GLOCOM - Publication

Center for Global Communications,International University of Japan

智場、GLOCOM Review、コラム…


 

シリーズ:地域情報を見直す
地域コミュニティ再生への「CAN構築」
楠 正憲

地域情報化への情報社会学的アプローチ

 私は今でも、地域情報化と呼ばれている数多くの取り組みに対して、とても強い不満を持っている。なぜなら、それらの取り組みは高邁な理想を掲げてはいるものの、結局は政府による予算消化の口実となっているだけでなく、必ずしも地域コミュニティそのものに対する有効な貢献となっていないのではないかという疑念を持っているからである。

 とはいえ、地域情報化に対して真剣に取り組まれている方々を前に、結果だけを見て批判しても何も始まらない。むしろ、情報社会学の構築に寄与することを通じて、地域情報化への戦略を提示し、その成果をもって情報社会学の洗練にフィードバックすることこそ、現行の地域情報化に対する有効な批判たり得ると考えるようになった。

 地域情報化に情報社会学を適用するアプローチとして、すでに確立し、自律的な発展を遂げているネット・コミュニティの観察を通じて帰納的に仮説を立て、その仮説に基づいた戦略によるコミュニティ形成の実践を通じて、元の仮説を検証していく演繹的な方法が考えられる。ここではLinuxコミュニティや「まちBBS」を例に、比較的成功しているネット・コミュニティを情報社会学的に分析し、その仮説に基づいて、行政による地域情報化が必ずしも成功していない理由と、CAN再構築へ向けた戦略について検討していきたいと思う。

オープンソースにみるコミュニティの面的展開

 今ネット上では、地域横断的な関心コミュニティを縦糸に、関心横断的な地域コミュニティを横糸に織り成す、緩やかで豊かな面的広がりを持つ智場が育まれつつある。

 たとえば Open Source Community は、技術領域ごとに細分化され、国境を越えた無数のコラボレーションによって、日々知的生産を続けている。ここでのコラボレーションは、Web、メーリングリスト、ニュースグループ、コード履歴管理システム(CVS)などによって支えられている。こうしたコラボレーション基盤は、エンパワーメントされた個人による個々のボランティアによってこれまで支えられてきたが、最近ではVA Linux社の運営するSource Forge*1などに集約されつつある。智場プラットフォーム運営の産業化は、情報革命の流れに逆行すると思われる方もあるかもしれないが、むしろ、アプリケーションとアクションとの分業を通じて、コミュニティ形成にかかる費用を押し下げ、さらに多くのコミュニティを育む土壌となっている。

 一方、こうした関心領域によって細分化された世界的で緩やかな紐帯(=地域横断的な関心コミュニティ)とは別に、国別Linuxユーザー会や地域Linuxユーザー会(日本だけでも北海道から沖縄まで30近くある)が世界中で組織されている*2。

 国別ユーザー会では、文献の翻訳や各種イベントへの協力、地域ユーザー会では草の根的なミーティングやインストール講習会など、それぞれの規模に即した課題に取り組んでいる。面白いことに、横浜Linuxユーザー会が定期的に開催する「カーネル読書会」のように、掘り下げた関心領域の智を地域コミュニティで共有しようという取り組みも始まっている。

「2ちゃんねる」と「まちBBS」

 コミュニティの面的展開に関する、より一般的な実例として「2ちゃんねる」がある。「2ちゃんねる」には、各関心領域について細分化された2ちゃんねるBBS本体のほかに、地域コミュニティの情報交換の場となる「まちBBS」*3がある。

 「2ちゃんねる」も「まちBBS」も、掲示板はあらかじめ定義された大分類である「板」と、各利用者が自由に立てることのできる「スレ」によって細分化されている。「まちBBS」の場合、地方ごとに「板」が分けられ、市町村といった行政区画の他に、最寄り駅や共通の話題など、さまざまな角度からの「スレ」が利用者によって立てられ、周囲からの関心を維持できないものは消えていく。

 新しく書き込みのあった「スレ」から順番に表示されるため、利用者は掲示板を開くと比較的書き込みの多い、議論の活発な「スレ」の最新の書き込みを見ることになる。一定期間書き込みのない「スレ」は削除される。また、「sage」といって、「スレ」に書き込みを行う際、その「スレ」を掲示板の先頭に持っていかないよう指定することもできる。「sage」は投稿した利用者が、その「スレ」が関心を惹くに値しない内容と判断した場合だけでなく、その「スレ」を、不特定多数の利用者から隠すことによって、議論の質を維持するためにも頻繁に利用される。それぞれの「スレ」は外部からの関心を競いつつ、内部からの関心を維持するために過剰に目立つことを避けるという、アンビヴァレントなゲームを通じて「スレ」ごとの緩やかな規範を生み、自然淘汰されていくのである。

 「まちBBS」の面白い点は、こうした「2ちゃんねる」の仕組みを通じて、同じ地域に住んでいながら互いに知らない者同士が、「まちBBS」を通じてその街について情報交換を行っていることである。たとえば、私が祖師谷に引っ越して来て1年近くになるが、どのスーパーがいつ潰れて代わりに何ができるのか、近くの美味しいラーメン屋はどこか、腕のいい歯医者はどこかなど、もっぱら「まちBBS」の「東京23区掲示板」「祖師谷大蔵スレ」を通じて情報を得ている。ここでは、失われた地域コミュニティの一部が、「まちBBS」に代替されている。あるいは、産業化の過程で失われた地域コミュニティが、情報化によって再発見されつつあるのかもしれない。

ネットによる地域コミュニティの再発見

 これまで、地域情報化というと、すでに存在するコミュニティの枠組みの中で、そこをどう情報化していくかというアプローチが主流であった。しかし、すでに存在するコミュニティの境界が、情報化される前の地理的制約やコミュニケーション手段の制約に根ざしているとすれば、それが必ずしも情報化された後に適切な境界であるとは限らない。

 たとえば、地域コミュニティでのコミュニケーションが成立するには、同時に会話できる人数が、同じ時間、同じ場所にいるという制約がある。これがネット・コミュニティの場合、「書き込みに対して回答を期待できるだけの母集合」といった別の制約がある。

 Linuxや「まちBBS」からの教訓として、仮に地域に根ざしたネット・コミュニティであっても、所与の地域コミュニティを情報化するというプロセスではなく、ネット・コミュニティが地域を再発見するというプロセスを経たものが成功していることがわかる。そして、ここで再発見される地域は、必ずしも既存の地域コミュニティと同じ境界を持つとは限らない。むしろ、個々人は断片的なコミュニケーションを行っていても、誰かしらの反応を期待できる程度に、既存の地域コミュニティよりも広い境界を持つ場合の方が多いと考えられる。

 このように、ネット上で地域コミュニティが再発見される臨界に達するには、緩やかな共通の関心を持つ充分な数の母集合と、その集合内でのさまざまな領域の生起と淘汰を経る必要があり、この過程で地域コミュニティでの対面コミュニケーションとは別の、コミュニティを維持する規範が形成されるのである。

CAN再構築へ向けた段階的戦略

 ここまで考えると、これからCANをどう再構築していくべきかについて、戦略を立てることができる。つまり、既存の地域コミュニティを情報化するのではなく、ネットから地域コミュニティを再発見することこそを支援すべきなのである。そのためには、既存の地域コミュニティに対して最大限の帯域を提供するのではなく、可能な限り数多くの母集合に対して、まず常時接続性を提供し、そこに低コストのコミュニティ・プラットフォームを提供する必要がある。母集合は多ければ多いほど良いので、最初はサーバー集中型ですべてのコミュニティをホスティングしてもかまわない。むしろ、技術がコミュニティの母集合を制約しないことの方が重要である。

 次に、そこから生起した地域コミュニティからの需要に合わせて、物理的な帯域や構造を再考すべきである。その過程で、グリッド状の光ネットワークやP2P、超広帯域の無線ネットワークなどが、実際の問題に対する解決策として提示されることになるだろう。

 これまでのように最初から高価な技術でCANを構築しようとしても、予算の都合で参加者が限られ、限られた参加者の間では充分なコミュニケーションが生まれず、結果として宝の持ち腐れとなってしまうことが充分に予想される。まずは薄く広いコミュニティ・プラットフォームの普及を急ぎ、そこで再定義される地域コミュニティからのコミュニケーション需要に対して機動的に応えることこそが、智場としてのCAN建設への最短の道のりとなるのではないだろうか。

岐路に立つ地域情報化

 情報化の進展にともない、「政府の失敗」や「大企業の失敗」が目立つようになってきた。微視的には多様な問題が絡み合っているが、技術革新の予測可能性が低くなるにつれて、どれほど時間と資源をつぎ込んでも、長期的で大きな決定を間違いなく下すことは困難となりつつあることが、問題の根底にあるように思う。いまわれわれが必要としているのは、長期的に正しい決定を下すための方法論を洗練させることではなく、短期的で小さな決定を頻繁に下し、フィードバックに対して機動的に対応することを通じて、誤った意思決定によるリスクを最小化することである。

 短期的で小さな意思決定を頻繁に下せるように、意思決定の生産性を高め、智のゲームを通じて地域情報化投資を全体として最適化させる手法を洗練させる必要がある。地域に数多くの智場を創るために、まずわれわれ自身が、地域情報化に対するアプローチを「富のゲーム」から「智のゲーム」へと転化させる必要に迫られているのである。

 結局「インパク」が鳴かず飛ばずだったように、このまま本質的な問題を直視せずに「地域情報化」を名目にジャブジャブと公共投資を行ったところで、ネットワーク機器やダークファイバは使われないままに老朽化し、誰からも読まれない報告書と、返すアテのない公債とがうず高く積み上がるだけに終わるだろう。そして、「2ちゃんねる」がネット・コミュニティを築き、Yahoo! BB がブロードバンドを普及せしめたように、超高速無線LANのような破壊的テクノロジーによってエンパワーメントされた一部の智民が、政府を頼らずに地域情報化を達成することになる。

 国民の血税を使って後世にガラクタと借金だけを残すのか、開かれた良質な智場を残すのかという岐路に立つ今こそ、地域情報化の現状を直視し、真剣に考え、そして行動することが求められているのではないだろうか。

*1 <http://sourceforge.net/>
*2 <http://www.linux.or.jp/community/group/index.html>
*3 <http://www.machibbs.com/>

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