く・も・ん・通・信
新年あけましておめでとうございます。
とはいうものの、昨年以来、世界経済は深刻な景気後退局面を迎えています。インターネット・バブルの崩壊に端を発した今回の景気後退は、テレコム産業の全体が不況に巻き込まれるなかで、短期的な在庫循環ではなく、中長期的な投資循環の側面をますます明らかにしてきています。
おそらくテレコム産業の窮境の根本原因は、急速な技術革新と競争がもたらす費用と価格の革命的低下です。これまでの経済理論は、一時点での生産規模の拡大がもたらす平均費用の逓減による“規模の経済”や、累積生産量の増大とともに限界費用が逓減していく“学習曲線”が投資活動に及ぼす効果については、十分にとはいえないにしても、それなりに視野に入れていたと思います。しかしコンピュータの世界での“ムーアの法則”さえ大きく超えるような、光や無線の通信技術の革命がもたらしつつある帯域や通信機器の費用の、あるいは光ファイバーやその敷設費用の低下――1年以内に半減してしまうほどの急速な低下――、および市場競争の貫徹による費用を反映した価格の破壊的低下には、恐るべきものがあります。このような状況の下では、十分な利益をあげつつ投資を長期間にわたって回収していくといったタイプのビジネス・モデルは、到底成り立たないでしょう。
ひところ、コンピュータ(情報)産業の次の主導産業は、テレコム(通信)産業になるのではないかという見方がありました。しかし、これはどうやら間違っていたようです。大型機とともに出現し、ダウンサイジングで突破に成功したコンピュータ産業は、いよいよネットワーク化による成熟の局面に入っていこうとしています。マイクロソフトが今回発表した新OSのWindows XP には、インターネット電話機能が標準搭載されたことからもわかるように、これからのコンピュータ・ネットワークの上では、外部の事業者に頼らなくても、誰でも、自分自身の仕事として通信や放送を事実上ゼロに近い追加費用で、行うことが可能になっていきます。つまり、テレコムはコンピュータ・ネットワークに内蔵された標準機能の一部となるのです。しかも、そうしたネットワーク――たとえば一つの地域コミュニティをカバーするような、私どもの言うCAN(Community Area Network)――は、やがてどの自治体でも、あるいは企業グループや住民グループでも、自前で購入して使用できるばかりか、それらを相互接続した広域的なネットワークを共働で構築・運用できるようになるのです。もちろんその用途は、従来の電話や放送だけでなく、多種多様なマルチメディアでの“グループ通信”にわたるでしょう。いずれにせよ、そこには、テレコムのサービスをビジネスとして提供する専門事業者の残る余地は、ほとんどないと思われます。
このような自前のネットワークは、営利のためのものではないので、投資から利益を上げる必要がないばかりか、投資を全額回収しなくても存続が可能かもしれません。なぜなら、現在の設備の耐用期限が切れた時、あるいはより高級な設備が欲しくなった時には、以前よりもはるかに少ない資金で、更新あるいは新設ができるに違いないからです。
それでは、何が次の主導産業になるのでしょうか。とくに日本でこれまで有力だった予想は、いかにも“もの作り”――とりわけ自動車と家電の製造――で世界の最先端に立った日本らしく、次は家電とITが結合した“情報家電”だというものでした。確かに、いかに発展し成熟したといっても、コンピュータは依然として複雑・高価に過ぎ、使いにくいばかりか信頼性や安定性に欠けています。これは、Windows XPの発売を受けて早速デスクトップとノート型を購入して、セットアップやホーム・ネットワーク作りを試みた私自身、日々痛感させられている事実です。前のウィンドウズに比べると大幅な改善が見られるといっても、それは程度の差にすぎません。しかも、問題が起こった時のサービス体制ときたら、言語に絶するほどひどいものです。カスタマー・サポート・デスクの電話はまずつながりません。やっとつながっても、ベンダーとメーカーの間での責任のなすり合いがしょっちゅうです。多分、ユーザーが調整や再起動・再インストール、あるいは質問の順番待ちにむなしく費やす厖大な時間は、コンピュータ産業にとっては費用とはみなされていないのでしょう。
となると、これまでの家電製品のように、機能が明確で使いやすく値段も妥当な“情報家電”の登場は、一般ユーザーにとっては大いに待たれるところです(もっとも、ビデオやDVDのコントローラーの複雑さに悲鳴をあげている私としては、必ずしも素直に期待する気持ちにはなれないのですが…)。
しかし、そうした“情報家電”産業は、かりにある程度発展したとしても、それが次の時代の経済をリードするだけの規模やインパクトを持てるのか、またそもそもそれが日本に成立しうるのかと考えてみると、はなはだ疑問です。
実は、加工組立型の“もの作り”産業が主導産業であったのは、過去の第二次産業革命(重化学工業革命)の突破局面においてのことでした。19世紀後半の出現局面では、重化学工業の成果はもっぱら軍事利用に向けられました。当時を代表する企業家が、火薬で巨万の富を築いたアルフレッド・ノーベルであったことからも、それは明らかです。しかし20世紀に入ると、アメリカのヘンリー・フォードのような企業家をリーダーとして、重化学工業の民生利用、とりわけ乗用車や家電のような耐久消費財(つまり、消費者用機械)の大量生産と販売が始まったのです。これで、第二次産業革命は突破局面に入りました。
ところが20世紀前半の日本は、そうした展開にはなかなかついていくことができず、依然として軍事利用にこだわっていました。その“迷妄”をようやく吹っ切れたのは、敗戦の後、つまり20世紀の後半になってからのことでした。その後の日本経済のめざましい発展ぶりは、いまさらいうまでもありません。
ところがその時期、アメリカでは、第二次産業革命は、新しいサービス産業の叢生を通じて成熟局面にすでに入っていました。法務や高等教育、高度の医療や金融・証券、マスメディア、空港・港湾などの産業が生産性の大幅な向上を実現して、一般大衆向けの良質で廉価なサービスを実現し始めたのです。
しかし日本では、アメリカ経済に起こったこのような変化は、新しい発展というよりは、むしろ衰退の始まりを告げるものにすぎないという冷ややかな見方の方が強かったように思います。日本は依然としてもの作りに専念していたのです。なるほど日本では、1960年代の半ばから後半にかけて、もの作りの成功の延長線上に、情報化社会の到来をいち早く予想する人々(梅棹忠夫、林雄二郎、白根禮吉、香山健一など)も現れてはいたのですが、大勢は動きませんでした。とりわけ二度にわたる石油危機は、「資源・エネルギーの消費をできるかぎり節約しつつ、自分たちが得意とするもの作りの腕をさらに磨いていこう、日本は世界の工場になってもいっこうに差し支えない」といった考え方を、さらに強化する契機になりました。それが今にいたるまで続く大方の日本人のマインドセットとして残り、「IT革命での立ち遅れも、ITをもの作りに徹底的に応用することで克服しよう」といった形の提唱を生んでいます。私の記憶する限りでは、経済そのものの“サービス化・ソフト化”の傾向を徹底的に重視――これは余暇の重視などとはわけが違います――して、“ソフトノミクス”なる学問を提唱したり、“ソフトノミクス・センター”の設立に全力をあげたりしたのは、大平内閣時代の首相補佐官だった長富祐一郎氏くらいのものでした。
日本経済の現在の苦境が、中期の投資循環をも超えたより長期的・構造的な要因から来ていることは、この一事をとっても明らかでしょう。日本は過去の成功体験に幻惑されて、経済のサービス化に真剣に取り組むことを怠ってきました。それが、法務、教育、医療、メディア、金融、港湾等どれをとっても、国際的な競争力を喪失したサービス産業の惨状を生みだしているのです。しかも、その一方で日本は、アジアの新興諸国や地域、とりわけ中国からの、もの作りへの挑戦に直面しています。日本がもの作りにこだわり続ける限り、答えはアジア諸国へのもの作り産業の大々的な移転と、日本経済の空洞化しかないでしょう。
では、日本にはもはや、なすすべはないのでしょうか。そんなことはないと思います。そのヒントは、技術としてのITを超えた、人々の“知的エンパワーメント”という意味での情報化の進展の中にあるはずです。産業化で豊かになり、情報化で知力をも身につけた“智民”たちは、政府や企業のサービスに頼らなくても、多くのことを相互の共働の中で実現できることに気づき、現にそうした活動にさまざまな形で乗り出しています。1970年代のとくに後半以降、世界に無数と言いたくなるほど多数生まれてきたNGO、NPO活動は、その典型です。だから人々は、自分で積極的に情報を探索したり発信したり、さらにはその基盤となるコンピュータ・ネットワークを自前で持って運用しようとし始めているのです。しかし、何から何まで自分で、あるいは自分たちのグループで手がけるのは、効率が悪いばかりか、そもそも不可能に近いでしょう。外部からの支援や協力はやはり必要です。そこに新しいビジネスが入ってくる余地が生まれます。智民たちの学習や訴訟、相互のケア、あるいは特定の目標の実現をめざす、さまざまなグループ活動を支援するような有償のサービスを提供するビジネスがそれです。これが私の考える、情報社会での新サービス産業のイメージです。日本は、それこそ“蛙飛び”で、大衆消費者目当ての一方的なサービスの提供を行う第二次産業革命時代のアメリカ型のサービス産業の時代を飛び越えた、“新型サービス産業”の構築をめざしていけばいいのではないでしょうか。
その場合に、智民たちが、何も売らずに一方的にサービスを買い続けることは、政府その他の継続的・一方的な支援でもないかぎりもちろん不可能です。とすると、智民たちも売れる物を持たなくてはなりません。その一つは、地域の智民たちが自ら、“新型サービス産業”の範疇に入るようなサービスの提供を、営利事業として始めることです。しかし、利益まではあげなくても、交換に出せるもの(財やサービス)を何か生産することで対応するという選択肢も、当然ありえます。そこで考えられるのが、そのような交換の媒体として、いわゆる地域通貨を各地域が発行し、その地域内で需要されるローカルな“商品”をそれと引き替えに提供することです。もちろん、地域通貨が最初に発行される時には、それをたとえば、その地域での光ファイバー・ネットワークの構築費用(の一部)にあててもいいでしょう。ネットワークの建設事業者が、受け取った地域通貨を、その地域で生産される財やサービス(とりわけ労賃や、税金等の支払い)にあててくれるならば、そこから地域内での経済循環が始まることになります。それは、通信におけるLANに似た形でのLAE つまり Local Area Economyの形成を促すことになるでしょう。そして、LANが広域的に相互接続されてWANができるように、あるいは、岡山県がケーブルテレビで始めたインターネット電話が、各地のケーブルテレビでのインターネット電話と相互接続されていけば、広域の安価な電話システムができあがるように、個々のLAEもまた、互いの地域通貨に相手地域内での通用性を与え合うことによって、内発的でボトム・アップな経済発展の環を広げていくことが可能になります。もちろん、地域通貨を通じての交換の環に参入してくる主体の中には、営利を追求する純粋のビジネスや、非営利と営利の境にいるような事業体があってもかまわないのです。
このような、言ってみれば地域に軸足を置いた経済発展過程からは、将来全国的な独占体にまで成長する力を持った巨大なビジネスが生まれてくる可能性は、まずないと言ってよいでしょう。かりに可能性があったからといって、ほとんどの智民たちは、そんなことはそもそも望まないでしょう。にもかかわらず、さまざまな地域産業の全体としての経済規模が、既存の商品経済のそれに匹敵するものになる可能性は、決してゼロではないと思います。
GLOCOM所長
公文俊平