新しい雇用を生む構造改革を
牛尾治朗(ウシオ電機株式会社代表取締役会長)
日本経済の現状――パニックの必要なし
最近、米国で起きた同時多発テロによって、米国経済は収縮に向かわざるをえない。金融も貿易も消費も投資も、しばらくは収縮していく。それによって世界経済全体も日本経済も影響を受けて、成長は減速し、失業は増えて、株価も下がるであろう。マスコミなどでは、日本経済はGDPと雇用の収縮が加速して、事態は急速に悪化していると報道されている。
しかしパニックに陥る必要はない。日本は4年連続で名目成長率がマイナスであったが、それでも過去2年間、少なくとも今年3月までは、企業の決算は好調であった。それは一部分、日本での流通革命が成功して割引販売が消費者に歓迎されたからと思われる。過去5年間で価格は実質3割は下がったというのが実感である。日本の賃金は、少なくとも上場企業に関しては、5年間で7〜10%上がっており、中小企業の場合でも、ほぼ同じ水準を保ったという感じである。つまりこれは5年間で30%も実質生活水準がよくなっていることを意味する。
失業についても、失業率が5%を超えているが、その最大の増加要因は、自営業と家族労働の低下で、その次は自発的失業の拡大である。非自発的失業がもっとも注目を集めているが、実際に大企業の人員削減は自然退職と新規雇用停止といった方法で行い、あとはグループ内で人を動かすだけである。
新しい雇用政策の採用
雇用の問題は現在、経済財政諮問会議で議論されているところなので、その会議の民間議員として、私が雇用問題と構造改革の関係について、どのように考えているかを説明したい。
構造改革の目的は、効率の悪い分野から活力ある分野に資源を移して、経済全体の効率性を高めることである。その意味で雇用政策は、生産性の低い分野から高い分野へ人材の移動を促進するものでなければならない。より具体的に、この新しい時代にふさわしい雇用政策には、3つの主要な柱があるといえる。(1)雇用の創出および雇用の多様化、(2)求人と求職のミスマッチの解消と離職者支援、(3)労働市場に参入できない人に対する労働環境の改善。
第一に、雇用拡大余地の大きい部門、特にサービス部門で雇用の創出を行う。経済財政諮問会議の試算では、医療や福祉といったサービス部門で今後5年間で530万人の雇用増加が見込まれる。サービス分野での雇用を拡大するために非常に重要なのは、規制・制度改革である。それから、地域社会における環境や社会福祉などの問題については、NPOやNGOでの社会活動のための新しい労働市場が生まれるのである。
雇用の創造と同様に重要なのが雇用の多様化である。これまでの終身雇用や年功序列賃金をあらゆる労働者に適用することは、成り立たなくなってきている。これからは、派遣労働や有期労働契約、裁量労働といったより柔軟な雇用形態が重要性を増すであろう。この点でも、職業紹介規制の緩和も含め、労働市場の規制緩和を進める必要がある。
第二に、求人と求職のミスマッチは解消されるべきであり、また離職者に対してはできるだけの支援を行うべきである。確かに失業率が増加していることは事実だが、60職種のうち27職種で求人が求職を上回っているという事実もある。こうしたミスマッチ解消のためには社会人教育で技能の訓練や開発を行うことが必要であり、社会人バウチャー制度のような、個人の自助努力に対する支援を検討すべきである。
第三に、労働市場に参入できない人に対する労働環境の整備が必要である。例えば、25歳から35歳までの女性は育児などのために働くことは難しい。もし保育サービスや介護サービスが充実すれば、そうした女性の労働市場への参入が容易になるであろう。
景気対策よりも構造改革を
経済は常に変化を続けるものであり、既存の規制や制度は常に古びていくものであるから、今までの制度を改革することで経済を活性化する必要がある。日本は過去の成功体験によって、かえって過去10年間にやるべき必要な改革を遅らせてしまった。米国をモデルとして、日本は税制改革によって小さな政府を実現し、また市場の競争を促進することで経済を活性化すべきであった。情報の開示と参入障壁の撤廃が、市場での公正競争とサービスの質の確保にとって必要であることはいうまでもない。
構造改革は痛みを伴うものである。しかし10年間にわたって改革を遅らせてきたので、これ以上先送りすることはできない。もしここで景気対策を行って必要な改革を先送りするならば、痛みは現在よりはるかに大きなものとなるだろう。構造改革には妥協がない。今断行するしかないのである。
●この論文の英語によるオリジナル版は「国際情報発信プラットフォーム/http://www.glocom.org」に掲載されています。