『The Knowledge-Creating Classroom』-知識を創造する教室-
Edward A. Jones
日米の教育交流を行っているフルブライト・メモリアル基金では、1999年より教師の相互交換派遣とオンラインによる継続的な協働学習を含む「マスター・ティーチャー・プログラム(MTP)」を実施している。初年度、日米双方各5校の参加で開始されたプログラムは、徐々にその規模を拡大し、2002年には各21校が参加するプロジェクトへと成長した。著者は、教育工学・教育心理学の立場からこのプログラム全般の企画者としてかかわっており、初期の考察は『GLOCOM Review』(2000年2月号“New Ways of Experiencing Education: The Fulbright Memorial Fund Master Teacher Program”)でも報告されている。
本論は、このプロジェクトを構成するうえで重要な学習の概念とテクノロジーを教育に導入する際の考え方を示し、MTPにどのように適用されているかを解説するものである。
筆者は、まず学習における知的なかかわり方について述べている。学習には、単純な反復練習を特徴とする「タスク学習」、積極的情報探索活動を中心とする「プロセス指向学習」、アイデアと経験を合成し、新しい概念形成や物事の理解方法を養う「推論学習」の3階層が存在し、MTPでは、これら階層を過程とする学習経験の提供が意図されているという。
筆者は、教室を新しい知識創造の場と位置づけるとともに、教師を単なる情報伝達役ではなく、密接な相互作用によって生徒の学習過程を導く者と考える。また、学習コミュニティの形成によって、グループの結束やかかわりを高める情緒的結びつきを生み、個々人の自己実現を超越する「グループ実現」ともいうべき充足感が共有されるとしている。これら理想的な学習を実現するために、MTPでは "total physical presence(TPP)" を目標としており、遠隔地間のオンライン学習場面でも、ビデオ会議やチャットを用いるなど、なるべくフェイス・ツー・フェイスの相互作用に近づける工夫がなされている。
知識創造のシステムを形成するうえで、教室へのコンピュータやインターネットなどのテクノロジーの導入は重要であるが、単にこれらを生徒に自由に使わせるだけでは有効な学習経験にはならず、かえって混乱の元になると筆者は主張する。ここであらためて強調されるのは、知識創造の場の中心に位置する教師の役割であり、彼らは単なるテクノロジーの操作だけでなく、これらを用いつつ知識創造へ統合させる方法にも熟達していなければならない。このため、MTPでは教師を対象とした特別なセミナーを開催しており、また、このセミナー用の教材開発、個別の学習機会に柔軟に対応する遠隔学習技術の開発、あるいは、研究グループの構成などが目指されている。
著者も指摘するように、今日の情報化時代の教育における「学習」とは、学習者の情報獲得プロセスにすぎないと単純化される傾向がある。この見方は、情報化によって学習の効率化を図るという一見明快な方向を示すものであろう。だが、筆者の意図する「学び」とは、もっと複雑で高度なものである。洗練されたテクノロジーの扱いと、教師としての洞察や創造力を発揮するところに初めて実現される「知識創造の教室」とは、従来の教育効率化の軸とは決別した、新たな情報化時代の教育像として議論されるべきものであろう。
豊福晋平(GLOCOM主任研究員)