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智場、GLOCOM Review、コラム…


 

情報社会の労働行政−グローバリズムと日本的な雇用のあり方

塚崎裕子(政策大学院大学助教授)
前田充浩(政策大学院大学助教授/GLOCOM客員研究員)
山内康英(GLOCOM主幹研究員)

企業内労働市場だけでは対応困難

前田  われわれの社会は「情報産業化」という新しい局面に入りつつありますが、現在の産業社会の制度の多くは、この情報化の動きが本格化する前につくられたものです。情報化の以前と以降では、企業の組織、人々のコミュニケーションのあり方、政策形成などを含む社会的な合意形成が違っているはずです。そうすると現在の社会制度のかなりの部分は、情報社会ではうまく機能しないのではないか。この対談のシリーズでは、各方面の識者に、この観点から見解をおうかがいしています。今日は、労働政策の専門家である政策研究大学院大学の塚崎助教授をお招きしました。

 さて最近、インターネットの世界では「DoS(Denial of Services:サービス妨害)攻撃」という一種のクラッキングが話題になっています。これはWebなど特定のアドレスにアクセスを集中させることによって、標的となったサーバなどを文字通り止めてしまうという乱暴な方法です。もちろん、限られた数のアクセスなら問題ないのですが、いっぺんに大量のアクセスがくるとサーバが落ちてしまう。

 この「DoS」というのは、コンピュータネットワークの用語ですが、私は社会現象一般に適用できるのではないかと考えています。つまり、ある行動を起こす人が一定数以下ならば問題ありませんが、ストライキやサボタージュ、示威運動などのように、一度に大量にやられると社会システムが麻痺するということです。この観点からすると、労働法というのは、労働市場における「社会的DoS攻撃」に対処するためにつくられたのではないでしょうか。そこで、労働市場における「DoS攻撃」は、情報社会でどのように変化するのか、ということですが…(笑)、なにぶん労働行政には素人なものですから、まず労働行政全般をご紹介いただきたいと思います。

塚崎  まず、労働行政が主にどんなことをしているかということをお話しして、次にどのような変化が起こっているかを述べたいと思います。

 全般的に言って、労働をめぐる状況は非常に変化しています。たとえば、高度成長のもとで日本経済社会を支えてきた「企業内労働市場」に包含されない部分が増えています。たとえば、サービス経済化や技術革新、人々の意識の変化、グローバル化といった変化の中で、これまでの正規労働者の枠組みに入らない専門的な労働者、非正規のパートや派遣社員が増えてきました。低成長、高齢化の中で、企業内労働市場だけでは対応できなくなったというのが大きな変化です。日本の労働政策は、この企業内労働市場を前提として推進してきた面があるために、この変化に対応することが大きな課題になっています。

前田  「企業内労働市場」は、日本的雇用の三種の神器、つまり終身雇用、年功序列、企業内組合を前提にしているのでしょうか。

塚崎  そうです。長期の雇用慣行があって、年功序列で賃金が上がっていって、その企業内で人材を養成していくというシステムが非常にうまく働いていたということです。それらが機能しない部分が増えてきました。労働行政においては、こうした変化に対応して変えていかなければならないところが出てきています。もちろん、変えていくべきところと、基本となる、守っていくべきところがあります。たとえば勤労の権利とか、勤労の条件を法律で決めていかなければならないとか、法の下の平等、団結権という憲法上定められているものについては、当然守っていかなければなりません。いずれにしても、労働行政というのは労働者の視点を基本にしていて、労働者が安心して働けるようにするための行政です。そのことは変わらないけれども、経済社会の変化や労働者のニーズの変化、多様化に対応していかなければならないことが課題となっている状況です。

労働ニーズの変化に行政はどう対応しているのか

塚崎  労働行政で進められている対策を、私なりに大きく六つに分けました。一つ目は、「労働市場政策」です。たとえば、公共職業安定所で職業紹介をしたり職業相談をしたりするという、労働市場の需給調整の政策があります。雇用機会の拡大が期待されるサービス分野などの雇用創出を図っていくこともしています。そのほか、失業中の生活の保障があります。これは雇用保険を給付するということで行っています。これらの施策は、勤労の権利の保障のための施策と言えると思います。この分野における新しい動きとして、民間の職業紹介事業や派遣事業の規制が相次いで緩和され、公共部門と民間部門が互いに特性を生かしながら労働力の需給調整を行っていくという方向に変わってきたということがあります。

 二つ目は、「人材の養成」です。これは初めの労働市場政策と関係がありますが、労働者の職業能力を社会のニーズにあったものに高めていく、能力開発ということです。能力開発は、公共職業能力開発、民間企業の事業所内の能力開発支援、労働者自身の自己啓発支援という三つを柱にして進められています。今の状況として、産業構造の変化、企業における成果主義の高まり、高齢化といった変化のなかで、労働者一人ひとりが自分の生涯キャリアを設計しながら能力開発を進めていくことや、一つの企業だけではなく、産業全般に通用するような能力の開発に長期的に取り組んでいくということが重要になってきています。その取り組みに対する支援が行政にとって大きな課題です。とくにますます重要になってきているのが、ホワイトカラーの生涯学習システムの構築やホワイトカラーの能力の評価です。また、公共職業安定所の機能としても、単に職業を紹介するだけではなく、労働者一人ひとりのキャリアを念頭におきながらキャリアのカウンセリングをするという、キャリアカウンセリング機能の充実も大事になってきています。同時に職業能力開発の情報提供が重要です。

 三つ目は、労働者が安心して働けるための「労働条件の確保・向上」と「安全衛生の確保・向上」です。この分野での新しい流れとしては、たとえば、労働時間の枠組みが変わってきていて、単に時間数だけではなくて、仕事の中身が問われるようになってきているということです。そのなかで、裁量労働制のように、研究者やプロデューサーや中枢部門のホワイトカラーについては、実際に働いた時間ではなくて、協定で定める時間、労働したものとみなす新しい労働時間制が出てきています。また雇用契約については、これまでは1年までの契約か、あるいは期間の定めがない労働契約かいずれかでした。これだと専門職の人が1年より長い一定期間、特定の企業に雇用されるというニーズに対応できなかったのですが、そのようなニーズに応えるため、3年の雇用契約が新しく認められるようになりました。労働条件の話では、さきほども言いました非正規の労働者、パートや派遣労働者等の労働条件の確保が、大きな課題になっています。

 四つ目は、職場における「男女の均等の確保」施策です。これは、基本的には法の下の平等を根拠にして、職場において男女の均等な機会や待遇を確保するということです。1998年に男女雇用機会均等法が改正されて、法律上の均等確保の規定がより強化されています。行政としてポジティブアクションに対し援助したり、女性の能力発揮促進のための積極的な取り組みを推進したりしています。

前田  男女の均等の確保という施策は、昔からあったのでしょうか。

塚崎  法的な枠組みができたのは男女雇用機会均等法が施行された1987年ですので、本格的になったのはそれからだと思います。

 五つ目は、「仕事と家庭の両立」対策です。たとえば、家庭にやさしい企業、ファミリーフレンドリーな企業の推進といったようなことも、両立支援対策の中でしています。こうした施策は、労働者からのニーズもありますが、少子高齢化の中で、今後日本の経済活力を維持していくという観点からも非常に重要な施策です。

前田  仕事と家庭との両立というのも新しい施策ですね。これはいつごろからですか?

塚崎  政策としては以前からありましたが、本格的に法的な枠組みが整ったのは、育児休業法ができた1991年からです。その後、介護休業法ができて、枠組みが整ってきているという状況です。

 六つ目は、「安定した労使関係の形成」のための施策です。行政としても、労使間のコミュニケーション促進を図っています。労使間の紛争は労使関係が安定してきて減ってきています。労使紛争というと、これまでは普通、労働組合と使用者の紛争のことを指し、それは減ってきているという状況です。しかし、今の新しい動きとして、非正規の労働者など労働組合に代表されない労働者が増えており、また、賃金や昇給システムが個別化している。そういうなかで、労働組合対使用者ではない労働者個人対使用者の間の個別な紛争が増えています。これについては新しい行政の動きとして、昨年、「個別労働紛争解決制度」が創設されています。

憲法上の権利に基づく労働施策

前田  いま提起された六つの柱から成っている労働行政のシステムは、どの国でも、だいたいこのようになっているのでしょうか。それとも日本的雇用慣行を前提にした日本独自のものなのでしょうか?

塚崎  日本独自のものを背景にしている部分もあるとは思いますが、基本的な部分は、たとえば、勤労の権利、団結権、団体行動権といった権利、あるいは勤労の条件をきちんと法定していくことなど、憲法上の権利に基づいているといえると思います。男女雇用均等も法の下の平等に入ると思いますが、そういうものについては、基本的なところは他の国とそれほど違わないと思います。

前田  労働市場政策はどうですか。

塚崎  多くの国に公共職業安定所はあります。失業したときに、求人情報を得て新しい雇用の機会を得るというシステムをつくっておくことは、社会的セーフティネットという意味で重要です。

前田  労働条件、安全衛生とか、団体権を前提にした労使関係は、大資本の製造業を前提にした概念ではないでしょうか。現時点が産業化局面から情報化局面に移行しつつあるとすると、このような政策には何らかの変化がありますか?

塚崎  安全衛生の話でいうと、必ずしも製造業ブルーカラーばかりの話ではありません。ホワイトカラーでも、工場労働とは違った危険かもしれませんが、ストレスとか過労死などがあり得るわけです。そういう状況への対応も重要です。中身が産業構造の変化につれて変わってきたということはあると思いますが、働く人の安全や健康を確保するというのは、労働者と使用者の関係の中でないがしろにされがちな部分であり、行政としてきちんとカバーしていかなければならないところだと思います。

前田  雇用の流動化や系列企業の組み替え、調達の多元化やオープン化は、企業の組織形態や労働者の勤務形態に一定の変化を生むことになると思うのですが、主要産業が変わったことによって陳腐化する労働行政というものはありませんか?

塚崎  繰り返しになりますが、たとえば労働者と使用者の関係で言うと、確かに労働組合の組織率は下がっています。戦後すぐのころは50%以上あった組織率が、現在20%です。働き方の多様化の中で、非正規の労働者などカバーできない範囲が大きくなっています。そういう状況で、個別労働紛争解決制度のように、労働組合でカバーされない人を助ける仕組みをつくるという、継ぎ接ぎ的といえるのかもしれませんが、ニーズが出てきたところに応えるというやり方が有効なのではないかと思います。また、労働時間の話になると、いっせいに働いていっせいに休憩をとるということを前提にした8時間労働とか、週40時間労働というものに当てはまらない働き方が出てきたので、裁量労働制やフレックス制度というような弾力的な労働制を設けています。たとえば、会社によっては、専門的な人たちや企業の中枢で企画立案するような人たちについては、裁量労働制にして実際に働いた時間と関係なくある一定の時間働いたとみなしましょう、というほうが実態に合っている場合があります。

前田  パッチワーク式に対応するということですか。

塚崎  確かに、これらについては、前のものを抜本的に変えていくということではなくて、これまでのもので有効な部分はそのままにして、それだけでは働かなくなってきている部分について別の形で対応していきましょうというやり方になっているように思います。

前田  ただ、そのような継ぎ接ぎ型の方法論で対応できるでしょうか。従来の労働行政の体系に、たとえば労働市場における需給調整とか人材養成とかいった新しい政策を付加していくことで、情報社会への対応が可能になるでしょうか。これについては、一度すべてチャラにしてまったく新しい労働行政の体系をつくっていく、ということも可能性としてはあり得ると思います。

塚崎  需給調整という意味でいうと、さきほどの社会的なセーフティネットの役割が重要になるでしょう。職業安定所の職業紹介全体に占める割合は2割ですが、セーフティネットとしてなくては困るものです。以前は、労働者保護の観点から、基本的に職業紹介は公だけでやりましょうということで、民間の部分は一部の職種を除いて認められていませんでしたが、規制緩和されて、「原則やっていい、ここからはだめだ」というふうに、ポジティブリストからネガティブリストに変わっています。ですから民間の部分と公の部分が共存していくというか、一緒に補い合いながらやっていきましょうという形になってきています。

前田  その動きが進んでいくと、民間だけで全部できるようになるのでしょうか?

塚崎  社会的なセーフティネットとして、公の部分をなくすことは難しいと思います。民間は、ペイするものしかやりません。場所的に不利なところを含め、日本全国に職業安定所があるわけですから、最低限の部分は社会的セーフティネットとして公的機関が提供することになるでしょう。職業紹介の分野における新しい動きとしては、民間と一緒になってインターネット上で求人情報を流すという取り組みも始めています。

働き方の多様化が生んだ裁量労働制と3年契約

前田  たとえば今、情報通信産業では予想を超えた問題が出てきています。これまでは電気通信事業法や放送法という体系があって、通信事業者と放送事業者が分かれていました。しかし広帯域インターネットが普及すると、放送と通信の垣根が曖昧になってきます。今までの電気通信事業法の体系を継ぎ接ぎするのではなくて、新しい体系をつくった方がよいのかもしれません。このような非連続的な変化は、労働市場や労働行政に見られますか?

塚崎  ずっと企業の中にいて企業内で養成されていくという人たちではない、企業外の労働市場で自分の専門性を生かして働いている人が増えてきています。それに伴い新たなニーズが出てきて、行政のほうでも対応しているということがあります。そういう専門職の人たちが増えてきたことで、3年の雇用契約などが導入され、派遣についての規制緩和等が行われてきたということはあると思います。

前田  具体的にはどのようなことですか?

塚崎  専門知識を持った労働者を必要に応じて雇用できるように、規制を変えていこうということです。たとえば、経営者側も3年間など短い期間で契約できる人が欲しい、専門の人たちもいろいろな企業で仕事をしてステップアップしたい、職業能力を磨いていきたいといったニーズがありますが、労働基準法で1年という規制があったために、1年以内の契約か、期間の定めのない契約かという二つの選択肢しかなかったわけです。そこで、1年以内というものに加えて3年以内の契約を、一部の労働者について認めることになりました。

前田  今までの労働に関する規制やルールは、製造業を念頭につくられたものであって、情報社会の新しい産業形態には合わなくなってきているので、21世紀の厚生労働省は、さまざまな規制を変えようとしているということでしょうか?

塚崎  社会のニーズに合わせてルールを変えていくということはあると思います。たとえば、いま申し上げたような、3年の雇用契約が認められる専門職の範囲について、状況に応じて見直していくとか、広げていくということがあると思います。労働関係の法律、法改正は、学者など公益委員と労働者側と使用者側という三者構成の審議会の中で決めます。たとえば、3年の雇用契約が認められる範囲については、使用者側はもっと広げたいのに対して、他方、労働者側は正規の労働者がそういう人たちに置き換わっていってしまうという代替化を促進すべきではない、不安定雇用を抑制すべきという観点から、一層の範囲拡大に反対するということはあります。労使の意見の対立の中で、どの範囲まで広げていくのが適切かを検討し、決めていくということになります。

前田  その変化は、防いではいけないのではないでしょうか。

塚崎  それは非常に難しい議論だと思います。市場の原理に任せてもいい部分もあるだろうし、労働者に大きな影響を与えるものについては、労働者保護の観点から守ったほうが適当な部分もあると思います。

 長期的な雇用慣行の中で守られてきているコアの人材、専門職の方、パートやアルバイトの方と、簡単に三つに分けてしまいますと、流れとしては明らかにコア人材の割合が小さくなる傾向にあります。コアがなくなってしまうということではありませんが、割合が減ってきています。コア人材的労働者、正規労働者が不安定な雇用に代替していくことを促進すべきでないという立場と、より柔軟にやっていきたいという立場で、せめぎ合いがあるわけです。

前田  グローバリズムの進展によって、このような労働市場の流動化は不可避なのではないでしょうか? それとも、これはピエール・ブルデューの言う「ネオ・リベラリズム」の言説なのでしょうか?

塚崎  全部、流動化してしまうということではないと思います。注意しなければならないのは、確かにこれまで企業内労働市場が機能してきたコア人材の割合は減っており、その意味で流動化は進んでいますが、コア人材がなくなるまで流動化することが望ましいとは、使用者も思っていないということです。コア人材は、企業にとって非常に大事です。それは、企業内で人材を育成していくという意味でも、企業のモラルを維持するという意味でも、企業文化を維持していくという意味でも大切だからです。

労組単位では処理できない「個別」労使紛争

前田  今までの議論をまとめると、20世紀型の産業に属する「雇用−被雇用関係」と21世紀型のそれとは、かなり違う可能性があるが、当面、社会的には共存するであろう。したがって両者に対応する雇用制度として複数の労働行政のトラックが必要なのではないか、ということですが、いかがですか?

塚崎  状況に応じた新たな政策を用意するということは、確かにあると思います。例をあげると、労働者と使用者の関係も変わってきていて、非正規の労働者など労働組合に代表されない労働者が増えており、また、賃金や昇給システムが個別化しています。そういう中で、労働組合対使用者ではない労働者個人対使用者の間の個別な紛争が増えています。こういう紛争については、これまでの労働行政の枠組みでは、たとえば監督署や女性少年室に相談に行くという形だったのが、このような紛争の増加に対応するため、より体系的で本格的な紛争処理制度をつくるべきであるということで、労働組合と使用者の間の紛争処理とは違う解決の方法として提供することにしたのが、個別労働紛争解決制度です。新しい状況に対処するための制度とシステムといえると思います。

前田  個別労働、というのはどういうことでしょう?

塚崎  労使関係ではあるのですが、労働組合という団体対使用者ではなく、一人の労働者対使用者ということです。たとえば、この制度では、労働者個人のリストラや労働条件の引き下げなどの問題を扱います。

前田  それは、限りなく民事の一般法の世界ではないでしょうか。

塚崎  以前は、先ほど申し上げた監督署、女性少年室、安定所などへ相談に行くということのほかは裁判しかなかったのですが、裁判となると大変ですから、もう少し簡易迅速なシステムをつくろうということでできたのが、このシステムです。各都道府県にある労働局に行って、相談や助言を受けたり、新しく紛争委員会というものを設けて、そこで斡旋したりしています。団体的な労使関係の枠組みに入らないものについて、新しいシステムがつくられたということです。

前田  それは面白いですね。製造業だと大工場で何千人かが一緒に働いて、みんなだいたい同じことをするわけですから、労使関係といっても個別を見る必要がなかった。

塚崎  そうですね。賃金なども個別化しておらず、ある程度、かたまりで考えられたわけです。

前田  これまではまとめて団体交渉すれば解決できたことが、情報社会への移行期の特徴として1対1の個別の対応が重要になってきた。ところが振り返ってみると、われわれは対応手段として民事法裁判という制度しか持っていなかったので、裁判よりも簡易な紛争処理システムをつくったというわけですね。このシステムには中立機関が入るのですか?

塚崎  初めは労働局長が助言や指導をするということになっていて、それでうまく解決できない場合は、学者、弁護士などからなる労働局の紛争調整委員会で双方の言い分を確かめ、場合によっては斡旋案をつくって調整を行い、解決を図るというシステムです。

前田  斡旋ですか。

塚崎  そうです。双方の合意が必要です。

前田  たとえば、ある会社にSEがたくさんいるが、ある日「あなたの技術は古くなったので解雇します」ということになったら、どうなるんですか?

塚崎  解雇についてはさまざまな議論が出てきています。解雇は、労働基準法上は30日前に予告すれば解雇できるということになっていますが、判例の積み重ねの中で解雇の抑制法理というのが築かれています。これは長期雇用を前提としているということも関係していると思いますが、労働者の保護の観点から、たとえば整理解雇の場合は、予告すれば簡単に解雇できるわけではなくて、1)解雇が必要なのか、2)解雇回避の努力をしたか、3)解雇する人の選択は合理的か、4)組合への協議・説明など解雇の手続きがしっかりしているか、という四つの条件を満たさなければ解雇できないということになっています。しかし、これについては論議が高まっています。具体的には、透明性の観点から法定化しなければならないのではないか、それとともに、内容が厳しすぎるのではないか、正当な理由があれば解雇してよいのではないか、というさまざまな意見が出てきています。

新しい働き方で働く人たち

前田  労働行政のお話をうかがって大変興味深いのは、労働行政が長年培われた司法的手続きに裏づけられているということです。これは20世紀の産業社会において、国民国家の社会政策として、労働側が長い年月をかけて勝ち取ったものであり、それが法的手続きに根拠づけられている、ということだと思います。しかし、今のお話のように、このような国民国家の既得権益としての社会政策には、大きな見直しが迫られている。先ほどのブルデューの言葉を引けば、「国家の左手と右手」*1です。この分類によれば、労働行政は「左手」に属します。これに対して「右手」、たとえば産業政策について見ると、確かに多くの立法はなされてはいるものの、それらの法律は産業振興法という特殊な法律であり、産業政策という行政分野は実質的な法的手続きをエッセンスとするものではありません。

 現在、市場主義の深化に対しては、「シアトルの闘い」とか「イェーテボリの闘い」など「グローバリズム反対」の機運が見られます。一方、日本では今のところ、社会的、組織的な既得権益を打破するためにグローバルな市場主義を利用しようという動きが前面に出ているようです。しかし今のようなグローバリズム=市場至上主義については、どこかで見直しの時期が来るでしょう。その際に、労働行政をどのように位置づけるのか、ということです。しかしそうは言っても、「労・使」という既存の企業や産業に基づいた水平的な集団の区分の概念で、今後、どこまで有効に世の中をとらえていくことができるのか。たとえばNPOやボランティアなど、産業以外の社会的活動に従事している人が増えてきています。これに対して、労働行政の枠組みで対処すべきかどうか、という点についてはいかがでしょうか?

塚崎  NPOについては、雇用創出の一環として、事業委託をしたり、人事労務管理や雇用管理などの面で行政として支援をしたりすることはしています。労働行政の範囲の外にあるという位置づけではありません。今後、ますます重要な要素になるのではと思います。それから働き方が変わってきているという観点からは、SOHOといった在宅就労、インディペンデント・コントラクターなど、これまでの労働者の概念には当てはまらない部分を持つ労働者が出てきています。在宅就労は、労働と家計を区別するという産業社会の労働形態にはなじまない、いわば家内労働と似ているところがあるのかもしれません。いずれにしても、これまでの典型的な労働者とは異なる働き方です。在宅就労者に対しては、能力開発の情報提供をするなどの形で支援をしています。必ずしも労働という概念を固定化しているわけではなくて、新しい働き方についても視野に入れています。

前田  もうひとつ、地方のバリエーションはあり得ないのかなと思います。労働条件等のルールは、東京で決めたものが全国画一に適用されているのでしょうか。

塚崎  ルールを決めるということは中央でやっていますが、各都道府県には労働局があって、各都道府県の具体的施策については、地方の実情に合わせて推進している状況です。たとえば、産業構造も雇用情勢も地方ごとに全然違っているので、よく地方を知った人がやらなければできないことだと思います。

前田  今、地域振興が大変な問題になっていますが、そこで問題になっているのが、全国画一の規制から、どれだけ規制を緩められるのかということです。規制緩和特区のようなものをつくると、そこだけ相対的に有利になります。それで地元の経済を成長させようという考え方です。たとえば、労働者の中には反対する人もいるでしょうが、労働規制をかけずに自由に使っていいというような地方が出てくるとどうでしょう。ある自治体だけ労働時間の規制もなくていい、などという可能性はありますか?

塚崎  労働時間のように、労働者保護の観点から最低基準を設けているような部分については、特区というやり方はなじまないと思います。最低基準のところは、全国一律にしなければならないと思います。

対立における第三者機関と官僚の役割

前田  さきほど中立機関の話が出ましたが、労使だと必ず中立機関がきますね。なぜ第三者なのですか。

塚崎  対立する立場の中で公平性を担保するためでしょう。労使だけだと意見が対立してどうしようもなくなるような場面で、中立的な第三者も加わって、公平な形で解決を図っていくということです。

前田  面白いのは、その第三者というのは行政ではなく、主に学者ですね。行政ではだめですか?

塚崎  個別労働紛争解決制度では、初めの助言指導の段階については行政です。最後は中立的な機関を通して斡旋するということになります。

前田  第三者は主に学者ということですが、労働法が専門の方ですか?

塚崎  労働法の方が主だと思います。学者のほかに弁護士の方もいます。労働政策については、審議会もいつも三者構成ということでやっています。

前田  審議会を三者構成にして学者を入れることは、役に立っているのでしょうか。

塚崎  役に立っている場面が多いと思います。やはり新しいことを生むというときに、学者の智恵を借りるということがあると思います。

前田  学者の見解が行政に反映される数少ない場面と言えますね。つまり労働行政は、一種の利害調整が重要な役割だということですか。繰り返しになりますが、労働行政は「労・使」という形で利害を集約できるということですね。

塚崎  基本的な枠組みとしては「労・使」という形になると思います。ただ、「労」もいろいろなタイプの働き方が出てきているし、「使」も大企業と中小企業では違う立場をとることもあります。

前田  「労・使」はそれぞれ、自分にとって有利なことを主張するので、なかなか均衡点が見当たらない。そこで中立機関をつくり、行政が介入することによって均衡をつくることができるということですが、二つの利害が対立した場合に、労働省がどのへんで調整すればいいのかを判断する基準は何ですか。たとえば、労使が対立して審議会をやったとして、審議会の報告書は官僚が書きますね。どこに落とすのかというのは、何に照らして判断するのですか?

塚崎  それは難しい質問だと思います。一つひとつの場面で違いますし、政治の問題も絡んできますから。問題にもよりますが、社会の状況がどこまで進んでいるのか、どこまでを社会が望んでいるのか、国際的なスタンダードはどうなっているのかなどを、調査などを実施して実態を把握していく。いろいろなことを勘案して、新しい政策なり、法律をつくっていく、ということになると思います。

前田  実態調査をするのですか。世の中の相場に照らして、正しいかどうかということをチェックされているということですね。マニュアルとか、落としどころを確定するための制度的な方法論というのはないのですか?

塚崎  それはないと思います。いろいろな問題がありますし、「ここ」というはっきりした決めがなかなか見えないことも多いのではないかと思います。ギリギリとしたせめぎ合いの中で決まっていく話であることも多く、労使双方の意見を聞きながら、調整していくものです。

前田  世界銀行の報告書*2でも述べられているとおり、かつての通商産業省では審議会を多用しましたけれど、審議会の答申の落としどころはあらかじめ官僚が決めていたわけですよね。これに対して労働官僚は、落としどころが未確定という状況で審議会を運営しているということですね。すなわち、通商産業省官僚に求められるコンピタンスは、事前に適切な落としどころを自ら企画立案できる能力であったのに対して、労働官僚のそれは利害調整のノウハウであるということですか。それは具体的には、どのような能力なのでしょう。

塚崎  大体の落としどころは決めることになると思います。ノウハウという意味では、三者構成という点で、ほかの審議会とは違う部分があるとは思います。

前田  社会において二つのステークホールダ間で利害の対立がある場合には、必ず調整しなくてはならず、その調整においては誰かが落としどころの原案を示さなくてはならない。産業社会では、労使の対立が社会にDoSを生みかねない重大な対立であったため、それを調整するために労働官僚という調整の専門家が必要とされ、またそのような専門家を養成するために労働省という組織のキャリア・パスが有効であった、ということですね。ところで、そのような調整ができるのは労働官僚だけですか?

塚崎  労働官僚だけではなく、他の省庁でも、場面は違っても異なる二つの軸の間を調整するようなことはあるのではないでしょうか。

前田  利害が対立して調整しなければならないときに、官僚は「相場観からすると」などと言ったりしますが、労働省の斡旋における相場観というのは、役所において文書化されたり、データベースとして蓄積されているわけですか。

塚崎  労働組合側の情報も、使用者側の情報も、日ごろから集めています。それぞれがどういう考えを持っているのかということを把握しておくことは大事です。そのうえで労使のコミュニケーションを行政として促進することは、非常に大事な役割だと思います。産業労働懇話会といって、政府、労使首脳、学者による懇談の場を設けたりしています。

前田  21世紀型の産業社会で、組織がどのようにフラットになったとしても、何らかの労働関係の利害の対立を明確化して調整する作業は必要です。それは人的能力に頼ることになりますから、それはそれで特定の人材を育てなければならない。グローバリズムや市場主義に対抗する社会的機能という観点から考えれば、これは将来的にも国民国家の権能として残るのかもしれません。

 本日はどうもありがとうございました。

(2002年2月26日政策研究大学院大学にて収録)

*1 ピエール・ブルデュー:市場独裁主義批判、加藤晴久訳、藤原書店、2000年、p.17

*2 世界銀行:東アジアの奇跡、白鳥正喜監訳、東洋経済新報社、1994年

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