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『ゲノム・イノベーション』

日本の「ゲノムビジネス」成功の鍵

講師:加藤敏春(経済産業省関東経済産業局総務企画部長※)

 6月11日、経済産業省の加藤敏春氏(現GLOCOM主幹研究員)を講師に迎え、著書『ゲノム・イノベーション:日本の「ゲノムビジネス」成功の鍵』をテーマにIECP読書会が開催された。

 加藤氏は、コミュニティでの新しい価値の交換を目指す「エコマネー」を提唱したことで知られる論客である。その著者が、なぜ新たに「ゲノム」にかかわる本を出すことになったのだろうか。一見かけ離れたこの二つの分野を、彼は「イノベーション」というキーワードによって結びつける。イノベーションが市民の力、つまり「民力」の増進に結びついたものがエコマネーであり、知識や学術の力、つまり「智力」の増進に結びついたものがゲノム研究をはじめとする先端技術なのだという。

 しかし、加藤氏は、ともに技術革新が著しいといわれるゲノムとITという二つの分野では、イノベーションのモデルが異なっているのではないかと考えている。本書は、彼のこのような問題意識を出発点に、現在の日本とアメリカのゲノム研究やゲノムビジネスを分析し、新しいイノベーションのあり方、つまり「ゲノム・イノベーション」というモデルの構築を行ったものである。

 また、加藤氏は、ゲノム研究が「夜明け前の段階」であるにもかかわらず、世間の盛り上がりが先行していることを危惧する。かつてブームで終わってしまった「マルチメディア」の轍を踏ませないためにも、イノベーションを促進する新たなモデルを構想し、それに基づいて長期的にその分野を成長させる展望が必要だということを彼は強調する。

 加藤氏の分析によれば、ゲノム関連のビジネスモデルは、すでにダイナミックに変化し始めている。ゲノムの解析結果をもとにデータベースを構築し、それを利用者に提供することで使用料を徴収するというビジネスモデルは、彼が描くゲノムビジネス発展プロセスの中では、立ち上がり期の「ローリスク・ローリターン」のものでしかない。彼は今後、カスタマイズ医療など特定の領域に特化したベンチャーが、より高いリターンを目指して展開するだろうと予測する。

 これまでのゲノムビジネスは、製薬や医療分野にかかわるものが中心だった。しかし、これはゲノムビジネス全体の可能性からすれば一部にすぎない。特に現在注目されている製薬にしても、マーケットの大きさからすると医療全体の4分の1にすぎないという。今後は、食糧生産や、バイオ燃料やバイオプロセスなどエネルギー・環境といった分野の展開に加藤氏は期待を寄せる。また、日本が強みを見せてきた発酵などの分野に目を向けることが必要だと彼は述べる。

 関東経済産業局総務企画部長の立場にあった加藤氏が目指すのは、日本におけるゲノムビジネスの「産業クラスター」の形成だ。ゲノム研究とその実用化については、ゲノム科学、ゲノム工学、そしてゲノムビジネスという三者の均衡の取れた相互作用が求められる。アメリカでは、バイオベンチャーがボストン周辺、ワシントンD.C.周辺など数か所に集中し、人材の集積をともなうクラスターが形成されている。ところが、日本では首都圏に研究機関やベンチャー企業が集まってはいるが、産業クラスターと呼べるほどの集積や、人的な交流は見られないという。

 ゲノム研究とそのビジネス化では、IT分野以上に研究者の「ひらめき」や企業人の「思いつき」といった暗黙知の交流が重要となる。その意味で、研究機関や企業が産業クラスターとしてひと所に集積し、その中で行われる人的・知的な交流がもつ意義は大きいという。すでに首都圏には、クラスターの核となりうる研究機関や地域が複数存在し、世界的な水準の研究も行われている。研究、技術開発、ビジネスという三者の連携による正のフィードバックを呼び起こし、ゲノム研究を日本でも発展させていくためにも、加藤氏が構想するように、「知の集積」をもたらす産業クラスターの形成が期待されるところである。

(※7月1日よりGLOCOM主幹研究員)

上村圭介(GLOCOM主任研究員)

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