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智場、GLOCOM Review、コラム…


 

早稲田大学講演会参加者名簿事件を考える

青柳武彦(GLOCOM 主幹研究員)

データ・プライバシー権

 日本ではプライバシー権は、憲法第13条の「幸福追求権」にかかわる人格権の一部として考えられており(極めて問題が多いのであるが、それは本稿のテーマではないので触れない)、その侵害は刑法上の名誉毀損罪や侮辱罪の隣接犯罪、あるいは民法上の不法行為として多くの判例法で認知されている。しかし、法律の条文に「プライバシー」という表現があるわけではない。

 個人情報データベースにかかわるプライバシー(以下データ・プライバシーと称す)権の保護については、OECDの勧告*1やEU指令*2などにより国際的な規模で緊急に対応することの必要性が指摘されている。我が国においても、2001年度の通常国会に「個人情報保護法案」が提出されたが、秋の臨時国会に持ち越されてしまった。しかし、ここでも自衛隊の海外派兵問題等やテロ対策支援関連法案の影響を受けて再び持ち越しとなり、2002年度の通常国会において審議される予定となっている。なお、この法案にも「プライバシー」という言葉は使われていない。

 通常、法律上の権利は、まず@自然権的な権利として生成される。これがA社会における道徳的な権利として互いに尊重されるようになり、次にB判例法の上で実質的に認知される。そして最終的にC法律上の権利として成文化されるのであるが、日本におけるプライバシー権確立上の位置はBからCに至る過程にあるといえる。このような過程においては、とかく権利の主張が過剰になりがちであるが、むしろ内容を限定的にかつ詳細に規定してその代わりにしっかりと確立することが肝要である。何でもかんでもプライバシー権を主張するようなことでは、肝心の権利の確立さえも危うくなるというものである。

 そのような、プライバシー権の範囲について考えさせられる問題が早稲田大学において生じている。以下に詳細を述べるが、江沢民・中国国家主席を早稲田大学が招聘して、講演会を開催した。大学は参加希望者に事前登録をしてもらって、その名簿を警視庁の要請に応じて警備の便宜の為に提出したものだが、それを学生がデータ・プライバシー権の侵害であると訴え出て裁判になったものである。第一審では大学側の勝訴となったが、控訴審では逆転して学生側の勝訴となった。大学側は、おそらく最高裁に上告することになるだろう。

事件の経緯

 1998年11月28日、早稲田大学当局の招聘により同大学・大隈講堂において、国賓として来日した江沢民・中国国家主席による「歴史をかがみとして未来を切り開こう」と題した講演会が約40分にわたって行われた。参加申し込み者は氏名、住所、及び電話番号(学生は氏名と学籍番号)の事前登録が求められ、登録者には後日「入場証」が送付され、当日はこの「入場証」の提出が求められた。大学は警視庁に警備を依頼し、警視庁の要請に応じて参加申し込みを行った学生・留学生約700人、教職員及び一般招待者約700人、合計約1,400人の名簿を提出した。なお、参加申し込みの登録の際には、大学側からは当日は金属探知機の使用や手荷物検査が行われることについての告知はあったが、参加者名簿が警視庁に提出されることについての告知はなかった。

 大学側は、事件前後の学内の情況について次のとおり説明している。すなわち「学内では学生・教職員から相手にされなくなった革マル派が、法廷を舞台に早稲田大学を一方的に学生の自治活動を規制・弾圧する大学と虚偽の主張をし、社会の指弾を早稲田に向けさせる戦術を取り出したと見ることができるだろう。しかし、革マル派がいかに言おうと、いかなる場合であっても本学は彼らを含めて学生・その団体を思想・信条・主張等で差別、弾圧したことは毫もない」と述べ、「革マル派は、これまで学生運動の拠点校としてきた早稲大学が、早稲田祭中止に象徴される大学の学園正常化への取り組みに危機感を募らせ、大学が推進する諸事業を『学生自治破壊・サークル活動規制のための早大改革』と歪曲して主張し、大学の秩序・ルールを無視した自分達の学内活動を正当化する一方で大学攻撃を行っているのである」と主張している*3。

 当日の江沢民国家主席の講演会は、早稲田大学OBの小渕恵三首相(当時)を含めて約1,000人が参加して行われたが、過激派の学生達が「江沢民主席訪日絶対反対」の垂れ幕を立てて抗議するという異様な雰囲気であったという。現実に3人の学生が講演会を妨害して逮捕されるに至った。別件であるが、後に大学の教授会がこの学生を譴責処分にしたところ、処分された学生3名が、@参加者名簿を警視庁に提供したこと、A大学が逮捕に荷担したこと、及びB処分は違法で無効であるとして、損害賠償、処分の無効確認、及び謝罪を求めて提訴した事件が、本件とは別に進行中である。大学側はこれに対して、本件と同様に名簿提供は正当な理由に基づく行為であって違法性がないこと、大学が逮捕に荷担した事実はないこと、及びプライバシー権、学問の自由、思想信条の自由、人身の自由に対する侵害はない、と主張している。

第一審(大学勝訴)

 1999年12月3日、6人の学生がこの名簿提出は個人情報の目的外使用にあたりプライバシー権侵害に相当するので違法と主張して、大学に対して一人あたり33万円、合計198万円の損害賠償を求めて民事裁判を提起した。大学側は、プライバシー権、学問の自由、思想信条の自由、人身の自由、に対する侵害の事実はなく、名簿の提供は正当な理由に基づく行為であって違法性はないと主張した。また個人情報の目的外使用の点については、大学当局は以前から大学名で出した告示などにおいて、「今後は学生等に名簿を提供するということを事前に知らせて講演会を開催する」と明言していたのであるから、今回この講演会を特定して明示的に「学生等に警察へ名簿を提供する」と事前に知らせなかったとしても、名簿提供については参加者の黙示的同意あるいは推定的同意があったと考えることができると主張した。

 2001年4月11日、第一審の東京地裁においては、加藤新太郎裁判長は、一応は「氏名、学籍番号、住所、電話番号を記した名簿を提出したのは不適切であり、プライバシー侵害である」ことを認めつつも、外国要人の警備のための名簿提出は社会通念上許容されるものとし、名前などの情報は他人に知られたくないと感じる程度が低いので「原告らが蒙った不利益は抽象的なもの」と述べ、違法性はないとして請求を棄却した。また学生側の「行政の要求に安易に応じて個人情報を提供した行為は学問の自由に反し、講演会への参加を警察に知られ、思想の自由も侵害された」との主張についても、「学問研究活動が制約されたとは認められない」と述べてこれを退けた。

控訴審(学生逆転勝訴)

 原告の学生は、これを不服として控訴した。大学側は引き続き、名簿提出は警備に万全を期し、江主席の安全確保のためには必要不可欠であったと主張した。控訴審の東京高裁における判決は2002年1月16日に行われたが、近藤崇晴裁判長は判決にあたり次の諸点を指摘した。

 すなわち、大学側は独自のガイドライン、すなわち個人情報保護規則を制定するなど個人情報保護の重要性を認識していたこと、江主席の承諾から講演当日まで約4カ月の時間的余裕があったこと、及び警視庁は参加者名簿の提出を秘密とすることを早大に求めておらず告知に対する支障がなかったこと、等である。その上で、「名簿提出を講演会の参加申込者に告知することは容易だったのに、同意を得ようとしなかったのは大学の手抜かりで、配慮に欠けた」と判示し、「大学側にやむを得ない事情はなく、違法性は阻却されない」として一人1万円、合計6万円の支払いを命じた。

 なお早大独自のガイドラインとは、個人情報保護に関して大学当局が収集した個人情報の適切な取扱いに関するもので1995年5月に施行している。その中で目的外使用を禁止しているが、例外として、@本人の同意があった場合、A法令の定めによる場合、Bその他学内に設置されている「個人情報保護委員会」が正当と認めた場合、を規定している。早稲田大学としては「名簿はこの委員会の了承のもとに提出したものであること、国賓のような要人の保護は警備当局の協力なしにはできないことは明らかであるので、参加者は名簿が警備当局に渡ることを当然、予想していた筈である」と主張した。

判決の考察

 第一審及び控訴審ともに、プライバシー侵害があったと認定している。しかし第一審においては、警備上の都合という違法性阻却事由があったことを認めており、追加事情として「名前などの情報は他人に知られたくないと感じる程度が低いので原告らが蒙った不利益は抽象的なもの」と述べている。正当業務あるいは公共の利益を図るという違法性阻却事由が立派に成立しているのであるから、原告の不利益が軽かろうが重かろうが、関係なしに違法性が阻却される筈であるから、追加事情はいわば参考に過ぎない。

 控訴審においては、驚いたことに違法性阻却事由が存在することが無視または軽視されて、「事前同意を得なかったのは配慮に欠けるので違法である」とされた。ただし違法性の程度は極めて低いとして一人1万円という極めて低い賠償を命じたものである。

 この東京高裁での逆転判決を受けて、大学側は「極めて遺憾」として上告*4を検討していることを明らかにした。これについての報道記事を見ると、控訴審の判決についての一般的な理解は、たとえ警備・公安という公益性の高いかつ正当な目的であったとしても、適正な手続きを踏まずに黙って第三者に個人情報を提供するというような手続き上の瑕疵があると違法になる、ということを示したものとなっているようである。しかし筆者は次に述べるような疑念をもっている。

プライバシー権侵害は成立するのか

 第一に、そもそもプライバシー権侵害が成立するのだろうか? 本件の発端は、講演会への参加者名簿を提出したことが個人情報保護の原則に違反しているというものである。個人情報を保護しなければならない理由は、プライバシー権を尊重しなければならないからであるが、すべての個人情報がプライバシーに属するというわけではない。不可侵私的領域に属する情報のみがプライバシーとして保護されるのであり、その範囲は社会通念により個別に決定されるので、極めて相対的かつ流動的である。換言すれば、プライバシーに属しない個人情報は保護する必要がないのである。

 プライバシー権には、個別的個人のプライバシー権と、個人情報データベースにかかわる集合的プライバシー権すなわちデータ・プライバシーがある。個別的な個人のプライバシー権には絶対的な領域サイズがあるわけではなく、極めて相対的である。すなわち社会環境別(市民社会の成熟度、混雑度、安全度等)、情報主体別(囚人のプライバシーのサイズは限定的)、開示対象別(親子、恋人同士など親密度による)、情報収集の目的別(医者の診療など)によりその都度変わると考えるべきである。

 しかしデータ・プライバシーは、対象が極めて多い集合的な概念であるから個人の情況に合わせて個別に扱うことは不可能である。したがってデータベース全体を一律に扱わざるを得ない。また、データ・プライバシーの領域を広く取ることは円満な社会生活の極めて大きな阻害要因となるので、最低限度のものにとどめざるを得ないのである。

 また、プライバシーに属する個人データであっても、プライバシーの度合いによって階層(レイヤー)的に分けて考えなくてはならない。最上層には個人の容貌などの外形的特徴、名前、性別等があり、通常プライバシーは存在しない。その下には住所、家族構成、職業等のレイヤーがあり、場合によっては軽度のプライバシーが存在する。さらにその下にはクレジット番号、年収、購買履歴等があり、最深層には債権債務情況、遺伝情報、前科経歴等がある。

 最深層の個人データはセンシティブ・データと呼んでおり、データベース化はおろか収集も禁止されるべきものである(2002年度国会に向けて継続審議となった個人情報保護法案にはこのような階層的な考え方がない)。本件で問題となった「氏名、学籍番号、住所、電話番号」程度の情報は、本件に関する限りとりたててプライバシーに属するとはいえない程、上のレイヤーの問題なのである。

 確かにプライバシーのない氏名であっても特定の講演会などへの参加という事実と結び合わせられると、ある種のセンシティブ情報となる場合がある。しかし、それはプライバシーの問題ではなく、言論の自由、表現の自由の問題等の他の種の問題である。しかも、本件の場合には国賓として来日して大学当局が招聘した人物による講演会であり、時の内閣総理大臣が列席したほどの正々堂々たるものであった。非合法政党(仮に存在するとして)や秘密結社の集会への参加ではない。したがって筆者は、本件をデータ・プライバシー侵害の問題として扱うこと自体に批判的である。

違法性阻却事由の存在

 第二に、仮に百歩譲ってデータ・プライバシー侵害が成立したとしても、控訴審が「同意を得ようとしなかったのは大学の手抜かりで、配慮に欠けた」とし、「大学側にやむを得ない事情はなく、違法性は阻却されない」として、名簿提出が公共の利益を図るための正当な行為であったという違法性阻却事由の存在を全く無視してしまったのは、極めて乱暴である。もし違法性阻却事由が成立するのであれば、同意取得の手続きは必ずしも必要ではないのだから、同意取得手続きにおける瑕疵の問題は、相対的に小さな問題となるからである。

 ただし、大学側の「以前、今後は名簿を提供することを明らかにして講演会を開催すると告知してあったのだから、今回特に告知をしなくても参加者の黙示的同意あるいは推定的同意があったと考えられる」との主張には無理がある。単に「正当な行為だから事前告知の必要はない」とのみ主張すればよかった。

 もし、事前の承諾を得るのであれば、それだけで正当な行為となるから、違法性阻却もへちまもない。一般には他人の虚偽の経歴を暴くことは、たとえそれが真実であっても名誉毀損及びプライバシー権侵害の罪に問われるが、当人が選挙の候補者である場合は、虚偽の経歴を暴くのは公共の利益のためであるから違法性が阻却される。もちろん虚偽を暴くにあたって当人の事前の承諾を得る可能性はないだろうが、その必要もないのである。

 一般に不法行為責任の成立を阻却する事由としては、正当防衛、緊急避難、被害者の承諾、正当(業務)行為、緊急自力救済、公共の利益などがあるが、本件の場合には、大学当局の行為は「要人の警護という公益性の高いかつ正当な目的のため」という公共の利益のための正当な業務であるから明らかに違法性が阻却されるべきである。ということは、必ずしも参加者の事前の承諾を得る必要がないということを意味する。事前に同意を得た方が良かったに決まっているが、それは本質的な問題ではなかったのであるから、同意取得手続きに瑕疵があったことは本質的問題ではない。本控訴審の判決は、一般には「たとえ公益性の高いかつ正当な目的があったとしても、手続き上の瑕疵があると違法になる」と理解されているようであるが間違いではないか。

 したがって本件は、次項で述べるようにプライバシー侵害の問題というよりも学問・研究の自由や大学の自治・自律という問題に帰するべきものであったと考える方がよい。なお結論を先にいえば、筆者は第一審の判決どおり名簿の提出によって「学問研究活動が制約されたとは認められない」と考えるものである。

名簿提出は学問・思想・信条の自由を侵すか

 この事件に関連して新聞、雑誌、及びインターネットには早稲田大学当局を非難する意見が続々と寄せられているが、いずれもデータ・プライバシー侵害を問題にしているわけではない。曰く、講演会参加者名簿を学外に提供するが如きは大学の自治と自立性を自ら放棄するものである、学問の自由や真理の追究はあらゆる権力の監視や干渉を排斥して実現されるべきものである、国家権力による管理と支配を排除するためには投獄も辞さない覚悟が必要であるのに自ら名簿を提出するとは恥ずべき犯罪行為である、大学においては思想・信条・行動についての完全な自由と秘密が護られなければならない、等々と極めてハイトーンで、いささかヒステリックでさえある。

 しかしこれらの批判は、本件をデータ・プライバシー侵害問題としてとらえるより、はるかに本質的な点を突いていると思われる。もとより筆者も学問と真理の追究の自由には、最大の価値を認めているものであるが、問題はそれほど簡単ではない。

 現実に当日の講演会は過激派学生(大学当局の説明によれば革マル派が中心)による江沢民主席訪日反対の垂れ幕が林立する中で行われた。講演会場の中でも「核軍拡・人民弾圧反対」と書いた横断幕を掲げ、かつ「中国の核軍拡反対」などと叫んで妨害した3人の学生が「建造物不法侵入・威力業務妨害」現行犯の疑いで逮捕*5されるという情況であった。つまり Clear and present danger*6(明白かつ現存する危険)が存在していたのである。

 そのような状況において警備当局の支援を得ること、その便宜のために参加者名簿を提供することは、思想・信条・行動の自由を護るための正当かつ合理的な行為であったと考える。なお、逮捕された学生はこれは表現の自由の制限であり言論の自由への不当な弾圧であると主張しているが、他者の表現の自由を制限し、他者の言論の自由を妨害することを許容する言論の自由は存在しない。彼らのこのような実力行使こそ、学問や思想信条の自由を阻害するものである。

 真に学問・思想・信条の自由を護ろうとするのであれば、このような妨害活動をこそ排除すべきものである。1968(昭43)年6月17日の東大安田講堂への機動隊導入(医学部紛争開始)に端を発して1969(昭44)年1月18日に安田講堂占拠学生排除に至るまでの長期的な東大の学園紛争を振り返ってみて、真に学問・思想・信条の自由を護ろうとしたのは占拠学生だったのか、大学当局及び警察の機動隊だったのかを考えてみるべきである。

 この講演会は、国賓である江沢民主席が行うものであり、時の首相も列席して行われたものである。これを大学当局の対応能力のみで行うのは到底無理であったことは火を見るよりも明らかである。もし警察の力を借りることをよしとしないのであれば、このような講演会は実施できないし、それこそ過激派学生の思う壺であったに違いない。

 そもそも警察当局はアプリオリ(a priori)に自由や安全の敵なのであろうか。2001年9月11日の同時多発テロ事件以来、色々な価値観が一挙に変わったが、その中でも大きく変わったのは国家や行政の行為に対する国民の意識である。特に米国においては国家権力を排除または反対することこそが自由の確保であるとの風潮が強かったのであるが、現在では国民生活の安全と平和を確保するためにはプライバシーの制限もやむを得ないとの考え方が一般的になって、色々な面で国家に対する協力姿勢が目立つようになっている。

 大学における学問・思想・信条の自由を、警備当局との連携と協力をもって護ることは現実的かつ合理的な解である。たしかに現在の警察機構には不祥事件もあり問題点もなしとしないが、公平に見て国際的レベルからいっても日本の警察は最も清廉で優秀な組織である。我々が警察を信頼して共同して自由と安全を護ろうとしてこそ、そのような問題点も解決されてゆくものである。裁判所は本事件を処理するにあたって、はっきりと原告の請求を棄却すべきであったのである。

*1 OECD勧告:OECD理事会は、1980年9月23日に略称「OECDプライバシー・ガイドライン」(Recommendation of the Council concerning Guideline governing the Protection of Privacy and Transborder Flow of Personal Data)を決定した。この勧告には個人データ保護を国内に適用する場合の基本原則として次の8項目が示されている。(1)収集制限の原則、(2)データ品質確保の原則、(3)目的明確化の原則、(4)利用制限の原則、(5)安全保護の原則、(6)公開の原則、(7)個人参加の原則、(8)説明責任の原則

*2 EU指令:EUは、1995年10月に EU 指令 95/46 を採択し、OECD 8原則をさらに発展・強化した。とくに、個人は商用データベースの情報処理を拒否でき、損害が発生した場合の立証責任をデータベース管理者に転換するなど、自己情報コントロール権をさらに進展させている。また、個人情報の保護のレベルが十分でない第三国への個人情報の移転を制限する方針を打ち出している。

*3 <http://www.waseda.ac.jp/student/weekly/contents/2001a/nt18.html>

*4 <http://www.mainichi.co.jp/digital/network/archive/200201/16/10.html>

*5 逮捕された学生は起訴は免れた。

*6 米国最高裁が形成した表現の自由に関する法理。1919年、ホームズ(Holmes)裁判官は、ある表現行為が「明白かつ現存する危険」を生じる弊害がある時には、合衆国憲法が表現の絶対的自由を規定しているにもかかわらず、言論の規制を行うことが許されるとした。ハリソン・フォードの主演により同名の映画が制作されている。その後共産党の活動が激しくなった1950〜60年代においては、Clear and imminent danger(明白かつ切迫した危険)がある時は言論の規制が許される、と訂正された。

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