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Center for Global Communications,International University of Japan

智場、GLOCOM Review、コラム…


 

「オンラインジャーナリズム」に参加して

宮尾尊弘(GLOCOM主幹研究員)

 「オンラインでニュースを広く読んでもらうために、ニュースの中身を材料に読者にゲームで遊んでもらう」、「オンライン広告を商店街の皆に出してもらうために、自動的に広告をテキスト形式で個々に載せられる方法を活用する」、「TVや新聞の分野で築いたブランドを利用して、オンラインでのニュース配信でもリーダーシップを取るときがきた」。

 このような興味深い内容に関する議論が、3月14日と15日の両日、ロサンゼルスの南カリフォルニア大学での「オンライン・ジャーナリズム会議」で展開された。なお、プログラムの詳細は以下のURLを参照されたい(http://www.annenberg.usc.edu/online2002)。また会議のライブキャストは、同大学コミュニケーション・スクール発行のジャーナル "Online Journalism Review"(http://www.ojr.org)上で行われた。

 「オンライン・ジャーナリズム」という言葉は、日本ではまだ定着していないが、米国ではもう5〜6年前から一つのジャンルとして育ってきている。実際にこの「オンライン・ジャーナリズム会議」は毎年開かれ、すでに5回目である。厳密な定義によれば、オンライン・ジャーナリズムとは、ニュースの発信者であるジャーナリストがその読者と直接につながり、一種の「コミュニティ」を形成して双方向的な情報交換を行い、それに価値を見出す読者や広告主がこのような活動を支えるビジネスモデルを意味する。しかし、実際にはより広い定義に従い、誰が送り手であり誰が受け手であるかを問わず、オンラインでのニュース配信活動全体を総称することが多い。

新旧ジャーナリズムの融合

 今回の会議では、「オンライン・ジャーナリズム」の現状と今後の展望を議論するために、全米各地から、広い意味でオンラインのニュース配信にかかわっている専門家150人が一堂に会して、ほとんど途切れなく討論や質疑応答を続けた。主要なセッションのテーマは以下のようなものであった。

  1. 「ニュースの将来」:オンラインでのニュース配信が増えていくなかで、従来型のジャーナリズムの役割はどうなるのか。
  2. 「オンライン配信の経済学」:オンラインのニュース配信で収入を生み出す方法には、どのようなものがあるか。
  3. 「売れるコンテンツ」:オンライン・ニュースの視聴者は、どのようなニュースに対するニーズを持っているのか。
  4. 「新旧ジャーナリズムの融合のための人的育成」:将来のジャーナリズムのあり方を先取りして、どのように人を育てるべきか。
  5. 「プラットフォームの将来」:ニュース配信のためのプラットフォームが、新しい技術によってどのように変わっていくのか。

 以上のような問題について、参加者はそれぞれの立場から自由に討論に参加し、お互いの立場から学ぼうとする姿勢が感じられた。ただし、会議全体のテーマが「第三の波を乗り切るために」といった威勢のいい表現であるのに対して、議論のトーンはかなり抑制されており、やはりここ1〜2年のいわゆる「ITバブルの崩壊」と「テロリズム」の影響で、この分野の景気が落ち込んでいることを反映しているように見えた。

 具体的には、主として二つの論点が浮かび上がった。まず第一の論点は、このような経済情勢に促されて、新旧ジャーナリズムは融合(convergence)しつつあるのかどうかという議論で、新聞、テレビ、ラジオといった旧来型のジャーナリズムと、新しいオンライン・ジャーナリズムがどれだけ相互補完的な関係になっているかが、さまざまな角度から分析された。とくに最近の詳しい調査結果が披露されたが、それによっても、やはり新旧のジャーナリストの間に大きな意識の違いが残っており、旧来型のジャーナリストは、オンラインのニュースは信頼できないという意見が強いようであった。興味深いことに、一般の読者は、かなりオンラインでニュースを入手しており、旧来のジャーナリストの意識のズレが目立っている。

 この点は、2001年2月26日にGLOCOMが主催した国際会議「通信と放送の融合」(http://www.glocom.org/debates/200104_wwvi_sympo/index.htmlを参照)で議論された内容、つまり、旧来型の放送分野の意識は現実の通信の発達に追いついていないという結論に、一見すると対応しているように見える。しかし、日米間の大きな違いは、GLOCOM主催の会議には旧来型の放送分野からほとんど誰も会議に参加せず、無視ないし敵視といった姿勢を行動で示していたが、それに対して今回の米国での会議には、旧来型の新聞や放送の分野からオンライン部門の編集者や記者が多数参加して、とくにワシントンポストやロサンゼルスタイムズのオンライン・エディターや、シアトルタイムズの技術欄のコラムニストなどがパネリストとして積極的に参加し、地方の独立系のオンライン・ジャーナリストとお互いに対等の立場で意見交換をしようという態度が見られ、印象的であった。

 このような日米の違いは、日本では旧来型のジャーナリズムが政府や業界の規制で保護され特権的な地位を保っているため、その外にある活動は無視するか敵視していればいいのに対して、米国では新旧を問わず自由競争にさらされているので、旧来型のジャーナリズムでさえも新しい技術を利用し、新しい市場を開拓することを余儀なくされることから生じているのではないだろうか。

収益を生み出す工夫

 次に第二の論点として、厳しい経済状況のもとで、どのように収益を生み出す工夫ができるかが、具体的な成功例を中心に議論された。これについてはパネリストがそれぞれの経験や考えを披露し、興味深い実験が行われていることが明らかになった。とくに、オンラインでニュースを幅広く読んでもらうためにゲームの要素を組み込んだり、編集を投票によって自動的に行ったりといった工夫をすること、また、オンラインで広告を幅広く出してもらうために、自動的にテキスト形式で、コミュニティの誰でもが簡単に安く広告ができるようにすること、さらに同窓会や同好会など特定の興味を持つニッチ市場に焦点を当てて必要な情報を有料で配信することなどが提示された。

 ただし結論としては、ある場所で特定のグループに対して成功した手法が、別の場所で別のグループに対して成功する保証はなく、そこにはジャーナリストやコラムニストの個人的なアピール度や、ニュースを配信する組織のブランド性が大きく作用するのではないかということであった。したがって、まだここしばらくは、手探りの試行錯誤状態が続かざるを得ないというのがコンセンサスであるように見えた。

 このように、あまりすっきりしない結論に落ち着いた背景には、先に述べたように、オンライン・ジャーナリズムの分野で、ITバブルの崩壊と昨年9月11日のテロ事件の影響などにより、それまでの威勢のいい状況が大きく変化し、オンライン・ジャーナリストたちがもう一度原点に戻って、足もとから自分たちの存在意義を探ろうとしていることがあるといえる。そのようなある意味で「内向き」の姿勢が、今回の議論のなかでもっぱら地域的な「ローカル」マーケットが話題となり、たかだか米国全体の「ナショナル」マーケットが議論に登場するだけで、誰一人として国際的な「グローバル」マーケットに言及しなかったことに表れたのである。

グローバルな潮流に注目

 そこで最後のグループ討論のセッションで、筆者はあえてフロアから発言し、次のような指摘を行った。「外国からの数少ない参加者の立場として、皆さんがローカルな市場でサービスを提供する際に、海外にいるグローバルな読者や顧客を忘れないように。なぜなら、最もローカルなコンテンツが、しばしばグローバルに大きな価値を持つことがあるからです」。さらにその具体例として、GLOCOMの国際情報発信プラットフォームが以前取り上げた六本木六丁目の再開発についての討論が、予想に反して地元よりも海外の投資家たちに人気があり、有料でも見る価値があるという評価を受けた経験を披露した(http://www.glocom.org/debates/199905_roppongi_redev/)。

 この発言については、主催者である南カリフォルニア大学のオンライン・ジャーナリズム・プログラム・ディレクターのラリー・プライアー氏より、今回は予算の都合で外国の参加者を招けなかったので、海外からの参加者を代表してくれて大変良かったと感謝された。

 しかし、いずれにしてもこの分野では、日本がはるかに米国に後れを取っていることは確かである。日本では、そもそも専門の「オンライン・ジャーナリスト」が、まだほとんど育っていない。それに対して、米国ではこのような有意義な会議が、南カリフォルニア大学とカリフォルニア大学バークレー校のジャーナリズム・スクールで交互に行われて、もう5年も続いているという事実がある。この会議のテーマである「第三の波を乗り切るために」の「第三の波」が何を意味するかあまり明確ではないが、会議の参加者の顔ぶれと議論の中身からは、どのような波でも一般の読者とともに乗り切っていく底力が感じられた。

 それに対して日本では、伝統的なメディアが自分の既得権を侵さない程度にオンラインの活動を徐々に付け足しのように進めるだけで、一般の読者が何を求めており、それに新しい情報技術と新しい発想や工夫でどのように応えていき、どのようなビジネスモデルを確立していくのかという発想がまったく欠けている。実際に、今回の会議に多く参加していた旧来型メディアのオンライン部門のエディターという職種が、日本ではまだこれから形成されていく段階であろう。これでは第三の波どころかオンライン・ジャーナリズムというグローバルな潮流の最初の小波に、日本のジャーナリズム全体が飲み込まれて溺れてしまう危険すらあるといえるのではないだろうか。

 そのような感想を抱きつつ、今後1年間、この分野での米国と日本の動きを見届け、できればGLOCOMの「情報発信プラットフォーム」の活動を通じて、そのような動きに貢献したうえで、来年、カリフォルニア大学バークレー校で開催予定のこの会議に出席することを、自らに誓って会場を去った次第である。

(以上の報告の英語による原文については、「国際情報発信プラットフォーム」を参照:
http://www.glocom.org/special_topics/glocom_reports/200203_miyao_online/index.html

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