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Center for Global Communications,International University of Japan

智場、GLOCOM Review、コラム…


 

第1セッション

グローバルな近代化と文明の衝突

パネリスト 中田 考(山口大学教育学部助教授)
公文俊平(国際大学GLOCOM所長)
指田朝久(東京海上リスクコンサルティング(株)主席研究員)
中島 洋(慶應義塾大学教授)
コーディネータ 山内康英(国際大学GLOCOM教授)

同時多発テロとその後の展開

 「グローバルな近代化と文明の衝突」をテーマとした第1セッションでは、米国の同時多発テロと、直近のアフガン情勢をテーマに取り上げた。テロに関与したとされるウサマ・ビンラーディンとアル・カーイダ、アフガニスタンのタリバーン政権に対して、米国を中心とする多国籍軍は軍事作戦を開始した。作戦当初は、アフガン・ゲリラに対する地上戦の困難さを強調する専門家が多かった。しかしながら本フォーラム開催の時点では、米軍のエアカバーと連動した北部同盟などの軍事行動によって、タリバーン政権が崩壊し、またアル・カーイダの現地組織にも壊滅的な打撃を与えるに至ったようである。このような情勢を踏まえて、コーディネータから、(1)米国軍の軍事作戦が非正規戦においても有効であることをあらためて示すことになった、(2)しかしながら、多層的で複雑な背景を持つ今回のテロ事件を究明するためには、テロを引き起こした集団が持つ世界観と智の体系を明らかにすることや、テロ集団の組織原理やネットワークを理解すること、(3)グローバル化と個別の文化的集団の相克を知ること、などが重要である、との問題提起があった。

 このような問題関心に基づき、まず最初にイスラム原理主義の研究者である山口大学助教授・中田考氏が、テロ実行犯の「プロファイリング」と事件の背景にあるイスラムの価値観について論じた。この中で中田氏は、今回のテロ行為が一般に言われているようなウサマ・ビンラーディンの直接の指示によるものではない、という注目すべき仮説を提示した。これに続いてGLOCOM所長・公文俊平氏が、文明論的な立場から今回のテロ行為について総括し、今回のテロ行為はイスラム原理主義という「智」のネットワークが引き起こしたとも考えられる、という問題提起を行った。

 続いて危機管理の専門家として、東京海上リスクコンサルティング(株)危機管理・情報グループ主席研究員・指田朝久氏が、企業や組織が今回のような突発的な危機をどのように管理すべきか、という指針を述べた。セッションの最後に、ジャーナリストでもある慶應義塾大学教授・中島洋氏が、同時多発テロと、アフガンの軍事行動について日本の主要新聞の記事を取り上げて分析した。

イスラム原理主義と9.11事件の真相

 イスラム原理主義の専門家である中田氏は、9月11日のテロが米国とイギリスの世界戦略の一種の帰結であり、かねてからビンラーディンらが米国を明示的な攻撃対象として名指していたことなどを考えれば、米国およびアル・カーイダの双方とも、ある程度の規模で衝突の起きることは予想していたのではないか、と述べた。言い換えれば今回の同時多発テロは、イスラム原理主義のネットワークの周辺で起きた暴発事件であり、双方ともむしろ虚をつかれた準備不足の状態にあった、と考えられるのである。

 中田氏の観測によれば、ビンラーディンとテロの実行犯の関係は、一般に想像されているほど直接的なものではない。イスラム社会には、「企業」「国家」といった西欧近代社会に見られるような階層化された組織が存在せず、アル・カーイダもイスラム原理主義者を中心とした緩やかな結合体にほかならない。このような緩やかな結合体の中心付近に、現在、アフガニスタンで戦闘行為に参加する数百名から数千名のメンバーが位置し、さらにその核にビンラーディン本人が存在する。

 このようにテロの実行犯とビンラーディンとの直接的なつながりを否定する根拠として、FBIなどが事件捜査の過程で明らかにした状況証拠がある。その一つは実行犯への「指示書」である。中田氏の指摘によれば、この文書には、米国やヨーロッパに対する「敵意」が欠けているうえに、「イマームの逸話」と呼ばれるエピソードがコーランから引用されているが、このエピソードは日常生活の中で慈悲の心を教え説くための逸話であって、テロをジハードと考える実行犯へのメッセージとしては、いささか不適当である。

 中田氏は、ビンラーディン自身が米国の報復に対して無防備であったことも、事件への不関与を示唆するのではないか、と述べた。つまり米国に対して大規模なテロを仕掛ければ報復を受けることは予測できたはずであり、報復攻撃を回避するためには、彼自身のアフガニスタンからの脱出や、アフガニスタンで20年かけて築き上げてきた自らの組織や施設の避難を試みていたはずだ、ということである。

パレスチナ問題とイスラム共同体

 他方で、この事件の背後にパレスチナ問題があるというのは、中田氏をはじめイスラム研究者や中東専門家の、ある程度一致した見解である。イスラムの立場からすれば、パレスチナは長くヨーロッパの植民地主義の犠牲となってきた。バルフォア宣言、サイクス・ピコ協定といったヨーロッパによる取り決めによってユダヤ人はイスラエルを建国した。「イスラエル・米国対アラブ・イスラム」というのは、1990年の湾岸戦争の際に、サダム・フセイン大統領の持ち出した構図である。彼はその際に「米国軍によるパレスチナ占領が許容されるならば、イラクのクウェート占領も認められるべきである」と主張した。その後、米国は、パレスチナ解放機構(PLO)を認め、パレスチナ自治政府樹立に向けた和平の仲介を選択することになった。

 ビンラーディンは、パレスチナでの出来事を「この80年間の屈辱」と呼んだ。サウジアラビア人であるビンラーディンが、パレスチナで行われている不正を、なぜ大義とすることができるのだろうか。また、アフガニスタンでの軍事行動をめぐる反米国感情が、パレスチナ、インドネシア、マレーシア、パキスタンといったイスラム社会に及んでいるのはなぜだろうか。

 中田氏によれば、その背景にはイスラムの緩やかな共同体意識がある。イスラムの共同体意識は、イスラム法が施行される土地という意味の「イスラムの家」、すべてのムスリムから構成される「信徒共同体」、そしてイスラム法を執行する機関である「カリフ制度」という三つの要素によって形づくられている。近代ドイツ法が理念化したような「近代国民国家」概念の下での、「国土」「国民」「主権」という三つの要素とは異なり、イスラムの共同体意識は、世俗の国境が隔てる「国家」を超えた世界主義的な一体感を維持している。だからこそイスラムの共同体であるパレスチナを「占拠」しているイスラエルと米国は、「イスラムの家」を侵した異分子であり、これがイスラエルや米国に対する武装闘争を正当化する論理につながるのである。

 ブッシュ政権になって米国は中東問題から手を引いたといわれているが、これは米国がパレスチナとイスラエルの双方に対して中立となったということではなく、米国は従来通り、イスラエルに対する軍事援助を続けている。米国を和平プロセスに関与させることが、イスラムにとって必須であるのは、軍事的、外交的にイスラエルと一体である米国以外に、イスラエルの行動に影響を与える方策がないからである。

 中田氏によると、イスラム社会は、ネットワーク的な社会であり、そこには閉じた剛構造の組織はなく、国家や法人という概念も存在しない。またイスラムには、キリスト教における教皇や教会という位階制度も存在しない。イスラムによるネットワークを築き上げるのは国を越えた法曹法、あるいは学者法であり、このネットワークが領域的な国家概念と対立している。しかし歴史をさかのぼれば、商業資本主義の時代には、イスラムは経済的にも文化的にも世界の最先端であった。近代の産業資本主義の時代において西欧に大幅な後れをとっているとしても、これからの情報社会の中で、イスラムの柔らかな社会構造の持つ役割がどのようなものになるのか注目されるところである。

文明の進化とテロリズム

 続いて発言したGLOCOM所長の公文氏は、イスラムの家、信徒共同体、カリフ制度という三層構成を持つイスラム世界の論理が、近代主権国家の論理と対立するのか、それとも今後は共存できるのかという問題を提起した。もちろん西欧文明が、これまでの近代主権国家のあり方について反省し、EUのようにその枠組みを変更する可能性も残されている。しかしながら双方が強硬な態度を崩さないとすれば、両者の間の差異が、いずれは「文明の衝突」を招くと言わざるを得ない。

 公文氏の指摘するもう一つの問題点は、テロリズムの変化である。もともと「テロ」とは、革命勢力が反革命勢力を武力で封じ込め、自らの権力を強制する「革命テロ」であった。しかし1980年代から90年代にかけて、テロの性格は変容し、独立したばかりで経済力も軍事力も持たない新興国家が、超大国に対抗するために国際テロリストを雇って実行するという「国家テロ」が生まれた。リビアが日本赤軍と連携したテロは、その一例である。さらに90年代後半から出現したテロの形として「宗教テロ」がある。宗教テロは、テロを加える対象への直接的な憎しみや反感を伴わないという点で、革命テロや国家テロとも異なる性格を持っている。現在、起りつつある新たなテロは、「智のネットワークによるテロ」とでも呼ぶべきものであり、教義や綱領は断片的に引用されるだけであって、首尾一貫した主張に基づいているわけではない。それは「テロのためのテロ」とでも言うべきものかもしれない。

産業社会の危機管理

 われわれの社会は、常に突発的な事故や事件に直面する可能性を含んでいる。このような可能性を前提として、事前あるいは事後に何らかの策を講じておく必要があり、これが組織における危機管理にほかならない。

 この分野の専門家である指田氏によれば、日本の企業が危機管理を意識するようになった契機は、1995年1月の阪神大震災だった。その後、危機管理は、地震のような「天災」だけではなく、相次ぐ不祥事への対応も含むようになった。

 指田氏は、企業における危機管理を三つのフェーズに分けて説明した。まず、企業を取り巻くリスクを洗い出し、それぞれのリスクの評価を行ったうえで、特に優先度の高いリスクについては保険をかけるなどの対策を講じるのが第一フェーズである。続いて、洗い出した個別のリスク(たとえば知的財産権問題や製造物責任)に合わせて対応策を検討するのが第二フェーズである。この過程で洗い出されるリスクは、一般の組織でも50〜100の項目に及ぶ。しかし、資金、人材など経営資源は有限であり、すべてのリスクに対応するわけにはいかない。そこで、時代環境や経済環境に応じて、対応策を講じるべきリスクを経営者が選別し、そのうえで対策に取り組む必要がある。

 他方で危機管理では、施策をとることがリスクを無効化するものではないということ、つまり、可能な限り最善の策をとっても、いつか事故は起きるものだという認識が重要である。その観点から指田氏は、「有事の業務」、つまり狭い意味での危機管理の進め方のマニュアルや教育訓練を日常の活動に取り入れることが、広い意味での危機管理を構成すると述べた。緊急時の対応や復旧活動が円滑に進むようにシミュレーション訓練を行い、その過程からのフィードバックを計画の中に折り込むことで危機管理の第三フェーズは完結する。危機管理は総務部門が担当する課題ではなく、企業の経営者自身が関与すべき課題である。また健全な危機管理体制が維持されるように、監査に基づいた点検を行い、将来の危機管理計画にフィードバックしていくことが求められるという。

 危機管理の視点から見て、「9.11事件」を契機に時代環境は大きく変わった。企業は危機管理の対象として、製品瑕疵や火災といった自らコントロールし得る経営リスクのほかに、自組織ではコントロールできない政治、経済、社会上のリスクも考慮しなければならなくなったのである。

日本のジャーナリズム

 「9.11事件」の当日、サンフランシスコに滞在していた中島氏は、その日の様子を「サイレンのなっていない空襲警報下」だったと説明し、米国国民は、少なくとも丸一日空襲の恐怖を味わっていただろうと述べた。メディアから、ニューヨークとワシントンについての情報は大量に、しかも継続的に流れていたが、滞在先のサンフランシスコについては、何も情報が入ってこない状態だった。しかも事件直後には、「11機の飛行機がハイジャックされ、うち4機がすでに激突し、残りがサンフランシスコに向かっている。ゴールデンゲートブリッジやビジネスセンターなどが標的になっている」という情報が流れ、サンフランシスコ市当局は市民に対して外出自粛の警告を発することになったということである。

 中島氏は、朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、産経新聞、毎日新聞の5紙の記事を取り上げて、9月11日から40日分の新聞報道について「米国に対して、好意的か批判的か」などといった視点から数量化し、それぞれの報道姿勢について分析を行った。

 朝日新聞は、概ね米国の軍事行動について一貫して批判的だった。ただし例外として、報復攻撃が行われたその日1回だけ、米国に対して肯定的な記事と社説を掲載した。

 読売新聞の記事は、朝日新聞とは逆に、米国に対して好意的だった。これに対して産経新聞は、読売新聞と同様、米国に対して好意的な記事を掲載していたものの、イスラム側の視点に立つ記事が欠けていた。日本経済新聞では、米国系の記事、イスラム系の記事の両方を掲載し、多少の揺れは認められたものの、どちらかと言えば米国に対して好意的な態度であった。

 毎日新聞の記事は、調査対象の5紙中でも特徴的で、米国に対して肯定的な記事と否定的な記事が日々入れ替わるという大きな動揺を示した。中島氏は、毎日新聞社内で記事の方向性について意見が割れていたのではないか、との観測を述べた。

 中島氏が述べたように、「9.11事件」以降の日本の新聞報道の揺れは、報道の視点が、米国と連携して報復攻撃に参加するか否かという点に集中したのが原因である。この結果、中長期的に見て日本に必要な外交政策や、イスラムやアラブに対してどのように臨むべきかという視点が欠けていた。報道の内容が、自衛隊をどのように派遣するのかという目前の議論に終始すれば、意見が揺れてしまうのは当然である。

世界観の競合と文化相対主義

 今後、情報化に伴いさまざまな主体が発言力を増すなかで、複数の世界観が競合することは避けられない。しかし他方で、多様性への寛容が、他者の生活や主張に対する無視や無関心であってはならないだろう。対話を伴わない無関心は、レトリックではない「文明の衝突」を招くことになる。今回のテロ事件を通じて、イスラム世界は、それ以外の世界の無関心を糾弾したのである。今後、日本がいわゆるグローバル化に対応し、また平板的な文化相対主義を乗り越えるためには、地域情勢や各国の言語・文化・社会状況に対する継続的かつ戦略的な調査研究が不可欠である。

報告/山内康英(GLOCOM教授)
上村圭介(GLOCOM主任研究員)

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