ユビキタスとP2Pが拓く次世代モバイル
講師:楠正憲(EMPプロジェクト代表)
9月12日のIECP研究会では、Emergent Mobile Internet Platform(EMIP)プロジェクト代表の楠正憲氏(インターネット総合研究所研究員)が「ユビキタスとP2Pが拓く次世代モバイル」というテーマで、P2P(ピア・ツー・ピア)と無線技術によって実現する新しいインターネットのあり方についての展望を示した。
NapsterやGnutellaといったP2Pアプリケーションの出現は、本来「ピア・ツー・ピア」だったはずのインターネットが、いつの間にか「クライアント・サーバ」という名の集中管理モデルに置き換わってしまっていたことを浮き彫りにしたと、楠氏は指摘する。それは、ネットワークのトポロジーがそうだというだけでなく、コンテンツ配信のモデルについても同じことがいえる。ポータルサイトや、大手音楽レーベルや映画配給会社といった、インターネットの多様性からすればごく少数のコンテンツ事業者が、少数のISP(インターネット・サービス・プロバイダ)によって管理・運営されるインターネットを通じてコンテンツを配信するというモデルが、既に定着しつつある。ところが、本当に欲しいコンテンツは、そのような公式のコンテンツとして与えられるものばかりではない。メール、掲示板、チャットのように、利用者が自ら作り出すコミュニケーションから生じてくるものも少なくない。
集中管理モデルを維持し続けることは、ネットワークの維持からも、コンテンツの提供という視点からも、インターネットの原則論からも、望ましいことではない。例えば、最近のインターネット利用者数の増加やブロードバンドコンテンツの急増に、ルータやネットワークインタフェースの電子機器としての処理速度が追いつかず、ネットワークの結び目であるISPやコンテンツ事業者が解決しがたいボトルネックとなり、ネットワークの全体的な速度を制約している現状がある。
楠氏は、このボトルネックを解消するには、P2Pモデルをネットワークアーキテクチャに取り入れることが有効だと指摘する。例えば、人気のあるコンテンツがP2Pの仕組みによって、自動的に分散して蓄積されるようになれば、1カ所にアクセスが集中することを避けることができ、今のネットワークの制約を結果的に乗り越えることができる。
さらにいま注目されているのが、無線を利用したP2Pの試みである。有線のネットワークでは、コンピュータ同士をあらかじめ「線」によるネットワークで結び付けておかなければならない。P2Pがピアとピアを自由に結ぶといっても、そのために計画的な配線が必要だとすれば、せっかくのP2Pの自由さが半減してしまう。そこで、配線を必要としない無線LAN技術が注目されることになる。有線ネットワークが、コンピュータ同士を計画的に配線されたネットワークという「線」で結ぶものだとするなら、無線ネットワークは、「面」的な広がりを持つネットワークによってコンピュータを接続し、P2Pの理想的な姿に近づくものだといえよう。
無線LANという「面」のネットワークに触発された活動は、さまざまな形で試みられている。例えば、米国や欧州では、無線LANの相互接続の実験が行われ、大手のISPを必要としないネットワークを構築しようとする実験が進んでいる。また、ロシアから生まれた無線機能内蔵コンピュータCybikoは、Cybiko同士が無線P2P端末として動作することが注目され、全世界で50万台を売り上げているという。
楠氏が代表を務めているEMIPプロジェクトも、このようなP2Pの持つ含意と、無線技術の可能性の組み合わせの上に構築された活動の一つである。このプロジェクトの目的は、無線LANとP2Pを結び付けた無線キャリアを実現することだと楠氏は説明する。EMIPでは、電子メール、ウェブ、検索、チャット、インスタントメッセージング、ファイル交換、認証・地域通貨といった、これまで「クライアント・サーバ」モデルのもので「下賜」されていた機能を、P2P的なアーキテクチャによって実現しようと開発を進めている。
無線P2Pという「面」のネットワークの出現によって、私たちは誰もがネットワークアーキテクチャを手にし、自分自身をエンパワーするというインターネットの夢を、もう一度見ることができるのかもしれない。
上村圭介(GLOCOM主任研究員)