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貧しかったアメリカ

土屋大洋(GLOCOM主任研究員/ジョージ・ワシントン大学サイバースペース政策研究所訪問研究員)

 ヴァージニア州はアメリカで最も古い由緒ある州である。有名なメイフラワー号が、ヨーロッパで迫害された清教徒(ピルグリム・ファーザーズ)たちを乗せてマサチューセッツ州にやってきたのは1620年だが、イギリス人が最初に植民のためにヴァージニア州にやってきたのは1606年であった。ヴァージニア・カンパニーという植民地開拓のための、いわばベンチャー企業の一団がやってきて、翌1607年、今のヴァージニア州に最初の植民地をつくり、ジェームズタウンと名づけた。

 最初に彼らを運んできたのが、スーザン・コンスタント号、ゴッドスピード号、ディスカバリー号という3隻の船である。実際にジェームズタウンがあったところから少し離れたところに、ジェームズタウン植民地博物館がつくられている。ここに、スーザン・コンスタント号とディスカバリー号を復元したものが係留されていた。実に小さい。とくにディスカバリー号は、そこら辺のクルーザー程度の大きさしかない。よくこれだけのもので大西洋を渡ってきたものだと感心させられる。

 船室内も十分な設備が整っているわけではなく、船長の寝床も小さくて、日本人の体格でも狭いのではないかと思ってしまう。「これ、本当に実物大なの?」と聞いてみると、当時の衣装を身に着けたガイドは、「その通り。当時の人は今ほど体格が良くなかったから大丈夫だったのよ」という。

 最初に新大陸へやってきた人々は、本国で飯の食い上げになったような人々で、一攫千金を夢見てやってきた。しかし、お目当ての黄金はなかなか見つからず、疫病や飢え、アメリカ・インディアン(ネイティブ・アメリカン)との戦いで次々に倒れていった。

 インディアンとの関係は戦いばかりだったわけではない。食料を分けてもらったり、農作物の育て方を教わったりしたこともあった。ディズニー映画で有名になったポカホンタスの話も、このころに出てきた。チカホミニ族の酋長の娘だったポカホンタスは、ヴァージニア植民地の指導者ジョン・スミスを何度か救ったと伝えられている。ポカホンタスは、後に別のイギリス人と結婚し、イギリスに渡っている。

 ジェームズタウンがあったところは、現在は遺跡のある公園になっている。ヴァージニア州の州都が、1699年にジェームズタウンからウイリアムズバーグへ移った後、ジェームズタウンはさびれ、長らく放置されていたらしい。その後、保存活動が行われるようになり、今でも発掘作業が続けられている。

 植民地博物館には当時の生活の姿が再現されている。最初の人々はインディアンの攻撃から生活を守るため、ジェームズ砦という三角形の塀で囲まれたところに住んでいた。その中の家々は、こう言っては失礼だが、貧しくてみすぼらしい。隙間風の入るような窓に土壁だ。寒さと飢えに苦しむ途上国の姿がそこにあった。400年前のアメリカは植民地であり、本国イギリスの豊かな生活とは雲泥の差だっただろう。

 その植民地アメリカを飛躍させたのがタバコだった。これが世界経済にアメリカを組み込み、1783年の独立へとつながる経済力発展の原動力となった。タバコはやがて「ゴールデン・リーブ」と呼ばれたそうだ。

 貧しかったアメリカが、400年後に世界の覇権国になるとは誰が想像していただろう。イギリスへの忠誠心にあふれた開拓者たちの土地が、やがて独立を勝ちとり、世界を牛耳ることになった歴史は興味深い。

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