DOTフォース活動報告
国際標準化とデジタルデバイド問題
―クメール文字ケーススタディを中心に―
会津 泉(GLOCOM主幹研究員)
アダム・ピーク(GLOCOM主幹研究員)
1.DOTフォースと知的デバイド
2000年7月に開催された九州・沖縄サミットで先進国8カ国の首脳は、「ITは21世紀を形作る最強の力の一つ」とする「沖縄IT憲章」を採択して、ITが社会を根本から大きく変革する可能性に期待を表明するとともに、発展途上国がその恩恵から取り残され、新たな「情報格差」が拡大するおそれを指摘した。そして、この問題に取り組む作業部会として「デジタル・オポチュニティ・タスクフォース」(通称:DOTフォース)を創設し、1年後のジェノバサミットまでに行動計画をまとめるものとした。
DOTフォースは、2000年11月東京、2001年3月ケープタウン、4月シエナと3回の会合を開き、「ジェノバ行動計画」の原案をまとめ、同案は7月のジェノバサミットで先進国首脳により承認を受けた。ジェノバ行動計画の骨子は、表1の通りである*1。
GLOCOMでは公文所長が日本のNPO代表としてDOTフォースに参加を要請され、実際の活動は会津泉、アダム・ピーク両主幹研究員が担当し、「NPO国内委員会」を立ち上げ、日本国内およびアジアからの意見を集約し、ケープタウンやシエナの会合での討論に積極的に参加して行動計画策定にかかわってきた*2。
ここまでの活動の詳しい経緯については、本誌2001年8月号に拙稿「ドットフォースの活動にNPOとして参加して」*3が掲載されているので、詳しくはそちらを参照されたい。
1−1 NPOを交えたユニークなプロセス
DOTフォースの構成は、G8すなわち先進8カ国の政府代表に加えて、インド、インドネシア、南アフリカ、エジプト、ブラジルなど途上国の政府代表を招待し、先進国側も民間企業、NPO(非営利組織)の代表が対等の立場で参加するというユニークなものであった。これにITU(国際電気通信連合)、OECD(経済協力開発機構)などの国際機関、世界経済フォーラム(WEF)などの民間国際組織も加わり、毎回の会合には総勢100名近くが集まる規模となった。
行動計画を集約するプロセスでは、とくに前半はこのユニークな構成のために、誰がどう議論を進めるかが明確にならず混迷したが、イタリアのシエナ会合に至ってようやく相互理解も深まり、なんとか9項目の行動計画の合意が達成されたものである。
当初は、NPOが政府、産業界と対等に参加することへの当惑が、明らかに存在していた。しかし、日本政府(外務省、総務省、経済産業省)を含め、結果的にはNPOが加わったことで、より具体的な問題が指摘されたことを含め、高く評価する声は大きく、NPO側も貴重な経験ができたと考える人が多いようだ。GLOCOMとしても、NPOとして積極的な貢献を果たすことができたと考え、その意義は積極的に評価したい。とくに、以下に述べるように、デジタルデバイドのなかでも経済的側面よりもむしろ知的側面に焦点をあてた発言・提案を行った。
1−2 GLOCOM、知的格差の問題を強調
一般にデジタルデバイド問題というと、IT技術の普及活用によって利益を得る層と得られない層との間の格差の拡大、とくに経済格差の問題が中心にあげられる傾向が強い。沖縄サミット当時は、ドットコム・ブームに典型的にみられたように、新種の情報通信産業が爆発的な成長をとげ、先進国経済は大幅に飛躍することが期待されていた。反面、ITによる経済成長の恩恵にあずかれない途上国では、経済格差が急激に拡大することが懸念された。そこで途上国にもできるだけITの導入を推進し、格差の拡大を少しでも食い止めようというのが、DOTフォースが生まれた背景であった。
同時に、途上国にとってもITには大きな期待が懸けられた。これまで国際社会は、さまざまな形で途上国への開発援助を行ってきたものの、なかなか顕著な実績があがらず、先進国の援助関係者の間では「援助疲れ」が公然と語られ、「持続可能な発展」という形容のもとで、途上国が真に自立するシナリオが模索される事態が続いていた。こうしたなかで、ITの登場は、いわばそうした出口なし状態に活路を与え、ITを活用すればいわゆる「リープフロッグ」、すなわち途上国であっても一足飛びに先進国に近い水準に駆け上がれるのではないかという期待もまた懸けられたのである。
こうしてDOTフォースの関係者の間では、ITによる新たな格差の防止・是正と、途上国にITを導入することで経済開発のペースを一挙に上げようという二つの目的、あるいは問題意識が主流であった。
しかし、「デジタルデバイド」問題は、必ずしも経済格差の問題のみに集約させるべきではないというのが、公文所長をはじめとするGLOCOMの考え方であった。
たとえ経済的には貧しい層であっても、ITを活用することで経済とは別の次元、とくに知的分野で大きな利益を得ることが可能と考えられるからだ。とりわけ地球規模に普及したインターネットの活用によって、従来のような大企業、大組織に属さない無名の個人あるいは小集団も、知的な面でおおいに活性化できると考えられる。事実、経済的には必ずしも富裕とはいえない人々がインターネットを活用することで、自らの主義主張を発信し、その勢力の維持・拡大を効果的に実現している例は数多くみられる。事例としては決して望ましいものではないが、テロリスト集団、あるいは狂信的な宗教集団などがネットを利用して組織の指令を効果的に伝達し、行動につなげていることはよく知られている。古くは天安門事件やソビエト崩壊時の保守クーデターへの抵抗運動から、メキシコのザパティスタのグループ、インドネシア占領時代のティモール独立運動、スハルト退陣要求を行った学生たちまで、政治的な主張を掲げる集団がインターネットを利用して効果をあげている例は多い。
こうした政治的な事例以外でも、地球環境問題や人権問題などに取り組んでいる国際的なNGOやNPOのグループは、最近では例外なくインターネットを活用している。電話やFAX、郵便など、従来の通信サービスと比較して、インターネットを利用すれば費用は格段に安くすみ、しかも情報の伝達速度と範囲は大幅に増大することが確実で、資金的には豊かといえないこうしたグループにとっては大きな利便があるからである。
さらにITに限った分野でいえば、リナックスに典型的にみられるように、オープンソフトやフリーソフトという形で誰もが参加できる知的なゲームの場が成立し、そこで新しい価値が生み出される事例は顕著に存在し、増大している。
1−3 「ダボスマン」対「シアトルマン」
公文所長はDOTフォースの議論に参加するにあたって、こうした問題意識を「ダボスマン」対「シアトルマン」という形で整理して指摘した。「ダボスマン」とは、最初にサミュエル・ハンチントンが指摘したもので、スイスのダボスで毎年開催される世界経済フォーラムに集まる富裕な人々たちを指し、ITによる「ニューエコノミー」を含めて「グローバリゼーション」を推進する、経済的に富の象徴ともいうべき存在を形容する。
一方「シアトルマン」とは、ポール・クルーグマンが指摘したもので、シアトルで開催されたWTO総会に抗議して激しい街頭デモなどを繰り広げた、反グローバリゼーションを掲げる活動家たちを指す。
公文所長は、この「ダボスマン」対「シアトルマン」について、インターネットなどITのグローバルな普及を最大限に活用しようとしている点では、実質的には両者は共通の利害に立脚する面も強く、両者は対立するのではなく、むしろ相互理解と協調を推進することが重要であると指摘するメッセージを送った。両者の分裂が進むことは「水平のデバイド」*4となり、情報社会における重要な主体同士の亀裂となることを懸念したのである。
途上国においてインターネットを利用することは、決して安価ではない。しかし、よくみると、従来型の情報化に比べればはるかに投資効率を高くすることも不可能ではない。インターネットを利用するためには、通常、パソコン、モデム、通信回線が必要となるが、これを先進国と同様の形で家庭ないし職場に個別に整備・普及させようとすれば、人口あたりの投資額はかなり大きなものとなる。
しかし、最近多くの途上国で急激に普及しているインターネットカフェのモデルを見ればわかるように、必要な設備を多くの人々で共有すれば設備の利用効率を上げ、一人当たりの負担額を相当程度下げることが可能になるのである。そうしてインターネットを活用する人たちが、経済的に一挙に豊かになる保証はないが、全世界から最新の情報がごく安価に入手でき、メールその他で主体的な双方向コミュニケーションを行えるから、それによって知的に武装し、そうして得た知的パワーをもって将来稼ぐことができるようになる。
「ジェノバ行動計画」の検討段階で、GLOCOMはこうした知的側面に注目すべきだという意見を一貫して展開し、具体的にも、ICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)などの新種の国際標準組織に途上国からの参加が困難であることや、カンボジアのクメール文字の標準化がカンボジアからの主体的参加が欠落したまま決定され、内容的にも大きな問題だといった点を指摘した。これらの問題点は、GLOCOMが実際に途上国でインターネットの普及・推進に取り組む人々からDOTフォースに対する要望をヒヤリングした結果浮上してきたもので、経済分野とは異なる知的側面が重要であるとの見方を実証する結果となった。
この結果、政策分野の議論のテーマとして、当初は「電気通信の市場開放・規制緩和」といった伝統的な政策論が強かったものが、最終的には知的デバイド問題への取り組みとして、より新しい現実に焦点を合わせた具体的な表現が盛り込まれることとなったものである。
最終的にまとめられた「ジェノバ行動計画」の文書では、「アクション・ポイント5」で「インターネットおよびICTが提起する新たな国際的政策および技術的事項に関する協議への普遍的参加の確立および支援」の必要性を指摘し、以下のように述べている。
a)途上国の利害関係者(政府、民間企業、NPO、市民および学術研究者)がインターネットおよび他のITに関連する国際的な技術的および政策事項についていっそう理解を深め、また、関連する国際的なフォーラムにより効果的に参加できるようにするため、支援が提供されるべきである。
(中略)
c)途上国の代表がこれらフォーラムに効果的に参加し、これらの課題に各々の立場から取り組めるよう支援するため、途上国の専門家(Southern-based expertise)のネットワークを支援する。このネットワークは、アクション・ポイント1で言及のある「開発資源ネットワーク」にアクセスすることができる。
d)インターネットやITに関連する国際的な政策的・技術的事項について扱うフォーラムや機関は、途上国の代表を各々の討議や意思決定プロセスに参加させるため、特別の努力を払うべきである。
また、「アクション・ポイント8」では、「ローカル・コンテンツおよびアプリケーション支援のための国内的および国際的努力」の必要性を指摘し、
e)地域言語をITアプリケーションにとりいれるための技術標準を設定する際に、地域の利害関係者の参加を支援する。
と述べている。
1−4 フェーズ2に入った活動
DOTフォースの活動は、ジェノバサミット以降「フェーズ2」に入っている。2001年10月、「ジェノバ行動計画」の承認を受けてモントリオールで開催された会合で、行動計画の9項目に対応してできた作業チームに分かれて、「実施計画」を策定する活動に入っている。この実施計画が定まるにつれ、具体的な活動が展開されることになる。
従来の「G8」による枠組みは拡大され、各チームには新規メンバーの参加も可能となり、スウェーデンの開発機関SIDAなどが加わった。フェーズ1では、日本政府などの拠出金により、世界銀行と国連開発計画が共同事務局を構成したが、フェーズ2では、そうした事務局はとくに設置されていない。ジェノバサミットの議長国であるイタリア政府と次回カナナスキスサミットの議長国であるカナダ政府が共同議長を務め、事実上の事務局役を務めている。各作業チームにもそれぞれ議長が選出されている。
ただし、これらの活動は、「DOTフォース」そのものが統一的な主体となって行われているわけではない。基本的には各作業チームのメンバーが、自発的にプロジェクトを展開することとなっている。DOTフォースは各作業チームによるプロジェクトの連絡調整を行っているだけ、といえるだろう。このあたりがなかなかわかりにくいといえる。
10月以降は、ほぼ2カ月おきに電話会議が開かれ、各チームからの状況報告が行われている。2001年12月までの状況については、DOTフォースの公式ウェブサイト*5に報告されている。
今後は、5月上旬にカナダのカルガリーで全体の状況を確認する会合の開催が予定され、そこで全体の状況がまとめられ、6月にカナダのカナナスキスで開かれるカナダサミットで報告されることになっている。
GLOCOMは、実施計画5「国際標準活動への普遍的参加の推進」のワーキンググループの共同議長に選ばれた。また、同8「ローカル・コンテンツと文化の推進」でカンボジアのクメール文字の標準化問題を取り上げ、実地調査を行い、その結果と提言を報告する運びとなっている。
2001年11月に総務省の委託を受けて「デジタル・オポチュニティ・フォーラム」を開催し、12月にはクメール文字問題について現地カンボジアを訪れ、関係者への聞き取り調査などを行った。
1−5 「デジタル・オポチュニティ」国際会議
GLOCOMが事務局として活動してきたDOTフォース日本国内委員会は、DOTフォースのこれまでの活動を広く共有し、さらに今後の活動を発展させるための方策を検討することを目的として11月5〜6日に東京・経団連会館で、「デジタル・オポチュニティ・フォーラム ― アジアの多様性と日本の役割」と題する国際会議を開催した。
主催はDOTフォース日本国内委員会、後援には総務省、外務省、経済産業省の3省が並んだが、実質的には総務省が主たる支援者であった。また、以下の民間団体も後援・協賛に加わっていただいた。インターネット協会、経済団体連合会、国際情報化協力センター、国際通信経済研究所、国際問題研究所、情報サービス産業協会、通信機械工業会、電子情報技術産業協会 電気通信事業者協会、日経デジタルコア設立事務局。
第一日は、総務省金澤薫審議官による開会挨拶に続き、南アフリカ政府通信省のディヤニ氏がアフリカ全体の情報化の取り組みについて、また外務省経済局の川村泰久国際機関第二課長兼IT協力室長がDOTフォースの経過報告を中心とする基調講演を、それぞれ行った。
この後、セッション1では、「アジアの多様性を活かすデジタル・オポチュニティの実現にむけて」と題して、主として日本の情報通信NGOの活動が報告された。日本テレコム総合企画本部の川角靖彦主幹が、ITU開発局によるラオスなど東南アジア諸国へのIP型の無線によるプロジェクトについて、BHNテレコム支援協議会の浅原巌人会長が無線を活用したラオスの医療支援プログラムなどについて、市民コンピュータコミュニケーション研究会の浜田忠久代表が日本のNGOへのウェブなどのIT支援について、それぞれ報告を行った。いずれもNPO型の活動で、IPやインターネットの重要性を指摘した点が共通していた。
続くセッション2では、「ローカル・コンテンツ開発のあり方」と題して、カンボジアのNGO、オープンフォーラム・カンボジアのノーバート・クライン氏が、カンボジアのインターネットおよびITの発達状況を中心に、また、東京大学大学院の原田至郎助教授がクメール文字の標準化問題について報告を行った。カンボジアという途上国のなかでもとくに貧しく、内戦の傷跡からの立ち直りに苦闘しているなかで、自らの文字・言葉がコンピュータとインターネットで自由に利用できない状況の厳しさと、そうした国際標準化プロセスのもつ問題点があらためて伝わってきた。第一日は、経済産業省の情報政策課松井哲夫課長のスピーチで終了したが、討論も非常に活発に行われた。
第二日は、午前中に総務省で専門家会合を開き、とくにICANNなどインターネットの標準活動への途上国の参加を支援するプログラムについて検討を行った。
午後のセッション3では、「eガバメント戦略と電子政府の展望」と題し、明星大学の大橋有弘教授、インドネシア政府のジェイ・ビー・クリスティアディIT戦略調整会議事務局長、総務省の岡山淳行政管理局情報システム企画課長らにより、国内・アジアの電子政府の状況について報告がなされた。とくに改革が進むインドネシアで、電子政府が政府の透明性の向上、市民参加を増進させる有力な手段となる可能性が伝わってきた。
最後のセッション4では、「ITが提起する新たな国際協議活動への参画」をテーマに、ICANN理事でガーナのニイ・クエイノ氏、インターネット戦略研究所代表でインターネット協会副会長でもある高橋徹氏の2人から、ドメイン名などの管理組織であるICANNなどへの途上国からの参加をどう増やすかなどについて報告を受けた。クエイノ氏の報告からは、ガーナなどアフリカの途上国において、ICANNなど新しい国際標準活動に参加する余力はほとんどないことが語られ、これに対して高橋氏からは、日本でもIETF(Internet Engineering Task Force)などの標準活動への参加は容易ではないが、毎回の会合の後に国内で報告会を継続的に開催することが効果的であることなどがアドバイスされた。
最後に、総括として公文俊平GLOCOM所長が情報革命の主体としてのNPOが果たす役割について、歴史的視点からの指摘を行った。
2日間の会合は海外ゲスト以外の大半の参加者は日本人だったが、発表・討論はすべて英語で行った。また、総務省、経済産業省などの省庁の関係者からは、「日本でもNPOが政府・産業界との協働活動に参画が可能であることを実感した」と、その意義を高く評価する発言が続いたことは画期的な成果であったと思われる。
1−6 カナナスキスサミットに向けて
2002年2月、国連が昨年11月に設置したICTタスクフォースの会合がニューヨークで開かれ、その前日、GLOCOMが共同議長を務める「国際標準活動への普遍的参加」部会と国連の作業部会1「ICT政策およびガバナンス」との合同会合が行われ、これにも筆者が参加した。
今後は、カンボジアの文字コード標準化問題について次章で述べるような取り組みを進め、関係者の間で納得がいく解決が得られるよう努力を続ける予定である。おそらくカンボジアへの訪問、あるいは日本への招待などによる検討活動が必要となるだろう。
また、ICANNについても、3月にガーナのアクラで開催される次回会合に参加し、さらに途上国からの参加についての支援策を講じる努力を続けることが求められている。DOTフォースのフェーズ2においては、「実施計画」という紙の上での「計画」案づくりに終わらず、こうした活動を実質的に進めることが課題である。
なお、2月初めには、新たに産業界の代表に就任したNECの鈴木祥弘特別顧問を支援する「ドットフォース産業部門行動計画検討委員会」も立ち上がり、GLOCOMもオブザーバーとして加わっている。この委員会は、経済産業省所管の(財)国際情報化協力センター(CICC)が事務局を務めるもので、CICCはアジアの情報技術の標準化活動を支援する取り組みを10年以上も継続してきたところで、カンボジアの文字コード問題などでも具体的な取り組みを行っており、GLOCOMとも積極的に協力して問題解決をめざそうという方向になりつつある。
2.新種の国際標準化機関への途上国の参加
DOTフォースのアクション・ポイント5は、とくに最近IT技術の発達・普及のペースがきわめて速くなっており、かつ範囲も広範な分野にわたり、そのそれぞれの案件について先進国であっても参加することは容易ではなく、まして途上国からの参加はきわめて少ないという問題を取り上げたものである。
日本は先進国の側にあるが、それでも英語中心での議論に参加するという言語的な意味での負担、多くの会合が欧米で行われるという点での地理的ならびに資金的な負担という意味では、例外ではない。
まして多くの途上国においては、こうしたIT関連の国際的な標準化活動あるいは政策・調整活動に参加することは、何よりも資金と人材の面からみて、きわめて厳しい状況にある。
しかも、インターネットの普及に伴って世界のさまざまな国や地域が単独で存在するのではなく、ネットワーク経由でまさに瞬間的に相互につながるようになったことで、互換性の確保、共通の国際標準の確立と実装などがますます重要となりつつある。途上国といえどもネットワーク上では固有の存在であり、固有の価値をもつ。また、海外に居住する自国民、自民族も多数存在するところから、国境、地域を越えた共通の標準は、いっそう重要なものとなっている。
しかし、現実には、これらの国際標準の策定に途上国側が十分な参加を実現できていないという実態があることは否定できない。国連傘下の国際条約機関であれば、決定にあたって「一国一票」の原則が一応存在し、ニューヨークやジュネーブといった拠点中心での活動が多いため、効率的な参加も可能となる。そうした既存の組織では、たとえばITUなどのように、途上国からの参加を資金的に支援するプログラムも存在している。
しかし、最近ではユニコード・コンソーシアムやW3C(World Wide Web Consortium)などの私企業主体の民間コンソーシアムに加えて、ICANN、IETFなどの新種の国際非営利・非政府組織が実質的な国際標準を定める比重が強くなり、その分、途上国側の参加はますます制限されたものとならざるをえない。途上国では多くの場合、そうした組織の存在や重要性にまったく気がつかない。運良く認識できたとしても、実質的に参加するためには年額1万ドルとか2万ドルといったオーダーでの会費や、国際会議に参加するための渡航経費など経済面での負担が大きく、なおかつ内容面を理解し、発言できるだけの専門知識をもった人材が不足しているために、全体として参加のハードルが高すぎるという問題がある。
また、多くのコンソーシアムは、IT技術の開発・販売をビジネスとしているハードやソフトの企業が活動の主体となっている。しかし、途上国側ではそうした提供者側の企業の存在自体が例外的で、IT関連の企業といえども受動的に販売、あるいは技術導入する立場が大半であり、そうした標準化活動に参加するメリットはほとんどないといえる。
2−1 情報分野の標準化の方向
言語や文字といった、その社会や民族に固有の価値をもつものについて国際標準を制定しようとする際には、現地の人々、当事国の関係者が策定した原案を基本として検討、制定するといった原則が必要と思われる。そのようなルールを整備しないまま「国際標準」に整備することは、結果として常に先進国側の事情を「押し付ける」ことになる。
ISO(International Organization for Standardization)を中心とした現行の国際標準体系は、工業製品の標準化を基本枠組みとして発達してきたものといえる。物理的な形態や仕様は、国や文化の差にかかわらず一義的に定義しやすいといえるが、情報分野の言語、文化、著作物は、知的、あるいは記号的な特性をもったものが多く、背後の社会や文化の差異によって、必ずしも一義的には定義できないものも多く扱わなければならない。
インターネットの発展のおかげで、それまでは国境のなかだけで流通していた情報が、国境を越えてまさにグローバルに流通することが可能となり、文化的固有性の高い分野においても、国際標準規格を制定することのニーズが高まったといえる。
2−2 情報社会の基本を支える文化的インフラとしての文字コード体系の標準化
文字コードの問題は知的デバイドの典型であり、また新しい形での国際標準活動がもつ問題性を典型的に浮き彫りにするものといえる。
とくに近年の情報技術の普及、なかでもインターネットなどのコンピュータ・ネットワーク技術の応用が急激に進展したために、いかなる社会においても、その成員がコンピュータとネットワーク技術を社会的に広範に利用できることと、そのために自分たちが日常的に使用する言語がコンピュータとネットワーク上で自由に使えることが基本要件として求められるようになってきた。
ITの恩恵を受けることは、言語の基本単位としての文字がコンピュータやネットワーク上で自由自在に処理・利用できてはじめて可能となるものであり、それはその国にITが根付くための基本中の基本条件といえる。
ここで、ある国や地域において、自分たちが日常的に使用している言葉がコンピュータとネットワーク上では利用できないとなれば、それだけで「デジタルデバイド」を作り出す主因になるといえるだろう。その意味で、コンピュータ上での言語利用が可能であることは、電気、通信、交通などの既存分野と並んで、その国の文化・社会・経済活動を支える基本としての文化的インフラストラクチャ(社会基盤)とみなすべきである。
先進国では自明ともいえる、自分たちの言語・文字のコンピュータにおける利用が、途上国によってはまったく不可能、ないしはたいへん困難な状況がまだまだ広く存在している。
世界各国の多種多様な文字をコンピュータ上で統一的に処理するための国際標準規格の策定は、大きくは技術標準の国際機関であるISO*6と、米国を中心とした民間企業の連合体であるユニコード・コンソーシアムとが中心となって進めている。前者は国際条約機関で、原則として一国を代表する一組織のみが参加でき、そのなかでも所定の会費を支払った正式メンバーのみが票決権をもつ。後者は主に民間の企業・組織単位で構成され、趣旨に賛同して会費を支払えば誰でも参加できる*7。
両者による文字コードの国際標準化活動は、別々の起源をもつものの、ほぼ同時期にスタートし、それから間もない1991年には共同作業をめざし話し合いが開始され、1993年の ISO 10646-1 とユニコード Version 1.1 において、両者はほぼ同一の内容に到達した。
その後の文字の追加・改定作業においてもこの二つの組織は緊密な連絡を取り合い、組織としての独立性は保たれ、票決方式も異なっているものの、事実上は密接不可分な働きをするようになったといって間違いではない。
もちろん、スコープを同じくする文字コードが世界的にみて国際標準と業界標準とで異なるという意味では、この統一への動きは歓迎すべきもので、高く評価されるべきであろう。しかし、一方が民間企業のコンソーシアムであり、他方が一国単位で加盟する国際条約機関であるという点では、今回対象としている途上国の参加の可能性という問題に対して、単純には片づけられない問題点を内包していることもまた否定できない。
ISOは産業分野全般の標準化を対象としているが、情報技術分野については電気分野の標準化組織、国際電気会議(International Electrotechnical Commission: IEC)と合同部会JTC1を構成し、協力して標準規格化活動を推進している。実際のユニコード・コンソーシアムとの合同作業は、このJTC1の部会SC2の作業部会WG2で行われている。
両者は事実上は密接不可分な形で機能しており、両者の委員会のメンバーには重複も多い。案件によっても相当異なるが、ユニコード・コンソーシアムが主導的に作業を進め、ISOはこれを事実上追認するだけということも少なくないようである。
ということは、民間企業中心の組織が先行して標準の流れを作ることを意味し、途上国側からは、より参加しにくい組織で先に大勢が決められてしまうことになる。
情報技術の分野は技術革新のペースが速いため、標準規格を制定するにしても官僚的運営となりがちな国際組織よりも、より市場に近い民間企業の感覚を生かした方が、一般的にはよりタイムリーで利用者の実態に即した規格ができあがってくる可能性が高いことは否定できない。しかし、まさにそのために、多くの分野で企業側の利益が必要以上に優先され、いわゆる「パブリック・イントレスト」、すなわち公益的観点からのチェックや検討がなおざりにされるおそれもなくはない。途上国側の利害が生かされないという問題も、広くこうした流れのなかでとらえられるべき問題といえるだろう。
3.カンボジア文字標準化におけるデジタルデバイド問題
3−1 カンボジア社会の構成
カンボジアの国民は、民族的にはクメール(カンボジア)人が90%と大半を占めるが、ベトナム系が5%、中国人が1%存在し、残りがチャム人や約30の山岳少数民族となっている。
1人当たりのGDPは260米ドルときわめて低く、アジアのなかでも最貧国の一つである。乳幼児死亡率は新生児1,000人当たり105.06人と高く、平均余命(平均寿命)が全体で48.24才と低い(いずれも1999年推定)。
言語はクメール語が国語で、識字率は、15歳以上で読み書き可能な人の割合が全体で35%、男性が48%と相対的には高いのに対し、女性は22%にとどまり(1990年推定)、教育の普及における男女格差の存在が歴然としている。
周知のように、カンボジアは冷戦に起源をもつ戦乱・内戦状態が長く続き、最近になって、国連による暫定統治機関を経て選挙が実施され、ようやく統一政府による統治が実現したものである。1970年代には毛沢東時代の中国系共産主義に強く影響されたクメール・ルージュが過酷で強権的な政策を進め、200万人ともいわれる人々が虐殺される悲劇を招いた。さらにその後の戦乱により国土は破壊され、貧困も激しい。道路、通信、電力などの各種インフラをはじめ、医療、教育制度など、国として必要な社会的機能が十分に発揮できる状態からは程遠く、外国からの援助への依存度はきわめて高い。
3−2 クメール文字コード問題の背景
カンボジアの国語であるクメール語は、インドから伝わってきた言語の影響を受けつつ独自に発展したモン・クメール語族に属する。そのクメール語を表記するために使われるクメール文字は古代インドのブラーフミ文字に起源をもつが、長い歴史を経て西暦1200年頃からは独自の表記・発音体系を発達させてきた。
同じインド系の文字といっても、ヒンディ、サンスクリットなどで使われる文字は北インドのいわゆるデーバンナガリ系統の文字である。これに対して、ビルマ、ラオス、タイ、クメールでそれぞれ使われている文字は、南インド系のグランタ文字に起源をもつブラーフミ文字の系統の文字であって、その特性は北インド系の文字とは相当異なるところがあるとされる。
今回の調査対象として取り上げたクメール文字の標準化をめぐる混乱は、原案を提案した欧米系の人たちが、こうした言語と文字の複雑な背景や歴史的文化的経緯などを十分に考慮に入れず、クメール文字とそれを利用する人々への理解が不足したまま、ヒンディなどの北インド系の文字と同様の方法で強引に処理しようとしたことが大きな原因と推測される。また、その過程で、当事者であるカンボジア人の意見を十分に聞こうとしなかったことも問題を紛糾させている原因といえる。
3−3 複雑なクメール文字の構成
クメール文字は、以下に概略を示すようにかなり複雑な構成をしている。ただし、以下の記述は一般の読者にもわかりやすい形で問題点を端的に描写することを主目的とし、また筆者は言語学の専門家ではないため、厳密な正確性にはあえてこだわらなかったところがあることをあらかじめお断りしておきたい。なかには、言語学者同士でも見解が対立するところもあるようである。
クメール文字は表音文字で、英語などと同様に母音と子音の組合せで表記される。ただし、通常は右から左へと文が書かれる。通常の子音文字が33あるほか、ほとんどの子音文字は連続子音の2番目や3番目の音を表すための特別の字体、いわゆる「子音の脚」(サブスクリプト・コンソナント)をもつ。この「脚」の理解と処理方法が、現在の標準化をめぐる最大の論点の一つとなっている。カンボジア側が批判している現行のISO/ユニコードで採用しているコード体系では、この脚を独立したものとは認めていないのである。
子音文字と脚は、通常は一対一対応をするのが原則だが、さまざまな例外がある。
母音は、学説によっても異なるが、二重母音を含めて29ほどあるとされる。ただし、日本語などとは違い、通常は母音だけで単独で用いられることはなく、必ず子音に添えて使われる。母音から始まる場合には特別の文字が使用される。その他、感動符、繰り返し、母音や子音の変化などを表す記号がある。
このような複雑な表記体系をもつクメール文字であるが、コンピュータ上でカンボジアの一般の人々が広く混乱なく利用できるようにするためには、そのコード体系を標準化することが必要である。本来なら国内で統一規格を定め、それが国際標準として採用されることが望ましいが、実際には国内でさまざまな体系が乱立しているままである。
現在カンボジアでは、全部で20種類ほどの異なる文字フォントのセットが使われているといわれる。これらの文字フォントは互いに異なるコード体系をもつために、相互の互換性がなく、結果として著しい非効率を招いている。政府の同じ省であっても、部局が異なると文書の互換性がないといった例も珍しくないという。
3−4 ISO/IEC 10646 およびユニコードで正式決定
クメール文字コード体系の標準化原案は、ユニコード・コンソーシアムと情報技術の国際標準を制定する ISO/IEC JTC 1の SC2 WG2 において、英国人モーリス・ボウハン氏とアイルランド人のマイケル・エバーソン(Michael Everson)氏により提案され、2000年に国際標準 ISO/IEC 10646 およびユニコードの標準規格に採択された。ユニコードで採択されたということは、Windowsなど主要な商業アプリケーションにその文字体系が実装される可能性が高いことを意味し、国際的に大きな影響力がある。
3−5 カンボジア政府が公式に異議申し立て
この間、現地カンボジアではこうした動きはほとんど知らされておらず、国際標準活動とは無関係に各種の文字コードが乱立してきた。
こうした状況に対して、1999年、日本の(財)アジア太平洋研究会が外務省の補助金を受けて「クメール言語学プロジェクト(KPP)」を推進し、独自のコード体系と入力システムを作成する活動が推進された*8。KPPは2000年に試作案を完成し、現地の人々からの評価も高かった。
カンボジア側の参加がほとんどないまま決定された国際標準 ISO/IEC 10646 は、KPPを中心とするカンボジア側の人々から強い批判を招いた。彼らの主張は大きく以下の2点に集約される。
第一は、標準案を策定するプロセスで正当なカンボジアの代表がまったく関与しなかったという点で、手続き上重大な瑕疵があるというものである。
第二は、採択された規格は、前述した脚の処理方法を中心にカンボジア人にとって不自然なものを多く含み、カンボジアでは通常使用されない文字記号が恣意的に入れられているなど、内容上問題が多いというものである。
カンボジア政府は、自分たちの民族が使う文字の国際標準の行方について強い関心をもち、2001年5月、国家情報技術開発委員会(National Information & Communication Development Authority: NiDA)が、JTC1の議長と事務局らに正式の抗議文を送付した。
さらに2001年10月には、カンボジア政府産業標準局が公式に認定している「クメール文字標準化委員会」が、カンボジアを代表して正式の抗議文を同委員会に送付するという事態になったものである。
クメール文字のコード体系の標準規格の制定は、カンボジア人以外にとっては経済的にも文化・社会的にも、ほとんど何のメリットも感じられないだろう。しかし、カンボジア人にとっては、国内に情報技術を普及させ、その恩恵を受けるという意味で経済的なメリットは大きく、なおかつ自分たちの文化を正しく継承・発展させるという文化・社会的なメリットの両者にもかかわる、きわめて重大な問題である。
そこで、クメール文字標準化委員会は、異例であることは十分承知したうえで、あえて抗議状を送付したのである。
WG2からは、多国間の技術標準を策定する国際標準では、いったん制定されたものを後から変更することは認めないのが原則だという主張がなされている。正統な手続きを経て制定されものは、仮に多少の誤りがあったとしても、後からなされる異議申し立てに対応すると最終的な標準案が確定できず、標準案を製品に実装する作業が行われなくなるおそれがあり、実装作業の進行途中で規格が変更されれば異なる規格が並立して互換性が損なわれるというのがその根拠である。
カンボジア側は、韓国のハングル文字など、過去にもいったん正式に決定された標準が後から大幅に変更された前例があることを指摘し、現在の標準案は内容的に容認できるものではないとして修正・変更を要求しているものである。
カンボジア側は、さらに以下のように主張する。
カンボジアには1995年から公式の政府機関であるカンボジア産業標準化局(ISC)が存在し、ISOの購読(サブスクリプション)メンバー(情報受け取りのみで、票決権はない)となっていたが、ISOないしJTC1からクメール文字の国際標準化について何らの連絡も受けなかったという。
これは、WTO加盟国は国際標準化活動に途上国の関連する組織が代表・参加できるように積極的に働きかけなければならないと定めた、1995年のWTOのTBT合意 Article 12.5 の精神に反すると指摘している。また、同様の原則がG8のDOTフォースおよびe-ASEANタスクフォースの公式文書でも確認されていると述べ、それを無視したクメール文字へのアプローチは、途上国のみならず、完成した標準とそれを制定した国際組織そのものへの信頼性や権威を損なう懸念があるとまで述べている。
3−6 現地調査による所見
GLOCOMでは、このクメール文字コード問題を中心に、カンボジアにおけるデジタルデバイドの状況が実際にどのようなものであり、かつ今後どのような協力策を求めているかを調査するために、2001年12月にプノンペンを訪れ、政府関係者を訪問するなどして調査を行った。
クメール文字標準化問題については、首相府次官補で、クメール文字標準化委員会の実質上の責任者であるソラサック・パン氏が、同委員会の主要メンバーを招集して会合をもち、現状と今後の方向性について、また、政府およびクメール文字標準化委員会としての方針について説明を受けた。
彼らの説明によると、クメール文字の標準化問題は、文化・社会といった国の根幹にかかわる重要な問題で、カンボジア人の参加なく決定された現行規格は、一般のカンボジア人からみるときわめて奇異なものが含まれており、到底容認しがたいものであるという。
その一方、クメール言語学プロジェクトの活動の結果、カンボジア人からみて満足できるだけのコード体系と入力システムがすでに完成しており、できればこれに差し替えることが望ましいと強く願ってきた。
しかし、ISOシンガポール会合に出席した結果、ISO側の委員会の姿勢が相当強硬なもので、現状の不十分な標準案がそのまま実装に移行してしまう可能性が高いと認識し、憂慮しているというのが正直な実態であるという。いったん標準案が採択された場合、たとえ正統な代表が参加してなく、また手続き上の落ち度があったとしても、その変更はよほどの事情がなければ受け入れられないということを感じていた。
したがって、このまま抵抗を続けても結果として変更が認められなければ、それだけかえって実装が遅れ、カンボジア国内で、国際標準に沿ったIT製品を利用することを時間的にますます遅れさせてしまうというジレンマがあることはよく認識している。
だからといって時間的メリットを優先させて妥協をしてしまっては、今後何十年にもわたって子孫に至る世代から、「自分たちの文化的な伝統に反する標準を押し付けられ、受け入れた」として非難されることは明らかで、そういう文化的な価値を守ることも政策上の重要な優先課題であり、安易に妥協を受け入れることはできないという。
なお、この問題は、フン・セン首相も強い関心を寄せており、昨年5月には新入力システムのデモを見てたいへん高く評価しているという。
調査主体であるわれわれは実際の当事者ではなく、傍観的に、断片的に、距離をおいて観察しているという限界があるから、その観察と判断には当事者にしか理解できないファクターは含まれていない。
それでも、あえて主観的に所見を述べるとすれば以下のようになるだろう。
どのような方向で決着をつけるとしても、実際にクメール文字を使用し、受益者となるのはカンボジア国内の人々である。
カンボジア政府、標準化委員会、KPP側が最初に努力すべきであると思われるのは、まず国内の意見を十分にすり合わせ、統一的な合意を形成することであろう。
現在使われているフォント・ファイルを作成、提供している主体、言語学者に加えて、業務面でクメール文字による情報処理に携わっているビジネス・ユーザー、行政関係者など、かなり広範な人々を集めて対話を行い、その結果を的確に文書化し、あらゆる当事者に提示していくことが望ましいだろう。
本来なら、国内における標準規格とは、そうした国内におけるいわばボトムアップ型での、当事者全体が参加して行われる合意形成が基礎となってはじめて成功し、受け入れられるものであろう。とくに言語にかかわる問題などでは、そうしたプロセスは重要と思われる。
現在カンボジア政府はISOに対して年間2,000ドルを払い、議決権がなく情報を受け取るだけの「サブスクリプション・メンバー」になっているが、今回の問題を契機に、2万ドル前後の負担金を払って「フルメンバー」となり、票決権を得ようと考えている。だが、そうやって一票を投じる権利を獲得しても、委員会でいえば多数のうちの一票にしか数えられない。フルメンバーとなるのは、ならないよりはベターだが、あくまで象徴的な重みを加えるだけで、それによって確実に望む結果が得られるというものでもない。
しかし、フルメンバーになると同時に、国内において実質的にさまざまな標準化活動を推進し、実装作業を含めて十分な実績を重ねていくことは、カンボジアの情報化の推進に大きく効果があることは明らかであり、また必要でもある。ただし、そのためには相応の資金と人員が必要である。まだまだ厳しい状況のカンボジアの経済、財政を考えると、外部からの支援が必要であることは明らかである。
その意味では、これまでCICCなどによって行われてきた途上国援助の一貫として情報技術分野での標準化を支援する活動は非常に貴重なものであり、今後さらに増強され、また他の団体組織も含めて、より総合的な視点から推進される必要があるものと思われる。
この点では、わが国が G8 DOT フォースの行動計画に国際標準化組織への途上国の実質的な参加を支援することを盛り込むよう主張し、実際にそれが認められたことは重要である。今後とくに文化的に西欧諸国とはかなり異なるアジア諸国を中心にこうした分野に積極的に関与していくことは、国際社会における日本の存在感を強化するうえで重要な貢献を果たすものと思われる。
4.参考資料
1)「東南アジアに見るデジタル・ディバイド」三上喜貴(長岡技術科学大学)
2)「イコール・ランゲージ・オポチュニティー」三上喜貴(長岡技術科学大学)
1)、2)いずれも<http://kjs.nagaokaut.ac.jp/mikami/>
3)トニー・グラハム著『Unicode標準入門』、乾和志・海老塚徹訳、関口正裕監修、翔泳社、2001年
4)The Unicode Consortium, <http://www.unicode.org>
5)International Organization for Standardization (ISO), <http://www.iso.ch>
6)International Electrotechnical Commission (IEC), <http://www.iec.ch>
7)ISO/IEC JTC1, <http://www.jtc1.org>
ISO/IEC JTC1/SC2, <http://anubis.dkuug.dk/jtc1/sc2/>
*1 全体は、外務省による「仮訳」が以下にある。<http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/summit/ko_2000/genoa/it5.html>
*2 <http://www.glocom.ac.jp/dotforce>
*3 <http://www.glocom.ac.jp/project/chijo/2001_08/2001_08_18.html>
*4 Shumpei Kumon: "Closing the Horizontal Digital Divide", <http://www.glocom.ac.jp/proj/kumon/paper/index.html>
*5 <http://www.dotforce.org/reports/Summary_ConfCall_Dec_2001.html>
*6 文字コードの国際標準化作業は、正式にはISOに加えてIEC(International Electrotechnical Commission)が加わり、合同技術委員会第2小委員会(ISO/IEC JTC1 SC2)で行われている。
*7 正規のメンバーあるいはリエゾン・メンバーとして入っている政府機関もいくつかあるが、主体は民間企業である。
*8 <http://www.nira.go.jp/icj/tt-sric/nen1999/1028.html>