にしているわけですね。
選挙から見た情報社会と産業社会の地域差
鈴木 公文先生、山内先生をはじめ、情報社会論をこの2年間、相当勉強させてもらったということが、自分の歴史的なフェーズ判断というか局面の判断に、とても役立っていますね。
山内 公文理論をつきつめると局面分析、情勢分析なんです。
鈴木 そうですね。僕の読みが当たったのか外れたのか、早すぎたのか遅すぎたのかということは、のちに時代が判定してくれるでしょうが、同じように考えた人間が、京都の松井孝治、名古屋の大塚耕平、東京の鈴木寛と3人いたということです。政策形成に関しては、新しいやり方で、選挙後の永田町、霞ヶ関でやっていく自信は、それなりにありました。しかし、政治というのは、選挙キャンペーンと政策形成(ポリシーメイキング)の両方がありますから、キャンペーンの方で新しいやり方が通じるかどうかはわかりませんでした。これが不安でした。(笑)
山内 野党で最大得票でした。
鈴木 そうです。僕は、情報社会学者として、僕の新しいアプローチがうまくいけば、局面が展開しつつあることを証明できるし、このアプローチが失敗した場合には、社会リーダー層においての局面展開はすでに始まっているが、マスレベルにおける局面展開には若干のタイムラグがあるということですから、負けたら負けたでそういう論文を書いて、『GLOCOM Review』に出して、GLOCOMの助教授にしてもらおうと思っていたわけです。(笑)
山内 席を空けて待っていました。(笑)
鈴木 それが成功したのはどういうことなのかということですが、まず、マス(有権者)とプロといわれる人たちの間にはタイムラグはありませんでした。むしろ、少なくとも東京について言えば、マスのほうが先行しています。ただ、これがまた面白いのですが、京都、名古屋、東京で地域差がわかるわけです。京都は、従来の利益共同体型選挙の中で、キャンペーンにおいては、かなり民主党は苦しみました。
佐々木 そうですね。京都というのは歴史的に折り重なった古い層や固い層があり、そこを突破していくのは、非常に難しかったでしょうね。
鈴木 難しいですね。産業社会型キャンペーンをせざるを得ない。名古屋になると、これが五分五分になってきます。
山内 それは、当選確実が出た時間でわかるわけですか。
鈴木 例えば、神戸市は東京並みだろうけれども、兵庫県全体は、絶対に産業型選挙だろうとわかっていました。でも、メトロポリタン東京の、2001年のフェーズがどうだということは試してみたかったわけです。誰も試そうとしませんから。僕は、基本的に実践経験主義ですからね。
国政の内部観察者としての戦略
山内 ということは、一種の社会実験だったわけですか。
鈴木 まさに、日本改革に向けての社会実験です。要するに、内部観察者というポジションが僕のコンピュタンスですから。外部観察能力においては、山内先生をはじめ、もっと優秀な学者がたくさんいらっしゃるので。僕のアカデミックパースペクティブの強みは、潜入して潜伏して内部観察するということにあるわけです。しかし、この複雑系のパラダイムの中では、内部観察者は重要だと思います。少なくとも、一人はいないといけないと思います。
山内 中に入らないと、実験が変わってしまいますからね。
佐々木 永田町の中の内部観察者でありながら、それを永田町の外にいる人たちに伝えることを通じて、内と外のインタラクティブな関係を活性化していくという役割を担っていこうともされているのでしょうか。
鈴木 もちろんそうです。僕は、外部に志を同じくする人、ネティズンの皆さんと共通言語は持ち合わせているつもりです。僕が断片情報でも出していけば、それを整理統合してくれるパートナーはいます。
山内 今度は内部言語ですね。どういう方法論をとるのですか。
鈴木 そこは13年の経験がありますから、永田町の内部言語はわかります。ただ、選挙キャンペーンについての内部言語というのがありますから、その点の学習は必要でしたが、結果は、情報社会論言語でいいことが証明されました。少なくとも東京選挙区で、しかも参議院議員の東京選挙区でやっている限りは、情報社会パラダイムのキャンペーンでいけるということです。
山内 あと6年間ありますから大丈夫ですよ。
鈴木 6年後の2007年には、絶対に情報社会パラダイムだろうということは確信があったわけです。ただ、2001年がどうなのか、2004年がどうなのかということは非常に関心がありました。
佐々木 先ほど、情報社会の進み具合には地域差があると言われましたが、それぞれ地域差のあるなかから選ばれてきた人たちが中央に集まってきているわけですね。そうすると永田町には、当然温度差というか密度の差のようなものがあって、その中で内部観察者として動くためには、それなりの戦略というか、「Civil War」というか、中での戦いがあるはずだと思うのですね。その戦略というのは何かお持ちですか?
鈴木 2年間潜伏します。つまり、中の「Civil War」の観察に努め、ビスの1本に至るまで、とにかく徹底的に綿密にオブザベーションします。すでにこの2カ月で、かなりのオブザベーションが進みつつあって、なるほどと思っています。僕は、自民党側の構造はビスの1本まで頭に入っていますが、この革命を成功させるためには、自民党をオーバーライドする勢力を、その内外につくらなければならないということです。
例えば、薩摩は最初は公武合体論でしたが、長州と組むという大きな方針変更の判断をしなければならなかった。その歴史的局面で、舵取りをどうするかということです。そこでは、なぜ薩摩となるべき民主党がまだ弱いのか、ということを理解することが重要です。なぜ、こういう構造になっているのかと。
山内 自民党をオーバーライドする勢力を内外につくるというのは、昨年のGLOCOMフォーラムで少し触れた「むかで競争モデル」、つまり利害関係者のネットワークをつなぎあわせていくということでしょうか。
鈴木 利害関係者ではなく、志ネットワークです。
山内 それは共鳴ですか。
鈴木 共鳴と共感でしょう。
佐々木 社会と政治との接点の取り方が重要になってくると思うのですが、最初におっしゃられたメディアのパーソナライゼーション、個人化していく、あるいは粒子化していくという状況のなかで、一種の洗脳があったときに、洗脳集団、細分化されたコミュニティ空間ができるわけですね。そういう人たちは既存の政治空間と隔絶したところで、政治的コミュニケーションを新たに行っていく可能性があります。それを考えた場合、社会と政治の接点の取り方は、これから難しくなっていくのではないでしょうか。
ネットワークコミュニティで社会を再編成する
鈴木 この2年間でやりたいことを、先にお話したほうがわかりやすいと思います。東京という地区に限って、僕はある種のオーガナイゼーションをやりたいと思っています。幸いなことに、東京は利益共同体としてのコミュニティの崩壊はすでに終わっているので、それがやりやすい。地方の場合は、壊すというプロセスが必要ですから。東京はすでにアトム化、粒子化している。それをリネッティング、リオーガナイジングしましょうということです。
僕は、永田町ではおとなしくしています。ただ、区政レベルとか都政レベルでは、相当に頑張ります。もう少し言えば、中学校区単位、小学校区単位での学習共同体というものをつくろうと考えています。中学校区単位くらいで、ある関心のコミュニティ、例えば教育というテーマコミュニティや、地域コミュニティをつくり、それらのマトリクスをつくっていく。東京都内に、最後は日本中にですが、縦軸のテーマコミュニティと横軸の地域コミュニティのマトリクスを張り巡らすというようなイメージです。
山内 それがリオーガナイジングですか。
鈴木 リオーガナイジングであり、リネッティングです。アメとムチ共同体のヒエラルキー的な社会構造から、テーマコミュニティと地域コミュニティ、水平ネットワーク型、メッシュ型のコミュニティ構造、まさにネットワークコミュニティですね、そういう仕組みに社会構造を変えよう。まず東京で、モデルをつくってしまおうと。では、地域とテーマとの両方の接点はどこかというと、いまのところ学校教育ではないか。幸いファシリティはあります。
山内 そこを中心として、地域情報化が起こっていくということですか。
鈴木 まずは学校教育によって、テーマ&地域コミュニティを再編する。そして、コミュニティができたら、教育に次ぐテーマ、例えば育児や介護、環境というような、まさに社会問題に対するソリューションをこのコミュニティできちっとつくりあげる。テーマ&地域コミュニティのモデルケースを、どこでもいいからつくりあげるのです。実験フィールドとしては、杉並区があります。今度は、他の地域でもやっていきたい。それには、地区のコミュニティリーダーが要るんです。
山内 それは、一種のセーフティネットになるわけですか。
鈴木 セーフティネットでもあるけれども、もっと積極的です。セーフティネットというと、何か失敗したときのネットですが、むしろ失敗しないための事前の準備、インキュベーションのほうが近いかもしれません。今回、僕がいちばんありがたかったのは、民主党と「東京・生活者ネットワーク」の区議、市議と仲良くなれたことです。両方で区議、市議が200人を超えます。こうした区議、市議がコミュニティリーダーとして、十二分に活躍できると思います。東京都内には1,000を超える学校区があり、そのうちの600校区くらいが変わっていけば、東京の革命は起こせると思います。
山内 それは、また大きな実験ですね。
鈴木 これを年間100人ずつ、職業は区議でも市議でも、JC(青年会議所)のメンバーでも、学者、サラリーマンでもいいわけです。そのことにかなりのエネルギーを割ける人であれば、職業は何でもいいんですが、とにかくそういうコミュニティリーダー、ソーシャルプロデューサー養成スクールをつくることと、そのソーシャルプロデューサーたちのネットワークをつくることがポイントだと思っています。
山内 人間のネットワークは当然、ミドルウェアを含めた物理的な地域情報基盤によって、支えられなければならないわけですね。
鈴木 もちろんそうです。ですから、もう少し正確に言えば、地域コミュニケーション・プラットフォームと言ったほうがいいかもしれません。
山内 その通りですね。その上でいろいろな結びつきが出てくるわけですね。
鈴木 そうです。
山内 それを東京で、とりあえず600つくるわけですか。
鈴木 東京で600できれば、つまり東京で成功すれば、そのモデルはただちに全国展開できますから。東京で600できた瞬間に、たぶんその1、2年後くらいに、日本は情報社会的ガバナンスによる国に変わっているでしょう。
改革の先導役となる情報奇兵隊
山内 鈴木さんは、日本の政治過程のヒエラルキーのトップレベルまで来たけれども、これからは草の根をやろうというわけですか。
鈴木 そうです。
佐々木 「Civil War」にあたっての2年間の潜伏と言われたのは、そういう意味ですか。
鈴木 そうです。
佐々木 最初に本丸を正面から攻めるのではなく、まず奇兵隊を組織したうえで、ということですね。
鈴木 僕は、情報奇兵隊と言っています。潜伏して、情報奇兵隊で、市や区よりももっと小さい学校区単位のメッシュをつくる。それが「Civil War」に向けての…
山内 軍隊になるのですか。
鈴木 露骨に言えばそういうことですが、ソーシャルプロデューサーとかコミュニティリーダー、小学校区単位とか中学校区単位ということが大事です。2年後の統一地方選で、新たな情報社会的パラダイムを理解し、かつ実際にそういうことができるコミュニティリーダーを何人輩出できるのか。
山内 それは、われわれの都知事とは話がついているのですか。
鈴木 これからでしょう。いずれにせよ、そういう勢力をオーガナイズしておくことが大事でしょう。
佐々木 その場合、いままで産業文明時代においては、マスの分け方として、労働者的な利害と資本家的な利害という二つの大きなかたまりがあって、それらが中央の政党に集約されて、そのぶつかり合いという形をとっていたと思うのですが、個人化・粒子化する利害関係の中で、地域コミュニティ内のさまざまな利害の網目を編集して、オーガナイズして、しかも中央レベルにうまくつなぐということが、これから課題になってくると思うのですが、その点については楽観的にみていますか。
鈴木 楽観的ではありませんが、急いでやることでもありません。ただ、結局は、ものすごくシンプルで、投票型民主主義を前提にした場合、要は人が何で判断するのかということだけですから。いろいろ複雑な要素はありますが、機能分化し、要素を細かくブレークダウンしたうえで、それを総合評価するといった、合理的な、いかにも米国の学者がイメージしているような投票行動を、日本人はとらないですね。逆に言うと、米国型民主主義に子どもの頃から洗脳された米国人だから、理性的というか合理的な政治判断をするわけです。近代化は、そのような鋳型に有権者を入れようとしたのかもしれませんが。
近代的パラダイムの終焉後には…
山内 最後に、米国の話に戻りますが、今度のテロを受けて、ブッシュ大統領が「犠牲者の方々のご冥福をお祈りします」といった言葉のあとに、「God bless America」と言ったんです。この言葉は二つの意味で、非常に重要だと思います。つまり、米国という国は非常に近代的ではありますが、その根底にはプロテスタント以来の宗教的なコアがあるんですね。
鈴木 近代というのは、プロテスタンティズムでしょう。
山内 それは、国をつくろうという志です。
鈴木 国をつくろうという志ですが、「God」という他者が人をオーガナイズするというパラダイムなんです。
山内 そのパラダイムを真似ることで、つまり、最初に憲章というものをつくって、その憲章に参加するという志を同じくするものが、米国という国民国家をつくったわけで、日本とは違います。
鈴木 「テニスコートの誓い」も同じことです。近代化というのは、キリスト教的パラダイムを、もっと言えば、プロテスタンティズムを洗練させて、そこにまさにチャーターというか、契約を入れたものです。近代化というのは契約概念の普遍化です。契約概念とは、契約によって義務を設定し、それを犯すとguiltyとなり、雲の上にいる超越者がそれに制裁を加えるというモデルです。ですから、近代化の終焉とは、プロテスタンティズムによる国づくりの終焉とも言えると思います。
山内 鈴木さんがやろうとしている志というのは、それを真似ているわけではないのですか。
鈴木 全然違います。一言で言うと、自己組織化であって、超越者による他者組織化ではありませんから。
山内 それができるかどうか。
鈴木 志は、一人ひとりの心の中に潜んでいるわけです。少なくとも、自分たちの中に潜んでいるのです。
山内 それは、おおいに議論の余地がありますね。
佐々木 超越者がない場合、日本的な「空気」というのは時に危険です。
鈴木 合掌する手の中に仏様が潜んでいるというのが、日本的、アジア的宗教観です。ただ、イスラムもプロテスタントも、偶像ではなく、その文字情報の中に、つまりコーランや聖書という情報の中に神が潜んでいるから、そこのところは情報社会論的なのです。しかし、わが日本神道は、もっと情報社会論的であるといえます。「天照大神」と紙に書いてパッパッと御払いすれば、ここに神がいるということになります。自律分散協調型、例えば日本中に2万5,000もの熊野神社があり、どれも神聖な御神体なわけです。
山内 草にも石にも、一つずつに神様がいるということですね。
鈴木 いると思った瞬間にいるわけです。ですから、存在論ではなく完全な認識論なんです、日本、アジアは。情報社会論というのは、存在論から認識論へのパラダイム転換なんです。社会は所詮、存在と認識の併存なんですが、どちらが優位かということを議論しているにすぎないのであって、僕は、産業社会的世界は、未来永劫なくならないと思います。
山内 そこまで行っているなら、鈴木さん、徹底していますね。それから、私が二つめに重要だと思ったのは、「God bless you」という米国の神と、聖戦に人を駆り立てるイスラムの神がぶつかれば、本当に宗教戦争になるということです。
鈴木 宗教戦争だと思います。一神教同士で、まずはつぶし合いをするんです。
山内 それが倒れたところに、というのは石原莞爾ですよ。(笑)
鈴木 そこからは僕もまだわかりませんが、ある種の典型的な一神教パラダイムが近代で、それが終焉を迎えている。しかし、それはもう一つの一神教の極であるイスラムから攻撃を受けている、というところが、歴史というものの深淵さを物語っていると思います。
山内 いやいや、よくわかりました。鈴木さんの政治行動の裏づけがわかって大変面白かったです。おそらくこの理論は、実践の中でさらに発展していくことでしょう。今日は、どうもありがとうございました。
*1 リュック・ベッソン監督の映画『レオン』に登場するきわめて印象の強いキャラクター