GLOCOM - Publication

Center for Global Communications,International University of Japan

智場、GLOCOM Review、コラム…


 

911のインパクトとは?
GLOCOMフェローミーティング報告(3月18日ニューヨーク、19日ワシントンD.C.)

会津 泉(アジアネットワーク研究所代表/GLOCOM主幹研究員)

 GLOCOMは10年前の設立以来、文字どおりグローバルな研究・交流活動を積極的に推進してきた。海外からの訪問者はきわめて多く、また公文俊平所長を先頭に所員は頻繁に海外に出かけ、各種会議に参加し、研究者、政策担当者、オピニオン・リーダーらを訪ねて積極的な意見交換、情報交換を行っている。これらの交流は、われわれの知見を高めるとともに研究成果の共有にも貢献していると信じる。こうして培われた海外の人々との「人脈」は、大きな財産といえる。

 なかでもとくに有意義と思われる方々には「GLOCOMフェロー」になっていただいてきた。ただし、これまでは個別、偶発的な交流だけで、GLOCOMフェローを対象とする組織的な活動はとくになかった。そこで2002年3月、フェローとのネットワークをより効果的なものにする試みとして、ニューヨークとワシントンD.C.で、初めて「GLOCOM Fellow Meeting」という会合を開いた。以下は、その報告である。

同時多発テロ事件がきっかけ、NY会合

 今回の会合の直接の契機は、昨年9月11日の同時多発テロ事件だった。はじめにその経緯を簡単に紹介しよう。あの日、筆者とアダム・ピークGLOCOM主幹研究員の二人は、午前8時40分ごろJFK空港に着陸した。ウルグアイでのICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)会議の帰途、ブエノスアイレス経由でニューヨーク(NY)に寄ったのだ。1機目が突入する直前だった。

 着陸前、窓から見えた朝日に白く輝く世界貿易センタービル(WTC)の最後の姿は今も目に残っている。市内に向かうタクシーで、ラジオのニュースが「2機目が突っ込んだ」と叫び、やがて黒煙に包まれたタワーを目撃した。恐ろしい光景だった。

 日本から来ていた公文所長と合流して、NYの知人たちと会合を開く予定だったのが、それどころではなくなった。公文所長と連絡がついたのは夜になってのことだった。われわれは市内に入れず、ホテルも満員、ようやく夕方確保したレンタカーでニュージャージーの知人、デイビッド・アイゼンバーグ氏の家に寄宿してからだった。彼の家で、テレビが繰り返し流す衝撃の映像を一緒に見たが、互いに多くを語れず、早めに就寝したのだった。

 彼を含め、会合に来るはずのメンバーは、ほぼ全員GLOCOMフェローだった。P2Pなどのネットの最新技術の動向やICANN、DOTフォースについて、マークル財団のオフィスで意見交換する予定だった。翌12日、全米の飛行機が飛ばないなか、レンタカーでワシントンD.C.に向かい、13日にアスペン研究所で予定どおりの会合を開いたが、話題はテロ事件とそれがインターネットにどう影響するかに集中した。

 筆者はその後10月、1月、2月と繰り返しNYを訪問し、知人と話をする機会が多くあったが、テロ事件の「知的後遺症」は想像以上だった。911の後のNYは、あまりの衝撃の大きさに、ものをじっくり考える知的行為が日常的に失われてしまったようだった。街路は星条旗で埋まり、ニュースも事件の後日談で埋まるなか、それ以外の問題を考えることは不可能だという状態が続いていた。NYで実際に生活していないと、容易には理解し難い状況と思えた。それほど、WTCの崩壊のインパクトは強かった。このいわば、内外の認識ギャップの存在そのものが問題だと思えてならなかった。

 そこで、NYではキャンセルした会合の復活を、ワシントンD.C.では半年後の再会=検証を兼ねて、われわれの共通関心事でもある情報通信やネットの世界にどのような影響をもたらしたのかを中心に、911の意味をグローバルな視点から共に深く考える機会にしようと、米国在住のGLOCOMフェローの面々にあらためて呼びかけたのがこの「フェローミーティング」だった。

 幸いこの趣旨は温かく受け取られ、多忙な著名人が多いにもかかわらず、予想以上の顔ぶれの参加が得られ、内容的にも密度の濃い議論ができた。NY、ワシントンD.C.とも、11時から昼食をはさんで3時までという長時間の会合であり、議論の全体を細かく紹介することは誌面の関係で無理があるため、以下、概要と一部のハイライトをお伝えする。

 NYの参加者は、以下の顔ぶれだった。

ジョン・バーロー
評論家、サイバースペースの市民団体 Electronic Frontier Foundation(EFF)の共同創始者

ケン・クッキエ
ジャーナリスト、前『ウォールストリート・ジャーナル』(WSJ)記者

デイビッド・アイゼンバーグ
「スチューピッド・ネットワーク」の提唱者で『スマートレター』の主宰者

スティーブン・レビー
作家、『ニューズウィーク』のハイテクコラムの記者、近著に『暗号化』(斉藤隆央訳・紀伊国屋書店)

アンドリュー・シャピロ
エコ製品購買専門サイトGreen OrderのCEO、作家

ダグラス・ラシュコフ
作家、『サイベリヤ』などで有名

ケビン・ワーバック
PC、ネット業界のニューズレター『Release 1.0』編集長

 ここまでがGLOCOMフェローで、豪華メンバーがそろった。東海岸全体のフェローが20名弱なので、3分の1と高い出席率だった。ゲストとしてマークル財団のステファン・ベルフルスト研究部長と日経新聞の種村貴史氏が加わり、GLOCOM側はワシントン在住の土屋大洋GLOCOM主任研究員も加わった。

 会場は、ロックフェラー・プラザにあるマークル財団の素晴らしい会議室。マークルとGLOCOMはDOTフォースや、ICANNの調査プロジェクトNAISなどでコラボレーションする機会が増えていた。

愛国心の行き過ぎか?

 NYでのフェロー会議は、GLOCOMの活動内容の紹介から始め、続いて本題の「技術と社会 911を境に」に入り、自己紹介を兼ねて<911体験>を各自が語った。

 話はアメリカ人の911の受け止め方、とくにNYのそれと、アメリカ以外のグローバルな意識や見方とのギャップをめぐって盛り上がった。同じアメリカ人のなかでも、世代の違いや愛国意識の違いが浮き彫りになった。既存のメディアとインターネットの関係についても、意見が集中・交錯した。

 シャピロ氏は、「911以降、政府の役割の再評価が進んだ」と述べ、「ネットワークによって個人がエンパワーされ、ボトムアップ型の合意でグローバル社会が民主的に再構築されるというシナリオが、試練にさらされている」と述べた。クッキエ氏は、WSJの特派員として911のときは香港にいて、中国人の「アメリカ人は攻撃されても当然だ」といった感情を目撃したという。

 アイゼンバーグ氏は、アメリカ人のなかにも抵抗があることを、勇気をもって語った。「911で、消防士、ボランティア、多額の救援金の寄付と英雄的行為が続いた。だが、その背後に『NYは素晴らしい町だ、アメリカは偉大な国だ』という暗黙の決めつけが感じられて、たまらない。WTCの崩壊も、ヒロシマやナガサキとは比べものにならないし、アフリカやカンボジアの虐殺など、人類の悲劇は他にもたくさんある。家の近所も全員星条旗を掲げているが、ユダヤ人の自分がドイツにいて、もし同じことがもう一度起きたらと考えると恐くなる。911を、ただNYとアメリカという狭い地域の中だけでとらえ、グローバルな視点で語らないのはとても懸念される。知的所有権(IPR: Intellectual Property Rights)を主張するコンテンツについても、権益保持の電話ビジネスにも同じことが言える。グローバルな流れを無視して、自分たちの利益だけを追求する企業のあり方は問題だ。このテーブルにいるのはグローバル市民のはずだ」と、主張は明快だ。

 しかし、若いシャピロ氏やラシュコフ氏、ワーバック氏らは、そう感じるのはアイゼンバーグ氏が60年代のヒッピー世代だからではないかと指摘した。シャピロ氏はアメリカ人のビジネスマンやジャーナリストは、グローバルな相互依存の重要性を依然よく理解しているし、アメリカ社会の多様性への信頼も捨てられないとして、「テロはアメリカへの攻撃というより、文明への暴力、グローバルに多様な文明社会全体への攻撃としてとらえるべきで、WTC自体、実際にそこで働いていた人々によるきわめてグローバルな世界だったのでは」と述べた。

 アイゼンバーグ氏と同世代のレビー氏は、やはり過度な愛国心の露呈にはついていけないとして、「『奴等は自分や自分の愛する家族を殺そうとしている』という点だけをあまりに強調する意識には、怒りさえ覚える。アメリカの良さとは、たとえ自分の国のことであっても、自由に批判できるところにあったはずで、それがまったく失われている現状には失望しているし、アメリカ以外の人たちが感じている感情は理解できる」と述べた。

 これに関して、土屋主任研究員は「自分には天皇崇拝といった愛国心はないし、日本をテーマにしているあるメーリングリストに『星条旗が蔓延しているのは好きじゃない』と投稿したところ、多くのアメリカ人から怒りの返事が来たが、カナダ人やドイツ人などからは、私信で『同感だが、表でそうは言えなかった』と支持するメールが来た」という話を披露した。

グローバルな相互理解のために

 テレビを中心とした既存メディアの影響力の強さに対して、「インターネットも情報交換には役立ったかもしれないが、イスラム圏も含めたグローバルな相互理解という点では無力なのでは」という意見が何人かから続いた。

 NYで働くベルギー人のベルフルスト氏は、「インターネットの基本は接続(コネクション)にあるが、接続だけでは文化や価値の異なる人の間の理解は増さず、両者を媒介する仲介者が必要となる。しかし仲介者は、両側が直接接続することを望まず、切断しようとする。そこに基本矛盾がある」と鋭く指摘した。アカウンタビリティの欠如も問題だというのは、ICANNやヨーロッパの国際機関のあり方などを研究してきた彼ならではの意見だった。

 「サイバースペースでの自由」をいち早く提唱し、活発な市民活動団体EFFを創設したジョン・バーロー氏は、ガーナのICANN会議でも一緒になったが、遅れて帰国し、空港から直行で参加してくれた。その彼は、「自分も星条旗を愛するが、それは国家に対してではなく、自分が信じる価値や原理の生きた象徴に対するつもりだった。ところが、911後はあまりの星条旗の氾濫に頭にきている。それは『機会、自由、正義』といった価値が、突如、人種主義のシンボルに変質してしまったからだ」と述べた。彼は、イスラムを真剣に理解する努力が足りないと嘆く。まだ、パレスチナ情勢が今日のように悪化する前だったが、いまその声はより強く響く。

 最後に、筆者が「911で世界は変わったというが、本当にそうか、アメリカが変わっただけではないか」と問いかけたところ、そうだという声の方が強かったが、そのトーンは必ずしも一様ではなかった。

政治の都、ワシントン会合

 ワシントンD.C.では、911以降、テロ対策法案に対して、市民の立場からネット利用上の自由やプライバシー擁護を訴えてきた市民活動団体Center for Democracy & Technology (CDT)が、共同ホストとして場を提供してくれた。

 グローバリゼーション、メディアの機能などに話題が集中したNYとは好対照で、ホワイトハウスと議会を抱える政治の都、ワシントンの場所的性格が、予想どおり議論の内容にも色濃く反映された。

インターネット、軍事力、経済力、いずれをとってもアメリカの力が圧倒的で、911はそれをさらに増強させた。その流れのなかで、真のグローバリズムとは何なのか、たとえばICANNなどインターネット上のガバナンスのメカニズムはどうすべきか、IPv6は政府が推進すべきか市場に任せるべきかなどの議論が出た。

 参加者は以下の通りだった。

チャーリー・ファイヤストン
アスペン研究所ディレクター

マイケル・ネルソン
IBMグローバル・インターネット・プロジェクト、元ホワイトハウス・情報通信政策担当/FCC

エリオット・マックスウェル
元ホワイトハウス情報通信政策担当/FCC/アスペン研究所

デイビッド・ライテル
デモクラシー・オンライン、元ホワイトハウス情報通信政策担当

ケン・クッキエ
NYから連続参加

 ここまでがフェローで、クリントン政権のOBが多いのが特色だった。以下がゲストである。

加藤幹之
富士通ワシントン/ICANN理事

ジェリー・バーマン
CDT所長

ロバート・キャノン
連邦通信委員会(FCC)企画政策室

アラン・デイビッドソン
CDT

ロブ・コートニー
CDT

リサ・キンバル
Group Jazz CEO、パソコン通信のパイオニア

マリリン・ケイド
AT&T インターネット/Eコマース政策担当

ジョージ・サドウスキー
GIPIプロジェクト

トム・ブレハー
メリーランド大学

インターネットの基本アーキテクチャーは損なわれるのか

 まず、911体験に触れつつ自己紹介から始まった。アスペン研究所でインターネットや通信政策のプログラムを展開してきたファイヤストン氏は、911に関連して、テロ組織と戦うには新しいネットワークが必要と提案した。FCCのキャノン氏は、インターネットには非規制政策を貫いてきたが、ブロードバンドや3Gなどの重要課題について政府がいくら「オープン環境」を提供しても、肝心の国民の「参加意識」があまりに低いことを懸念している。

 CDTのデイビッドソン氏は、「911の結果、グローバルにエンド・ツー・エンドの自由なコミュニケーションを保障してきたインターネットの基本アーキテクチャーが損なわれてしまうことが最大の懸念だ」と指摘した。「テロとの戦いという大義名分の前に、当局がネット上のあらゆるできごとを監視可能とする仕組みが強化され、基本アーキテクチャーが変更されつつあるが、それでいいのか」と問う。

 同じCDTのバーマン氏は、さらに論を進めて、911以降起きていることは、これまでの政策決定プロセスとはまったく状況が違うという。「チェックス・アンド・バランスという三権分立による権力の暴走を防ぐ仕組みは失われ、『国家の安全』という名目でテロ対策法が通った後、実際に政府のどの部局がどういう権限を持つかはだれも知らない。ロビー活動をするにも、どの組織の誰を対象にすればいいのかさえ見えず、ロビー活動のしようがない」というのだ。インターネットについても、現政権はそのインフラを解体するが、その代わりを考えていないという。

 このあたりは、前政権である民主党側の主張という解釈も十分成り立つと思うが、それにしても政権交代よりも911のほうが、ワシントンの光景を一変させたことは確かだ。

インターネットとグローバルなjurisdiction

 その民主党政権にいたマックスウェル氏も、いまや「国家安全」が憲法を無力化させてしまう「核爆弾」になったという。「フランス法でアメリカの企業を裁くことができるとした『ヤフー・フランス事件』と同様、いまやアメリカの国家安全を損なうテロリストであると見なされれば、どの国にいようが無関係に、事実上アメリカ政府が逮捕できる事態になりつつある」と指摘し、「法の管轄=jurisdictionという概念に根本的な問い直しが迫られている」と述べた。

 この点は、加藤氏も別の角度から発言したことであるが、インターネット上の行為に対してどの国の法律が、裁判所が、司法権が適用されるのかが、いま大きなチャレンジだということであった。インターネットにかかわる法律家の間では、「jurisdiction is the final frontier」と言われているということで、ICANNで問われているグローバル・ガバナンスの仕組みと理念も、多言語ドメイン問題を含めて、まさにこのjurisdictionの基本理念がグローバルにどう共有できるかにかかっているといえるのだろう。

 加藤氏はまた、グローバルな政策的影響を考えようとしないエンジニアの狭小なメンタリティと、技術を理解できない政策担当者の乖離を指摘し、「どうすればそこに橋を架けて、グローバルなガバナンスの仕組みを構築できるか、GLOCOMはそこにもっと取り組むべきだ」と注文した。

技術と社会の接点における課題

 ネルソン氏は、グローバルな技術と社会の接点における課題として、以下をあげた。

  1. 電子認証
  2. エンド・ツー・エンドの暗号などプライバシー保護技術
  3. P2P分散ウェブサービス
  4. インスタント・メッセージング
  5. 知的所有権保護
  6. 無数の機器の接続を可能とするIPv6
  7. 無線インターネット
  8. デジタルメディアの標準技術選択(マルチキャスト、キャッシングなど)
  9. ENUMを含むボイスオーバーIP

 そのうえで、「これらのすべて、とくに無線での認証・暗号化に、911を契機にセキュリティ問題が影を落としている」と述べた。

 ここから、話は技術の応用分野に入った。ネルソン氏は、「インターネットのガバナンスや政策の課題に取り組んでいる人たちが、相変わらずメールとウェブだけで、それ以上のグループウェアのようなものを使おうとしないのはなぜだ」と問うた。キンバル氏は、「それは技術の問題ではなくて、より広い意味での社会とデザインの問題だ」と語った。彼女は、グループウェアとネットワークを企業組織・経営に応用するためのコンサルティングや製品の開発と応用が専門だからだ。

 また、グローバルな仕組みとしては、ICANNなどでの英語の問題、西欧中心主義への批判も、相互理解、コミュニケーションの問題として出され、バーマン氏やサドウスキー氏が取り組もうとしている、途上国政府にインターネット関連の政策立案・実施機能を付けるための支援プログラム(GIPI)の経験が語られた。

IPv6はどう進める?

 われわれが日本から来ていることを意識してか、あるいは池田信夫GLOCOM客員研究員の英文ペーパーに刺激されてか、インターネットの次世代プロトコルである「IPv6」の開発の進め方について、質問と意見が飛び出した。

 AT&Tのケイド氏は、「現状の動的アドレスを生かした体系から、すべての製品に固定アドレスを割り当てる方向に移行するのは問題ではないか」と指摘した。「セキュリティの面からも問題が多いのでは」と。といっても必ずしも移行そのものに反対しているわけではない。移行の仕方、合意のあり方を問うているように思えた。

 クッキエ氏は、「グローバルに見ると日本が先頭に立っており、ヨーロッパもとくにフランス政府がv6を熱心に推進しているようだが、いずれもインターネットの世界でいえば『敗者』の巻き返し作戦に見える」と、皮肉を吐いた。

 ネルソン氏は、セキュリティを確保するにはv6が適しているという。しかし、ケイド氏は「このままだと、当初、世界のどの地域でも使える統一方式が謳い文句だったはずの次世代携帯(3G)とよく似て、結局、地域別になってグローバルなインターネットでは機能しなくなるおそれがあるのでは」と述べた。911も含めて、互いに国内経済、国内事情を優先させる近視眼的な視点でいいのかという問いでもある。

グローバルな協調とグローバルな協働研究の実現

 最後に、現在のインターネットのガバナンスの仕組みなどが、やはり明らかに米国中心に組み立てられ、そこをよりグローバルなものにしていくことの重要性という点では、ほぼ全員の認識が一致していることが確認された。しかし、具体的な方法論については、当然といえばそうだが、必ずしも共有されているわけではない。たとえば漢字について加藤氏が説明したが、アメリカ人に十分に理解されたとは思えないもどかしさは残る。

 ケイド氏は、インターネットのバルカナイゼーション、分裂を恐れるが、クッキエ氏は、将来ビジョンがまったく見えないことのほうが問題だという。ピーク主幹研究員は、かつてジョン・バーロー氏が喝破した「サイバースペースでは、米国憲法といえども町の条例にすぎなくなる」というフレーズを引用し、「では、何がグローバルな協調を実現するのか。その協働研究をグローバルに進めることが必要だろう」と提案した。

 そうした今後の可能性が浮き上がってきたところで、時間と集中力の限界が同時にやってきた。

 今回のフェローミーティングは、初めての試みとしては十分成果があったと、手前味噌もあるが、実感している。ただし今回はテロ事件という極端なインパクトを持った事件の起きた当日、現場の近くにたまたま遭遇したという経緯があってのものだから、必ずしもそれはいつも通用することではないのも事実だ。

 それにしても、ICANN、DOTフォースなど、インターネットが作り出す新しい現実に取り組む国際政策課題にかかわってきただけに、今後ともこうした知的対話、協働作業を定期的に継続し、さらにオフラインだけでなく、オンラインでのツールも使って、発展的なネットワークづくりを進めていくことの重要性と価値に、あらためて気がつかされた二日間であった。

 最後に、多忙なところ、無償でともに貴重な知的交流づくりに付き合ってくださった参加者に、厚く感謝の意を捧げたい。

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