旧式のワープロ
名和小太郎
(GLOCOM客員教授)
Center for Global Communications,International University of Japan
旧式のワープロ
名和小太郎
(GLOCOM客員教授)
使い慣れていたワープロ専用機が、突然、壊れてしまった。電源を入れても最初の画面が立ち上がらない。サービス・センターに電話をしてはじめてわかったことなのだが、このワープロはすでに製造中止、しかも手元の製品は1990年に出荷されたものなので部品の在庫もない。修理不可能という返事であった。
こんなこともあろうか、ということで実はもう1台、予備機をもっていた。だが、マーフィの法則ということか、これも数年間お蔵にしていたためだろう、動かない。書きかけていた原稿を書き直さなければならなくなったことに、まずうろたえた。
壊れたワープロは自分にとって4代目、予備機は5代目であった。それだけ使い慣れていた、ということだ。慣れていたというのは、そのワープロが特有のキーボード配列をもっていたためである。このヒューマン・インタフェースに愛着があって、気がついてみたらやがて20年にもなる、ということであった。
もう一つ。ワードを使うのがいまいましくて――理由はお分かりでしょう――、このワープロと付き合ってきたということがある。だから、講演予稿をワードと指定するような学会では発表しないことにしていた。偏屈を覚悟の頑張りもあった。
なによりも深刻に感じたのは、そのワープロで書き貯めてきた原稿がフロッピーで20年分もあることである。これを再現できなくなってしまったかもしれない。これには狼狽した。数日間、仕事に手がつかなかった。
そういえば、国立情報研究所の山本毅雄さんが、読めなくなった電子メディアを復元するために古いハードウェアとソフトウェアを揃えているとおっしゃっていた。そのときには、じゃあ、山本先生のところは駆け込み寺のようになりますねと冗談を言ったのだが、こりゃ本当に駆け込まなければいけないかな。こんな始末にあいなった。
たまたまMITの『テクノロジー・レヴュー』(2002年10月号)に「データ消滅」という論文があるのを見つけた。データ消滅とは、ディジタル機器が古くなったために、記録されたデータが読めなくなることを指すらしい。なにか手がかりはと思ってページをめくってみた。これで勉強したのだが、データ消滅に対しては、4通りの対策があるらしい。マイグレーション、エミュレーション、エンカプセレーション、それにユニヴァーサル・ヴァーチャル・コンピュータがあるという。いずれにしても即効性のあるものではなさそうだ。著者のクレア・トリストラムは、「ディジタル保全は地球温暖化と同じように大きい課題なので、把握することが困難」と締めくくっている。
話がとぶが、パピルスというメディアの欠点は耐久性がなかったことらしい。現在残っているパピルス本は、実在したもののうち、1ないし2パーセントにすぎないという(箕輪成男『パピルスが伝えた文明』)。いま、社会のあらゆる分野でディジタル情報が生産されているが、長期的にみると、あるいはパピルス本のようになるかもしれない。むかし膨大な蔵書数を誇るアレキサンドリア図書館があったと伝えられているが、うっかりすると、むかし電子図書館というものがあったとさ、ということにもなりかねない。
いや、話が拡がってしまった。それで私のワープロはどうしたかって。パソコンを購入してここに同じワープロ・ソフトを仕込んだ。つまり、エミュレーションである。それにしても、この効率の悪いこと。まず、立ち上がりに時間がかかる。画面にヘルプがやたらと顔を出してちょっかいをかける。不愉快ですね。