GLOCOM - Publication

Center for Global Communications,International University of Japan

智場、GLOCOM Review、コラム…


 

く・も・ん・通・信

 恒例の“GLOCOM世界見聞の旅”を終えて帰って来ました。今回はこれまで欧米が中心だったのを方向転換して、中国のブロードバンド事情を見てきたいと思い、上海と杭州に焦点をしぼって10日間を過ごしました。とくに強い印象を受けたのは杭州で、新興の中国網通が光ファイバをひっさげて、インカンベントの中国電信のADSLに競争を挑み、これまでのところ互角以上の成果をあげていることでした。中国網通は同社の株主でもある国営のケーブルテレビ会社から管路を借りて、8カ月間でファイバを引いてしまったそうです。杭州市民のほとんどは集合住宅に住んでいるので、団地まで1ギガ、ビルまで100メガ、家まで10メガ(実際は今のところ1メガ)bpsをうたい文句として、ラストマイルはイーサネットにするというサービスを月80元(約1,200円、実際の生活感覚でいうと80ドル)で展開しているのは、理にかなっていると思いました。これに脅威を感じた中国電信は、ナローバンドからISDN、それからADSLというゆっくりした展開計画を急遽変更して、料金も月78元に設定したADSLで対抗しようとしています。杭州市の場合、ほとんどの家庭にはすでに電話が普及していたので、その気になればADSLの全面的展開も難しくないというわけです。

 今回、見聞してきた中国のブロードバンド事情については、いずれ詳しい報告が別途されますので、ここでは別の話をしましょう。それは、杭州市在住の楊際開さんというユニークな人物が抱いている思いです。彼は、1980年代後半から90年代前半にかけて日本に留学し、東大の国際関係論の博士課程で学びました。最初は私のゼミで、私の退職後は平野健一郎ゼミで勉強しました。現在では、香港や台湾の研究者と交流しながら、香港の学術雑誌やインターネットに論文を発表しています。今回の杭州旅行では、楊さんはほとんど付ききりで私たちの話し相手になってくれました。

 その楊さんは、中国の現状にある種の憂慮をもっています。なるほど経済はすばらしく発展しているものの、政治的には再び個人崇拝の傾向が復活しようとしています。インターネット上には武漢で最初に出現した“インターネット・ポリス”が徘徊し、思想的検閲を強めています。インターネットでの表現の自由は、ますます制約されつつあります。現在は、中国にとって思想の危機なのです。

 そこで楊さんは、清末の中国からの留学生が日本に接してもったのと同じ感動をもって、日本の統治構造をパラダイムとするグローバルな統治構造を、アジア、さらには世界について考えられないかと模索しています。楊さんによれば、中国の知識人にとっての政治の理想状態は、中国の“三代(夏、殷、周)”に成立していたと想像される、象徴的な統治者をいただく“王道”の政治であり、それは、現実的な統治システムとしての“覇道”をも、そのサブシステムとして含むものです。それはまた、“グローバリズム”よりは“グローカリズム”として特徴づけることがより適切な政治システムです。

 清末の留学生たちは、日本の文化や生活習慣(衣服や食物)の中に古代中国の伝統が生き残っているのに気づいただけでなく、明治日本の立憲君主制の中に、あるいはさらにそれ以前の京都と江戸の複合統治システムの中に、三代の政治の理想が実現しているのを見て感動しました。楊さんはいま、先輩たちの感動を追体験しつつ、21世紀の“ポスト国民国家”時代の広域的な政治システムのパラダイムを構想しようとしています。このような構想が、最近注目を集めているハート/ネグリの“エンパイアー”論――欧米の思想的伝統から生まれたポスト国民国家時代のグローバルな政治システム論の代表的なもの――に対して何を対置できるかは、はなはだ興味深いものがあります。

 杭州で訪問した企業のひとつに、日本に本社を置き、日本企業からの委託を受けてソフトウェア開発を行って急成長している杭州東忠軟件有限公司があります。いずれは中国市場に進出し、さらにインドのソフトウェア会社と競争しつつ世界に進出できるようになりたいというのが、自身電子工学技術者でもある凌総経理の夢です。その凌さんがいま直面している問題のひとつが、社員たちの中に日本文化に適応しきれないで退社していく人が少なくないという事実です。これに対して凌さんは、「しかし文化の根底では、日本の文化は古代中国の文化と同じ(だから理解や適応ができないはずはない)」という信念を吐露していました。これは、先の楊さんの見方とも通ずるところがあり、とても興味深く思いました。

 私自身は、上海から杭州に向かう列車の車窓から目にした浙江省の田園風景に、なんとなく自分の遺伝子に直接訴えかけるような、ある親しみをおぼえました。これは、30年前にバリ島を訪れたさいにおぼえた感動と同質のものです。「私のなかには、浙江系とバリ島系という二つのモンゴロイド系の遺伝子が多く伝わっているのかな」と、あらためて思ったことでした。

公文俊平

[ Publications TOP ]