〈ネット・ポリティックス2001〜2002-戦うインターネットコミュニティ〉
第6回
インターネットとお金
土屋大洋(GLOCOM主任研究員/ジョージ・ワシントン大学サイバースペース政策研究所訪問研究員)
政治とお金
あるところで旧ソ連のグルジア人の研究者にあった。私にはグルジアの知識がほとんどなかったので、「グルジアといえば、ソ連の外相だったシュワルナゼ氏が大統領をしているんだよね。彼は立派な人だったと思うけど」と聞いてみた。ところが、「でもね、政治腐敗がすごいのよ」という。彼女は私が日本人だとわかると並々ならぬ関心を示した。「どうして日本はあんなに汚職がたくさんあるのに、経済発展したのかしら」。
彼女は犯罪と汚職の研究をしており、祖国グルジアを経済発展させるには、政治腐敗を何とかしなくてはならないという強い信念を持っている。彼女がアメリカにやってきたのは、政治システム、民主主義の研究のためだが、次は日本に行ってその謎を解き明かしたいと考えているそうだ。
昨年末からアメリカでは、エネルギー会社のエンロン問題がメディアを騒がせるようになっている。エンロンは通信ネットワーク分野への参入にも意欲を見せていた。1999年の資料を見ると、エンロンは全米第18位の収益をあげる巨大企業で、その額は401億1,100万ドル(約5兆2千億円:1ドル=130円)にものぼる(この数字にうそがあったかもしれないのだが)。
エンロン問題が巨大な政治スキャンダルとなるかどうかはよくわからない。ただ、それが法的に問題となるかどうかは別にして、何か「きな臭い」ことがあるのは確かだ。巨額の政治献金がブッシュ政権につぎ込まれ、元幹部が自殺し、他の役員は自社株を売り逃げして巨額の利益を得ており、監査会社のアーサー・アンダーセンが資料を勝手に破棄している。
しかし、企業が政権に政治献金すること自体は、手続きを踏んでいれば違法でも何でもない。企業が政治献金をするのは何らかの便宜供与を期待してのことだから、エンロンが危機に陥った際ブッシュ政権の財務長官と商務長官に電話したことも当然といえるだろう。例えば、これまでも自動車産業や半導体産業は、時の政権を動かすことによって日本政府との交渉を開始させ、政府間交渉の結果がもたらした恩恵を享受してきた。エンロンの働きかけはブッシュ政権を動かすことはできなかったようだが、法が許す範囲であれば、何らかの対応が取られていたとしても不思議はない。
情報通信産業の規模
では、新興産業としての情報通信産業は、どのくらい政治にお金をつぎ込んでいるのだろうか。
この問題を考える前に、情報通信産業の規模を調べてみよう。アメリカ政府の統計上、これが情報通信産業だというものはないようだ。商務省の経済分析局(BEA)による統計区分では、電話、電信、ラジオ、テレビの四つを合わせてコミュニケーション産業と称している。コミュニケーション産業の規模を比較したのが図1である。アメリカ経済全体に占める割合は2.8%といまだ小さく、いわゆる一次産業(農業、林業、漁業、鉱業)の2.7%をわずかに上回るだけの規模しかない。これを時系列で見てみると、市場規模の数字は順調に大きくなっているが、全体に占める割合はここ十数年でほとんど変化が見られない(図2)。伸び率としては放送産業(ラジオ・テレビ)の方が通信産業(電話・電信)よりも高いが、それでも放送産業は通信産業の半分に満たない。
しかし、通信・放送産業だけでは実体としての情報通信産業を反映しているとは言えないだろう。そこで、商務省経済分析局の統計区分の中から関係すると思われる六つの産業をデータに加えてみたい。つまり、電子・電気機器製造業、印刷・出版業、映画産業、娯楽・レクリエーション・サービス業、法律サービス業、教育サービス業である。ただし、電子・電気機器製造業には冷蔵庫やエアコンといった家電製品も含まれるなど、あくまでもおおざっぱな数字である(図3)。
先の通信・放送産業とこの六つの産業を合わせてみると、2000年の数字で8,956億ドルに達し、GDP全体の約9.1%になる。1987年では約8.6%で、漸増傾向にある。ここにはいわゆる電子商取引(統計区分で言うと卸売り、小売りの一部)などは含まれていないが、すでに情報通信産業は経済部門として存在感を増してきていると言えるだろう。
情報通信産業の政治献金
経済における情報通信産業の存在感が大きくなるにつれ、政治における情報通信産業の存在感も大きくなると考えることができるだろう。情報通信産業は、いったいどれぐらいの政治献金をしているのだろうか。
ワシントンD.C.に本拠を置くCenter for Responsive Politicsという非営利団体のウェブ・サイト<http://www.opensecrets.org/>には、政治とお金に関する情報がぎっしり詰まっている。
まず、各産業ごとにどれくらいの政治献金が行われているかをグラフにしてみたのが図4である。これを見ると、大統領選挙の年(1992年、1996年、2000年)には、中間選挙の年(1990年、1994年、1998年)よりも政治献金が増える傾向にある。各産業の献金額は、通信・電子産業をのぞいてほぼ一定である。つまり、金融・保険・不動産業、弁護士・ロビイスト、福祉、農業、エネルギー・天然資源、運輸、建設、防衛の順になっている。中でも金融・保険・不動産業は、圧倒的に多額の政治献金を行っている。この九つの産業のうち、通信・電子産業をのぞいて順位の入れ換えが起ったのは2000年の農業とエネルギー・天然資源だけである。
最も変動しているのが通信・電子産業である。通信・電子産業は1994年まではエネルギー・天然資源とほぼ同水準だったが、その後上昇傾向となり、2000年には急上昇して第二位となった。2000年は大統領選挙が稀に見る接戦となったため、どの産業も献金額が伸びている。その中でも通信・電子産業の伸びは特異だと言えるだろう。
この通信・電子産業の伸びをさらに詳しく見たのが図5である(2002年のデータは2002年1月末現在)。アメリカ政治の透明性の象徴のように言われるのが政治活動委員会(PAC)だが、実はPACを経由した献金額というのは毎年大差ない。これは各PACを通じた献金額に上限があるからである。政治資金集めの抜け穴となっているのは、ソフト・マネーと言われる献金である。これは各政党に対して行われる政治献金なのだが、実質的にこれが大統領選挙などに横流しされて使われており、アメリカ政治の最も不透明なところだ。図5は、大口の個人献金もかなりあったことをうかがわせるが、それ以上に多額のソフト・マネーが、通信・電子産業から政治に注ぎ込まれたことを示している。
この政治献金上昇の背景には、政権奪還をねらう共和党の膨大な資金集めがある。大統領選挙においてブッシュ候補は連邦政府からの補助金を受け取らなかったため、選挙資金に上限がなかった。集めれば集めただけのお金を使えたのである。他方、ゴア候補は連邦政府からの補助金を受け取ったため、選挙資金に上限が設定され、それ以上は使うことができなかった。これもまた大統領選挙の結果を左右したひとつの要因であったと言えるだろう。
もともと80年代までは、ハイテク産業は共和党支持だったと言われている。しかし、1992年の大統領選挙において、現職のブッシュ大統領が、当時窮地に陥っていたハイテク産業からの支援要請をないがしろにした一方、クリントン候補は技術に明るいゴア副大統領候補とともに情報スーパーハイウェー構想を提示した。その結果、クリントン政権の8年間、シリコンバレーをはじめとするハイテク産業はどちらかというと民主党支持だった。図6に現れているとおり、第二期クリントン政権から、通信・電子産業はバランスをとる戦略をとっているように見えるが、2000年の選挙では民主党に軍配が上がった。いずれにせよ、両党が凄まじい金額をこの産業からかき集めたということに注目すべきだろう。
アメリカ情報通信産業の族議員
では、誰が誰に政治献金を行っているのだろうか。再びCenter for Responsive Politicsのデータを見てみよう。政治献金を送った側の上位20社が表1である。
AT&Tやマイクロソフト、SBCコミュニケーションズ、ベライゾンといった大手は両党に献金しているが、微妙なバランスの取り方が興味深い。ちなみに第5位のグローバル・クロッシングは先ごろ倒産している。第11位以降になると党派色がはっきりとした企業が出てくるが、聞いたことのない会社も多い。すべてが政治頼みの企業ではないだろうが、不可解でもある。
では受け取った側はどうであろうか。表2は、政治献金を受け取った側の上位20人である。John McCain上院議員(共和党−アリゾナ州)を含めて上位4人は大統領候補だが、ブッシュ候補に大きく軍配が上がったことに注目すべきだろう。ブッシュ候補は父親の轍を踏まず、通信・電子産業から熱心に献金を集めた事実が浮かび上がる。他の16人はすべて上院議員である。
さらにこのリストをさかのぼって、1992年、1994年、1996年、1998年、2000年の5回の選挙で上位20人を調べてみると、クリントン大統領をのぞいて、2回以上リストに名前が出てくるのは22人である。さらに、そのうち3回以上リストに名前が出てくるのは、4人である。つまり、Tom Campbell上院議員(共和党−カリフォルニア州)、Alfonse M. D'Amato上院議員(共和党−ニューヨーク州)、Dianne Feinstein上院議員(民主党−カリフォルニア州)、John Kerry上院議員(民主党−マサチューセッツ州)である。4回以上名前が出てくる人はいない。つまり10年以上にわたって、多額の政治献金を通信・電子産業から受けている議員はいないことになる。
1998年、2000年と続けてリストに登場するのは、Kerry上院議員、Charles E. Schumer上院議員(民主党−ニューヨーク州)、McCain上院議員、Conrad Burns上院議員(共和党−モンタナ州)の4人である。
3回以上出てくる4人と、1998年と2000年に続けてリストに登場する4人との間で重複するのはKerry上院議員だけである。はたして、この7人は情報通信産業の族議員と言うことができるだろうか。7人のうち現職にあるのは、Feinstein上院議員、Kerry上院議員、Schumer上院議員、McCain上院議員、Burns上院議員の5人である。この5人の活動を簡単に見てみよう。
Feinstein上院議員は情報通信産業にかかわる商業・科学・運輸委員会には所属していない。彼女のホームページ(http://www.senate.gov/~feinstein/)に記載された優先政策事項の中で、情報通信産業とのかかわりはプライバシー・アイデンティティ窃盗問題だけである。第106議会においては、地元カリフォルニア州の危機感を反映して法案成立に努力したようだが、その他に目立った情報通信産業関連の成果はない。
Kerry上院議員は商業・科学・運輸委員会に所属しており、コミュニケーション小委員会にも所属している。彼のホームページ(http://www.senate.gov/~kerry/)では、「インターネットは、人々が国の問題や地元の問題にかかわっていくのを支援し、法案に関する重要な議論をフォローすることを可能にし、彼らの代表に意見を聞かせることができるものだ」と記載されている。彼の優先政策事項には「技術」が挙げられ、電子商取引を推進するなど、地元マサチューセッツ州の情報通信産業を意識した記述がある。
Schumer上院議員は商業・科学・運輸委員会に所属していない。彼は金融族議員とも言える経歴で、情報通信産業に肩入れしている様子はない。
McCain上院議員は商業・科学・運輸委員会のランキング・マイノリティ・メンバー(野党で最も長く委員会に所属するメンバー)である。共和党が上院で与党になれば、委員長になる立場にある。2000年の大統領選挙でも善戦したMcCain上院議員は、インターネットを活用して多大な選挙資金を獲得した。
Burns上院議員もまた商業・科学・運輸委員会に所属しており、コミュニケーション小委員会のメンバーでもある。彼はホームページ(http://www.senate.gov/~burns/telecom.html)で、電気通信を重要政策課題として提示している。いくつもの法案を提出しており、彼の目標はモンタナ州のようなルーラル地域を無視することのない、道理にかなった電気通信政策を促進することであると宣言している。
5人のうち、はっきりと情報通信産業とのかかわりを示しているのは、Kerry上院議員、McCain上院議員、Burns上院議員であった。
ブロードバンド法案
通信・電子産業からのトップ受領者20人は、大統領候補か上院議員候補であったが、下院議員はどうなのだろうか。実は下院議員に対する政治献金は桁違いに小さい。下院議員で通信・電子産業から最高額を受け取ったのはAdam Schiff下院議員(民主党―カリフォルニア州)である。彼の受取額21万9,075ドルは、McCain上院議員の129万5,298ドルの約6分の1である。下院議員の方が人数が多く、任期も短いことから(下院議員は2年、上院議員は6年)、献金額は当然小さくなるが、それにしても大きな差だと言えよう。
現在、下院で審議されている法案のうち、情報通信産業関連で最も注目されているのがH.R.1542(2001年インターネットの自由とブロードバンド展開法)である*1。この法案をめぐって莫大なお金が動き、熾烈なロビーイングが行われていると噂されているが、本当だろうか。
法案を提出したのは、Billy Tauzin下院議員(共和党−ルイジアナ州)とJohn Dingell下院議員(共和党−ミシガン州)である。Tauzin下院議員は下院のエネルギー・商業委員会の委員長、Dingell下院議員は同委員会のランキング・メンバー(与党で委員長に次ぐ立場のメンバー)である。
この法案は、地域電話会社がブロードバンド・サービスを提供する際に受けている規制を緩和することによって、アメリカのブロードバンド普及を後押ししようとするものである。しかし、すでにブロードバンド・サービスを提供している企業にとっては、市内電話網でほぼ独占的な地位にある地域電話会社がブロードバンド市場に参入してくれば、競争に負けるおそれがある。そのため、両陣営が激しいつばぜり合いを展開している。法案はすでに本会議で議論されるのを待つだけになっているが、テロや炭疽菌の影響で審議が滞り、2002年1月末現在、本会議での議論は行われていない。
Tauzin下院議員とDingell下院議員は法案を通す側なので、地域電話会社寄りの発言をしている。実際、地域電話会社から献金を受けている。Center for Responsive Politicsの調べでは、Qwest、SBCコミュニケーションズ、BellSouth、Verizonの4社から、Tauzin下院議員は2000年の選挙で約3万ドルを受け取っており、Dingell下院議員は約4万5千ドルを受け取っているという*2。この金額を大きいと見るか小さいと見るかは意見が分かれるところだろうが、「莫大」とは言えないのではないだろうか。
影の薄いインターネット・コミュニティ
これまで見てきたような政治献金の実態は、情報通信産業が徐々に政治の世界にも食い込んできていることを示しているものの、日本の族議員のように、業界と密接な関係を持っている議員はそれほど多くなさそうだ。
しかし、政治献金が可能なのはあくまでも企業であり、個人ができる献金額はどうしても限られてくる。高い意識を持った個人がいくら集まっても、こうした企業による献金を上回るだけの額を集め、法案の行方に影響力を与えることができるかどうかはいまだ疑問である。
では、インターネット・コミュニティを代弁する政治家がいないかというと、いないわけではない。例えば、Rick Boucher下院議員(民主党―ヴァージニア州)である。彼は「2001年音楽オンライン競争法」*3という法案を提出している。この法案は、下院司法委員会の裁判所・インターネット・知的財産権小委員会に付託されたまま進展が見られないが、そのねらいは、ナップスターなどのオンライン音楽サービスを合法的に提供できるようにすることである。Boucher下院議員はナップスター社などとも協力しながら、新しい時代に対応した法整備を進めようとしている。彼は、技術者たちが集まる会議で基調講演を行ったり(写真)、さらに問題が多いとされるデジタル・ミレニアム著作権法(DMCA)の改正を訴える小論をオンラインで発表したりしている*4。
彼が2000年の選挙で受け取った政治献金のソースを見てみると、電話会社から5万749ドル、電気通信サービス・機器業から2万5,592ドル、テレビ・映画・音楽業界から1万9,500ドル、コンピュータ機器・サービス業から1万7,970ドルとなっていて、総額の約13%を占めている。しかし、彼の対立候補は総額でわずか3万3,964ドルしか集めることができなかったので、Boucher候補は選挙資金集めに奔走する必要はなかったと言えるだろう。
政治家の視点から見たとき、インターネット・コミュニティがもたらす利益とは、お金ではなく「票」ということになるだろう。しかし、その票もなかなか当てにならない。自分の選挙区に住んでいないインターネット・ユーザーなど候補者にとっては意味がないからだ。
EFF(電子フロンティア財団)などがオンラインで呼びかけを行う際には、自分の選挙区の議員の事務所に電子メールを送るように求めている。自分の選挙区の有権者からたくさん電子メールが来るようになれば、候補者にとって一考に値するようになるだろうが、その割合が小さければ、インターネット・コミュニティの政治力は限定されたものにならざるを得ない。今までの例でも、通信品位法やデジタル・ミレニアム著作権法など問題の多い法律も議会での成立を阻止することはできず、法律が成立した後に裁判で戦うというのがパターンになっている。
大企業がどんどん政治にお金をつぎ込んでいくようになれば、インターネット・コミュニティの戦いは議会においてはますます不利になっていくだろう。インターネットの世界でもまた、草の根の政治意識向上が必要ということになりそうである。
*1 H.R.1542: Internet Freedom and Broadband Deployment Act of 2001のこと。詳しい法案情報は<http://thomas.loc.gov/cgi-bin/bdquery/z?d107:h.r.01542:>を参照。また、土屋大洋「意外と遅れているアメリカのブロードバンド事情」『論座』2001年11月号(CANフォーラムのサイト<http://www.can.or.jp/archives/articles/20020113-01/>に再掲)も参照。
*2 Center for Responsive Politics, "TELECOMMUNICATIONS: High-Speed Internet Access," <http://www.opensecrets.org/payback/issue.asp?issueid=HS1> (Access: February 8, 2002).
*3 H.R.2724: Music Online Competition Act of 2001のこと。詳しい法案情報は<http://thomas.loc.gov/cgi-bin/bdquery/z?d107:h.r.02724:>を参照。
*4 Rick Boucher, "Time to Rewrite the DMCA," <http://news.com.com/2010-1078-825335.html> (Access: February 6, 2002).