インターネットの世界をミュージカルの舞台に
今岡 清 (株式会社天狼プロダクション代表取締役/GLOCOMフェロー)
筆者は、天狼プロダクションという所で、おもに演劇の製作などを行っていますが、この秋に公演を予定している「ロマンクエスト」という作品についてご紹介したいと思います。
この作品は、作家であり演劇活動も行っている中島梓が、パソコン通信の時代からネットワークに関して懸念していたことがら、「ネットワークにおける悪意の存在」をミュージカル化しようというものです。
ネットワークにおける悪意は、パソコン通信によるBBSが登場すると同時に問題となってきました。日常的には穏健な人々が、ひとたびネットワークの世界に入ると突然、したたるような悪意に満ちた人格に変貌したり、あるいは差別的な文書や他人のプライバシーの公開など、コンピュータ・ネットワークのもつ利便性が裏目に出て、これまで考えられなかったさまざまな問題が生じてきました。そして、インターネットの普及とともに情報の伝達スピードも伝達範囲も、また匿名性も飛躍的に増大し、さらにコンピュータ・ウィルスなど、あらたな問題も加わってきたというわけです。
中島梓は商用BBSの初期からのユーザとして、こうした問題に非常に関心を持ち続けてきましたが、これまでは劇場の観客の大部分にとってはインターネットは無縁な存在でした。しかし、インターネットの日常化によって劇場の観客にとってもそうした問題が決して他人ごとではなくなったいま、かねてからの問題意識を劇場という場所で表現することが可能になったのです。
ここ数年、舞台作品でもインターネットを取り上げたものがいくつか出てきました。しかし、残念なことに筆者の知る限りでは、インターネットの存在を知った演劇人が新奇な素材としてのみ取り上げたものばかりのように感じられます。そこで、舞台の内容もさることながら、そうした従来の舞台との差別化をはかることも必要となってきました。筆者がGLOCOMのフェローであることもあって、後援をお願いすることになったというのは、そうした事情からでした。
ちなみに、舞台製作における筆者の肩書、プロデューサーは、舞台を上演するうえでの一切についてのディレクター的な立場です。具体的には予算を立て、出演者や照明、音響などのスタッフを依頼し、宣伝・広報などのプランを立て、それを実施します。大規模な公演であればそれぞれの部署について専任のスタッフがいるわけですが、今回の舞台のような小規模の公演では、実際にはすきまの部分はすべて引き受けるということになってしまいます。ですから、時によっては小型トラックを運転して機材を運搬したり、チラシを運んだりということまでやっています。
物語の粗筋は、平凡な家庭の主婦がネットワーク・ゲームの世界を知って、そこでお姫様になるのですが、その世界が何者かに侵入されようとしている││そして、彼女はその見えない敵との戦いを始めるというものです。
その物語を通じて、ネットワークという媒体が人間性を変容させ、人間のきわめてプライベートな部分がメディアを通して伝播し、影響を与えていく状況を描き出すことができればと目論んでいるわけです。
ストーリー的には格別斬新な設定というわけではありませんが、それを演技とダンス、それに衣装や照明、音楽などによってある意味 ・強引に・説得力のあるメッセージとしてしまう。その点で、中島梓がひとりで脚本・演出・作詞・作曲を手がけることによって、より統一感のある舞台作りが期待されるわけです。
しかし、インターネット、ネットワーク・ゲームなどという設定を、具体的にどうしたら観客にわかるようにすることができるものか、初日に向けてかなり試行錯誤をしながら作っていくことにはなるでしょう。アニメもCGも使えない、生身の人間の作る舞台でどこまで表現されていくものか、不安でもありますが楽しみでもあります。