電気通信事業のコモディティ化とマーチャンダイズ化
青柳武彦(GLOCOM主幹研究員)
コモディティ=「商品」?
コモディティ(Commodity)にはぴったりした日本語がない。通常は「商品」と訳されているが、商品にも単なるグッズ(Goods)や、マーケティング活動を行ったりブランドをつけたりして差別化をはかるマーチャンダイズ(Merchandise)など、色々とある。「日用品」、「生活必需品」、あるいは「安くて容易に入手できるもの」と訳されている場合があるが、以下に述べる理由によりいずれも妥当ではない。
コモディティとは、品質、機能、形状、その他すべての属性が、標準化の進展、技術の発達、市場の発達、ライフサイクルの成熟化その他の理由によって安定的に均一化・共通(Common)化して、交換・代替が容易な普遍的(Universal)価値として確立した商品のことをいう。その結果、商品は取引市場(Exchange)において、高度の資本主義的な取引(清算取引、ヘッジング、スワップ、先物取引、裁定取引、及びそれらを駆使したデリバティブなど)の対象にすることが可能になる。
ほとんどの日用品(食品、洗剤、ティッシュペーパーなど)は、コモディティではなく広告宣伝によって差別化をはかっているマーチャンダイズである。コモディティの代表格である金、銀、銅などは、日用品でも生活必需品でもない。また、コモディティには安価で容易に手に入るものもあるだろうが、それがコモディティの特徴的属性というわけではない。
コモディティ化された商品
初めからコモディティとして確立される商品はない。いずれも成長してコモディティになるのである。「コモディティ化」とは、量と価格だけ*1で取引が可能な程度に品質その他が均一化・共通化される動きをいう。
コモディティは、近代的な商品取引市場において一挙に大量取引を行うことが可能である。日本の商品取引所においては、ガソリン、灯油、アルミニウム、ゴム、綿糸、毛糸、金、銀、白金、パラジウム、乾繭、砂糖(精糖、粗糖)、コーヒー(ロブスタ種、アラビカ種)、鶏卵、飼料用とうもろこし、大豆、小豆などが取引されている。
取引所で取引される市況商品には標準化された一次製品が多いが、現実には他の規格品でも予め定められた標準規格品との差額を別途調整することにより、受渡し可能な商品規格は数種類あるのが普通である。例えば、ニューヨーク・コーヒー取引所における受渡玉はブラジル産の「サントスNo.4」規格のコーヒー豆であるが、実際には他産地の他グレードのコーヒー豆でも、「サントスNo.4」との相場の差額を調整することにより受渡しが可能である。
コモディティ化への流れ
保存性が小さく、一括して広域で大量取引を短期間にかつ安全に行うことに大きな価値がある商品は、標準化や品質の安定化を通じてコモディティ化してゆく場合が多い。商品取引所に上場できれば、販売努力やマーケティング活動をする必要がなくなる。
商品の成長時には、スケールの拡大や生産性の向上、業務の専門化と効率化などによりコストが減少するので、コモディティ化が進展するにしたがって通常は収益性が増加する。しかし、コモディティ商品の市場には「経済的に適正な固有の規模」が存在するので、供給量やプレーヤ数が増えて、あるクリティカル・ポイントを超えると競争が激化し、急速に単価が下がって事業の収益性は低くなる。また生産性の向上や業務の専門化と効率化にも限度があるので、コモディティ化がある程度以上に進むと収益性は急速に失われるようになる。
マーチャンダイズ化への流れ
コモディティに対比する表現はマーチャンダイズである。これは他の商品と品質、機能、形状、ブランドその他すべての属性において差別化し、固有の価値を確立する商品のことをいう。マーチャンダイジングとは、広告宣伝や、Dealers Help活動、POPなどの販売促進活動によって商品の差別化を確立し、超過利潤を獲得する試みである。つまりマーチャンダイズとは、コモディティ化を拒否して差別化により超過利潤を獲得しようとする商品群であり、ブランド商品はその代表的な商品である。
商品の中には、他との差別化がもともと不可能な商品もあるが、差別化が可能な商品の場合には、プレーヤは様々な工夫を凝らして他の商品との差別化を行って収益性を確保するようになる。またコモディティとして確立された商品においても、価格低廉傾向から脱却しようとする事業者は、今度は他の商品との差別化を意識して推進し、顧客を確保して価格を上げようとする。そのような流れをマーチャンダイズ化の流れという。
小売り段階における米は、かつてはコモディティであったが、現在では完全なマーチャンダイズに変身している。綺麗にパックしてブランドを印刷し、「秋田小町」、「ささにしき」、「こしひかり」などと、品種と産地を強調して他との差別化をはかって、一円でも高くプレミアムを確保しようとしているのである。
電気通信サービスのコモディティ化とマーチャンダイズ化
従来の電気通信サービスの基本的な前提は、「帯域は常に不足」な環境であった。したがって、料金体系においても、時間課金や従量課金を行って利用者が回線を長時間占拠するのを防ぐ(占拠したらそれなりの料金を支払ってもらう)方式が主流の時代が長く続いた。事業者も、QoS(Quality of Service)により、できるだけ多様なサービス形態を多様な料金形態のもとで提供することによって、全体の効率を高める努力をしてきた。
ところが、多様な伝送技術の開発、特に光ファイバーを利用したDWDM(Dense Wavelength Division Multiplexing)などによる高度な多重化と高速化により、伝送能力が一挙に向上すると事情が変わってくる。テラ・ビット通信の時代になると「帯域は常に豊富」な状態となり、サービスを差別化する必要が全くなくなってしまう。ユーザ一人一人が専用の波長を割り当てられて、定額の低料金で常時接続により超広帯域通信を自由に行うことができるようになるのだ。
そうなるとQoSの必要はなくなり、帯域圧縮技術さえ不要となり、帯域自体がコモディティ化する。そして電気通信サービスもコモディティ化されると、伝送ポイントと価格だけを問題にすればよいようになるから、現物や先物におけるスワップ取引、アービトラージュ*2取引、ストラッドル*3取引などの高度な取引を取引所において行うことが可能となる。
これまで伝統的な電気通信事業者の主たる仕事であった、Bit Carrying Business における取引のビットあたり単価は限りなく小さくなる。現在、電気通信業界に起こりつつある流れは、それを見越してより上のミドル・レイヤーにプラットフォーム・サービスを付加することによって収益を確保しようとする、「電気通信事業のマーチャンダイズ化」の流れであるということができる。
それらのサービスが提供する機能とは、テレフォニー機能、無線アクセスの幹線ネットワーク機能、安全性と機密性(セキュリティ、ヴィールス対策、暗号など)、認証機能、公証機能、著作権手続代行機能、決済機能、電子取引市場、帯域取引電子市場、CRM、iDC、ISP、個人情報保護機能、取引相手の探索機能(マッチング)、信用仲介機能、経済評価機能、標準取引手順提供機能など、多種多様である。
こうした機能の全部、もしくはいくつかの機能をパッケージ化して利用者が簡単に使える形で提供することにより、電気通信事業者は顧客を長期的に確保し、かつコストに見合う収入を確保することができるのである。これはすべての商品やサービスに共通する基本的な原理であり、電気通信サービスもその例外ではないのである。
インテリジェント化するネットワークの縁
電話網の時代には、こうしたサービスは交換機側、すなわちネットワーク側に構築されたものだが、インターネット時代においてはネットワークの縁、すなわちユーザー端末やサーバーに置かれる。ネットワーク自体はデビッド・アイゼンバーグのいわゆるスチューピッド・ネットワーク論の通りに、ますますスチューピッド化するだろう。これに反してネットワークの縁は、ますますインテリジェント化する。
コンテンツやアプリケーションだけではなく、ネットワーク全体のコントロールとトランザクションもネットワークの縁に置かれるようになる。特に、数多いユーザー端末をP2PネットワークOSでつないだ分散コンピューティングの威力は、巨大なスーパーコンピュータにも匹敵するほどである。GUSTO*4計画、CERN*5、Mersenne Primes*6プロジェクトや、地球外生命体を探索するSETI*7のプロジェクトはその良い例である。
カナダにおける電気通信サービスのコモディティ化
カナダのCANARIE(Canadian Advanced Network for Research, Industry and Education)が推進している光ファイバー・ネットワーク構築の理念は、「コンドミニアム・ファイバー」と呼ばれている。CANARIEは、政府、業界、学界などが協力して1993年に設立された民間主導の非営利団体であるが、主な資金は連邦政府のカナダ産業省(Industry Canada)から支出されているので、一種の公団組織といってよいだろう。
コンドミニアム・ファイバーとは、大学、図書館、学校、消費者などのユーザーが自ら管理する、またはユーザー同士が共同管理する光ファイバーである。常時接続ベースで広帯域ネットワークを極めて低価格で利用できるので、種々のアプリケーションを利用することができる。つまり、「ユーザー個々の力を増強するネットワーク(Customer Empowered Networking)」として機能する可能性を持っているのである。
コンドミニアム・ファイバーによる広帯域通信においては、伝統的な電気通信事業者のサービスの中心的機能であった、パケット交換や回線交換というスイッチングが不要になっている。ユーザーが所有する光ファイバーの上で、それぞれのユーザーに割り当てられる波長によって相互接続されるのである。
こうして伝送能力がコモディティ化すると、自己の欲する地域の回線とスワップ取引などを行って、自分で回線を敷設しなくても自分自身のネットワークを広くかつ支配的に所有することが可能になる。コンドミニアム・ファイバーは、こうしたユーザーが自ら管理する光ファイバーネットワークによるLANを次から次へと接続してゆくことにより、自律的なネットワークのピアリングを完成するのである。
それは、かつて多くの独立したネットワークが、自律的に次から次へとつなぎ合わされることによってアメーバのように増殖してきたインターネットの歴史を、光ファイバー網において再現するようなものだ。LANとWANの境界線はなくなり、フラットに広がったネットワークが国中を覆うようになるだろう。その結果、ユーザーが自らコントロールするインターネット、すなわちCAN(Community Area Network)が出来上がる。その過程にあっては、地域行政や学校、病院、図書館といった公共施設が中心的な役割を担うだろう。
コンドミニアム・ファイバーによるネットワークでは、ユーザーは相互に広帯域で常時接続されているので、時間課金もトラフィック課金も関係ない。しかし、従来電気通信事業者が提供してきた様々なサービスが不要になるわけでは決してない。物理的インフラの敷設、維持、運営についてのプロフェッショナルなサービスに対する需要は根強いだろう。それに加えて、前述したような電気通信事業のマーチャンダイズ化によるプラットフォーム・サービスへの需要は、不要になるどころかますます高まり、しかも高度化・専門化してゆくことになるだろう。
コンドミニアム・ファイバーの考え方がユーザー間に普及すれば、事業者の引いたダーク・ファイバーによる電気通信役務というコモディティは、相互にスワップ取引やその他のコモディティ特有の取引を行うことが可能になる。また、そのような回線のスワップ取引を仲介する伝送能力の電子取引所業務も、電気通信事業者の新しいプラットフォーム・サ−ビスになるに違いない。
高機能製品の高度化
このようなコモディティ化の流れは、あらゆるところで起こっている。最もそれが起こりそうもないように思える、ハイテクの集合体である家電製品や自動車などの高機能製品さえも例外ではない。半導体チップでさえも、ある程度大量に使われる規格のものについては、市況暴落、メーカ同士のクロスライセンシング、標準化、ソフトウェアのファームウェア化、製造過程の合理化、及び半導体製造装置の高機能化などが急速に進んだ結果、今やA社のチップもB社のチップも寸分違わぬものとなりつつあるのだ。
航空機のような他社製品との差別化が身上のはずの超高機能製品さえも、コモディティ化する可能性がある。これまでの常識では、全く同じ仕様要求を満たしていても、A航空機メーカとB航空機メーカの造る飛行機は、極めて多くの細部から主要な部分にいたるまで千差万別であった。しかし、将来は要求仕様自体が高度化・詳細化されて隅々まで規定するものになると、異なる細部設計で差別化をはかること自体が不可能になることが考えられる。このようにコモディティ化の流れとマーチャンダイズ化の流れは、我々の周辺で絶え間なく起こっているのである。
*1 実際には価格のほかにも決済条件、受渡条件、受渡場所などの付帯的な取引条件は付くが、基本的な取引条件としては価格のみが最重要要素となる。
*2 Arbitrage:限月の違いによる価格差を利用した鞘取引。すなわち同一商品で引渡し限月の違いにより価格差が大きい場合に、割安と判断される限月玉を買って割高と判断される限月玉を売っておく。後日、価格差が正常化したときに反対取引を行って利鞘を得る。
*3 Straddle:同じ時点における市場の違いによる価格差を利用した裁定取引。すなわち同じ時点、同一商品で市場の違いにより価格差が大きい場合に、割安と判断される市場で買って割高と判断される市場で売っておく。後日、価格差が正常化したときに反対取引を行って利鞘を得る。
*4 GUSTO(Globus Ubiquitous Supercomputing Testbed Organization):Argonne National Laboratoriesと南カリフォルニア大学の情報科学研究所が共同で進めており、最高2.5テラフロップ/秒の速さでデータを処理することができる。
*5 CERN(Conseil Europeen pour la Recherche Nucleaire):欧州原子核共同研究所。Large Hadron Colliderの内部で陽子とイオンを互いに投げつけあうことから得られる厖大なデータを処理している。
*6 Mersenne Primes:より大きな素数を見いだそうとするプロジェクト。
*7 SETI(The Search for Extraterrestrial Intelligence):地球外生命体を探査するプロジェクトで、世界中のSETI研究者が共同して地球外生命体からの信号を探査している。信号を受信したら受信者以外の研究者がそれを確認し、もし当該信号が人類が発信する人工衛星や電波の反射などでは説明がつかない場合には、所定の手続きに従って政府及び報道関係者に通知する。プエルトリコのアレシボ天文台が天体の観測可能な範囲を3回スキャンし、1日およそ35ギガバイトのデータをバークレーに転送する。そこで、それぞれ0.25バイトに分割されてインターネットの seti@home を通じて世界中の多数のボランティアに送られる。ボランティアはコンピュータを使用していない時にスクリーンセーバーを稼動させてこれを解析する。解析データは結合され、干渉などを除去した上で、パターン検出アルゴリズムを使って目標データを解析する。