巨大サーバと化した機械時代の都市と、ネットワーク化されたハッカーとしてのテロ、から学ぶこと
岩崎敬(GLOCOMフェロー/(株)岩崎敬環境計画事務所代表/東京大学先端科学技術研究センター客員研究員)
9月11日のWTC(世界貿易センター)テロは不条理につきる。わずか500m四方の範囲で起きた犯罪が、阪神大震災の被害オーダーに匹敵する4千人強の犠牲者を生んだ。それから1カ月後、アメリカの反撃と新たなテロの浸透が展開している。
これらの問題は、根元的な国際関係の見直しとともに、都市そのもののあり方を問うている。そして、国家、国民、都市の意味とそれらの関係を構築する21世紀の新しい社会システムの必要性を見せている。
●ネットワークサーバとしての[NY]
潜在的に巨大なリスクを背負っていたニューヨーク(NY)は、巨大なネットワークサーバであった。サーバの崩壊は、通信ネットワーク等の都市インフラの破壊、取引所の停止や基幹企業の停止など国際経済活動の停止、世界的な経済活動の停止による企業倒産といった社会システム全体への影響を引き起こし、その波及はどこまで広がるか計り知れない。
経済生産の装置としての近代都市=機械時代の都市*1は、情報化とグローバリゼーションにより巨大化が加速された。
●ネットワーク化されたハッカーとしてのテロ
NYをサーバと見るならば、テロはネットワーク化されたハッカーである。ゲリラと市民との二重生活、不定形な組織、継続的犯行、多様な戦術など、実体をとらえることができない。ハッカーがサーバに送り込むウイルスやワームは、母体であるデータの破壊や改竄、母体の通信機能を活用して他のサーバへの伝染を繰り返していく。その潜伏期間が長いほど発見は遅れ、その間に感染は拡散する。
今回のテロはこの手口と同じである。高度に訓練されたテロリストが幹部の指示とともに他国に入り込み、市民にまぎれ時間をかけ、自律的な行動を交え、テロを遂行する。炭疽菌の郵送といった心理作戦を交えた複合的なアタックは、ハッカーそのものである。心理的な要因を含めた施設やシステムの機能停止は、日常システムにおけるお互いの信用と取り決めが、いかに機能しているかを教えてくれた。
●ハッカー対策の基本的ジレンマ
サーバは、ハッカー対策としてアクセス制限を設ける。しかし過剰な制限は、情報交流が目的のサーバとしての基本機能を損なうこととなって、サーバの意味を失っていく。都市にとっても、これと同様に、自由な往来や多様な交流とその蓄積に制限を加えると、本来の都市機能が低下する。これは基本的なジレンマである。
さらにウイルスやワームの存在は、被害が発生して初めて認知される。そこで初めてワクチンが開発され世界中に配られる。この予測が立たないところが根本的な問題だ。常にハッキングが先行すること、ハッカーの興味の続く限り、執拗に続くことが特徴である。
しかし、テロとハッカーとの相違は、犯行の目的と体制の相違である。多くのハッカーは興味本位ないしは強い自己顕示欲に基づく単独犯であるのに対して、テロは目的も明確でネットワーク化された組織犯である。テロの犯行はより継続的であり、犯行組織はおいそれと滅亡しないことは歴史が語っている。
●包括的な免疫プログラムによる自律と持続
テロを起こす原因が消滅しない限り、この先もテロは繰り返されるだろう。転移する癌細胞のように、一つの病巣を摘出しても他で再発する可能性は常に残されている。癌治療における、癌細胞の摘出や放射線等によるアタックと、生命維持のための栄養剤の補給とは、車輪の両輪のように必要なものである。さらに、再発防止のための免疫力の向上プログラムも必要となる。
すなわち今回のアフガン問題では、テロに対するアタックと難民への直接的な支援、それらとともに富のアンバランスの是正につながる自律プログラムの確立といった安定への持続的な課題解決が必要となる。国家の庇護も保険の支払いもない難民等に対する支援は、反テロを標榜するすべての人々の参加で展開することに意味がある。それは短期的かつ直接的な支援だけでなく、女性支援や、教育とコミュニケーション支援のような市民の自立につながる知的な支援が特に重要である。つまり、支援する側も受ける側も智民革命を起こすことが大事なのである。
さらに加えるならば、気候変動による干ばつ続きの実体を踏まえ、超長期的かつ地球規模の視点に立った生活の場のあり方の検討も忘れてはならない。このアフガンへの支援は、スケールの面でも期間の面でも、立場の面でも、包括的なものとなって効果を得るシステムが確立することで、国際コミュニティの一員としてのアフガンのコミュニティ形成が持続していく。
●寡占状況を創る巨大サーバと化した[機械時代最後の都市]の終焉
巨大サーバの真の意味は何か、というと、世界マーケットの占有にほかならない。限られた時間で最大効率を得るシステムを、最長時間運営する都市活動の成果(図参照)が、巨大サーバを生み、その結果、グローバルマーケットの寡占状況を創り出した。
世界マーケットを牛耳る民と、世界マーケットにアクセスできない民の違いは何か、と言うと、それは、災害復旧とともに空爆と食料投下を行い、さらに自国内での大リーグ熱戦を同時進行させられる国民と、まともな食料を得ることができず餓死が日常となっている国民との違いである。
しかし、グローバルな情報ネットワークにより、巨大サーバと化したNYは、グローバルなリスクと共存する都市であった。これは、経済活動に特化したアンバランスな機械時代の都市が、そのリスクから見ても終焉を迎えたことの象徴と言える。さらに、小さな地球コミュニティの中でのアンバランスな状況を見て見ぬ振りを通すことは、もはやできなくなった。これも機械時代の都市の終焉を告げている。
●多様性と開放性を担保する[P2P型都市]
コンピュータネットワーク界に生まれたP2P(ピア・ツー・ピア)構造は、多様性と柔軟な成長性の面で、これまでのクライアントサーバ構造に対峙するものである。
都市構造も分散化を指向しているが、表面的なリスク分散を狙った物理的な都市の分割では、新たな社会構造への移行は難しい。かつての近代革命においても、経済構造の変革が先行したように、社会構造の変革を進めなくてはいけない。すなわち企業や行政活動のみならずマーケットの分散を含めた「P2P型社会」への変換が重要となる。一方では、市民自身が社会に働きかけ重要な役割を担う「智民」となっていくことが前提となる。
個やグループの能力をネットワークにつなぎ、相互の目的に応じて情報資源を共有するP2P構造は、多様な社会チャネルを共存させる開放的な社会構造が特徴である。サーバネットワーク型社会が、ネットワーク規模の拡大と寡占状態を目指す排他的な社会であったとすると、P2P型社会とそれに見合った都市は「多様性の共存を前提とする世界均衡」をもたらすために機能させることで、存在意味が生まれる。
●[新たな価値]の存在を認めることから、新時代が始まる
われわれにとって、今回のテロ事件が見せたアフガン難民と都市の問題は、国家、都市、経済の関係を見直す「近代革命以降初めてのチャンス」であることに気づかなくてはいけない。新しい社会構造の実現は、近代社会とは異なる価値観が存在することを認めることから始まる。この変革は、これまでの機械時代の都市が変革を求めていること、さらにそれは200〜300年といった長大なスパンを持つ変革であることを認識して取り組まなくてはいけない。このチャンスを逃すと、いくつかのサーバ都市が構造的な死を迎える。
参考資料
1)『文明の進化と情報化』公文俊平著(NTT出版 2001年)
2)『安全学』村上陽一郎著(青土社 1998年)
3)『免疫の意味論』多田富雄著(青土社 1993年)
4)『古代文明はなぜ滅んだか』金子史郎著(中央公論新社 2001年)
5)「The Cell City」岩崎敬ほか著、『SD』1994年3月号 (鹿島出版)
6)「阪神復興のための都市論」岩崎敬著、『Voice』1995年7月号(PHP研究所)
7)安全科学「安全からみた次世代都市への移行プログラム」岩崎敬著、(財団法人国際高等研究所報告書 1999年)
8)「豊かな国が逃れることの出来ない罠、これは戦争か」サスキア・サッセン著、『現代思想』臨時増刊号 (2001年11月)
9)「日本人へ!ビンラディンにどう勝つか」塩野七生著、『文芸春秋』2001年12月号
10)<http://www.cellcity.jp/citydeath/>
機械時代の都市の定義
近代革命に始まる近代都市は、農業生産より生産性の高い工業生産のための装置であった。多くの農民が農地を捨て、資本と労働力の集積地である都市へ移り住んだ。これで近代経済システムに組み込まれた都市生活者が誕生した。
ヨーロッパに始まる近代経済の機械化とマーケットの拡大に対応した都市活動の拡大は、ごく自然な結果であった。言い換えるなら経済発展を実現する生産装置である近代都市の目的は、生産速度と生産規模の拡大である。機械化による「速い、止まらない、多い」生産の器であった。
その後のサービス経済の進展を見るまでもなく、生産活動の効率化を目指す管理機能の比重の拡大は、都市の生産機能に加え管理機能を増強させ、さらにその管理機能を独立させることで、国際的に資金と人の集中する新しい国際都市が位置づけられていく。この代表が、ニューヨークやロンドンのような金融や流通管理の中心となった。
しかし、生産、流通、消費を一貫して司る企業組織を主体とする経済システムにおける都市の位置づけは、広義の生産活動を支えていることから、基本的に近代革命以降変わりはないと言える。
これらをまとめて「機械時代の都市」と呼ぶ。
近代化が展開する1800年頃より、都市規模は100万人のオーダーとなる。近代以前の大都市のスケールが概ね40万〜60万人であり、その多くが、歴史的文明の発展した西アジアや中国、東アジアに分布している。1800年代に入りロンドンやパリなどの西ヨーロッパ都市が際だって成長している。地域的な変動だけでなく、規模のオーダーが一桁上がっている。
1900年代に入ると、世界の大都市の多くを西ヨーロッパとアメリカ、日本が占めている。これらの都市こそ、機械時代の都市と言える。ロンドンの人口を見ていくと、1840年頃より人口は急増し、機械時代の都市の象徴的なパターンを見せている。
ここで、都市規模について整理を行うと、公文俊平の言う宗教文明期、ないしはそれ以前の都市では、人口は概ね40万人前後である。これらの都市は、国土の主要な生産そのものを司っているわけではないことから、西暦100年、1000年との比較をみても、都市規模の抜本的な拡大などは起こっていない。
(岩崎敬ほか:都市の死に関する包括的評価手法の研究、平成13年度文部科学省科研費より抜粋)