第4セッション
政策形成主体のエンパワーメント
パネリスト 鈴木祥弘(日本電気(株)特別顧問)
公文俊平(国際大学GLOCOM所長)
舛添要一(参議院議員/GLOCOMフェロー)
額賀福志郎(衆議院議員)
コーディネータ 前田充浩(政策研究大学院大学助教授)
なぜGLOCOMが政策形成?
本セッションは、今年のGLOCOMフォーラムの中でもかなり異質なテーマとなった。普通の感覚から言えば、「なぜGLOCOMが政策形成?」という疑問が出てくるのも当然と言えよう。そもそも、21世紀の情報社会を構想する目的で設立されたGLOCOMは、情報通信技術の動向とか、情報化の研究をするところではないのか、と。
そもそも、実はGLOCOMが政策を研究してきた歴史は、情報政策に限って言えばかなりの歴史を持っていることは事実である(詳しくは、<http://www.glocom.ac.jp>を参照されたい)。ただし、最近のGLOCOMの事業には、たとえば産業技術知識基盤構築事業(デジタル・ニューディール)に代表されるように、一般的な政策形成にまでその射程を広げているほか、スポーツ・プラットフォーム(http://www.ppcon.org/sports/)のように、情報通信とは縁遠い分野の研究プロジェクトもあるのだ。これはどうしてなのか。その答えは、以下のように説明される。
情報通信技術の発達は、新たなコミュニケーション、情報の加工、および知のストックの方法を可能にする。こうして新たに可能になった方法を用いることによって、新しい社会的な合意形成方法が可能になる。すなわち新しい政策形成方法の可能性が開かれる。
この開かれた可能性を活用することによって、従来は政策形成に関与していなかった新しい主体が政策形成に取り組むことが可能になる。GLOCOMがこれまで「智民」と読んできた主体は、そのような新たな政策形成主体としての役割を担うことが期待される。
いわゆる情報通信革命以前の時代、特に、村上泰亮(1992)が「開発主義」のモデルによって著述する20世紀後半の日本においては、日本社会はただ一つの政策形成方法だけに頼っていれば事足りた。すなわち、強力なテクノクラート・システム(特に、「政策官庁」)の官僚による政策形成である。それで事足りたのは、当時の情報通信技術の態様、およびそれによってもたらされるコミュニケーション、情報の加工、および知のストックの方法が、それに適合的であったためであると考えられる。
しかしながら、今日私たちは、日本においてテクノクラート・システムが構築された時代(原型は1880年代。現行のものでも第二次世界大戦直後)とは情報通信技術の態様がまったく違う時代に生きている。この状況下で引き続きテクノクラート・システムのみに頼ることは、社会にとってきわめてリスクが高いことになる。
このように考えると、GLOCOMの政策形成に関する取り組みについては、二つの指針が得られると、本セッションの司会を務めた政策研究大学院大学助教授/GLOCOM客員研究員・前田充浩氏は説明する。第一は、情報化の研究においては、情報通信技術の発達の態様の研究と、新たな政策形成方法が開発されていく社会的な過程の研究とは車の両輪をなすものであることである。第二は、政策形成の研究においては、最良、かつ事実上唯一の方法は、自らが政策形成に取り組むことである。
すでに本フォーラムにおいても、第2セッションで、慶應義塾大学教授・林紘一郎氏より、具体的な法律の案文の提示があった。今さら確認するまでもなく、GLOCOMは実践を通した情報化時代の政策形成研究に取り組んでいると言える。
本セッションでは、現在喫緊の課題となっている構造改革を例に、そこにかかわる政策形成主体として、(1)実際に政策形成の現場に入った民間人、(2)学者・大学人、(3)実際に永田町で政策形成を行っている政治家、(4)(元)官僚という組み合わせで、このような「霞が関→永田町」という大局的な流れの中、政策形成主体のエンパワーメントがどのように行われるのか、という点をめぐって討論が行われた。
構造改革を進める際のツボ:「わかりました」は禁句!
まず初めに、総務省行政改革推進本部規制改革委員会の委員や、経団連の行政改革推進委員会の規制改革推進部会長も務めた、日本電気(株)特別顧問・鈴木祥弘氏から、このような統治機構の変容が起きつつある変容期において、構造改革のような大きなアジェンダを進めるにあたっての経験(苦労話)をお話しいただいた。
鈴木氏は、規制改革を進めるポイントをいくつか提示した。興味深いものをいくつか紹介すると、たとえば、「人の話をよく聞く。特に反対意見の人の話はよく聞く」というものがある。これは、独断、予断は禁物で、急がず焦らず、いろいろな立場の人の話を聞きながら進めていかないと、基本的に特定の層から恩恵を奪い取ることになる規制改革はまず進まないことを意味する。また、「苦笑いは禁物」「『わかりました』は禁句」というものもあった。これは、官僚とネゴシエーションした際に、たとえば、ごり押し、ゴネる官僚に対して「苦笑い」したり、「わかりました」などと決して言ったりしてはいけないのだそうだ。これを言った瞬間に相手につけ込まれ、たたき落とされる、あるいは言質を取られて、抵抗がより酷くなるということであった。「降りる」というのは、官僚用語で「交渉に負ける」ということを意味するが、「悔い一生」、つまり、いったん改革が挫折すると、同じ問題をまた持ち出して交渉成功に持ち込むことはきわめて難しいという厳しい現実が待っているので、「悔い一生」なのである。また、その種の官庁用語には、有名な「検討」というのもある。これは「検討」はするが、実施はしない、つまり放置することと同意義である。例として鈴木氏は、高速道路におけるオートバイの二人乗りがいつまでたっても許可されない事例をあげた。EUなどの外圧はもちろんのこと、国内のメーカーからも再三要望が出されているのだが、一向に「検討する」のままなのだという。
そのような規制が放置されているうちに、日本の競争力はみるみる低下していると鈴木氏は指摘した。たとえばIMD(International Institute for Management and Development, <http://www.imd.ch>)による、4分野300項目にわたる相対比較調査によると、主要49カ国の比較において、大学教育は最下位となっている。そのほかにも、政府の透明性、政策の方向性に関する内閣の一致度などは、最下位なのだという。一方、産業基盤、科学技術基盤などは比較的競争力をまだ維持していて、それでは、なぜ科学技術基盤が高いランクなのに国際競争力がこんなに落ちているのか、という話になるのだが、鈴木氏は労働生産性を軸に解題を始めた。最近の社会経済生産性本部の調査によると、日本の労働生産性の上昇力は2%以下にとどまっている。この原因を、鈴木氏は日本経済の二重構造に求めた。つまり、国際的な競争力の高い輸出主導型製造業と、生産性が低い国内向けのその他の産業との二重構造になっており、後者のほとんどに規制がかかっている。問題は、その国際的競争力の高い部門ですら、最近は労働生産性が下がってきていることであるという。また、規制の保護のかかったところは、なおさらであるが、やはり労働生産性が下がってきている。鈴木氏は日本の IE(Industrial Engineer)協会の会長を最近まで務めていたが、日米を比較してみると、日本の Industrial Engineer というのは、やはり製造業が主であるのに対して、米国は製造業の割合が低下しており、製造業以外、つまりNPOやサービス業からIndustrial Engineerの援用が行われている。
このように、日本でもサービス業のそのような生産性向上の試みを強化しなければならない。たとえば、医療など、日本では電子カルテの導入に反対する動きなどに(反語的に)象徴されるように、不効率の極みである。その結果、医療費がどんどん増えており、国民生活を圧迫している現状があるので、効率性の追求が要請されている、とした。
次に、鈴木氏は「許認可」をどう変えるか、という問題に進んだ。法律になっているものを変えるのは大変難しいのであるが、それは、その変えにくい制度の背後には利権構造が存在しているからである。これまでも、この問題を解決するべくさまざまな取り組みがなされてきたが、小泉政権になってきて、少しずつ状況が異なってきたのだという。その大きな変化は、「国際的に開かれ、自己責任原則と市場原理に立つ自由で公正な経済社会を念頭に置く」というもので、具体的には、行政の規制のやり方が、これまでの原則事前規制から、自己責任でやらせて、事後チェックをする、という手法への変化である。つまり、サプライサイド(供給者)の立場から、ディマンドサイド(生活者・消費者)の立場への移行ということである。
鈴木氏は、規制緩和を進めるにあたってのポイントとして、以下の7点をあげた。
1:経済規制は原則自由、社会規制は必要最小限
2:検査の民間移行等規制方法の合理化(仕様基準→性能基準)
3:規制内容の明確化、簡素化
4:規制の国際的整合化
5:IT社会へ向けての法整備
6:規制関連手続きの迅速化(ノーアクション・レター等)
7:規制制定手続きの透明化(行政手続法、パブリック・コメント等)
今後の規制のあり方についてであるが、政府への要望書だけでも1,000ページ以上あり、細かい要望ばかりの状況では、前に進むこともままならない現状があると指摘し、根本的な大枠の変化が必要と述べた。
具体的には、政府目標の明確化、規制体系の見直し、システムの変革を促すような改革を行うということである。たとえば、行政に関する基本法の総点検である。教育現場の疲弊に対応した形での、教育基本法の抜本的な見直しなどがあげられる。また、ITをてこにした新規産業創出、たとえば海外との競争を念頭に置いたITによる物流の効率改善(たとえば港湾荷役等)も急がれると指摘した。
また、現状で改革が遅れている分野を重点的に見直していくことも必要で、サービス業意識が足りない、高コスト構造が続いている、医療・福祉・労働・雇用・教育などの「社会分野」を中心に取り組みが必要であると論じた。
最後に、鈴木氏は、政策主体の話として、中国の問題、IT革命、あるいは高齢化の到来が象徴するように、大競争時代にさらされている事実を背景に、このようなある意味で「未知との遭遇」とも言うべき状況に対しては、「創造的破壊」の精神で取り組むことが大切で、そのためには行政中心の社会から、政治主導で国民意識を向上させながら、改革を推進していくことが肝要だと述べた。
政策連合(ムカデ)モデル:なぜGLOCOMは独自の政策形成に踏み込むのか
次に問題となるのは、なぜGLOCOMは、政策形成に取り組むにしても、独自の政策形成方法を模索するのか、という点である。
情報通信技術の発達によるエンパワーメントによりGLOCOMの政策形成能力が高まるとしても、その戦略には二つのものがあり得る。第一は、既存の政策形成主体を支援することであり、第二は、GLOCOM自らが新たな政策形成主体として、いわば「政策形成市場」に算入し、新しい政策形成方法を確立することである。
第一の戦略に則ったものとして、従来GLOCOMは、経済産業省をはじめとする中央省庁との協働作業を進めてきたところである。一方、本セッションで前田氏が強調したのは、第一の戦略と並行して、今後は第二の戦略を集中的に進めていくべきである、という宣言である(その理由について前田氏は、官僚側の意識改革が社会の変化のスピードにまったく追いつけないからだ、と説明した)。
この宣言は、近年のGLOCOMにおける政策形成研究の内容と適合的である。GLOCOM研究者有志は2001年に「政策連合(競争)モデル」(ARM:Alliance Race Model, 別名「ムカデ競争モデル」図1)を発表したところで、このモデルのエッセンスは、同一の課題について複数の政策形成主体が、それぞれ独自の政策形成に取り組み、競争を展開することにある(図2)。すなわち、GLOCOMは独立した政策形成主体として、たとえば他のNPO、またたとえば霞が関と競争を展開すべきなのである。
このようにしてGLOCOMが新たな政策形成に参入する場合、鍵となるのは、このような政策形成方法に理解のある優れた政治家が永田町に存在していることである。
今回は、そのような政治家として、GLOCOMフェローである参議院議員・舛添要一氏、および防衛庁長官、官房副長官、経済企画庁長官の要職を歴任された衆議院議員・額賀福志郎氏をお迎えし、議論を進めることとなった。
なお、時間の制約から、十分な議論の時間を取ることができなかったこと、および国会開会中であることから、両議員の到着がセッション開始後であるという異例のロジスティクスとなったことに、聴衆からは驚きの声が上がった。にもかかわらず本セッションで重要なのは、GLOCOMが進めようとしているこのような新たな政策形成方法に理解を示す「有力な」政治家が、現時点で永田町に存在しているという事実が証明されたことである。
舛添・額賀氏コメント:政治家とネティズンの直結関係をどのように実現していくか
舛添氏は、議員1年生として、永田町という政治の現場にいる経験からコメントを行った。まず、現状認識として、現在問題になっている道路公団の問題にしても、住宅金融公庫の問題にしても、政策意思決定過程がどうなっているかが(国民の目には)わかりにくくなっているし、小泉総理もそのわかりにくさを、逆に利用して政策を実現させようとしていると指摘した。
続いて、舛添氏は自分の生活の一端を紹介しながら、議員という職種がどのような労働なのかを説明した。与党議員のスケジュールはかなり忙しいと言われているが、予想通り、かなり激しいものであった。朝は5時30分に起床して、7時30分に永田町に出勤して、朝食は自民党本部で摂り、8時から部会で議論をする。舛添氏は「私は1年生なので、できるだけたくさん情報を得たいと思っているので、できるだけ出るようにしている(必ずしも出る必要はないので来ない人もいる)」と述べた。事実、舛添氏は複数の部会を代理を使うなどして、掛け持ちをしている。たとえば、フォーラムの翌日には国防部会、外交部会、厚生労働委員会の掛け持ちが予定されており、他の日にも金融財政、経済産業部会などを掛け持ちしているのだという。
また部会の後に、党の役職として、厚生労働関係・証券金融関係に関する陳情処理があるという。厚生労働に関してだと、50ばかり団体の陳情を、部会が終わった後の2時間(1団体2分くらい)で一気に片づけている(!)。
現実に、政策をつくり出していく過程については、現在、内閣提出法案にしろ、議員立法にしろ、たとえばテロ対策特別措置法の審議プロセスなどは特にそうであったが、ほとんど政治家が変更を施す余地がなく、部会がある意味でガス抜きの場となっている。税制改正など、政治家の議論がかなり反映するような場合もあるが、自民党としての議論、意見がなかなか上に上がってこないという不満が出てきているのだという(このようなことを、参院予算委員会の質疑で小泉総理に質問したところ、「慣れてないだけだよ」と受け流されたということであった)。
つまり、大きな意味での政策形成主体として、旧来型の自民党内の政策形成プロセス+連立政権というやり方と、大統領型のリーダーシップ、つまり小泉内閣のようなトップダウンのやり方が全面衝突している状況が現出してきている。
また、鈴木氏のプレゼンテーションについてのコメントとして、「特殊法人の改革もけっこうだが、規制緩和のほうを早くやるべきなのではないかという意見を持っている。ただ、そこで重要となる政策意思決定過程にメディアの影響力が非常に大きい」という問題を提起した。たとえば、「橋本派」というのは、現在メディアによれば「抵抗勢力の牙城」として、マイナスイメージが非常に強い。また、鈴木宗男氏や、松岡利勝氏のような、メディアに頻繁に登場される議員は、否応なしに「抵抗勢力」と、メディアが白黒を分けてしまっている。ビジュアル的にも悪役っぽい風貌をしていると、いくら正しいことを主張していても「抵抗勢力」という悪役の位置づけは変わらないことになるという現状を指摘した。また、メディアの影響力は、東京などの都市部に居住するような人々でない人たち、つまりサイレント・マジョリティに対して非常に大きいと論じた。つまり小泉政権に対する国民的な支持率の高さ(7割を超える)は、永田町の空気を知るものとしては「アンビリーバブル」な状態なのだという。
一方、額賀氏は、橋本政権からの内閣官房副長官時代の経済政策の問題に焦点を当てた。額賀氏が官邸に入った1997〜98年はだいたい2〜3%くらいの経済成長があり、大蔵省(当時)も、民間シンクタンクも、従来型の景気循環の上昇パターンだと判断して財政再建に着手し、マスコミ、財界、知識人などを動員して世論形成をして、財政構造改革法をつくった時期であった。この法律はキャップ制(いかなる経済の変化があっても融通が利かない)が特徴であった。
その結果、財政構造改革に縛られる形になり、政策転換はできず、必要な政策をとれないまま、結局参院選に敗れて橋本政権は小渕政権に交代することになった。小渕政権は、60兆円もの資金を使い、景気を下支えすることを目的に政策転換を行った。その間に、企業などが自らの努力で、体質改善や構造改革をしてくれるものと思っていたが、実際は、これで株価が上がるのではないか、土地が上がるのではないか、という期待が出てきてしまい、企業・金融機関の構造改革はなされないままに終わってしまった。その教訓として、「政策・法律というものは経済政策にしても何にしても、日本一国の問題ではない。世界情勢に対応した柔軟性を持ったものでなくてはならない」と指摘し、その意味で、小泉政権の国債30兆円枠のように、自らの政策的オプションを狭めるような手段は選択すべきでないと論じた。
また、額賀氏は、明治維新を例に、改革に向けての態度、心構えのようなものについて論じた。明治維新の際に、福沢諭吉は、「むしろ内戦があったほうがいい、倒幕側と幕府側と互いの考え方が異なる両者が激突して、その事実を国民に知らしめることで、世界の状況を国民が知ることになり、日本の将来の国づくりのために国民が判断できる環境が生まれる」と論じたという。
しかし、実際は、政権は禅譲されていった。長州も薩摩も英仏と戦争をして散々な目に遭い、内戦をしていては外国勢につけ込まれるという思いがあった。徳川慶喜も水戸にいる時に南下してきたロシア軍と対峙していた経験があり、国際的な変化を敏感に受け止めていた。だから、徳川政権を維持するとか徳川家を守ることよりも、大局の判断を誤ることなく、高い志をもって明治維新への道を切り開く決断ができた。今明治維新や戦後改革に次ぐ第三番目の改革といわれている時に、われわれが問われているのは高い見識と新しい時代を築く気概ではないか。そのようなアナロジーが政治家、学者等あるいは行政当局には欠けていまいか、という問題提起を行った。
本セッションの主題である、政策形成主体のエンパワーメントという観点から、舛添・額賀両議員の発言を読み解くと、以下のような問いがわれわれに突きつけられていることがわかる。すなわち、マスメディアを通し増幅され、実在とかけ離れた形で期待が指数関数的に増大しているという、ある意味で「ヴァーチャル化」した小泉政権の姿があるなかで、インターネットを通じて、政治家個人や政党が、直接、しかも容易に有権者とコミュニケーションをとる手段が確立しつつある。一方で、小泉政権のような大統領型のトップダウン型政策形成手法が登場し、政党や政治家の意見を政策形成過程において反映する場が薄れつつあるような現状を踏まえると、このような国民と永田町との間に存在する奇妙な、そしてメディアという装置を通じて増幅されるギャップ、ある種の断絶を、今後われわれが政府・市民・企業の協働を通して、どう乗り越えていくのかという問いである。
特定の利害関係者を政策連合の中に結びつけ、迅速かつ決定的な政策形成手段の確立、すなわち政策形成主体のエンパワーメントを目指すGLOCOMとしては、このあたりが今後の政策形成システム研究の新しい射程として浮上したというのが、本セッションを終えての収穫であったと言えよう。
報告/澁川修一(GLOCOMリサーチ・アソシエイト)