GLOCOM - Publication

Center for Global Communications,International University of Japan

智場、GLOCOM Review、コラム…


 

自分たちで作るネットワーク

石橋啓一郎(GLOCOM研究員)

みあこネットの持つ意味

 先日、「みあこネット」の見学ツアーに参加してきました。みあこネット(京都街中無線インターネットプロジェクト)は、いわゆる街角インターネットを京都で実現しようという実験で、最近よく話題になる事例の一つです。利用している技術も先端を行くものですが、大きな特徴は「祇園まつりモデル」と呼ばれている費用分担モデルです。みあこネットの利用者には大きく分けて基地局オーナーと無線みあこネットユーザーの2種類があるのですが、無線のユーザーは無料でサービスを利用でき、基地局オーナーがネットークの費用をまかなっています。基地局オーナーは月1万円の費用を支払い、建物にアンテナを設置します。すると、その基地局オーナーのオフィス内で有線でインターネットが利用できるようになると同時に、その近辺では、無線みあこネットユーザーが無料で、インターネットへ無線で接続できるようになります。

 つまり、「祇園まつり」を町の多くの人が費用を出し合って開催し、魅力ある町を作ることによって観光客を呼び込むのと同じように、無線インターネットをその町にいる人が構築して、それを町の魅力とすることで町を活性化しようというのです。別の見方をすれば、一般利用者からの収入では無線インターネットの基盤は維持できないと見切ってしまい、通信基盤で儲けることをやめ、「自分たちの欲しい基盤を自分たちの技術と費用で作ってしまおう」としたということです。基地局オーナーは自分でADSLサービスを買う場合にも3,000円から5,000円程度の費用は必要とするわけですから、月々5,000円強の追加投資で近辺に無線インターネット接続を近隣に提供できることになります。

 今やインターネットは、道路や電話、電気やガスのように基本的な社会基盤の一つだと言われており、ライフラインとさえ言われることがあります。しかし、他のインフラとは大きく違う点があります。それは、行政や大きな企業ではない個人や小さな組織でも、「欲しい通信インフラ」を非常に安く簡単に構築することができることです。また、それを他の通信ネットワークと相互接続することで、全世界の通信ネットワーク全体の恩恵を得られることです。みあこネットは、そのような「欲しい通信インフラ」を自分たちで作ってしまったよい例です。

電話型整備手法の限界

 アメリカでは大手の通信事業者が次々に破綻しています。国内でもADSLやCATVインターネットの利用料が限界まで下がり、これは利用者にとってはうれしいことである一方で、多くの通信事業者がこのまま続けていけるのかと不安を抱えています。通信事業は「大儲け」ができる業界ではないことがはっきりしてきてしまいました。

 すでに、ADSLやCATVインターネットなどの、通信速度が数Mbps程度の利用環境については地方都市まではカバーされましたが、中山間地域などではまだ利用できないところが多く、整備の見込みが立たない地域も多くあります。しかし、通信事業全体の不振のため、これらの地域では事業者の積極的な展開は期待できなくなっています。この状況に対応するため、事業者がサービスを展開しやすいように、通信基盤を自治体が作って提供したり、あるいは自治体自体が事業者になって直接住民に通信サービスを提供してしまうような例も出てきています。その一方で、みあこネットのように、サービスエリアとしてはADSLもFTTHも提供されていながら、さらに新しいインフラを求めて、市民グループがそれを作ってしまうような事例も出てきています。

 これらの事例の共通点は、それまで提供されている環境に満足できず、自治体や市民グループなどそれぞれのコミュニティがそれぞれの立場から判断して、自己の責任で通信インフラを計画し、構築していることです。

 これまで、地域単位での一般利用者対象という「面的」サービスは、通信事業者の役割だと考えられてきました。これは電話と同じサービスモデルであり、事業者が網を展開し、利用者は小さな個としてその末端に個別につながるというものです。このとき、電話のような形ではないにせよ、各利用者は性能の面でも価格の面でも平等であり、それぞれ個別に通信事業者からサービスを受けてきました。しかし、「サービスエリア内の平等」と「競争の促進」という条件下でインターネットのインフラ整備が進められたため、採算地域でのみ激しい競争、不採算地域は無視という、予想された結果が生じました。しかし、これは電話型の手法を用いたために現れた限界です。インターネット技術の特徴を利用し、電話型のサービスモデルから踏み出していけば、まだ、さまざまな展開方法があり、みあこネットや自治体によるインフラ整備は、その例だと言えます。日本のインターネット整備はようやく旧来の電話型手法で整備可能な段階を終え、これから第二段階に入るのだと考えてよいかもしれません。

「自分」「自分たち」が何をすべきかと考える

 これまでの電話型整備手法と、みあこネットや自治体の試みに代表される次の段階の整備手法の違いは、「誰が環境をデザインするか」という視点の転換にあると思います。電話型の整備手法では、事業者が利用者を市場としてとらえ、サービスを開発し、それぞれ個別に提供してきました。利用者は事業者のサービス展開を待ち、それを受けるという立場でした。しかし、インターネットの技術の性質と近年のコストの低廉化によって、「情報環境のデザイン」はすでに誰にでも実行可能なものになっています。自分でデザインして自分で作るという視点さえ持っていれば、事業者に頼らずとも、欲している通信インフラを作れる場合が多くあります。

 実際には、われわれは「自分でデザインして自分で作る」ということを、すでに実行しています。たとえば、私の家にはADSLが来ていて家庭内LAN(と言ってもハブが一つ)があります。これは一般によくある構成だと思います。私が必要としている通信インフラ(具体的には「できるだけ太くてフィルタリングされない対外接続、グローバルアドレスが取れて、何台かPCがつなげる環境。ただし主に使うPCは1台」)を実現するために、私は機器を選定し、プロバイダを選び、LANケーブルを買い、配線しています。つまり私の家の環境は「自分で作ったネットワーク」と「自分で選定した事業者の対外接続」からなるネットワークなわけです。どの個人や組織でも同じことをやっています。ただし、「自分でデザインする」という考え方を持たないと、自分の要求にたまたま合うサービスが提供されていないとき、そこで発想が止まってしまう点が重要な違いです。

 ADSLサービスも提供されていない地域で、広帯域なインターネット接続が欲しいと考えている状況を想像してみてください。ただ受動的に待つ立場であれば、事業者がその地域にサービスを始めるまでひたすら待つことになるでしょう。「必要なものを作ってつなげばよい」という発想に立てば、たとえば町内会や商店街の各戸・各店舗を無線で相互接続し、そのネットワークを行政が提供する通信回線を借り受けて事業者につなぎ、インターネット接続を得るということが可能かもしれません。この考え方は、程度の差こそあれADSLの先に家庭内LANをつなぐことと、同じ考え方の延長線上にあります。

地域の役割・地域に対する意味

 ただし、個人で必要なインフラをすべて用意しようとすれば、そのコストは非現実的なものになる場合が多いでしょう。たとえば独りで山の中に住んでいる人が、自分のためだけに光ファイバ回線を引こうとしたら、そのコストは莫大なものになるでしょう。そこで地域の役割が重要となってきます。同じ地域の人が協力し合う、あるいはその地域の行政がかかわることによって、施設を共用してコストを下げたり、通信事業者や行政などの他のプレーヤとの交渉力を高めたり、技術力や労働力を集結したりすることができるようになります。

 現在の日本には、このようなインフラ整備の進め方をするうえで有利な点が二つあります。ひとつは、NTTをはじめとして多くの事業者や企業が、1980年代から90年代にかけて光ファイバネットワークの構築を行っており、幹線系の光ファイバが比較的余っていることです。もうひとつは、政府がe-Japan戦略を推し進め、事業者のネットワーク資源の開放を行った結果、それらのファイバを安く借りられたり、NTTの局舎を利用できたり、局舎から各建物までの電話線を利用できたりすることです。それに加え、自治体が公的ネットワークを構築していてそれを安価に利用できるケースも多くあります。地域単位でまとまって活動することで、これらの資源はかなり容易に利用することができるようになります。これらをうまく利用することで、不採算地域でも安くネットワークを構築することができますし、もちろん先進地域でも必要に応じて柔軟なネットワーク構築が可能です。「地域」という物理的距離が近い単位でまとまることで、次のステップのインフラ構築へ進むことは容易になるはずです。

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