揺らぐアメリカ資本主義
コーポレートガバナンスをめぐって
−8月20日ロサンゼルスのシンポジウム報告−
宮尾 尊弘(GLOCOM主幹研究員)
このところ米国でも日本でも、コーポレート・ガバナンス、つまり企業統治が大きな問題となっている。いうまでもなく、米国ではエンロンやワールドコムの会計疑惑と破綻がこの問題を浮き彫りにし、また日本では日本ハムなどの食品会社による不正表示問題から最近の東京電力の原発破損隠し事件などにより、この問題があらためて問われるようになっている。そのなかで、米国で活躍する日本の企業トップと日本の専門家が集まり、米国のコーポレート・ガバナンスを議論するシンポジウムが、去る8月20日にロサンゼルスで開催された。
この経営者のためのシンポジウム「揺らぐアメリカ資本主義〜コーポレート・ガバナンスをめぐって」の主催者はロスの日本語テレビ局JATVで、北岡和義JATV社長が司会、パネリストとして稲葉良米国トヨタ社長、岡田昭彦NTTアメリカ社長、木下俊男プライスウォーターハウスクーパース日系企業担当全米統括パートナー、竹中征夫タケナカ・アンド・カンパニー社長が顔をそろえた。
まず稲葉氏が、米国ビジネスの問題点として、第一に株主優先の経営が行き過ぎたこと、および第二に新しいビジネスモデルの確立が難しいことを指摘し、旧来のビジネスモデルに従ってまじめにものづくりを行うことの大切さを強調した。
次に岡田氏が、情報通信分野のワールドコムやグローバル・クロッシングの破綻の背景に触れて、そのような革新的な企業が新しいビジネスモデルを作ったプラス面を評価する一方で、株価上昇とストックオプションを前提とした経営の問題点を指摘した。
木下氏は、米国の企業改革法の内容を説明し、監査に対する新たな規制が日本企業にも影響する可能性について警告を発した。
さらに竹中氏は、自身の経験から公認会計士とコンサルタントの両立がきわめて難しいこと、それでも今後、会計士の人材育成が重要であることを強調した。
ただし4人のパネリストは異口同音に、これはアメリカ資本主義の終焉ではなく、ほんの揺らぎに過ぎないことを指摘し、むしろ終焉を迎える心配をしなければならないのは日本資本主義ではないかとの結論であった。
以上4人のパネリストの発言の詳細は、以下のとおりである。
稲葉米国トヨタ社長の発言要旨
―バランスのとれた伝統的経営を―
米国でトヨタの経営を行っている立場から見ると、米国企業の経営と統治の問題には二つの点があると思われる。
第一は、企業経営にとってステークホールダ(stakeholders)の間のバランスを取ることが非常に重要であり、どのステークホールダを重視するかがカギになるが、アメリカ型のコーポレート・ガバナンスにはバランスの欠けたところがあるのではないかという疑問が生じてくる。実際に株主(stockholders)を重視しすぎてバランスを欠いていたといえる。
第二に、米国では過去10年間、特に90年代の後半から新しいビジネスモデルの開発が進み、ビジネスモデル特許のブームが到来した。この傾向は情報通信の分野で顕著であり、自動車の分野でもGPS(Global Positioning System)を応用したテレマテックスなどが流行している。しかしながら最近の米国の状況を見ると、新しいビジネスモデルというものはそう簡単にはできないことを示しているのではないか。むしろコアコンピタンスをあくまで追求し、当たり前のことを当たり前にやる経営を見直す必要がある。また、米国ビジネスの問題は、簡単に合併などを行うことである。合併はシナジー効果が出てくるまでに長い期間がかかり、合併のコストがかかる。
トヨタの経営姿勢は、まじめな「ものづくり」で商売するというものである。残念ながら、これは証券アナリストの間ではあまりポピュラーではない。しかしトヨタの経営理念は、最も優れた製品とサービスを提供するというもので、この点で米国企業の製品には疑問があるといわざるを得ない。ここでサービスも含めることは重要で、トヨタでは、人、サービス、販売を「ものづくり」と一体として重視している。それに対して、日産は生産設備を重視しすぎたために、余裕がなくなった際に設備を切り詰めざるを得なくなり、悪循環に陥った。
トヨタの企業統治にとって重要なのは、その独特の企業文化である。創業者の豊田喜一郎氏はまじめでケチであったが、最後は人の心であるという立場を取っていた。これはある意味で性善説であったといえる。
カネの面では、2兆円以上の余剰資金を抱えていて、トヨタ銀行といわれるほどであるが、逆にいえばROE(Return on Equity:株主資本利益率)は悪く、株価も必ずしも高くない。これと対照的なのはGE(ゼネラルエレクトリック)のジャック・ウェルチであろう。しかし彼のような手法は、トヨタとしてはあまり評価していない。
人の面については「Toyota Way」といっているが、Continuous ImprovementとRespect for People、つまり「たゆまぬ改善」と「人間なしに品質なし」である。この点で、トヨタ生産方式を採り入れれば高品質の製品ができると思われているが、それは誤解である。あくまでヒトの要素で差がつくといえる。形だけを真似しても駄目で、人のコミットメントが必要不可欠である。トヨタでは「自動化」ではなく、「自働化」と書いているのもこのためである。
結論として、トヨタは「米国で最も成功しており、最も尊敬されている自動車会社」といわれるようになることが目標である。実際に自動車ディーラーの中ではトップの自動車メーカーに選ばれている。つまり従来型のビジネスモデルで成功しているのがトヨタである。今後は、さらに事故を起こそうとしても起こらないような車や、環境を浄化するような車、さらに、すべてリサイクル可能な車などを目指して進んでいくつもりである。
岡田NTTアメリカ社長の発言要旨
―破綻した企業の貢献も評価―
米国でNTTのビジネスを何とか黒字化するために日々努力しているが、最近の米国企業の問題について率直な感想を述べたい。今回破綻したエンロンとワールドコムには共通点が見られる。それは、もともとこれらの企業はエネルギーや通信サービスを提供する公益事業体として地味な存在であったが、規制緩和、ルール変更、分割や合併などで変貌を遂げたことである。
ただし情報通信分野についていえば、ワールドコムは確かに破綻したが、それが新しいビジネスモデルを作ったというプラス面も忘れてはならない。それが問題を生んだことも確かであるが。特にワールドコムが、ワンストップ・ショッピング・サービスを提供して、長距離サービスも市内サービスもまとめて提供することを売り物にしていた点は、それなりに評価できる。
ワールドコムの前に破綻したグローバル・クロッシングは、光ファイバを敷設して情報ハイウェイをビジネスプランとして躍進したが、ファイナンス面で行き詰まり、破綻を余儀なくされた。そのビジネスの中身は、ビジネスプランを高く売って、それを再投資するというもので、ビジネスプラン、つまり事業計画が最大の商品だったといえる。
いずれにしても、ワールドコムは不正会計事件を起こして破綻したが、なぜそのような事態に至ったかは、ある程度理解できる。それはワンストップ・ショッピング・サービスをうたい文句にしていたのに対して、長距離の通信サービスは競争の結果、大幅に価格が下落して、もうからなくなった。そのうえ、もともとコストが高いローカル・アクセス・サービスを提供するためのコストが膨大になるので、それをすべてコストとして計上するのではなく、投資費用として償却分だけを計上したくなる気持ちも理解できなくはない。
もちろん問題は、ストックオプションなどの採用により、利益と株価を上げ続けなければならないというプレッシャーがかかったことでガードが甘くなり、不正な手段に訴えたということである。ただ、これが過度ともいえるような競争の結果もたらされた面があること、さらにこのように破綻した企業でも、情報革命を担い、一般のビジネスのやり方を根本的に変えたというプラスの面を、マイナスの面と並んで評価する必要がある。実際にワールドコムが再建されて再び登場することを考えると、かなりの脅威であるといわざるを得ない。
木下プライスウォーターハウスクーパース
LLPパートナーの発言要旨
―企業改革法のポイント―
今回の米国での会計疑惑に関しては他人事ではない、公認監査法人プライスウォーターハウスクーパースで仕事をしている立場から、最近の動きを解説したい。当社は全米で4万人、世界全体では16万人の社員を抱える公認会計事務所である。
ワールドコムの事件は一言でいえば、監査基準や会計基準よりも、2,700万ドルのビジネスをどうにか継続することを優先させた結果だったのではないか。それほど巨額なビジネスをなくすと担当者がクビになるので、監査基準や会計基準を曲げてもそれを守ろうとする力が働いたとみることができる。
そのために今回の米国での企業改革法では、監査機能をコンサルタントビジネスと切り離し、それをSEC(Securities and Exchange Commission:米国証券取引委員会)が命令することになった。これにより、内部的にもチェック体制を確立して、いかに一般国民の信頼を回復するかが重要課題となっている。
今回の企業改革法が3週間というスピードで準備され法律になったことは驚異的で、日本の金融問題の取り組みが10年もかかっていることとはまさに好対照である。具体的には、この法律によって外部監視機構が作られ、会計基準を確立し、その遵守が監視されることになった。これは米国の歴史においては重要な展開で、これまでは全米会計士協会が自主規制の形で監視を行ってきたが、それが自主規制ではなく、公的規制になったことは注目に値する。さらに各法人には監査委員会を作ることが義務づけられ、その権限が強化され、経営からの分離が行われることになった。そして内部監査のレポート提出が要求され、そのレポートにはCEO(Chief Executive Officer)もCFO(Chief Financial Officer)もサインをすることが義務づけられた。
さらに、これまで破綻した企業のトップの多くが、自社から多額の資金を借りて株式投資を行っていたことに鑑みて、今回の改革法では、会社の役員や取締役は、自分の会社から資金が借りられなくなり、ある程度以上の自社株の売買には届出が必要となった。
以上のような企業改革法は、米国にある日系企業にも影響を及ぼし、たとえ米国の株式に上場していなくても改革法の精神は適用されるであろう。さらに米国内で活動していない日本企業にまで、このような規制が及ぶ可能性もある。これは、米国企業が税逃れのために海外に本社を移す場合があるので、そのような海外の法人にも同様の規制を適用するということからきている。したがって、日本の企業も何らかの影響を受ける可能性があることに注意すべきである。
竹中タケナカ・アンド・カンパニー社長発言要旨
―公認会計士のジレンマ―
地元ロサンゼルスで、以前は会計事務所を、現在はコンサルタントをやっている立場から発言したい。先ほど稲葉米国トヨタ社長から発言があったが、当たり前のことを当たり前にやることの重要性をあらためて強調したい。特に多くの企業が「ものづくり」からファイナンスの面に傾斜していき、経営者が企業経営よりも株価経営を主として考えるようになったことに問題がある。
最近の情報革命などで新しいビジネスモデルが登場し、伝統的な会計制度がうまく機能しなくなり、内部で利益相反を起こすようになってきた。はたして公認会計士としての中立性が保てるのかが、大きな問題となっている。私自身は以前公認会計士をやっていたが、ある時点で利益相反を感じて会計士としての仕事を辞め、もっぱらコンサルタントの事業に特化している。
以前は、会計士はプロフェッショナルとして自らを律することが大前提であったが、そのプロフェッショナリズムがなくなってきた。その顕著な例がアンダーセンであり、会計事務所としての機能とコンサルタント機能が混同され、バランスが欠けたといわざるを得ない。先に稲葉社長がバランスの話をされたが、まさにそれが崩れたところに問題が発生している。
監査機能はきわめて地味であり、それだけで食べていけないという人がいるが、それは誤りである。それで十分食べていけると考える専門家をもう一度育てる必要がある。つまり、人の教育がポイントとなろう。
日本でも不良債権の問題に関して中立的な監査機能が求められており、それをもとに早急な対応が必要である。今回の米国での会計疑惑問題から日本が学ぶべきものは大きいといえる。
会場からのコメントと質疑応答
―米国資本主義は依然として強い―
その後、会場からのコメントと質疑応答が行われた。まず目良浩一南カリフォルニア大学教授が、トヨタの経営姿勢について「『ものづくり』も結構であるが、情報や金融のサービスが重要性を増している今日、あまりそれに固執するとかえって行き過ぎでバランスを欠くのではないか」という指摘があった。それに対して稲葉氏は、あくまで伝統的なビジネスモデルに従って、「ものづくり」に励むことと「Toyota Way」を貫くことの重要性を強調して、議論は平行線であった。
続いて筆者が、今回の米国での企業改革法が、すでに従来の会計基準と国際会計基準の間で板ばさみになっている日本企業に与える影響の大きさを指摘するとともに、さらに今回の企業会計法の政治的な背景について、「SECをはじめ当局が批判され、またブッシュ大統領自身を含む現政権の中枢部にまで疑惑が及びつつあったために、逆に民間企業への規制の大幅強化という形でこの難局を切り抜けようという政治的な思惑があったのではないか。それはちょうど10年前に日本でも証券スキャンダルがあったときに、大蔵省に批判が集まったが、それをかわすために証券会社に対する罰則、規制を強化して、野村證券をターゲットにしたときの状態に比較できるのではないか。そして、そのような公的な規制の強化は必ずしも望ましい結果を経済に対してもたらさないのではないか」と質問した。
それに対して、パネリストの態度はあまり政治的な話には触れたがらない雰囲気であったが、木下氏からは、公認会計士に対する公的な規制が強まることには賛成できないというニュアンスの発言があった。
また、村方清米国野村不動産ロス事務所代表の「はたして今回の会計疑惑に基づく倒産騒ぎがアメリカ資本主義の根幹を揺るがせて、その終焉をもたらす可能性があるのかどうか。自分はそうは思わない」という発言に対して、パネリストの全員が異口同音に、「今回の一連の事件はアメリカ資本主義を揺るがせてはいるが、それを根底からひっくり返すものではない。アメリカ資本主義はまだ健在であり、時々揺らぎはするが、依然としてその強さは保たれるであろう」という主旨の発言があり、意見の一致を見た。
それに比較すると日本経済の脆弱さが目立っており、コーポレート・ガバナンスの問題が日本経済にとって命取りになることもあり得る状況ではないか。この問題も含めて、日本が米国から学ぶべき点が多く、米国の第一線で活躍する日系の企業経営者と専門家ならではの問題の分析と批判に啓発されるところが大であった。