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智場、GLOCOM Review、コラム…


 

9月11日の余波

土屋大洋(GLOCOM主幹研究員/メリーランド大学国際開発・紛争管理センター訪問研究員)

 あちこちに掲げられていた星条旗の半旗は、テロ後2週間ほどで見られなくなった。しかし、車のアンテナやアパートのベランダには、まだ星条旗が掲げられている。そうした旗や、あちこちに貼られたメッセージがヨレヨレになるにつれ、時間の経過を感じる。

 湾岸戦争のときもそうであったように、危機の際にナショナリズムが高揚するのはアメリカの常だ。しかし、湾岸戦争がテレビ・ゲームと揶揄されたのに対し、今回のテロの被害はあまりにもリアルだった。

 ニューヨークのジュリアーニ市長が、ワールド・トレード・センター付近の写真をジャーナリスト以外の人が撮影することを禁じた。遺族へ配慮すべきだというのが理由だ。これに対して過剰な規制だという批判が行われた。しかし、ある医師から再反論があった。マスメディアは瓦礫の中の遺体や、ばらばらになったその一部を公の目にさらすことはしない。しかし、一般の人たちはそうした配慮ができるのかというのである。

 テレビから得られないもうひとつの現場の情報は、「におい」である。有害なアスベストがもうもうと舞う現場からは、さまざまなものが入り混じったにおいが立ち込める。言うまでもなく、さまざまなものの腐臭である。

 10月3日の夜、アパートの窓から飛行機が降り立ってくるのが見えた。ずっと閉鎖されていたレーガン・ナショナル空港が翌4日から再開されることになり、空っぽの飛行機が飛んできたのだ。

 ナショナル空港はワシントンD.C.市内に最も近いため、最後まで再開の見込みが立たなかったが、大統領の判断で段階的に運航を再開していくことになった。それに伴い、飛行コースも変更され、これまでは騒音を避けるためにポトマック川の上を飛んでいたが、これからは住宅地の上を飛ぶことになった。

 依然としてテロのターゲットには違いないワシントンD.C.では、人々はできるだけ日常生活を維持しようとしている。それがアメリカの強さを証明することになると考えているからだ。しかし、東京の地下鉄サリン事件を引き合いに出して、ワシントンD.C.の地下鉄が狙われるのではないかという声は根強くある。

 深刻なのは経済不況である。テロの前までは、「不況とは言わないまでも、不振」という判断であった。タクシーの運転手は「まったくあの間抜けなドット・コムめ」などと毒づいていた。しかし、テロによる大量解雇は景気に深刻な影響を与えている。ナショナル空港は再開されたものの、空港のレストランや清掃に従事していた人たち、空港に商品を納入していた人たちはすでに大量に解雇され、航空会社もそれに続いている。市内のホテルもがらがらの状態で、ホテルに連なるビジネスをしている人たちも仕事がない。観光業は大打撃を受けている。

 私は8月半ばにメリーランド州のカレッジ・パークからバージニア州のアーリントンへ引っ越した。それに伴って運転免許を切り替えるため、バージニア州のDMV(自動車局)へ行った。しかしそこで大変な混雑に巻き込まれることになった。バージニア州のDMVは、ハイジャッカーのうち数人に免許証を発行してしまっていたため、汚名を返上すべく発行手続きを非常に厳しくしたのである。その結果、特に外国籍の人に対しては、窓口の人でもわからなくなるほど手続きが大変になった。

 数日後、車で道に迷ってしまい、偶然にもペンタゴンの現場を目撃することになった。ナイフがぐさっと刺さったように鋭い傷口が黒々と見えた。向かいの丘には遺族たちが、花を抱えて呆然と立ちすくんでいた。

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