情報化の進展と日本外交
岩間陽子(政策研究大学院大学助教授)
前田充浩(政策研究大学院大学助教授/GLOCOM客員研究員)
山内康英(GLOCOM主幹研究員)
山内 岩間先生はヨーロッパの安全保障がご専門ですが、今回は情報化の進展が国際的な安全保障の枠組みづくりや外交の仕組みに、どういう影響を及ぼしているのかについて、お話を伺いたいと思います。
安全保障と情報技術の関係ですが、昨年、防衛庁が報告書を発表した「情報RMA(Revolution in Military Affairs)」では、軍事情勢全般にかかわる革新として情報技術をとらえています。また、いわゆるインテリジェンスの分野では情報技術の発展が大いに影響しています。たとえば衛星を使って戦略情報を得る、インターネットを盗聴する、といったことのほかに、従来は雑誌や新聞などが「オープンソース」として相手社会の情報源だったわけですが、インターネットが「オープンソース」として重要な意味を持つようになったと思います。相手国がクーデターなどで混乱したときに、インターネットというルートが残っていて、その社会の動向が入ってくるということもあるでしょう。
TeleDiplomacy, Inc.のロス・ステープルトン-グレイ氏は、1996年頃から「テレ・ディプロマシー」というコンセプトを提起しています。このコンセプトによれば、外交活動の中の情報収集については現在、世界各地に置いている大使館や公使館は不要になるかもしれない。現地に外交機関を置かなくても、多くの情報は本国で入手できるようになるからです。このように考えていくと、「外交」という国民国家がこれまで独占していた国家の機能に大きな変化が現れるかもしれません。これとは別に、有名な投資家であるジョージ・ソロス氏が東欧などで主導しているソロス財団がインターネットを使って「開かれた社会」の建設を進めているとか、あるいは冷戦中、東側諸国に対して越境放送を流し続けた「Radio Free Europe(RFE)」がインターネットにメディアを換えて情報を提供しているとか、ウェブを利用したNGOの種々様々の動きなど、外交と情報技術に関する話題は尽きないと思いますが、このあたりの最近の状況はいかがでしょうか?
地域紛争の中から生まれた組織と人材
岩間 RFEが出しているニューズレターは、完全にインターネットに載っています。放送も一部載っているのではないでしょうか。そういう情報の共有が始まっていますし、私はここ数年、東欧やバルカンに行く機会が多かったのですが、そういうNGOのような組織の強みというのは、セレクションをして、たとえば、ここをわれわれのターゲットにしようと決めたら、そこにリソースを集中できることです。国家は、すべての国に一つずつ大使館を置きましょうという建前になっていますから、それができません。もちろん、アメリカの大使館はとても大きいわけですが、それにしても、均等に世界中に置くということをやっていると、やはり総花的にならざるを得ない。たとえば、ソロス財団などが東欧とかロシアとか決めて、そこにお金と人を集中させるといった戦略でもって彼らは何かを達成しようとすることができるわけですが、国家の外交組織ではなかなかそうはならないですね。まず、本省の人がはりついていて、出先機関にポストがいくつあって、各省のポストがいくつあってということががっちり決まっていて、それを一つ削減したり増やしたりするだけで、大騒ぎになるという世界ですから。こういう時代になってくると、柔軟性に欠けるという点は、官僚組織の決定的な弱点だと思います。
山内 ソロス財団を例に挙げましたが、東欧に開かれた社会を固定化しようという動きの中で、情報技術の使い方という具体例を少し話していただけますか?
岩間 インタナショナル・クライシス・グループ(ICG)というのがあります。どこから始まったのか定かではありませんが、バルカン、インドネシアなどいくつかを重点地域としています。元オーストラリアの外相であったガレス・エバンスが、プレジデントになっています。そこがインターネットを使って大変多くの情報を発信しています。
山内 国際的なシンクタンクと考えていいのですか?
岩間 シンクタンクのような、NGOのようなものです。要するに情報発信によるアーリーワーニング(早期警報)で、基本的には、分析してレポートを出すということをしています。当初、バルカン諸国に関しては、信頼できる情報がまったくありませんでした。やはり情報というのは、誰が出しても何らかの色がついて出てくるわけで、ICGの情報も明確に、政治的にある方向を持った情報です。
山内 具体的には、どういう色がついているのですか。
岩間 アメリカ社会においてですが、わりあいリベラルな政治的方向性、つまり、クライシスが起こった場合に、デモクラシーの方向に誘導するように、武力を行使してでも介入すべきであるという方向です。それは、ヨーロッパが全体的に社会民主主義に振れていった流れと、たぶんマッチしていたのでしょう。
山内 マッチしていたというのは、拮抗していたというか、補完的だったということですか。
岩間 それによって、うまく歓迎されたという感じでしょうか。政府レベルで外交組織によってあがってくる情報ではない、ジャーナリストの情報でもないリアルタイムの情報というのは、実は、今まで、われわれはあまり持っていませんでした。もちろん学者が書いた本もありますが、そういう本は、事が終わって1年か2年経ってから出るわけですから、リアルタイムで今何が起こっていて、どういう政策が考えられるかということを勧告する民間の組織というのは、今まであまりありませんでした。しかし、従来の外交組織に頼っていたのでは、リアクションが遅すぎる、遅すぎたからクロアチア、ボスニアがあんなことになってしまったという一つの価値判断があったのだと思います。その後、急速にICGが大きくなって、私が関係しているのはバルカンだけですが、いくつか重点的に紛争が起こり得る地域を選んで、そこで何が起こっているのかをレポートする、選挙があるたび詳細なデータを出すなどして、それに対して、いわゆる欧米社会はどのようなかかわり方をすべきかという勧告を、そのたびに出しています。
山内 岩間先生はどういう形でICGに注目されたのですか。実際にICGのスタッフとどこで会いましたか?
岩間 最初にICGのスタッフと会ったのは、ベルリンのドイツ外交協会で行われた、バルカン問題に関する国際会議の場ででした。Oxfamなど、古くからあるNGOと並んでICGのスタッフが参加していました。その時の話が大変面白かったので、その後、ワシントンのオフィスを訪問したり、サラエボのオフィスへ話を聞きに行ったりしました。サラエボの現地オフィスは、5、6人のスタッフでやっています。非常に若い人たちが主体で、インタナショナルのスタッフと現地スタッフが半々くらいで、両者対等に働いているが特徴です。それから、彼らが現地に持っているネットワークがあり、そこからさまざまな情報を汲み上げています。
ひとつ特異なことは、ヨーロッパの場合、この10年間ずっと地域紛争が続いてきましたが、その中で育ってきた、紛争地域に強い人材の層というのがあります。選挙監視や何らかの人道支援、あるいはポリティカルオフィサーのような形だったり、OSCE(全欧安保協力機構)であったり、いろいろな人道的な組織であったり、そういうところを渡り歩くような人材で、わりあい若いけれど地域の専門的な知識や技術はあって、語学にも強く、非常に過酷な条件で楽しく生活ができる才能のある人という層がいるわけです。従来の外交官コミュニティには、そういう人たちはいませんでした。そういう層の人々が渡り歩くなかから、そういう情報を汲み上げて、逆に民間から政策勧告を出していこうという動きが始まったのではないかと思います。
政策立案と情報の価値
山内 そのような人的な層が出てきた背景は何でしょうか。
岩間 それは、やはり需要があったからでしょう。
山内 情報や知識に関する需要ですね。それは彼らがインターネットを使って、ホームページで情報を提供するということも大きいのでしょうか?
岩間 そうですね。大使館と本省というような組織を持たなくとも、商業出版とタイアップしなくとも、ホームページ一つで情報を発信でき、インターネットで情報のターゲッティングがある程度できることは大きかったと思います。一度そこでメールアドレスを登録すれば、定期的にレポートが届きます。もちろん、ホームページにいけばそれを見られるし、RFEもeメールに転換してから、ずっとニューズレターを出しています。
前田 私もタイの日本大使館に3年いましたので、関連した実例を申し上げます。タイでは多くの日本人ボランティアが活躍しており、巷間、以下のような説が流布していました。つまり日本からG-G(政府間)の仕事のために来ている人間には四つの身分がある。第一身分が外交官、第二身分がJICA(国際協力事業団)の専門家、第三身分が青年海外協力隊、第四身分が政府の裏付けのないボランティアです。そこで、第四から三、二、一と身分が一つずつ上がるごとに、給与は数倍ずつ上がっていく。他方で持っている情報は給与に反比例して数分の1ずつ減っていく、というものです。また志気は、身分が一つ上がると1桁落ちる、というのもありました。確かに第四身分の中には、クロントイなどのスラムとか、カンボジア難民のキャンプに住み込んで、そこの人々と同じものを食べて活動している人もいるわけですから、やはり志気が高くなければやっていけないでしょう。
岩間 アメリカの社会で面白いのは、給料の面では、各身分は結構拮抗していますね。外交官ほどはもらっていないかもしれませんが、ICGの人たちは私たちよりも多くもらっているかもしれません。どのように資金集めをしているのかは知りませんが、やはり情報に対する需要があるから、お金が集まるのだとは思います。
前田 現在の日本の問題は、外交政策を企画立案する責務を負っているのは政府の官僚だけだということなのでしょう。事態が変わって、各政党やNPOの企画立案する政策が政策ルートに乗る可能性が出てくれば、政策の企画立案には独自のリソースが必要ですから、高い給料を払って能力の高い人間を派遣することへの需要が生じます。
岩間 アメリカでは、いろいろなところで政策立案しなければなりません。議会の野党も相当の情報を入れて信頼に足るオルターナティブを出さなければなりませんから、現政権を真剣に批判しようと思ったら、それなりに情報が必要です。そういう意味で結構需要があるのだと思います。それから民間の人道援助関係のNGOで動くお金も、相当なものですから、そういう方面からの需要もあるかもしれません。
前田 今の岩間さんのお話は重要です。つまり、情報社会において組織の存在や形態は情報や知識の需要に対応するということですね。外交ルートが多元化していない、NPOによる外交ルートが成立していないということは、日本国内で外交政策を企画立案しようとする人々は政府関係者に限られている、ということであり、また情報収集能力等外交ルートの質の問題は、社会が所詮その程度の外交政策しか期待していない、ということでしょう。
外交一元化論と縦割り行政の実態
山内 外交政策過程における情報や知識の需要が、国民国家の情報収集に関する組織形態を決める、また外交情報に関する需要やルートが今後は多元化すると考えた場合、外務省がかねてから主張している「外交の一元化」という基本方針がボトルネックになるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
前田 岩間さんは、大使館勤務のご経験がありますね。
岩間 1998年から2000年まで、ドイツの日本大使館で専門調査員をしていました。
山内 なるほど。そこでどのような問題にぶつかりましたか?
岩間 一から十まで、カルチャーショック続きでした。まず、書き言葉の日本語が違う。これほど不思議な日本語に会ったことはなかったです。いわゆる明治以来の電報の伝統があって、それに則るべきであるという美学があるんですね。
山内 電報の美学ですか。それは日本の旧軍の伝統だと言われていますね。「天気晴朗ナレドモ浪高シ」など、一種の漢文的な素養に基づいた臨場感がある、ということですが。
岩間 いや、そうではなくて(笑)。外務省というのは、外務大臣と大使のやりとりであるというフィクションの上に電報を書くわけです。むろん、そうでないものもありますが、大枠としては岩間個人が立案していても、最終的には大使が外務大臣に送ったものであるというフィクションの上で、動詞とか助詞を使うわけです。それが何十年も踏襲されて、また、独特の言葉遣いでやるものですから、業界外のものには、近寄りがたいものがありました。
前田 それを知らないと言って、出向者をいじめるんですよ。(笑)
岩間 結構他省からの出向者もいますし、外交官といっても新米は普通の日本語をこれまで使ってきた人々なのですから、せめて「電報の書き方ABC」のようなマニュアルがあってもよいと思ったのですが、なかったですね。それから、仕事の大部分がロジスティクスです。つまり、日本から来る人を受け取って、ご飯を食べさせて寝かせて帰すという、大臣から本省の出張者までいろいろですが、そのときに何を食べさせるのかといったことがほとんどです。
前田 外交の一元化に話を戻しますと、「外交一元化」という概念には二つのフェーズがあります。第一は、「外交をやるのは霞が関の官僚だけであって、民間人、NPOはやるな」というものです。これについては私たちは、官僚の外交トラック以外にも国民各層がそれぞれ独自の外交トラックを確立すべきだと考え、その方法について検討しているところです。第二は、これが通常の意味の外交一元化なのですけれど、外交をやるのは霞が関の官僚だけであることは当然として、「その霞が関の中でも外務省だけが外交をやり、他の省庁はやるな」というものです。まぁ、これがいかに非現実的な考え方であったかということは歴史が示す通りであり、旧大蔵省や旧通商産業省は、1970年代から今に至るまで外務省と熾烈な権限争議を繰り返したわけです。
岩間 霞が関の縦割り行政が、そのまま大使館の中にすぽっと入っているわけです。そして、大使館の中で、この案件は自分のところだと言ってお互い引っ張り合いをしています。ある問題があがると、それをどこの班に下ろすかということが問題になって、納得がいかないと、班長同士で一悶着あるということが、しばしばありました。
山内 外務省の中の縦割りが外交交渉に入っているのですか?
岩間 いいえ。大使館の中に、外務省チーム、大蔵省チームというのがなぜか別格の扱いを受けていて、通産省はまだ中途半端でした。先ほどの前田さんの話を敷衍すれば、これらの省庁は、自分の権限のために常に闘わなければならない立場にあったわけです。その他、各省から来ていますから、それぞれがそれぞれの利益を代表していて、本来、上にある官邸であるべき大使のところは、官邸機能が弱いといわれるのと同様に統括する力としてはあまり機能しないわけです。縦割り行政がそのまま大使館の中にあって、お互いに横で何をやっているかはよく知らないという状況です。私は霞が関も危機的な状況だと思うのですが、その危機がそのまま大使館に入っているのかなと思います。やはり、一つの省だけに一つの問題が属するというのは、ある程度限界があるのではないかという感じが多少しています。
専門の安全保障に話を戻しますと、伝統的な陸、海、空、海兵隊などという、それぞれのオペレーションがあります。場合によっては、そのうちのエレメントをいくつか統合して使わなければならないことがあるわけです。それをどのようにうまく行うかということは、冷戦が終わって以来の軍隊の関心事です。最初に山内さんのおっしゃったRMAも、まさにこの軍種の統合(ジョイント)の問題にかかわってきます。ですから、あるタスクがあって、そのためのチームをどのように編成するかということは、軍隊にとっては非常に重要なことですが、外交とか政治行政に関しても、21世紀はそれが必要だろうと思います。それが今の霞が関では起こり得ないし、その霞が関がそのまま反映されている大使館でも起こらないでしょう。ただ、出口だけは、外交一元化という名前のもとに束ねるわけですが、実際は縦割りの中のどこかに落とす。その際に、まずどこに落とすかの壮絶な争いがあって、そこに落としたものに大使の名前をくっつけて出しているというのが現状です。たとえば、日米間に貿易問題がある。この問題にどう対処するかという政策案に、外務省、財務省、経産省が一緒にジョイント・タスクフォースで取り組むということは現状ではあり得ないわけです。
前田 もう時効だと思いますから実例を申し上げますと、大使館に赴任直後のことですけれど、「現在○○省がタイでこういうプロジェクトを進めているから全力をもって潰せ」という訓令の電報を偶然目にしたんですね。アメリカの案を全力をもって潰すべくアジアで根回ししろ、というのならわかりますけれど、外務大臣が大使に出す訓令で、他省庁のプロジェクトを潰せ、というのはちょっと…。
山内 そういうことは実際によくあるんですか?
岩間 私は見たことはありませんが…。ただ、隣のムラに落ちた案件には、原則としてこちらのムラからは協力しないというのは不文律としてあって、どんなに困っていようが、車番一人貸さないという雰囲気はありましたね。借りるためには、それなりの仁義をきって、借りは必ず返さなければならないという、独特のルールのある世界でした。
前田 車の意地悪はよくありました。他省庁から幹部が来ても、大使館の公用車を出さない。車は借りればよいのですけれど、外交官ナンバーではないので、官邸に入れない。他省庁の大臣用にタイ政府が回してくれた特別車を、外務審議官用に取り上げられたこともありました。まぁ、余所者の僻みと言えばそれまでですが。
岩間 それはありましたね。大蔵省のいろいろな問題が始まったころだったので、東京からの出張者に関しても、今までのように面倒を見てはいけないとか、あまりたくさんお金を使ってご飯を食べさせてはいけないとか、いろいろなルールが増えていったのですが、不思議だったのは、外務省からの出張者には車が迎えに行く、しかし他省からの出張者には行かないわけです。同じ大使館員なのですが。
つまり、外交一元化という掛け声のもとに、やっているのは実は霞が関の縄張り争いでしかないわけです。非常に不毛なエネルギーを費やしているというのが、まったく関係のない、大学から行った私の感想です。本来、外交というのは、「国益とは何か」ということを考えるべきで、公務員は国益にサービスするはずですが、実は省あって国無しなんですね。ですから外交一元化となっても、外務省だけが代表されて、外務省にある才能しか、外務省にあるリソースしか使えないというのが実態です。本当の外交一元化は、そうではないと思います。つまり、タクスに応じて、その国の持っている才能とリソースが使われるような、柔軟にそれができるような状況が理想だと思います。本当に、タスクに応じてチームが組み換わるようにするには、どうしたらいいのでしょうか。
山内 それは、典型的なタスクフォース方式の導入ですよ。今後のあるべき「外交一元化」とは、「タスクに応じてチームを組み換えることにより、国家の資源を適切に動員することである」と定義してよろしいでしょうか?
岩間 そうですね、たとえば通商問題であれば、経済産業省の中からのリソースが、うまく外交というルートに乗ればいいわけです。
21世紀にふさわしい外交官の姿とサイバー外交
山内 少し話を変えて、外交官も通常のシビル・サーバントとして動くことについて何か支障は考えられますか。
岩間 支障ですか。それはまったくないでしょう。
山内 しかし、外交は貴族がやるものだという側面もあるのではないでしょうか。
岩間 基本的に18世紀、19世紀をモデルにしているからおかしいのです。何といっても今は21世紀ですからね。
山内 外交官が通常の官僚として動く、つまり貴族の職業ではないということを言明しても、何ら支障はないということですか。実は何か支障があるのではないでしょうか。(笑)
岩間 かつてのように、イギリス貴族が、自分の豊かな資源をもって外交官になっていたという時代は、おそらく過去のことでしょう。国家機密というのは、どの省にもあることなので、外務省だけにあるわけではありません。
前田 つまり、今日の民主主義体制の産業社会は絶対王政の社会とは違うのだから、外交とは貴族がやるものだ、という考えから脱却しなくてはならないということですね。それでは逆に便宜供与についてはどうですか。外務省の職員とか国会議員とかがやってきて、そのお世話をする。タイの大使館の機能の9割はこれに割かれていたと言って過言ではないでしょう。このような情勢をどうお考えですか?
岩間 出張者と政治家ですね。かつての大臣、かつての大使、引退した政治家も来ます。そういう人たちのお世話という仕事がとても多くて、こういうことに割くエネルギーというのは、他の国の大使館から見ても、日本の大使館は相当多いようです。私は、ヨーロッパの外交官と時々話をする機会がありますが、「日本の外交官は大変だね」と言われます。アメリカはもっと大変だという話もあるようですが。旧西ドイツのワイツゼッカー元大統領が、2000年に来日した折に、「大使館は何をしたのですか」と尋ねたら、「こことあそこのアポを入れただけです。ロジスティクスはすべて、ワイツゼッカー氏の個人事務所がやりました」と言っていました。それが本来のあるべき姿だと思いますが、日本の場合は、かつての首相まで大使館がお世話しますから、それは大変な業務量で、そのために割かれる能力と、大使館で働いている人たちにたまるフラストレーションと疲労は大変なものです。
前田 各国の日本大使館で生じているさまざまな不合理は、日本国内の制度の問題点が集約したものである、という「岩間テーゼ」に基づくと、この問題の根幹は、人事に対する政治家の干渉ということになるでしょう。大使公邸での食事が不味かったりすると、「俺にこんな仕打ちをして、次のポストのことはいいんだな」というようなことを言う。実際、観光のアテンドが不十分なことに激昂した政治家が、重要な国際会議に出席中の大使を中座させて自分のアテンドに回させた現場に立ち会いました。
岩間 逆に、いわゆる大使のポリティカル・アポイントメントの問題がありますね。日本の場合は、外務官僚をやっていて大使になれる確率というのは相当高いと思います。逆に外から来て大使になるということは、民間であれ、他省であれ、非常に例外的です。外務省以外の人が大使にやってくると、民間人にポストを取られたという、自分たちのものであるはずのものを奪われたという意識になります。その人が大使というポストに適任であるかどいうかという以前の問題として、そういう意識があるようです。省益あって国益なしで、そういう人が大使のポストに就くことが、日本の国益かどうかという発想はあまりないようで、それがとても不思議でした。
大使ポストというのは、パブリック・リレーションズのポストだと思います。昔は、外交交渉は大使がやったのかもしれませんが、今はもう、それこそスピードが速いですから、情報集めの大部分は部下がやりますし、政策は本省が決めます。大使は、そういう情報とか政策について、ときどき進言はできますが、基本的には通過点であることが多く、むしろ、大使に課せられた役割としては日本のパブリック・リレーションズの役割が大きいと思います。それには、おそらく外務官僚でないほうが向いていると思います。ですから、単なるシビル・サーバントである外務官僚がやることと、パブリック・リレーションズであるポストの大使がすることというのは、まったく異質なものであって、全然違うリクルートメント系統にのせるほうが、もしかしたら日本の国益という観点からは、よいことかもしれません。
前田 たとえば政治家や文化人が大使になる、ということですか。
岩間 そうですね。事務的なことの取りまとめは、次席ポストがやればいい。現実にはそうなっているわけですから。だいたい日本の理想的な上司というのは、細かいことはつべこべ言わずにハンコを押す、というのが伝統的のようですが。そうであると考えれば、相当いろいろな才能を活用してもいいのではないでしょうか。
山内 ということは、仕事の9割を占める便宜供与も外務省の仕事である必要はなく、大使職も外務官僚である必要はないとなると、残るものは何でしょうか。実際の交渉(ネゴシエーション)は確実に残りますね。
岩間 まだこれは詰めて考えてはいないのですが、さきほど言ったように、タスクごとにチームが組み換わるのが理想だと思います。外務省プロパーな人は、それほどたくさんはいなくてもいい。ただコーディネーションと人脈づくりがとても得意な人、つまり、こういうタスクが出たら、あそこに声をかけてこういう人を引っ張ってくればいいチームができる、ということが得意な人、これは参謀の仕事です。それから、手となり足となる人々がいて、ポリシーマター自体は、いろいろなところに分散しているものを、うまくタスクごとに集めてきて、事務局としてうまく機能することができることが理想ではないか、という感じがしています。
前田 それでは、外交業務には二つのものがある。第一はパブリック・リレーションズであり、これは人と人とのコーディネーションだから、リアルに現地に人を置く必要がある。第二は情報収集とアテンダントであり、これはアウトソーシングできる。この分析をもとに大使館の姿を考えると、パブリック・リレーションズの得意な人が最低人数だけいる組織ということになるでしょうか。(笑)
岩間 私は、情報を収集して編集する機能は、現地に置いていいと思います。やはり、評価の過程で、その国にいて、その国で生活し、その国の人々と日ごろ接触しているということは重要ですから、現地に人を置く意味はなくならないと思います。ただ、いまの問題は、同じ人がパブリック・リレーションズもロジスティクスもやり、ポリシーマターも分析もやっています。一人の人間がすべてをやっていると、当然ロジスティクスにとられる部分がどんどん増えてきて、政策分析とか、本来外交と呼ばれるべき、外交政策であるべき部分は、どんどん減ってきているわけです。ですから、これは分けてしまえばいいのではないかと思います。まず、ロジスティクスは相当程度外部委託すべきだと思います。それから、情報を集めてくる部分も、かなりの部分は外部委託できると思います。すべての情報というのは色がついてくると思いますので、それらをその背景からきちんと読み取って、日本にとってそれがどういう意味があるのかということに読み替える作業をするのは、やはり、そこに人がいるほうがいいです。私は地域研究もやってきましたから、その国に住んでその国の空気の中に暮らすということの意味はあると思っています。
ただ、今のつくりだと、そのように仕事ができるようにはなっていないし、かつ、今そのように仕事をしている人は、2年ごとにあっちへ行きこっちへ行き、いろいろなところをぐるぐるまわっていて、外務省の場合は、そこの問題のスペシャリストというのが育たないんです。ですから、むしろ、上級職よりも専門職の人のほうが、その国のことをよくわかっていることが多いのです。スペシャリストはスペシャリストとして養成し、オーガナイザーの面でのスペシャリストはそれとして養成するというように、それぞれのトラックをつくっていかないと、優秀な組織にはならないのではないかと思います。今までのように、あらゆることをキャリア外交官が統括し、その手足として専門職の人が使われるというつくりでは、もう限界にきていると思います。
前田 外交機能について、今日のお話のような事態を生んだのは、どのような社会状況の変化なのでしょうか。
岩間 ひとつ言えることは、昔はこれほど人が動かなかったということです。ですから、大使館というのは現地にいて、そこで情報収集して、分析して、電報を書いていればよかったわけです。今は、何か会議があると本省からどさっと人が来る。何かというと国会で調査団を組んで、国会議員がやって来る。そういう状況というのは、大使館の制度ができてきた18世紀、19世紀には予見されていないことでした。本来予見されていない機能を、もともと違うためにつくられた施設でやっているというのが現状だと思います。しかも、情報も、新聞や雑誌などで、東京でリアルタイムに見られるものも相当増えているわけですが、いまだに現地の新聞情報を現地で書いて、電報にして送って、本省で読むという作業をやっているということの意味が、どれほどあるのかという気はします。東京で取れる情報は東京で取って、それでもなお現地にいることに意味のある部分に、現地は特化すればいいわけです。人がこれほど動く時代になったということは、それに必要なロジスティクスはそれなりに特化させて、それこそ旅行代理店にでも任せてしまうほうがいいのではないかと思います。
国益第一の外交を、誰が立案・実行できるのか
前田 人がこれだけ動くようになったために無効化するのは、大使館制度でしょうか、それとも外務省の方でしょうか。
岩間 大使館制度は、需要と機能の間にミスマッチがありますね。外務省はどうでしょうか。外務省の問題は、変わらない部分もあるのではないでしょうか。昔は国と国のつきあいというのは、若干通商もありましたが、戦争と講和の問題が外交官の大きな仕事だったのです。今でもそれが外交官の仕事であることは変わらないと思っています。ただ、これは最近は不定期になってきていますし、戦争と平和以外の国と国との交流が増えてきています。その部分は、従来の外務省という組織でくくっていくのには不適切ではないかと思います。
前田 非常にわかりやすいですね。ということは、小さな外務省を目指すということでしょうか。戦争と平和というのは、安全保障ですよね。ほかに外務省の専管とすることはありますか。
岩間 国益という観点からのコーディネーション、オーガナイゼーションですね。何か一つ問題が起こったとき、たとえばテロだと、絶対に外務省だけではだめです。警察、法務省、軍隊、全部一つの中にくくらなければならないのですが、それが今の官僚組織では全然できなくて、かつ日本では官邸の機能が弱いということになると、もうお手上げだと思います。
山内 外務省の重要な機能は、国益としてのコーディネーションやオーガナイゼーションであって、各省庁、NPO、メディアや企業を含む日本の社会は、人材、情報・知識、各種のネットワークなど各般の資源を外交過程に提供する、という新しい外交のコンセプトが提案されました。他方で実際には1970年代、80年代、90年代、今後の推移を見ると、アメリカ、ヨーロッパ、東南アジア、中国において、外務省の権益が各省に分散されつつあるという現象が見られるということですが、それでよろしいですか?
岩間 それは現象としては起こっていて、また権限争議は常に続いているのだと思います。それで何が実態としてあるのかというと、ちっとも情報が一元化されていなくて、経産省の人は、自宅から本省にFAXを送り、郵政事業庁の人も自宅から本省にFAXを送り、結局大使のもとを通っていかないのです。
EUでは、金融関係は金融関係、通商関係は通商関係、社会関係は社会関係で、それぞれの省庁が、イギリス、フランス、ドイツという感じで、つながってしまって、いちいち外務省を通していないのだと思います。そういう社会になってしまえばいいという発想もあるかと思いますが、そこまでは一気にいかないと思います。その過程において、ものすごく情報が分散化していて、全体として見る人がいない状態になっているわけです。そこをもう少し上手くできないのかなというのが、大使館に入った他の世界の人間の率直な感想です。
山内 日本の政策決定の中枢の変化を見ると、長期的に霞が関から永田町に政策決定の中枢が移りつつある。現在の予算編成過程をみると確かに官邸の主導色が強く出ています。そこで、この傾向は外交面でも起こるのかどうかについて考えてみたいと思います。たとえばアメリカの例は、どうでしょうか。1970年代、80年代を通じて、外交全般について外交の専門職集団としての国務省の関与の低下とホワイトハウスへの集中、通商交渉では商務省からUSTR(通商代表部)への移管がありました。つまり大統領など行政府の首長の外交への直接関与が強まっているようです。もしこれが傾向則として一般化できるとすれば、それは日本にも起こると考えられますか?
岩間 日本に起こり得るとすれば、まず、政治家各人がもう少し力を持たなければなりませんし、スタッフももっと持たなければなりません。現実に、日本人はスタッフの使い方が下手だと思うのは、議員の政策秘書でも、外務官僚のような使われ方をします。結婚式に行ったりお葬式に行ったり、車や食事の手配をしたりしています。そこは、やはり、頭を使う人(サブ)と足を使う人(ロジ)とを分けることが必要だと思います。
ホワイトハウスのように、日本の首相官邸が強化できるのかというと、今日、明日にはできないでしょう。日本には、情報と力をすべて一点に集めて、自分の責任において行使するのだという伝統はありませんから。それが徐々にできてきて、だんだんと議員と政党の力がついてくれば可能になるかもしれませんし、それはおそらく霞が関が非常に力を持っている状態よりは望ましいことだと思います。
山内 まずは、政策決定者をエンパワーしなければならないということですね。
岩間 あとは政党や立法府ですね。政党の力、政策立案能力が、他の国に比べても日本は相当弱いという気がします。もっと力をつけるべきだという認識ができてくると、外交についても、それぞれの政党と政治家が、それなりの見識を持って政策立案できるべきだということになり、当然、情報に対するニーズが出てくるわけです。最初に言ったような情報の多元化というのはそこで起きてきて、よりよい情報を提供できるソースが生き残っていくという、正しい競争が生まれるのではないかと思います。今の場合は、そのようにはなっていません。外務省に情報があるということになっていて、そこで政策が決定されるという、何の競争もなければ規制もコントロールもないという状況が、結局、外務省のいろいろな問題を生んだ背景にあるのではないかと思います。
前田 外交とは、原理上は普通の省庁が所管していることよりも、一段上のコーディネーション業務であるはずです。しかし国家行政組織法上は外務省は他の省庁と同格であり、また官僚も他省庁の官僚に比べて必ずしも群を抜いて優秀というわけではないですから、その原理上の職務を果たせていない。
山内 日本の政策決定過程全般が抱える問題は、実際には、産業化の一段階としての情報化や情報社会への移行と、より長期的な、たとえば戦後に作られた社会的諸制度や、さらに明治以来の開発主義的な日本社会の在り方についての転形が重なって生じていると考えるべきなのでしょう。岩間先生のお話によれば、このような情報社会への移行期に伴う制度的諸課題の顕在化は、外交の領域においても例外ではないようです。岩間先生の今後のご活躍に期待したいと思います。
(2001年11月16日政策研究大学院大学にて収録)