基調講演
日本再生の手がかり
文明の衝突を超えて
基調講演者 公文俊平(国際大学GLOCOM所長)
GLOCOM所長・公文俊平氏の基調講演は、まず現在の日本全体を取り巻く状況に対しての、厳しい現状認識からスタートした。その認識は、単に経済だけにとどまらず、社会体制全体が疲弊しており、危機に瀕しているという、大変深刻なものであった。
公文氏によれば、現在の日本の社会体制とは、1940年代に形づくられ、戦後日本の発展を支えた、明治以来の近代化の中での第二期の体制、つまり、ものづくりと輸出主導型産業を基盤とした産業化主導の体制である。しかし、その体制は、当初の目的に関しては目覚ましい成功を収めたものの、逆に言えば、現在はその目覚ましい成功ゆえに、危機状態にあると言ってもよい。この産業化体制の揺らぎは、1970年代の石油ショックに始まり、80年代後半から90年代にかけてのいわゆるアジアショック・中国ショックへとつながるのだが、これらの体制の揺らぎに対して、一貫して「引き続き、ものづくりを強化すれば大丈夫だ」という、内向きの対応を取ってきたために、対応の限界を迎えてきており、それが「社会体制全体の疲弊、危機」をもたらしているのだという。
また、いわゆる「IT革命論」についても、それが、「ITも、ものづくりをさらに強くするために応用されなければならない」、「IT革命が進展すれば、ものづくりが復活するだろう」というような、きわめて近視眼的なとらえ方をされていると公文氏は見ている。決してものづくりが不必要ということではないと断ったうえで、氏は、それだけだと、現在、および将来にわたって情報化により発生してくるもっと大きな問題、あるいは、すでに20世紀後半から進行してきた経済全体のソフト化、サービス化による諸問題を見落とすことになるのではないか、と警鐘を発した。
さらに、「そういう状況の中で不況はますます深刻化し、さらには米国への大規模なテロ攻撃も起こっているという現状を見るにつけ、もしわが国がテロ攻撃を受けるようなことになれば、これは体制が完全に崩壊する、そういう危機に瀕していると言って間違いない」と述べた。
近代化の諸段階と国際関係を取り巻く力関係の変化
そのような危機に瀕している日本社会において、再生のチャンスとは何なのかという問題に関して、公文氏は2枚のスライドを提示し、具体的な再生に向けての糸口についての話に進んだ。1枚目のスライド(図1)は、日本の現状を把握するためのもので、幕末以来の日本社会の変動の姿が、周期的な波として示されている。
「この波形線は、いわゆる経済の長期波動理論などのいう長波(Long Cycle)にあたるもので、日本社会の発展の勢い、あるいは人々が現在の体制について抱いている共通の理解や信頼が揺らいでいく下降局面と、新しい体制や産業が生まれ、それに対する人々の自信も増大していく上昇局面からなる。それぞれの局面はほぼ60年ごとに出現し、30年にわたって続く。長波の天辺にあたる10年は“山の10年”と呼ばれ、内外の環境変化によって、これまでの発展に陰りが出てくる時期を指し、波の“底の10年”は、制度改革、たとえば憲法改正なども含む根本的な改革が集中的に行われる時期であるという。その長波に重なっているのが、青い線で描かれたS字形の波であり、これはそれぞれの局面における近代化の新しい波の、出現・突破・成熟の過程を示すものである。つまり、最初のS字波は1850年代の半ばから始まり1880年代半ばに突破局面に入り、1915年頃からオーバーシュートを含む成熟局面に入る、第一期の近代化、すなわち国家化の波であり、その次が、1915年頃に出現、戦後を通じて突破し、1970年代の半ばから80年代にかけてバブルを含む成熟局面に入る、産業化の波である。いわゆる“失われた15年”は、成熟局面の後半に対応している。さらに1975年頃からは、日本近代化の第三の波というべきものが出現している。」
つまり、これが情報化の波であるのだが、確かに図1を見ると、それぞれの波がオーバーシュートし、下降すると同時に、新しい波がその萌芽を見せはじめる入れ替わりの時期の後半において、大きな変化が起こっていることがわかる。すなわち、第一の波における革命・内戦(明治維新)や、第二の波における第二次世界大戦がそれであるが、公文氏は、第三の波が出現してきた現在、日本はそのような入れ替わりの時期、すなわち大変革期に差しかかっているとして、まず最初に、過去の革命・内戦や敗戦に匹敵するような経済の広汎な崩壊が起こり、またその中で、憲法改正などの大改革も行われるのではないかと予測し、次のように述べた。
「このように日本の近代化の節目節目で大変革が起こっている背景には、より大きな社会変化の過程、すなわち西洋中心の近代文明の進化、いわゆる近代化過程がある。近代化とは、人々が目的を達成するための手段の増進、すなわち人々のエンパワーメント過程にほかならない。手段面でのエンパワーメントが起こるということは、ある社会のダイナミズムが、その構成主体群によるゲームによって左右されるとした場合、そのゲームの“ルール・作法”が大きく変化することを意味するからである。」
そしてこの観点から、近代化それ自体をより詳しく見てみると、「国家化」「産業化」「情報化」という三つの局面に分解できる(図2、表1)。現在進行中の第三の局面では、人々の間の説得、共働(コラボレーション)を通じて、楽しい、愉快な、あるいは自己実現を図るような、そういう目標が重要視される新しい社会ゲーム(智のゲーム)が、これまでの国家間の威のゲームや企業間の富のゲームに加えて、始まろうとしていると氏は指摘した。
さらに、この近代化の三局面仮説を前提に、その時々の国際関係を考えてみると、やはり近代化の各局面に対応する形で、次のような3種類のタイプの国際関係が見られるのではないか、という仮説を提示した。
まず、第一の国家化の局面では、近代化の先発国が、後発国に対して国家間関係における国際的な標準を受容せよと“開国”を迫る一方で、後発国が主張する“攘夷”路線がせめぎ合う。言い換えれば、この第一局面は武力が主導する局面であり、そこでは後発国は、先発国に倣った近代国家をつくるか、それとも先発国の武力に屈して植民地になるか、という選択を迫られることになる。最近だと、冷戦時代、米ソ対立を背景に、軍事援助やPKO等の手段が、主にそのような国際関係のせめぎ合いのツールとして用いられ、それに対して、後発国が革命・解放戦争で対抗しようとしていたことは記憶に新しい。
また、近代化の第二局面にあたる競争主導の産業化局面の中では、ビジネスの世界標準を受け入れ、市場を開放して、世界競争の中に飛び込んでいくのか、それとも経済的には従属的な、一種の植民地になってしまうのかというせめぎ合いも出てきた。そのような状況下で、国際協調体系の中で日本が重要な役割を果たしてきたものとして、各国の産業化を支援するためのODA等に見られるような、いわゆる経済援助があった。一方、それに対抗するのは、シアトルでのWTO会議や、先のジェノバ・サミットで見られたような反グローバル化運動であり、彼らはそのようなせめぎ合いを生み出す構造それ自体、つまり近代化そのものを否定しようとしており、各所で激しい闘争が行われている。
そして、現在始まりつつある情報化という近代化の第三局面においても、デジタル・デバイドというせめぎ合いが生起している。すなわち、グローバルな情報化の流れに乗るか、それとも忘れ去られ、先進国からデジタル的に取り残された存在となるのかという問題である。しかし、公文氏はこの場合、情報化のグローバルな潮流を受け入れるのか拒否する(ないし置きさられる)のかの争いと見るよりは、そのような二項対立的な図式そのものから脱却する必要があると指摘した。つまり、全体としての知的エンパワーメントを実現するために、一方的な支援や押しつけではなく、文化や制度の多様性を承認したうえでのグローバルなコラボレーションの関係をつくるという、新たな課題が提起されているというのである。
また、そのような従来の近代化に伴う諸問題をめぐる諸勢力間の対立や競争に加えて、近代文明そのものを越えようとする、新しい勢力が登場しつつあるのだという。このような勢力が、既存の近代文明を否定し、絶滅しようと試みるのか、それとも近代文明と共働しつつ新文明の構築に向かうのかという、文明史的立場からすると、はなはだ興味深い問題もあると付け加えた。
産業革命の出現・突破・成熟
ここで公文氏は、産業化の局面について、もう少し詳しく掘り下げて考察を加えた。18世紀の後半から出現した産業化の流れは、「ほぼ100年おきに新しい技術や、それに伴う新しい産業の出現というパターンを繰り返していることが観察できる」。つまり、第一次産業革命、第二次産業革命、と続く流れである。この産業革命とは、「機械化(仕事を機械にまかせる)および商品化(仕事を他人にアウトソースする)という二つの側面を持っているが、その恩恵は、第一次産業革命においては、もっぱら生産の現場の中に見られた」。つまり機械が工場に入り、生産者が賃労働者として雇用されるようになったのである。第二次産業革命の特徴は、「機械化や商品化が消費生活の中にまで入っていったことで、それにより、乗用車や家電、高度な医療、教育などが普及し、大衆がそれらの財やサービスを大々的に消費するようになった」。公文氏は以上のように流れを踏まえたうえで、おそらく20世紀後半から始まった第三次産業革命では、機械化と商品化はコミュニティの生活全般の中に広く入っていくようになるのではないかと予想した。
そして、産業化の中で注目すべきは第二次産業革命で、そこでは、米国のような先発国を例にすると、ほぼ50年おきに、部分的に重なりながら出現→突破→成熟の過程をたどる三つの小局面が観察されるとして、以下のように述べた。
「第二次産業革命の出現期においては、重化学工業が台頭し、もっぱら軍事的に利用された。ダイナマイトを発明したアルフレッド・ノーベルなどは、その時代を代表する企業家である。一方、20世紀の前半にいたると、米国において、重化学工業の成果が、工場による消費者用機械の大量生産によって大衆に普及する、という新たな産業上の革新がもたらされた。これが第二次産業革命の突破局面であり、代表例はいうまでもなくヘンリー・フォードとそのT型フォードである。しかし、日本は20世紀の前半においては、まだ重化学工業の軍事利用の方に主たる関心を持ち続けていた。日本が消費者用機械の大量生産と普及の意味に気づくのは戦後の話であり、その結果、目覚ましい高度成長を実現した。しかし、そのころ米国はすでに、第二次産業革命の成熟局面に突入していた。成熟局面の特徴は、財だけでなくサービスも高度化、大衆化することで、そうした分野の例としては、法曹、高等教育、医療、金融・証券、流通、運輸などが挙げられる。特に、金融証券分野でのサービスは、コンピュータや金融工学の導入などを通じて、凄まじい勢い高度化が進んだ。代表的な企業家としては、まだ議論の余地はあるが、マイケル・ミルケンやジョージ・ソロス等の人物が挙げられるのではないか。」
公文氏は、日本のこの第二次産業革命期における問題点として、そもそも、第二次産業革命の始まりが、欧米より50年ほど遅れたことを指摘し、さらに20世紀前半は軍事的応用に専念し続けたことを挙げた。戦後に目覚ましい産業化の成功を収めたことは事実であるけれども、しかし、その間米国は、サービスの高度化・大衆化に邁進していたのであり、やはり、この点の重要性に気づくのが(公文氏自身も含めて)遅かったと指摘した。
「今後、つまり21世紀の前半において、日本は米国の約50年遅れで第二次産業革命の成熟、つまりサービス産業の高度化を達成しなくてはならないという宿題に直面するわけで、情報化の進展と並んで、重い課題を突きつけられていることになる。他の国の事例を考えてみると、たとえばソ連・ロシアの場合、20世紀前半の発展は日本とほぼ同じかそれ以上であり、重化学工業の軍事利用に熱中していた。その結果、核兵器からミサイルまでの強大な軍事力を形成したが、戦後、特にスターリンの死後、平和共存路線に転換して、自動車や家電製品を大衆に普及させることを、フルシチョフが唱えたものの、ついに共産党政権下では実現できなかった。その後、ソ連は停滞し、崩壊し、混乱に入った。つい最近ようやく経済的に復活してきたが、とても長い回り道をしてきたことになる。」
公文氏が警告するように、日本がソ連と同じような道をたどる可能性は、決してゼロではないのである。
第三次産業革命・第一次情報革命の中での主導産業は何か
しかしながら、公文氏が述べたように、われわれは第二次産業革命の残した宿題と並んで、新たに始まった第三次産業革命にも直面している。
「第三次産業革命は、第二次産業革命が成熟し、ゆるやかに影響力を減じていくなかで、コンピュータ産業を新主導産業として出現してきた。このコンピュータ時代を代表する企業家が、マイクロソフトのビル・ゲイツであることは論を待たないだろう。コンピュータ産業自体は、大型機で出現した後、ダウンサイジング(パソコン、ワークステーション、マイクロコンピュータ)で突破し、現在ではネットワーク化を通じて成熟局面に入りつつある。しかし、それと並行する形で、これからは第三次産業革命自体の突破局面が、コンピュータ産業に代わる新主導産業の台頭を通じて始まるものと予想される。」
公文氏によれば、問題は何が21世紀前半の新主導産業となるのか、ということである。「コンピュータ(情報)の次は通信が主導産業になるだろう」とか、「家電の後は情報家電だ」といった見方は短絡的すぎる。むしろそのような安易な見方が、現在の不況の主な原因になっているとさえ考えられるというのである。公文氏は、あくまで仮の答えとしながらも、次のように予測できるとした。
「現在の第三次産業革命の特徴は、産業化を越える情報化の出現――すなわち“第一次情報革命”とでも呼ぶべき情報化の第一局面の到来――と並行して、それが起こっているところにある。情報化局面では経済力よりも、知力・情報力が増進するのだが、そこで特に注目すべきは、このような知力・情報力の増進は、既存の国家や企業とは異なる新しい種類のグループや個人によってもっぱら担われると考えられることである。したがって、第三次産業革命の突破局面を主導する次の産業はグループの活動あるいはグループ間関係の発展を媒介する産業、つまりグループの知的エンパワーメントを支援する新しいサービス産業になるだろう。」
それを公文氏は、共働産業(コラボレーティブ・インダストリー)と名付けた。たとえば、インタラクティブ性を特徴とする新しい学習産業や、従来の医療産業に代わるケア産業、ユーザー本位の生活設計や資産形成支援産業、さらにはグループの資本調達を支援する、いわゆる地域通貨あるいはコミュニティ通貨(共貨)のためのプラットフォームを構築したり、その運用の面倒を見たりする産業、さらには、グローバルなデジタル革命の推進を支援する Digital Opportunity 産業などが、これに当てはまるという。
公文氏は最後に、「これらの産業の展開には、政府・企業・市民の共働関係の基盤が不可欠だが、そうした共働関係の中に日本再生の手がかりが見つけられるのではないか」と述べ、三つの事例を紹介した。
日本再生の手がかり(1):全国的CANの構築
具体的な手かがりとして公文氏がまず取り上げたのが、GLOCOMで数年来取り組んでいる、CAN(Community Area Network)の全国構築の推進である。
「CANとは、情報ネットワークの敷設など、インフラ構築を、公共投資としてではなくて、各コミュニティでのユーザー同士の共働事業として展開していくことである。CANにより敷設されるネットワークは、自律分散協調型の、全光と無線のネットワークである。これは、米国の技術評論家のジョージ・ギルダーが近著の『テレコズム』で述べていることであるが、回線だけでなくスイッチ類もすべて光化することにより、通信帯域の希少性という概念が無用になり、通信速度の壁は光速だけという状況になる。そのようなネットワークに接続されるコンピュータは、光速の限界をクリアするために、端末レベルではますます小さくなり、シングルチップの中に機能を全部納めてしまうような形になっていく。さらに、ネットワークの上では、コンテンツを一つのサーバに集中させるのではなく、広く分散させるようになる。あるいは、ネットワークそのものはインテリジェンスを持たない“ダム・ネットワーク”にしておいて、むしろネットワークの上というか縁にいる、“スマート・ピープル”が自由にサービスを定義し、それを使って仕事をしていくようになるのではないか。」
とはいえ、そのようなネットワークは、誰もが使いこなせるわけではないので、簡単に利用できるような、コミュニティごとの共同利用施設(アドバイザーや機材を揃えたiCC: Internet Community Center)の整備が急務でもあるとし、公文氏は、さらに次のように述べた。
「日本が取り得る直近の方向性としては、ギガビット・イーサネットのような広域LANを構築し、それらの相互連結によって構成される、新しい情報通信基盤(ユーティリティ)が登場するのが望ましい。これは、いうなれば、従来のパブリック・ユーティリティに対するグループ・ユーティリティ(増田米二)とでもいうべきものであるが、それを支える法・制度としては、慶應義塾大学の林紘一郎教授が提唱している“公衆送信法”のような新しい法律や、あるいはネットワークの管路の利用権(Right of Way)にかかわる新しいルールの整備などが必要であろう。」
日本再生の手がかり(2):比較制度分析に学ぶ
二つ目の手がかりとして公文氏は、青木昌彦スタンフォード大学教授らによる、経済学の新しい理論である“比較制度分析”を取り上げた。この議論は従来の経済学の枠を大きく越えた射程を持っており、経済学者だけではなく、制度改革に実際に携わる人はこのような視点を持っていなければならないだろうという。
「比較制度分析の議論の要点は、制度は多様性を持っている、また、制度は固定的なものではなく、進化する可能性を持っている、ということの承認である。事実、日本の近代化の経験は、制度の多様性という特徴を如実に表していると言えよう。戦後、会社経営や労働組合などの基本的な制度や経済体制は、米国の制度を手本につくられたが、その結果できあがったものは、米国とは異なる“日本的経営”、あるいはメインバンク・システムに代表される独特な日本型経済体制であった。そして今訪れつつある情報化の局面でも、同様の“日本型”制度の出現という事態は十分起こり得るのではないか。」
また、そのような意味で、制度設計を行う際に「偽りの二者択一」、すなわち明治維新の際の開国か攘夷かの論争、あるいは現在展開されているグローバル化対反グローバル化の対立、などのような単純な二者択一に陥ることは避けなければならないと警告を発した。この問題に関して、公文氏は故藤田雄二氏の議論(『アジアにおける文明の対抗』、御茶の水書房)を紹介しながら、開国論にも攘夷論にもそれぞれ理論的根拠づけが可能なばかりか、第三、第四の選択肢も考えられることを指摘した。このような状況を踏まえると、将来への選択のような、あらかじめ結果を判断することはできない状況下では、制度が本来持っている多様性、またそれに応じた進化の可能性を促進できるような、オープンな実験の場をつくっていくことが、改革を進めていくうえではむしろ重要なのではないかとも述べた。
日本再生の手がかり(3):新しい国際貢献の枠組み
公文氏は三つ目の手がかりとして、新しい国際貢献の枠組みを模索する動きを紹介した。これは、「従来のODAに代わる枠組みが必要になってきたということであるが、かといって、これまでの国際貢献をめぐる新しい枠組みの議論、つまりBHN(Basic Human Needs)やPKO/PKFの推進論だけでも不十分である。むしろ、いま求められているのはより大きなグローバルな共働の枠組みを、各国や国際機関がしかるべき予算をつけた形で構築することであり、その枠組みの主たる目標は、さまざまな組織や個人の共働を通じて知的エンパワーメントをグローバルに促進することである」という。公文氏はここ1年の、G8の下でのデジタル・デバイド問題を考える委員会(DOTフォース)への参加を通じて、「そのような考えには十分意味があるし、日本の役所の若い人々もそのような方向に進もうとしているなど、頼もしい手応えを感じているところだ」と述べ、新しい形の国際貢献への期待を表明した。
近代文明の三つのユートピアと三つのディストピア
以上議論を整理すると、より大局的、文明論的な観点から見て、近代文明は、三つの主体軸をめぐる、ユートピア論とディストピア論の中で試行錯誤してきたのではないかと公文氏は論じた。三つとは、すなわち、
「政府・企業・市民の三つの軸を指す。ユートピア論にあっては、政府は法・秩序・安全を守る護民官となり、企業は市場での自由競争の中で、人々の雇用や繁栄を守る。市民は各コミュニティの中で自立分散的共働を行いつつ、さまざまな革新をもたらし自由を享受する、という話になる。しかし、それは政府か市場かコミュニティのどれか一つだけあればいいということではない。政府や市場の“失敗”についてはすでに多くのことが語られているが、同じような意味で市民だけあればいいという考えも間違っている。“市民の失敗”も当然生じうるのである。ポルノやウイルスや犯罪が氾濫したり、市民生活がアナーキーになっていったりする危険性は、決して無視できない。また、企業の場合でも、最近、スタンフォード大学のローレンス・レッシグが精力的に主張していることであるが、企業がつくる“コード”によって人々の社会的活動がコントロールされ、支配され、コピーも自由にできないような社会になってしまうおそれもある。見かけ上は自由なのであるが、新しいイノベーションの余地がなくなってしまう状態が出現するのである。これは、オルダス・ハックスリーの『すばらしい新世界』のバージョン2とでも言うべき事態だろう。」
つまり、情報社会の新しい秩序や、新しい喜びといったものは、そういった極端な自由や極端な管理のどちらでもなくて、三つがそれぞれバランスよく共働するところに最適解が存在しているだろうというのが、公文氏の主張であり、「もし、そういった考え方を普及させ、世界の多くの人に理解してもらうことができたならば、それはわれわれが、近代文明の本当の成熟をもたらすことに成功した、ということになるのでないか」と述べて、講演を締めくくった。
報告/澁川修一(GLOCOMリサーチ・アソシエイト)