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Center for Global Communications,International University of Japan

智場、GLOCOM Review、コラム…


 

情報技術を活用した産官学連携による地域産業活性化への挑戦

−佐賀モデルの報告−

飯盛 義徳(慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課程、前・佐賀大学理工学部客員助教授)

はじめに

 佐賀県は、全国でも稀にみるほど産官学のネットワークがうまく機能している地域だと言っても過言ではない。佐賀大学理工学部に設置された「ベンチャービジネス支援先端技術講座」(以後、寄附講座)、SAGAベンチャービジネス協議会主催の起業スクール「鳳雛塾」、佐賀県内のケーブルテレビ網を活用したネットワークをベースに地域情報化を推進する「NetComさが推進協議会」(以後、NetCom)の連携によって、佐賀モデルとでも呼称すべき新産業創出のためのプラットフォームが形成された。そして、10社以上のマイクロビジネスの創出、社内ベンチャーの育成、社会起業家の育成に実績をあげることができた。

 佐賀モデルの特徴は、産業界主導による産官学ネットワークを構築して起業家育成教育を実践したこと、情報技術の積極的活用を通して意欲のある若者のフェイス・ツー・フェイスのコミュニティが形成され、地域産業活性化につながっていったことである。そして、産官学の各組織をつなぐ重要な役割を果たしたのが鳳雛塾であった。

 佐賀モデルは、規模が小さい自治体であったからこそ実現した逆転の発想の賜物である。本稿が、情報技術を活用した地域産業活性化を実践されている方々に対して、何らかの参考になれば望外の幸せである。

寄附講座の取り組み

 寄附講座(http://vbc.ai.is.saga-u.ac.jp/)は、佐賀県内の有力企業26社、1団体から寄せられた合計約1億円の奨学寄附金によって、佐賀大学理工学部に1998年1月から2002年3月まで設置していただいた。筆者が担当した1999年度後期からはケースメソッドを活用したカリキュラムも一部取り入れ、混迷の時代を切り拓く「生きる力」を育み、戦略的意志決定を体得し、起業家精神を涵養する教育の実践に努めた。「生きる力」とは、「いかに社会が変化しようと、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力であり、また、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性」(中教審中間報告)であり、正しく起業家精神と換言してもよい。この「生きる力」は、起業を志す人々だけの特殊な能力ではく、不透明な時代を生き抜く人たちすべてに必要な資質と位置づけて教育を行った。

 また、授業は原則としてオープンにした。それは、大学はいろいろな知が交流するプラットフォームであるべきだという信念からであった。授業には、正規の履修生だけでなく、他学部、他大学からも参加し、社会人、行政の方々も頻繁に参加してくれた。

(1)ケースメソッドの導入とケース教材の独自開発

 ケースメソッドは、欧米のビジネススクール(経営大学院)で導入されている実践的な経営教育である。ケースメソッドでは、企業経営の実際を記述したケースと呼ばれる教材を事前に分析し、問題を発見し、その解決策を吟味し、意志決定を行うというプロセスを経て、クラスでディスカッションを行う。これを繰り返し行うことによって、戦略的意志決定を可能にし、積極的な行動力、リーダーシップを身に付けることを目指す教育方法である。

 しかし、社会経験が少ない学生にケースメソッドをそのまま取り入れても、理解不足や混乱を招くだけである。そのため筆者は、十分な講義、解説を行うとともに、独自に合計10作のケース教材──学生も興味を持て、地方企業にも身近に感じられるように、寄附講座で学んで全国でも著名なビジネスプランコンテストで最優秀賞を受賞し起業に成功した学生ベンチャーの事例や、寄附講座に理解をいただいている地元企業を題材にした事例など──を開発した。授業で取り上げるときは、ケース教材の主人公である経営者本人にも議論に参加してもらうように心がけた。

 またケース教材のうち4作は、経営者のインタビューや企業の様子を撮影した映像を付加し、CD-ROMに収めて寄附をいただいた企業に配布すると同時に、寄附講座のWebサイトにも掲載した。このデジタル化したケース教材は、遠隔授業、他大学や企業の教育にも利用されるようになった。

 このように、地元企業のケース教材が学生の実践的な経営教育に役立ち、地元企業のマネジメントの革新にもつながり、大学と地元企業とのネットワーク形成にも貢献するというサイクルを創造できたことが、佐賀モデルの成功要因の一つとなったといえるであろう。

(2)NetComとの連携と遠隔授業への取り組み

 佐賀県はもともと、ケーブルテレビの普及が全国的にも進んでいる地域であった。NetComは、佐賀県内の各ケーブルテレビ網を接続してブロードバンドネットワークを構築し、産業活性化、教育への利用等を目的として、佐賀県経済部が中心となって1998年4月に設立された任意団体である(http://www.netcom.gr.jp/)。2002年度には、県内企業の情報化推進、遠隔教育、遠隔医療等のプロジェクトが実践されている。

 寄附講座では、慶應義塾大学ビジネススクールの協力を得て、2000年度に合計12回、同校の遠隔授業に参加させていただき、9月にはNetComのGigaビットネットワークを活用し、IPv6を使った先進的な遠隔授業を行った。授業には寄附講座の学生だけではなく、鳳雛塾の若手社会人7名も参加した。

 プロジェクトの推進にあたっては、学内の先生方から技術支援をいただき、寄附講座の学生10名も授業運営に参加してくれた。なお、このプロジェクトは、佐賀大学におけるIPv6の技術や遠隔授業の研究の嚆矢となった。

鳳雛塾の取り組み

 佐賀県内でも事業推進や起業のためのさまざまな助成制度が提供され、NetComのようなネットワーク・インフラストラクチャが整備されてはいるものの、事業活動に挑戦するプレーヤが少なかった。その結果、志を同じくする人々が切磋琢磨できるコミュニティが形成されず、せっかくの制度が産業活性化の起爆剤にならないという悪循環に陥っていた。起業家は、活用されないまま眠っている地域のさまざまな資源をブリコラージュすることで新たな価値を創造する主体であり、産業、人の集積が未発達な地方にとってこそ、その育成は第一に検討すべき重要な課題である。そこで、1999年10月、まず40歳以下の若手社会人を対象に、実践的な経営教育の場を提供し、情報技術を活用したビジネスに興味のある方々のコミュニティ形成を目標に、鳳雛塾(http://www.digicomm.co.jp/sagaventure/)が設立された。運営母体は、佐賀銀行が事務局を務めるSAGAベンチャービジネス協議会(現会長は佐賀銀行頭取の指山弘養氏)であり、教室は佐賀銀行の本店会議室を利用させていただいた。運営に際しては、SAGAベンチャービジネス協議会の基金の一部を提供していただき、受講生からは6カ月(合計12回の授業)で1万円を徴収した(教材費、書籍代等含む)。しかし、運営予算はごくわずかであり、事務局も講師の方々もほとんど手弁当に近く、地域に少しでも貢献したいという情熱がエンジンとなって運営された。

 鳳雛塾の専任講師は筆者が担当し、佐賀大学理工学部長には顧問に就任してもらった。そして、寄附講座で実際に起業を検討している意欲のある学生には、鳳雛塾への参加を呼びかけた。それは、大学内部だけでは事業化への支援には限界があり、社会人との交流でさらに面白い展開が創発されることを期待したからであった。受講生は、若手社会人を中心に、佐賀大学や近県の大学生、成長が期待されているベンチャー企業の経営者、中堅企業の経営者、県立高校の就職指導担当の教師、商工会の指導員、行政の産業活性化の担当者、マスコミ関係者等多彩な人材が集まった。

 寄附講座と同様、鳳雛塾の授業内容はケースメソッドが中心であり(ただし寄附講座と内容が重複しないよう留意した)、事業計画の作成、発表会という実践的な内容も取り入れた。また、NetComのサーバ上にWebサイトを立ち上げ、Lotus NotesをベースとしたディスカッションシステムをNetComの技術者に構築してもらった。このシステムを活用して、課題の提出、ケースの議論を事前に行い、受講生の交流、産官学ネットワークの情報共有に役立てることができた。さらに、ケース教材に取り上げられた東京の起業家を講師として招聘したり、他の異業種交流会との合同研修会なども実施した。そして授業の後は必ず講師を交えて交流会を行い、本音で議論できる場を提供した。

 このような活動を実践していくうちに、企業経営者を中心とした独自の勉強会が発足、また、社会人と情報技術系の学生のコラボレーションによるインターネットマーケティング実験のプロジェクトが立ち上がった。鳳雛塾は、産官学それぞれからヒト、モノ、カネを持ち寄って集まったインフォーマル組織であり、それぞれの組織をつなぐルータとして機能した。そして、情報技術を活用したバーチャルなネットワークと集合教育のコラボレーションから、フェイス・ツー・フェイスの自己組織的なコミュニティが形成されたのであった。

最後に

 佐賀モデルの生みの親は、佐賀銀行前会長の田中稔氏である。田中氏は、佐賀県の新産業育成の重要性を痛感されており、寄附講座の設置、NetComの推進、鳳雛塾の運営に多大な尽力をいただいた。2002年3月、多くの学生から継続の懇願があったものの、寄附講座は期間満了となって閉講した。寄附講座からは、行政に交渉して中心商店街のサポーター組織を設立し、情報技術を駆使したマーケティング活動を行う学生グループが現れた。鳳雛塾からは、企業設立が2件、社内ベンチャーが3件、SOHO独立開業を実現した人が3名現れ、株式公開を目指す県内のベンチャー企業の管理職として3名の若者が採用された。地域の教育を担う社会起業家としての活動を模索する人も現れた。また、3名の学生は、授業で取り上げた中国のシンセンテクノセンターでのインターン実習を実現した。さらに、行政が運営するインキュベーション施設への入居者も鳳雛塾で学んだ若者が多い。

 一方、時間の制約で実現できなかったこともあった。鳳雛塾の若者が中心となって、地域文化に根ざしている伝統産業と情報技術を結びつけて伝統産業活性化のためのプロジェクトを発足させたいと考えていたが、今後の課題となってしまった。

 せっかくの地域産業活性化の萌芽をさらに発展させるためには、次のステージの施策を検討しなければならない。そのヒントは山形大学の事例にあると思っている。山形大学では、山形県の産業活性化担当の方との人事交流を通して、大学が核となった産官学連携で実績をあげている。インフォーマルな産官学ネットワークをさらに発展させるための刮目すべき事例であろう。

 情報技術、技術者の集積に関しては地域の大学が最も進んでいる場合が多い。そのため、情報技術を活用した地域産業活性化の推進において大学の役割は大きく、いろいろな知が交流するプラットフォームとしての機能もこれからますます期待されるだろう。佐賀モデルは試行錯誤の段階で、これからも挑戦は続いていく。今後も皆様からのご指導を切にお願い申し上げたい。

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