デフレなど日本経済の苦況脱出に地域通貨(エコマネー)を!
加藤敏春(GLOCOM主幹研究員)
私は、1997年の初めより情報社会における新しい貨幣として「エコマネー」を提唱しているが、最近ではコミュニティ・ファイナンスなどともリンクした「エコクーポン」という新しい手法を提案している。これは情報社会のあり方を論ずる際に、貨幣や資本主義のあり方に関する“深い”洞察が必要になるからである。ここで提案している手法は、7月初めに(財)社会経済生産性本部の報告として発表され、政府のデフレ対策にもインパクトを与えたところであるが、今回はその骨子を紹介することとしたい。
正確な病状診断と処方箋を!
「デフレスパイラル」に陥った日本経済において、地域経済は短期的にはデフレによる地域経済の疲弊と地域格差の拡大という課題に直面し、非常に厳しい局面にある。しかも、地域政策の“非連続的変化”といってもよい地方分権と協働によるまちづくりの実現、地球環境の制約から「サステイナブル・コミュニティ」の構築という構造的問題にも直面している。
このようなデフレスパイラルに陥った日本経済を立て直すため、政府による財政金融政策が展開されているが、いっこうに効果をあげるに至っていない。これは、日本経済の病状に関する正確な診断と処方箋を欠いているからである。日本経済はケインズのいう「流動性の罠」の状態にあり、かかる状況下では金融政策は効果をあげえない。また、膨大な財政赤字を抱えている状況下では、財政政策発動の余地はきわめて限られている。一見“八方塞がり”の状態にある日本経済の立て直しに残された妙手は、地域通貨(エコマネー)の活用である。
現在、日本経済がデフレに陥っている根本原因は、「不確実性」にある。土地、労働、資本という「本源的生産要素」が適切な売り先を見つけにくいために、将来収入に不安を抱く者は流動性の高い貨幣を保有しようとして、ケインズのいう「貨幣愛」が高まり、需要の減退を招く。それが何らかの拍子にデフレが開始されたとき、さらに「デフレ期待の定着」が追い討ちをかけ、デフレが深刻化する。
こうしたデフレに起因する経済停滞に対しては、ケインズの考えに従えば、二つのことが処方箋となる。一つは、ケインズの言葉でいう投資家の「アニマル・スピリット」を刺激することであり、もう一つは、長期期待(経済の先行きに対する信頼)を安定化し、将来についての確信をもたらすような将来像を提示することである。問題は、「こうした役割を果たすのは誰か?」ということであるが、今日的状況にかんがみたとき、ケインズが想定した政府だけにその役割を期待することはできないだろう。「インフレターゲット論」は、政府が目標を示してマネーサプライを増やせば国民は消費を増やすと主張するが、狂牛病(BSE)問題の際、政府が盛んに安全宣言しても牛肉の消費が回復しなかったことが示すように、もはや政府が目標を示せば、国民がそれに信頼を寄せると考えるのはナイーブすぎる。
シリコンバレーから学ぶもの
ベンチャービジネスのメッカ、シリコンバレーは、世界でも最も競争環境が激しい場所であるが、そのシリコンバレーでは、「市民起業家」という新しい事業家が登場し、地域づくりのNPOが中心となって「ビジョン2010」が持続可能な地域コミュニティづくりが開始されている。シリコンバレーでは企業は激烈な競争環境にさらされているが、その基盤としては、コミュニティにおいて安定や信頼そして長期的なビジョンが共有されているという構図がある。
こうしたシリコンバレーの取組みにかんがみると、今日において前述の役割を期待できるのは、自立した生活者自身とそれらをメンバーとするコミュニティである。自立した生活者とコミュニティが地域通貨(エコマネー)をツールとして活用して、@地域の事業者と住民との協働による資金循環と、A地域金融機関との連携も取り入れた資金循環という二つの資金循環の構築に成功したとき、より強固な信頼のコミュニティが形成されるとともに、地域経済の内からの活性化が図られる。地域経済の活性化は、投資家の「アニマル・スピリット」を刺激するとともに、長期期待を安定化し将来についての確信をもたらして、日本経済全体を下から浮揚させる。
日本における地域通貨(エコマネー)の現状と今後の課題
現在日本においては、およそ160の地域通貨が導入されているが、そのうち最も実態の多いのは、97年に筆者が提唱し、2002年7月現在で100以上の地域において導入されているエコマネーである。日本のエコマネーは、当面その適用範囲を福祉、環境、教育、文化などに関するコミュニティ活動、ボランティア活動に限定して、「信頼」の回復によりコミュニティを再生するとともに、「一定の条件」が整ったときに、その適用範囲を貨幣経済にまで拡大することを目指している。
エコマネーは“静かなる革命”を呼んでおり、続々と導入地域が拡大している。また、環境白書、国民生活白書をはじめとする政府関係の文書においても、その意義が高く評価されており、たとえば、2001年9月25日に出された「高齢社会対策の推進の基本的在り方に関する有識者会議」(内閣官房長官の懇談会)の報告は、シニアの地域社会への参画促進の手段として大きな期待を表明している。
このエコマネーに、前述した二つの資金循環を構築する地域通貨(エコマネー)を組み合わせて活用することが効果的である。具体的には、@の地域の事業者と住民との協働による資金循環の構築に関しては、「日本版コミュニティカード」の導入を提案したい。この方式は、カナダのトロントダラーやアメリカのコミュニティ・ヒーローカードなどの地域通貨(エコマネー)を参考にして、従来、地域事業者や広域事業者により広く発行されているサービスポイントや政府が推進している「e-Japan」計画の一環として電子自治体を構築し、ICカードを発行する動きと連動させるものである(すでにエコマネーとICカードに関しては、兵庫県の宝塚市や神奈川県大和市などで実例が動いている)。
「日本版コミュニティカード」は多目的ICカードであり、電子政府を実現するための各種の住民サービス向上に関する機能とともに、生活者の消費行動もサポートする機能を有している。この多目的ICカードに、エコマネーとともに従来のサービスポイント、ボランティアポイント(住民のボランティア活動に対してポイントを交付し、一定程度貯まると商品・サービスの割引が受けられるもの)、エコポイント(買い物袋・詰め替え容器持参などの住民の環境保護活動、商品・サービスに対するコメント・評価などに対してポイントを交付し、一定程度貯まると商品・サービスの割引が受けられるもの)などの機能を載せたものが「日本版コミュニティカード」であり、地域のコミュニティ活動の促進とともに消費の喚起が図られる。
「コミュニティ・ファイナンス」のスキーム確立と地域通貨(エコマネー)の活用
また、Aの地域金融機関との連携も取り入れた資金循環の構築に関しては、地域が持っている各種の資源を流動化させることによりコミュニティ・ビジネスを起こし、これを資金面からサポートする「コミュニティ・ファイナンス」のスキームを確立することが必要になる。
アメリカにおける9,000にもおよぶ「コミュニティ開発金融機関」(CDFI: Community Development Financial Institutions)、イギリスにおけるクレジット・ユニオン(Credit Union)、コミュニティ融資基金(Community Finance Fund)、マイクロ金融基金(Micro Finance Fund)、社会銀行(Social Bank)などの「コミュニティ金融」(Community Finance Initiative)などが典型であるが、欧米では「コミュニティ・ファイナンス」のスキームが発展して、さまざまな分野およびセクター、そして異なった金融のフレームワークで資金を提供している。
欧米の「コミュニティ・ファイナンス」のうち、地域通貨(エコマネー)を活用しているものとして注目されるのは、スイスのWIR(ヴィア)銀行である。WIR銀行はスイス政府から認可を受けた私的銀行であり、WIRはスイス国内にある6万社(スイスの全中小企業の約20%)の中小企業間の決済通貨として活用され、取引の総額は45億スイスフラン(3,600億円)にも上る。1WIR=1スイスフランであり、利子率はゼロで運用されている。
「コミュニティ・ファイナンス」のスキーム構築に当たり最も難しい点は、コミュニティ・ビジネスを行う事業主体と金融機関の「情報の非対称性」にある。このため、日本政策投資銀行が開発した神戸のコミュニティ・クレジットを参考にして、まず地域社会においてコミュニティ・ビジネスを推進し、互いに信頼関係にある事業体群がプラットフォームを形成する。その構成員は徹底的に情報を開示し、コミュニティの責任において相互審査・保証・監視が行われる。そのうえで、地域金融機関などにより地域金融プラットフォームである信託勘定や投資組合が編成されて、地域のコミュニティ・ビジネスに対して融資を行う。その際プラットフォームは、融資先であるコミュニティ・ビジネスへ部分保証を行うとともに、「経営技術指導」(TA: Technical Assistance)を地域のNPOなどと連携して行うというスキームを構築することが必要である。
「コミュニティ・ファイナンス」の貸出金利は、きわめて低利またはスイスのWIR銀行のようにゼロに抑えられる。「コミュニティ・ファイナンス」で活用されるのは円であるが、スイスのWIR銀行のように地域通貨(エコマネー)を活用して、地域の資金循環の構築を促進することも考えられる。この場合の銀行を「エコバンク」、エコバンクの発行する地域通貨(エコマネー)を「エコクーポン」と呼ぶこととすれば、エコクーポンに関しては、利子率をゼロまたはマイナスにして地域の資金循環をより強固にすることも検討すべきである。というのは、ケインズによれば、利子率は貨幣という流動性を放棄することに対する報酬であり、債券などへの投資との間の資産選択によって決まる。したがって、人々の「貨幣愛」は、理論的には、従来の利子率に相当するマイナスの利子率を課すことができれば、回避できることになるからである。
「構造改革特区」構想の活用
以上の「日本版WIR構想」とも言うべき地域金融機関との連携も取り入れた資金循環を構築するうえにおいては、現在、小泉政権の下で導入に向けて検討が進められている「構造改革特区」などの特区の構想を活用することが考えられる。「構造改革特区」などの特区においては、規制緩和や税制上のインセンティブなどを特定地域に集中させる構想が具体化されようとしている。この「構造改革特区」などの特区の構想にエコクーポンを活用することが、有効な手段となるのではないかと考えられる。
「構造改革特区」などの特区に規制緩和や税制上のインセンティブなどを集中させれば、その特区においては「貨幣愛」を払拭する気運が醸成される。その基盤の下でエコクーポンを導入し、シリコンバレーのような下からのコミュニティに支えられた地域の活力をよみがえらせることができる。
日本版地域再投資法の制定を!
アメリカでは民間ベースでのコミュニティ・ファイナンスを促進するため、金融監督機関により、民間金融機関がコミュニティ・ビジネスに対する融資や投資をどの程度積極的に行っているかを評価(アセスメント)する地域再投資法(CRA: Community Reinvestment Act)が制定されて、運用が強化されている。しかも注目すべきは、アメリカの金融機関が、CRAの下で地域コミュニティと共生するビジネスモデルを確立し、一定の収益を上げていることである。
アメリカでCRAが有効に機能するようになったのは、1980年代末の深刻な金融危機とその処理をめぐる問題が契機であった。この金融危機は、銀行の利用者ならびに納税者としてのアメリカ国民に大きな負担を強いることになり、社会的批判を背景に、アメリカの銀行監督機関は1980年代末以降、CRAを厳格に運用するようになった。
このような金融状況は、現在の日本のそれと酷似している。早急に日本版の地域再投資法を制定し、法的スキームの下にコミュニティ・ファイナンスが有効に機能する環境を整備することが必要である。
郵便貯金を「コミュニティ・ファイナンス」へ
さらに、郵便貯金の資金をコミュニティ・ファイナンスのための資金として活用することを提案したい。郵便貯金は、簡保、郵便を含めて2003年度より郵政公社化される予定であるが、すでにこの郵政公社化に関しては、「一時的な措置にとどめ、本来的には民営化を行うべきだ」という意見が強く出されている。小泉首相自らが郵貯民営化論者である。そして民営化に当たっては、郵便貯金の規模にかんがみ、ブロック単位で分割すべきだという考えも提唱されている。
これを前提として、ブロック単位に分割される郵便貯金の資金をコミュニティ・ファイナンスのための資金として活用したらどうであろうか。このスキームの下では、コミュニティ・ファイナンスのための郵便貯金の資金が、環境、福祉、教育、子育てなどに関する地域のコミュニティ・ビジネスに対して資金供給するというメカニズムを構築するのである。
さらに、コミュニティ・ビジネスのみならず、PFI(Private Finance Initiative)により社会インフラを整備系の事業も含めて民間に委ね、その資金調達を、郵便貯金資金を活用したコミュニティ・ファイナンスとして利用するスキームとすれば、各地域において、民間業者は自らの事業計画に基づいて金融機関や資本市場から資金を調達するという新しい構造が生まれる。