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ポトマックの桜

土屋大洋(GLOCOM主任研究員/ジョージ・ワシントン大学サイバースペース政策研究所訪問研究員)

 3月になったら、近所で白い花が咲く木がたくさん見られるようになった。「桜じゃないし、何なんだろう」と思って人に聞いてみると、梨の木とのことだった。通りの両側に並んで咲く姿はなかなか素晴らしいのだが、あっという間に散ってしまった。

 そのうち、地元の新聞『ワシントンポスト』紙に「桜ウォッチ」のコーナーが出るようになった。毎年、ポトマック川の水を引き込んだタイダル・ベイズン(割と大きな溜池のようなところ)沿いに咲く、桜の開花状況を教えてくれるのだ。ポトマック川はワシントンD.C.の南側を流れる川で、チェサピーク湾に流れ込む。タイダル・ベイズンは、(先月紹介した)ワシントン・モニュメントを挟んでホワイト・ハウスの南側にある。

 ここに植えられた3,000本の桜については、すでにいろいろなところで書かれているので詳しくは触れないが、明治45(1912)年に東京市長だった尾崎行雄らが、日米友好の証として送ったものだ。アメリカ側では、ワシントンD.C.の社交界で有名だったエリザ R. シドモアという女性が、東京の向島の桜を見て感激し、タフト大統領夫人のヘレンらに働きかけて実現させた。明治43年に送られた最初の2,000本は害虫がついていて焼却されてしまったため、2年後に送り直したものだそうだ。

 「そろそろ咲いているよ」という『ワシントンポスト』の情報を見て出かけてみた。桜が咲いていないときにはのんびりした公園だったのに、わさわさと人が出ていた。一番近い駐車場は、すでに入り口が閉鎖されている。近辺を走り回って、入り口の開いている公共駐車場を見つけたが、熾烈な場所争いが起きている。こんなにムキになって駐車場を探すアメリカ人の姿は見たことがない。花を見終わって駐車場に戻ってきた人の後ろを車で追いかけて回る始末だ。

 なんとか車を停めて見に行くと、まだ七分咲き程度で満開ではない。しかし、人はたくさん歩いていて、「にわかカメラマン」がぞろぞろいる。友だちと記念撮影をしたり、お弁当を広げて食べている人もいる。しかし、屋外での飲酒は御法度なので、騒ぎ声も嫌な臭いもせず気持ちがいい。

 数日後、もうそろそろ満開という頃にもう一度出かけた。今度は一番いいところに駐車できるようにと、朝6時起きで出かけた。甘かった。平日の朝7時前だというのに車と人で一杯である。もちろん一番いい駐車場は閉鎖されている。みんな何やってんだろうと思って観察すると、観光客も多いが、出勤前に花見をしながら朝食を、という人も多いようだ。朝陽に輝く桜を眺めながらベンチでコーヒーを飲んでいる姿はいかにも優雅だ。

 タイダル・ベイズンを一周しようとぶらぶら歩いていると、テレビの中継に出くわした。日米の女性が着物を着て琴を弾いている。その前では先生らしき人が日本舞踊を舞っている。全国ネットの朝の番組で、天気予報の時に中継したようだ。別の場所でもローカル・テレビ局が中継をしていた。

 しかし、のんびりした花見の最中にはっとさせられることがあった。ヘリコプターの爆音だ。最近の警備強化の一環として、ホワイト・ハウスに近いポトマック川の上を定期的にヘリコプターが低空飛行する。もうみんな慣れてしまったのか、いちいち見上げる人は少ないが、いまだ戦時中なのだと感じさせられる。

 それにしても、きれいな桜をワシントンD.C.で見ることができると、わざわざ日本に桜を見に行こうというアメリカ人はいないだろうなと少し残念に思った。