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Center for Global Communications,International University of Japan

智場、GLOCOM Review、コラム…


 

『アジアからのネット革命』

会津泉著

講師:会津泉(アジアネットワーク研究所代表/GLOCOM主幹研究員)

 2001年10月3日に、アジアネットワーク研究所代表、GLOCOM主幹研究員の会津泉氏による掲題のテーマについて、IECP読書会が行われた。著者は、あの9月11日にニューヨークで公文GLOCOM所長と会うべく、JFK空港に到着し、タクシーでマンハッタンを移動中に同時テロ事件を至近で目撃したとのこと。グローバルでボーダレスな著者ならではの体験談が冒頭にあったが、本日のテーマは著者が、アジアにおいて直接経験したネット革命の現地報告である。著者は1997年から3年間、マレーシアを中心に活動したが、その期間はアジアの経済危機と多くの政権交代という激動の時代と重なり、各国のインターネットの事情もこの間大きく変化した。

1.アジアは広い

 まずアジアとは、モンゴルからアフガニスタンに至るまでの、多様な民族、宗教、文化、言語が共存する複合・多様な地域からなる。著者の足跡はネパールや東チモールにも及んだ。ネパールのヒマラヤ山麓ポカラの町にはemail shopが40〜50軒あり、それぞれPC 1台、電話1本という環境で運営している。独立直後の東チモールでは、インターネットは国際社会と結ぶ一番安い手段である。2000年7月の沖縄サミットで設置が決まったDOTフォース(Digital Opportunity Task Force)では、NPOが初めて正式メンバーに加わり、国家や企業だけでは難しいグローバルな問題に取り組んでいる。デジタルデバイドも、このような問題の一つであろう。

2.ネットタイガース

 アジア太平洋地域でのインターネットの人口当たりの普及率(2000年)は、米国の55%を別格とすれば、シンガポール、香港、豪州、ニュージーランド、韓国、日本、台湾の7カ国(地域)が29%以上で、その他の国が6%台以下と大きな格差がある。これを1人当たりのGDPで割った指数で比較すると、韓国をトップに、以下ニュージーランド、台湾、豪州、香港、マレーシア、米国、シンガポールと続き、中国、パキスタン、インドまでが日本より上位となり、日本はアジアの中で低位に位置する。これは日本の経済力としては、もっと伸びる余地があるとも解釈できる。マレーシアは、マハティール首相のMSC(Multimedia Super Corridor)特区での夢も、経済危機の後、上からの推進に終始し、斬新な実験ができず成果があがっていない。またシンガポールでは、1998年の世界初の広帯域サービスとしてのシンガポールONEは、利用者が10万以下と伸びず、不調のままである。これはVOD(ビデオ・オン・デマンド)など、一方向の受け身のサービスが中心であること、ATMでの接続が1台のPCに限定されること、また高速回線の料金競争が起こりにくい状況であるなど、双方向での積極的な情報発信のメリットを活用できていないことによる。

3.韓国の変化および日本への教訓

 なぜ韓国にできることが、日本にできないのか。韓国は1997年のインターネット普及が1,600万人で、IMF経済危機以降、2001年にはユーザが2,200万人へと激増した。その理由は、1)失業の結果、しかたなく始めた、2)あらかじめアプリケーションが明確だった、3)政府の積極策、4)2万件以上のPC房が、若者中心にゲーム(Starcraftなど)で人気を博し、やがて主婦層やビジネスマンにも拡大、5)競争激化で料金が低下し家庭にも広帯域接続が普及、6)ネットベンチャーが米国式の発想と行動力で推進した結果、ポジティブスパイラルを起こし、高速回線の加入者は625万に達し(2001年6月)、人口比13%、世帯普及率40%という世界一のDSLによる広帯域接続環境を実現したことなどである。

 注目すべきは、オンラインゲーム以外にも、オンライン株取引、無料のハンメール、インターネット電話、20万曲の音楽ソフト無料ダウンロード、バンキングなど双方向のサービスとコンテンツ・サービスがインフラを引っ張っている現象がある。また高速回線は、まずPC房でショールーム的な体験をしてから、人口の40%を占める高層団地へと普及したもので、これには地域の自治体・自治会による積極導入も寄与した。以上、KBS(韓国放送)<http://www.kbs.co.kr>のリアルTV紹介も交え、駆け足でのアジアのネット事情の報告であった。

小林寛三(GLOCOMフェロー)

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