『テレコズム』ジョージ・ギルダー 著
講師:公文俊平(GLOCOM所長)
2002年1月31日、公文俊平GLOCOM所長を講師に、掲題のテーマについてi-civil研究会/IECP合同読書会が行われた。著者であるジョージ・ギルダーは、1989年に『マイクロコズム』(邦訳は『未来の覇者』)でマイクロコンピュータの世界を描き、11年を経た2000年に、今回とりあげた著作『テレコズム』(公文俊平解説)によって、光通信による帯域の爆発を描いた。公文所長は、1992年に著者と出会って以来、彼の説く「砂とガラスと空気の革命」による新しい情報化の時代に関心を持ってきた。公文所長による講演の概略は、以下のようなものであった。
1.豊富性と稀少性
豊富な資源を浪費し、稀少な資源を節約するのが経済原則である。経済学者は稀少性に関心を持つが、むしろ、おのおのの時代の豊富性を上手に浪費し、活用することに着目したい。すなわち、第二次産業革命はエネルギーの浪費であったのに対し、第三次産業革命の第一局面であるコンピュータの時代は、コンピューティング・パワーを浪費する時代である。動作は遅いが多数のスイッチを微小化して高密度で並列させるという "Small and Slow" 戦略である。しかし、この10年の半導体の進歩は、電磁波にも速度の限界があり、光速をもってしても、クロックパルスがチップの端まで到達することができなくなってきておりシングルチップ化やコンテント分散の方向に向かわざるを得なくなってきた。遅延(Latency)が大敵となってきたのである。
2.テレコズムの時代
第三次産業革命の第二局面として登場するテレコズムの時代に、最も豊富にあるのは「電磁波」である。従来の狭帯域高出力による帯域占有型から、スペクトル拡散に代表されるような広帯域低出力による多重化という "Wide and Weak" が新たな解決となり、周波数の稀少性は最終的に消滅する。もう一つの技術革新は、貯域(Storewidth)コストの急低下である。個々の端末は巨大な貯域を持ち、ネットワークの縁からさまざまなデータをダウンロードして、一時的な貯域や処理を行う NAS(Network Access Storage)型のスチュピッド端末になっていく。今日の最大の稀少資源は「時間」である。光速の限界に対しては、むしろ処理を減らし、平均17ホップもあるスイッチの処理を減らした「ダムネットワーク」型のアーキテクチャを採用することが対処法となる。これを具現するネットワーク・インフラは、インテリジェンスと制御装置を縁においたイーサネットのLANであり、これは有線無線の両面で光化し(Fiber and Fiberless Optics)、同時にWANとして相互接続していく。
3.この本の議論の延長
「時間」の稀少性には、もう一つの重要な要因がある。それはわれわれの生活時間であり、われわれの寿命である。今まで行政も企業も、消費者の時間は自分たちの外にあるものとして大切にしてこなかった。人々に行列を作らせてはならないし、たいして意味のない広告(ADs)はマイナスである。
これからの牽引者であるスマートピープル(智民)にとって、最大のグループユーティリティとなるのが、GFN(Group Forming Network)であり、そのためのインフラが自律分散協調型の全光ネットワークにほかならない。そして自前のネットワークを作って、自作のコンテンツを共有してコミュニケーションとコラボレーションを行い、ビジネスの役割はこれらの活動を支援することになる。個人は、単独だけではなくグループといういわばファイヤウォールの中に拠点を持ち、外の世界と交流する。この本が出版されてから通信不況は本格化("Permacession" = Permanent Recession)してきたが、この背景として、既存通信業者がこの新しいインフラにあまり目を向けてこなかった点がある。中長期の投資縮退傾向のなかで、米国の情報通信政策は、ブロードバンドで先行する韓国、カナダに再び追いつき、また、日本のe-Japan戦略への関心を示すなど政策転換の兆しが見られる。
4.会場からの主な意見・質問
会場からは、以下のような意見や質問が出された。
・ 消費者の時間は貴重な財である。好きなことに使いたい。DIY(Do It Yourself)の時代も結局、選択肢を増やす意味で、パッケージ商品を作ってきた。ダムネットワークは小さな政府と同じ発想である。
・ "Prosumer"(Producer + Consumer)社会のキーワードは、生活者参加型消費社会である。企業も顧客の声を聞いて商品開発をするようになった。ダムネットワークは、メディア論としては賛成である。日本はブロードバンド化では、まず、韓国にキャッチアップしてやっていくべきだ。
・ カナダは日本より10年先行している。e-Japanは、国策としてFTTH(Fiber To The Home)で世界一を目指すべきである。インフラをしっかり作れば、日本には絵(アニメなど)に対するクリエイティビティがあり、質の高いコンテンツが地域から生まれてくる。
・ 新たなネットワークが出現するなかで、銅線やネットワークTVなどの膨大なSunkcostを抱えた通信メガキャリアやCATV放送の運命はどうなるか。株式会社組織も、東インド会社以来あまり変化していない。新しいインフラは今までの投資と異質なのでは? FTTH は国家にとって最後の投資なのか? 米国を抜くインフラを持つことに意味はあるのか? 金融分野などにおける国際競争力では、制度の構築力や言語力で彼我の差は大きい。
・ 日本の金融工学の力は米国の1/10だ。合併しても統合のメリットは出ていない。
・ 何をもって世界一なのか。今の延長線上にグローバルなビジネスモデルが出てくるか疑問だ。カナダはむしろグローカル(Glocal)なビジネスモデルを追求している。日本は高齢化社会で、グローカルなビジネスモデルができればそれが世界一になり得る。グローバルなビジネスモデルは、バイオなど、まさに国家戦略の課題だ。
・ 日本は、直接金融と間接金融の比率がおよそ15対85だが、米国はこの逆だ。日本の銀行は高度成長時代から、大蔵・通産省に対して「右倣え」の依存体質で、これが今日の不良債権を招いた。
・ 銀行向けのシステムの開発は、横並び意識が非常に強い。
・ LAN/WANの世界は明確に異なる。LANは知っている者同士の通信だが、WANは見知らぬ人が対象なので遅延や伝送エラーなど手順が必要となる。キャリアの考えるネットワークはWANのことである。本書はこれがすべてLANになるという説である。しかしこのLANは、世界の60億人をつなぐようなユニバーサル・サービスである必要はない。必要とする範囲を太束(ふとたば)でつなげばよい。
・ 問題設定が正しくないと良いものができない。モバイルでは音声という明確な目標があったが、4G(第4世代移動通信)の開発では明確な目標設定がないのでは。開発はインターネットプロトコルのように、必要に応じて必要なものという方式で、多様性を包含すべきである。
・ 国や都市の概念がなくなるのかもしれない。そうなると、ダムネットワークのコスト負担はどうなるのか。DIYは時間を自分のために使うことだが、その場合、個人とグループの境界はどう作られるのか。これらのライフスタイルは、実際に壮大な実験をしてみないとわからない。
・ ブロードバンドのキラーアプリケーションが見えない。ブロードバンドは供給過剰で、まだ需要が出ていない状態なのか。ブロードバンドになったら何が価値なのかについて、過去10年間もまだ答えを出していない。現在の貨幣価値では測ることのできないエコマネー的価値なのか。
・ 米国と韓国の間のトラフィックが逆転した。米国内の韓国系の人たちが、韓国のTVをインターネットで見ているから。ブロードバンドのアプリケーションは現在の生活の延長上にある。日本語の環境で生活しているわれわれは、日本語の上に知の共有システムを作るべきだ。国立公文書館もこれまではマイクロフィルム化だったが、最近ようやくデジタルライブラリ化に目が向いてきた。
・ ADSLと光とは似て非なるものだ。韓国はものすごい投資をしてADSLを普及させてきた。これからどうやって光化を進めるのか深刻な議論になっている。ブロードバンドの普及によって、今後の政治体制として議会制民主主義はどうなるのか?
・ e-Japanは夢のある話ではない。今は不況の時代で失業者が多いので、生産性を上げるよりも、むしろ無駄なことも正しいという説もある。ITの市場予測は、現在6兆円だが、2010年には10兆円(楽観論)あるいは2兆円(悲観論)の両論がある。ジャブジャブとした通信環境の中からキラーアプリケーションが出てくるかもしれない。
・ 最先端の分譲マンションは100世帯当たり1Gの回線を引いている。その次が100Mの回線で、いずれも月額2,000円程度である。過去1年以内の、しかも都市部のマンションの約8万世帯に限られる。また、電話回線が光ファイバであることがADSL利用のネックとなっている。なお、現在のキラーアプリケーションは速度測定サイトである。
・ 日本のブロードバンドは、むしろ地域格差を拡大している。端的には大手町中心の数kmの範囲だ。
・ コンピュータの本質は人手を必要としないことだ。デジタルデバイドの問題もあり、皆がハッピーということはあり得ない。(若者にはそう見えないかもしれないが)未来は悲観的だ。
・ 本日の議論には数字がない。過去のインフラがどの程度年率コストダウンしたかについては、鉄道2.7%、電力7.0%、コンピュータ7.9%だが、通信は百万倍も容量が増大し、コモディティ化した。これからのボトルネックはむしろPCで、2Gbpsは処理できない。
・ IT産業で飯が食えるのかの具体論がない。コンピュータの本質は人手をいらなくすることだ。デジタルデバイドの問題もあり、皆がハッピーになる社会は来ないのではないか。日本も破滅に向かっており、金持ちから資産税を取れとの意見もある。
・ ギルダーの2冊の本の間の10年間の変化に驚いている。電子も光子も、エネルギー問題抜きには考えられない。さらに、超長期的には、隕石落下や太陽の膨張など、あらゆる情報が消える運命については悲観論にならざるを得ない。あまりにも速い変化は人間を狂わせないか。
5.公文所長からのコメント
これらの意見に対し、公文所長は「会場から多様なご意見をいただき、非常に参考になった。これからもi-civilなどメーリングリストでさらに議論を続けて欲しい」として、次のようにコメントした。
・ 第一点は、急速な技術開発が進み、投資の回収ができなくなり、営利ビジネスの頂点の時期は過ぎたのかという点。その対応策としては政治力がある。なぜ、10年前にインターネットを、政治力を使ってつぶしておかなかったのかという議論もあろう。これからはビジネスの意味をもっと拡大し、そこそこ営利ができ、そこそこ生活できるというビジネスモデルになるのだろうか。
・ 第二点は、全体として大きなLANができ、公衆がいなくなる。都市は巨大な田舎となり、気心の知れたもの以外、たとえばテロリストなどは邪魔者扱いとなる。部分的にグループが作られ、安全だが寂しい社会となる。都市の持っていた匿名性や面白さはなくなり、大衆相手のビジネスも退潮するのではないか。
・ 第三点は、情報社会の未来のイメージを探しているが、まだ感激するようなものはない。われわれは車社会やTV社会を経験したが、それで何が変わったのか。同じように、ブロードバンドで未来イメージがどう変わるか考える必要がある。
・ Rent(超過利潤)による利潤確保には技術・独占・政治力とあり、使っていけないものはない。政治的に独占はいけないなどと言われると、やりにくくなるだけだ。また公社へ戻せの議論も出てくるかもしれない。なお、未来を希望的に見るか悲観的に見るかについては、余命との関連がありそう。老年になると内面的になる傾向がある。
・ マルクスの資本論に、「資本主義は身体中の汚辱にまみれて誕生したが、すごいことをやった」というような表現があるが、情報社会も産業社会と同様に、あらゆる汚辱と同時に強烈な面白さを伴っていると言えよう。希望について語ることのできる範囲は短期的でしかないのであって、あまり長期的に考えると地球の消滅云々という話にもなりかねない。
小林寛三(GLOCOMフェロー)