GLOCOM - Publication

Center for Global Communications,International University of Japan

智場、GLOCOM Review、コラム…


 

『情報革命とS時波』-構造モデルとカタストロフィー

宮尾尊弘著

 社会の発展過程で、所得や人口、あるいは電化製品の世帯普及などの変数が、時間とともにS字に近い波の形を描くことはよく指摘されている。

 このようなS字波のアプローチを、文明論の視点から「近代化」の過程全体に適用し、さらに情報化の動向についてもS字形の波のパターンを当てはめる試みが、公文によってなされている(公文俊平著『文明の進化と情報化』NTT出版、2001年)。

 しかしながら、そのようなS字波がなぜ起こるのか、そのメカニズムはどのようなものかについて、演繹的に導出する構造モデル分析は、これまで行われてこなかった。

 そこで本稿では、まず情報化の特徴を組み込んだ基本的な構造モデルを構築し、モデルの外的条件の変化によって、モデル解がS字形になる可能性を示すとともに、いわゆる「ITバブル」の発生と崩壊についても分析、考察している。

 筆者は、この課題について「費用・便益分析(cost-benefit analysis)」を応用して、分析を試みている。

 情報ネットワークにおける便益(情報価値)の性格を特定するため、すでに議論されているメトカーフやリードの法則について取り上げ、検討を行った。

 例えば、リードの法則では、コミュニケーションが社会全体に与える便益は参加者全員が相互につながりあう組み合わせに比例すると考え、その関数は右上がりの急勾配曲線で表される。しかし、「参加者Xが多くなるほど情報ネットワークの価値が無限に増大する」という命題は、必ずしもわれわれの直感に合致するものではなく、ある臨界点を過ぎると、ネットワークに対して小さな価値しか見出さない人々が参加してくることから、価値の上昇は次第に鈍ってゆくと考えられる。このことから、筆者はロールフス(J. Rolfs)の考え方も取り入れて、S字形をネットワークの便益関数としてあてることが妥当と考えた。

 この非線形S字形の便益関数に対して、仮に線形としておいた費用関数を組み合わせると、双方の三つの交点がS字波の「出現期」「突破期」「成熟期」にそれぞれに対応する複数均衡システムを考えることができる。

 すなわち、「出現期」にあたる部分は安定的な「低位均衡」の状態にあり、「成熟期」にあたる部分も安定的な「高位均衡」に収斂する状態であるが、「突破期」にあたる部分の均衡は不安定になる。ちなみに、この性質は「デジタル・デバイド」の格差を説明するものであると同時に、それが構造的現象であることを示唆するものである、と筆者は指摘している。

 この構造モデル上では「低位均衡」から「高位均衡」への移行はきわめて難しいため、S字波の「突破」を説明するには、モデルの外的条件の変化を組み込む必要がある。筆者は、「技術革新によるコスト低下」が費用関数を下方シフトさせることに着目し、これが「カタストロフィー」を生じさせ、低位均衡から高位均衡への移行をもたらす外的な要因であり、その移行過程が情報革命における「収益逓増」状態に対応すると指摘した。

 さらに、筆者はS字波のオーバーシュート(行き過ぎ)が起こる点について、「高位均衡への収斂過程」と「外的条件が逆方向のカタストロフィーを起こす場合」の二つのシナリオを想定した。前者は通常のS字派のケースであるが、後者はいわゆる「バブル崩壊」のケースで、可逆的要素の強い「将来への期待感」が外部条件として便益関数を極端に上下させた結果、起こる現象と指摘する。例えば、ITバブルの崩壊は、期待感の萎縮が臨界点を超えた場合に逆方向の「カタストロフィー」を引き起こして、低位均衡への動きを作り出した場合として説明できる。

 このような比較的単純なモデルであっても、構造モデルを用いた分析を行うことで、情報革命のS字波が説明でき、情報化に関するさまざまな現象も統一的に理解することができる。現象として観察できるS字波だけでは得られない洞察と検証可能性が得られる点が、このような構造モデル・アプローチの利点である、と筆者は結論している。

豊福晋平(GLOCOM主任研究員)

[ Publications TOP ]