GLOCOM - Publication

Center for Global Communications,International University of Japan

智場、GLOCOM Review、コラム…


 

冷戦後の世界とわが国の治安

講師:平野和春(警察庁長官官房参事官)

 2001年9月11日に米国で発生した同時多発テロの後、当時のジュリアーニニューヨーク市長の陣頭指揮の下、消防士や警察官、そして多くのボランティアによって迅速に市民の安全確保、現場の復旧活動がなされていく光景に、米国の危機管理能力と国民の危機意識の高さを感じた。もし、これが日本で起きていた場合、一体どのような対応がなされたであろうか。

 4月17日開催のIECPコロキウムに講師としてお招きした平野和春氏によると、日本の危機管理体制強化の必要性に対する認識が強まったのは、1995年に発生した二つの事案が契機だという。ひとつは阪神・淡路大震災、もうひとつは地下鉄サリン事件である。阪神・淡路大震災は、地震が多い日本でも近年例を見ない甚大な被害をもたらした自然災害であった。その2カ月後に起きた地下鉄サリン事件は、人口密度の高い都会の、しかも公共交通機関に化学剤を撒くことで、短時間に多くの犠牲者を生んだNBCテロ(核・生物・化学兵器によるテロ)であった。これらの事案では、現場で迅速な対応が行われなかったとして非難があがったが、その後も全日空機ハイジャック事件(1995年)、在ペルー日本大使公邸占拠事件(1996年)などが発生し、政府の危機管理体制強化に対する意識が高まったという。その結果、内閣危機管理監および内閣安全保障・危機管理室が設置されることになり、現在では、首相官邸のサイトで危機管理に対する政府の取り組みが情報公開されるようにもなったという。そういう意味では、日本政府の危機意識が強化され、危機管理体制の整備がより進みつつあるといえるであろう。

 しかし、今の国際社会では、危機管理が重要となる脅威の源は日本国内にとどまらない。平野氏によると、冷戦後の国際社会の構図の変化に伴い、脅威も変化しているという。すなわち、「冷戦時は、あるイデオロギーに基づいた対立軸の二極化が起こっていたが、緊張感がありながらも核の抑止力により一定の秩序は保たれていた。しかし、冷戦後はこの構造が崩れて、各々の国が政治的、経済的に多様な価値観を持ち、発展するようになったため、潜在的脅威が顕在化することとなり、対立軸の多様化が起こった。伝統的な領土問題、民族的、宗教的な背景に基づく対立がその一例だ。一方、経済のグローバル化、地域的枠組みの構築などによる新たな構造が模索され、情報化とグローバル化が進展するなかで、広い地域に展開するネットワークを持った組織や国家を超えた主体が新たな脅威の主体や対象(客体)となっている」と位置づける。広範囲に展開する脅威には、国際的な連携をとった対応が必要だ。適切な対応を行うためには、体系的な情報の収集、分析による脅威の正確な把握が重要になる。しかし、平野氏によると、残念ながら現在の日本は、国際的組織に対応するために必要な情報収集力・分析力は充分ではないらしい。また、技術面の強化とともに、人材育成面での強化も必要なようだ。

 危機管理で重要なのは、危機を未然に防ぐ対策と、事案発生後の迅速かつ適切な対応である。そのためには、常日頃から危機意識を持ち、これらの危機管理体制が机上のものでなく、実情に合っていて実行可能なものであるかをよく検討することが大事だ。自然災害による被害もNBCテロも実際に体験している日本だからこそ、その教訓を生かした防止策、被害を最小限に抑えるための対策を示せるようになるべきであろう。

日向和泉(GLOCOM主任研究員)

[ Publications TOP ]